シャッフルワールド!! 番外編集

夙多史

めいどさんのいちにちっ! 夜

 PM7:00
 継続して白峰家。

 レランジェは厨房で食器の後片づけをしています。
「チッ、またゴミ虫様を毒殺できませんでした」
 危機察知能力に加えて危機回避能力も高いゴミ虫様です。後者の能力は『シュジンコウ補正』だと誘波様が仰っていました。レランジェにはよくわかりませんが、忌々しさ倍増ですね。
 やはり殺し方に問題があるのかもしれません。次は轢殺にチャレンジ安定です。
「なんでいるんだよ! なに寛いでんだよ! 自分家に帰れよ!」
「いいじゃないですかぁ。レイちゃんもどうせお暇なのでしょう? 内心では『うっひゃ美少女が一人増えたぜハーレムばんざーいっ!』って舞い上がっているくせに」
「舞い上がってないし自分で美少女言うなしお前は決して暇ではない!」
 リビングの方が騒がしいですね。……はい? ああ、喧騒の理由ですか? この時間帯になるとよく誘波様が遊びに来られるのです。誘波様がいらっしゃる度にゴミ虫様が大層嫌な顔をなされるので、レランジェはとても愉快安定です。
「そんなことは置いといて、リーゼちゃん、TVゲームしませんか? 巷で人気の対戦格闘ゲームを持ってきました。なんと登場キャラが全部モンスターだそうです」
「てれびげーむ?」
 マスターが小動物のようにきょとりと首を傾げています。ちなみにレランジェはTVゲームなるものは既にインプット済み安定です。
「面白いですよぅ♪ というかレイちゃん、教えてなかったのですか?」
「いや、リーゼにゲームができる器用さがあるとは思えなくてな」
 確かにマスターはじっとしていることがお嫌いです。画面に向かってピコピコするだけというのは性に合っていないとレランジェも思います。しかしマスターを馬鹿にする発言は許容できませんね。ゴミ虫様は後で庭に埋葬安定です。
「レージ、わたしは〝魔帝〟で最強よ。できないことなんてないわ。面白いんでしょ? やる!」
 流石マスター、チャレンジ精神に溢れています。ゴミ虫様も見習うべきですね。
 ただし――
「誘波様、マスターに挑戦したければまずはこのレランジェから倒す安定です」
「あらあら。自身ありですね、レランジェちゃん。私は現実でもゲームでも強いですよぅ」
 誘波様も自信満々です。目がゴミ虫様をからかう時と同じくらい輝いています。
 これは……長期戦になりそうですね。


 PM9:00
 TVゲームは白熱していた。

「――ってなんで一勝負に二時間近くかけて終わらねえんだよ! どんだけ器用にプレイしてんだよお前ら!」
 ついにゴミ虫様がなにかが切れたように怒鳴りつけてきました。うるさいですね、こちらは今いいところ安定なのです。
「誘波様のシルフ、お強いですね」
「レランジェちゃんのゴーレムも、その巨体をどうやって素早く動かしているのですか?」
 クロスカウンターが決まり、お互いのHPバーが真っ白になって画面に『DRAW』の文字が浮かんできました。引き分けです。
「うー」
 唸るような声に振り返ると、マスターがコクコクと頭を揺らしてウトウトしていました。どうやらもう就寝時間のようです。興が乗ってついつい時間経過を失念していました。不安定です。
 見ているだけでは退屈だったのでしょうか? マスターの瞼は三分の二ほど閉じています。
「では、レランジェはマスターをお部屋にお連れしてきます」
「あー、子供は寝る時間だもんな」
 レランジェはマスターをお姫様だっこし、リビングを後にします。
「次はレイちゃんと対戦がしたいです♪」
「お前はさっさと帰れよっ!」
 あのお二人には黙っていただかないと、マスターの安眠妨害です。マスターをベッドまでお連れした後で即刻排除安定ですね。


