一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

怪しい気配

 –––☆–––


 入学してから、俺はトーラ学舎で勉学へ励むこととなった。とりあえず、ここ一ヶ月のことを話そうか。
 まずは、一般教養だ。算術に関しては足し算と引き算といった簡単なことをやっている。俺は普通にできる。これでも高校中退するまでは成績はよかった方だ。というか、出来なかったらやべぇっての……。
 忘れていることもあるが、さすがに足し算引き算で躓くほど頭の記憶力は悪くないつもりだ。FPSでマップ覚えるのだって、記憶力が必要なんだぞぅ!?感覚って人もいるけど……。
 ちなみに、俺以外にも貴族は算術の基本はできている。多分、入学する前から家庭教師なんかを雇って学んだのだろう。算術ができない殆どは平民だ。裕福層とは言っても、平民は平民……貴族は貴族と、やはり別れている。
 それゆえに、貴族は平民を見下す傾向にあり、平民の生徒達は教室の隅の方で萎縮してしまっている。その中にもいるのは当然だ。当たり前だろぅ?怖いし……。
 が、そんな貴族に臆さない子がいた。名前をノーラント・アークエイといって、短めな茶髪が特徴な活気溢れる女の子だ。今じゃ、我がクラスで少数の平民達の救いの女神扱いとなっている。今日も今日とて俺達は虐げられ……、
「ふん、平民風情が僕らと同じ空気を吸っているというだけで反吐がでるよ」
「本当ね」
 このクラスの貴族の男女二人組。名前はどうでもいい。こいつらが、いつも俺達を見下し、暴言を吐いてくる。そんなときに出てくるのが……、
「はぁ?同じ教室にいるのは当たり前じゃん。同じクラスなんだから」
 やってきた我らが女神のノーラントちゃん。クラスの奴らからは、親しみを込めてノーラと呼ばれている彼女は、今日も貴族に喧嘩を売っていた。
「また君かノーラント・アークエイ。いつもいつも君は出しゃばってくるね」
「いい加減目障りだわ!」
 二人でノーラを囲むように立つ貴族。でもノーラは臆することなく、むしろ楽しそうに不敵に笑った。それから暫く口論が続き、やはり最終的に貴族の方がいつも通り折れた。しかも顔を真っ赤して怒り心頭だ。
「今日のところは見逃しておいてやる!」
「覚えらっしゃい!」
「覚えたくもないよーだっ」
 こうして俺達に平穏は戻った。皆んなでノーラの周りに群がって各々お礼を言ったり、あの二人の悪口を言ったりするる。ちなみに俺はお礼を言う方だ。俺、よえぇぇ……。
 そして俺達にお礼される度にノーラちゃんは肩を竦めて言うのだ。
「別に〜ウチもいけ好かないだけだよ」
 まじノーラちゃんジャスティスっ!
 そんなこんなで歴史の授業の話をしよう。歴史は我がクラス–––バリアン組というのだが–––––の担任であるフェイラス・フェイバー先生が担当だ。彼は眼鏡をかけており、髪は黒の天然パーマだ。歴史ではイガーラ王国を中心にした世界史のような授業だ。
 イガーラ王国は、初代国王ビュヒュ・テオド・イガーラ一世によって建国された国であり、建国から現在三世紀ほど経過している国だ。王国の内政は、"王下四家"と呼ばれる四つの家によって取り仕切られており……、

 国王として政治を取り仕切る"テオド"家。
 宰相として国王を支える"アルマ"家。
 将軍として軍事を取り仕切る"ノルス"家。
 法律を司り、裁判を行う"パラム"家。