 AM0:00
 静寂の深夜。レランジェはマスターの部屋の前で兵隊のごとく直立していた。

 魔工機械人形は眠ることができません。
 マスターから供給された魔力が尽きるまで稼働安定です。
 夜はマスターがお休みになられる時間。『あるばいと』はできません。マスターとマスターの住まうこの屋敷をお守りすることが今のレランジェの務めです。この仕事のことは『自宅警備員』と呼ぶそうです。
 不純物と言うのであれば、現在リビングのソファーにて睡眠安定のゴミ虫様を排除するべきなのでしょう。しかし、レランジェはなにも本気でゴミ虫様を殺したいと思っているわけではありません。冗談半分です。
 ゴミ虫様に死なれてはレランジェも困ります。マスターの魔力疾患を抑制できる存在がゴミ虫様だけだからです。マルファ様もゴミ虫様同様に魔力を他から吸収できるようですが、あの方はマスターの天敵。それつまりレランジェの敵になります。
 普段からゴミ虫様を目の仇にしているレランジェですが、きちんと死なない程度に加減をしています。死ななければどれだけ痛めつけようが安定でしょう?
 成功率は不安定ですが……。
 眠られている今であれば襲いかかればどうにかなりそうなのですが、睡眠中のゴミ虫様は獣以上の神経質さを見せます。一体どのような訓練を受ければそのような器用なことができるのでしょうか? 謎です。

 …………。

 やはり、夜はやることがなく退屈ですね。
 これがイヴリアの城であれば仕事など山ほどあるのですが……この屋敷は狭くて不安定、仕事などあっという間に終わってしまいます。
 退屈。
 マスターが口癖のように仰られている言葉です。
 この世界に来て、その言葉に込められた感情をレランジェは身に沁みさせることができました。つまり、マスターの気持ちの一片をレランジェは理解することができたということです。
 喜ばしいことです。ですが、マスターが嫌っている通り、退屈というものはあまりよろしくない状況ですね。
 なにか、この状況を打破できる策があれば安定なのですが…………明日、異界技術研究開発部に相談してみましょう。
 とりあえず、本日は誘波様もいらっしゃられたことですし、もう一度屋敷内の清掃をしておくことにします。
 掃除機という機械は駆動音が大きいので使用できませんね。モップがけ安定です。
 レランジェは一階の廊下をスイスイと掃除していきます。続いてそっとリビングに入り、寝ているゴミ虫様を確認してモップで脳天をかち割……もとい静かに床を空拭きします。
「今なんか心の中で訂正された感じがしたんだがしっかり俺を攻撃してたぞ!」
 暗い室内に立つゴミ虫様が荒い息づかいをしていました。
「おはようございます、ゴミ虫様」
「やかましいわ! まだ零時過ぎじゃねえか!」
「大声を出すとマスターの安眠妨害です」
 レランジェは口の前で人差し指を立てて「しー」と息を吐きます。これはこの世界で使われる『黙れ殺すぞ』という意味のジェスチャーです。
「お前のせいだろうが――って、なんだ? 今頃掃除してんのか?」
 レランジェの持っているモップにゴミ虫様が気づきました。
「はい。誘波様が散らかした後を片づけていませんでしたので」
 言うと、ゴミ虫様は少し神妙な表情をされました。それから右手をレランジェに差し出してきます。
「モップ貸せ。手伝うから」
「いえ、これはレランジェの仕事安定です。ゴミ虫様はそこで惰眠を貪っていればいいのです」
「嫌な言い方だな……。つーか、ここは俺の家なんだ。最近任せっぱなしだったから説得力ないかもしれんが、俺が管理しないでどうする。いいから貸せよ」
 ゴミ虫様は強引にレランジェからモップを引っ手繰ると、部屋の照明をつけて掃除を始めました。
「お前はその辺に落ちてるお菓子の袋とかを片づけてくれ」
 先程の夜襲はなかったことにしたらしいゴミ虫様がレランジェに指示してきます。
 ……これだからゴミ虫様は困るのです。頼んでもいないのに勝手にレランジェの仕事を奪うなど、何様のつもりなのでしょう。まあ、ゴミ虫様ですが。
 毎日酷いことをしているレランジェに対しても時々見せるこの優しさ――彼は聖人かなにかなのでしょうか? 理解できません。不安定です。
 ですが、悪い気分ではありませんね。
「了解です」
 レランジェは今、少しだけ微笑んだような気が自分でもしました。

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