 以上が、王下四家である。これが国を支えてきた"公爵"と呼ばれるもので、さらに建国当初から国を支えている家を"侯爵"、重要な役割を任された家を"伯爵"……その下に男爵と子爵がくる。
 まあ、とりあえずここまで……。
 歴史の次は語学だ。俺は言葉は分かっても文字が書けなかったから非常に助かる。イガーラ王国の言葉というのは、国教としている宗教……神聖教の定めた"神聖語"というものだ。この世界での言語の区切りというのは、その国で国教になっている宗教によって異なるために同じ言語を使っているところもあったりする。
 この三科目が終わったら昼休みだ。最初のうちは友達もできなかったが、今じゃ友達と呼べる奴らが三人できた。気のいい奴らで楽しく過ごさせてもらっている。
 午後になると選択科目の授業が始まる。野営と魔術と剣術と弓術の授業は全部楽しいものだった。まずは先生がよかった。特に野営。
 あのボンキュッボンな美人の先生……ギシリス・エーデルバイカ先生だから、とっても楽しい。目の保養に加えて、野営の知識も得られるんだから!まあ、主な理由は前者だったりする。おっと……失言だったぜ。
 まあ、こんな風に割と楽しい学校生活を満喫している。まるで生まれ変わったかのように充実しているよ。あぁ、まあ生まれ変わったんだけどね?
 今日も俺は母さんとソニア姉の三人で学舎へ向かう。ソニア姉と別れてからは教室にいって友達と駄弁り、フェイラス先生がきてホームルームを行い授業が始まる。
 そんな流れで一日は始まる。
 いつものようにノーラちゃんと貴族のアホ二人(←悪口)が口論して、そして授業を受けて昼休み……。
 だからいつも通り友達と飯を食って午後の授業すらもいつも通り過ごそうとした俺に、今日は変化がおきた。
 本日の選択科目は魔術だけだった。その日は課題を二人組で行うというもので、俺がパートーナーを探していると活発そうな茶色の短髪を揺らしながらノーラちゃんが近づいてきた。
 ん?どうしたんだろ?
 俺がそう思ったところでノーラちゃんが俺に向かって言った。
「ねぇ、君もパートーナー探してるとこ?」
「ん?うん。普段は二人組の課題なんかないからさ。この授業で仲のいい人いなくって」
「そっか。ウチもそうなんだけど、よかったら組もうよ!余り物同士さ」
 お、まさかノーラちゃんからお誘いがくるとは!ちょうど困ってたし役得だね!
 俺はもちろん二つ返事で了承した。
 課題の内容はこうだ。二人組で、とある魔術の制御をするというもの。制御する魔術は特殊なもので、ちょっと魔術のコントロールが上手くないと難しい。なるほど、互いにカバーしあって制御すればいいのか。
 俺とノーラちゃんは互いに目を合わせてから魔術を発動させるためにルーンを紡ぎ、詠唱を始める。
 目の前に光が生まれ、消えたり、光ったり、変な形になったりしている。これを安定させるのだ。集中集中……こいつを完成形にしてやればいんだよな?光ってて、丸い……。
「へぇ……」
 ふと、隣にいるノーラちゃんから声が漏れた。視線だけ送ると、ノーラちゃん少し驚いたように俺を見ていた。
 どうしたんだろう……?
 俺とノーラちゃんのタッグは難なく課題をクリアして、その日の授業は終了となった。ふっ、居残りする哀れなものたちよ……さらばだっ!
 まあ、今日はソニア姉の方がもう一時間多いから一時間待たなくてはならない。やっぱり一緒に帰りたいしねぇ?
 だから、俺は学舎の図書館で時間でも潰すかと考えて図書館の方へ向かった。図書館は学舎とは別に建てられていて、とにかく蔵書の数がヤバイ。
 図書館につくと俺が目を向けたのは、まず小説系だ。俺が歴史の本とか無理に決まってんだろ……まあ、この世界じゃラノベもクソもないというかこの世界がラノベみたいな異世界というか……ねぇ?
 そんなこんなで適当に見繕った小説をとって読むために、椅子に座り読む。
 暫く読み進めていると、俺の向かい側の席に誰かが座る気配を感じた。音も立てずに座った。怪しい……が気にしないことにする。
 ふむふむ……ははぁ〜ん。おっ!意外な展開っ!
 ラノベほどではないがこの世界の創作物もなかなか楽しめるものだ。いずれ俺が漫画文化でも広めてみようかしら?
 と、俺が一人そんなことを考えていると、俺の向かい側の席からクスリと笑う声が聞こえて視線を向けてみるとノーラちゃんがいた。え?なんで?
「やっと気付いたー」
 ノーラちゃんは待ちくたびれたように欠伸をしながら言った。一体いつからいたのだろう?それだけこの創作物の世界に入ってしまっていたのかもしれない。
 まあ、気付いてたんだけど……でも、なぜノーラちゃんは音も立てずに俺の向かい側の椅子に座ったのだろうか。わけがわからない。
「ねぇ、ウチ教えてほしいことがあるんだけど……いい?」
「ん、いいよ?」
 果たしてなんだろうかと俺が首を傾げているもノーラちゃんは言った。
「魔術を教えてほしいの」
 そうノーラちゃんは言った。果て、なぜ?という疑問符が俺の頭の上を飛んだ。その疑問を答えるかのようにノーラちゃんは続けて言った。
「ウチね、魔術がどーしても上手くならないの!もっと魔術を上手く使えるようになりたいの!だからお願い!」
「えっと……なんで僕なのかよくわかんないんだけど……僕より魔術を上手に使える人って沢山いると思うんだけど?それこそ先生とかに聞けばいいんじゃない?」
「君より上手く魔術が使える人はいないと思うんだけど……」
「え?」
 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。俺より上手い人なんかいないとかなんか言ってたな……聞き間違い?
 そう思って俺は尋ねてみた。
「今なんて?」
「だから君より魔術の上手い人なんていないって」
 ふむ……聞き間違いじゃないようだ。しかし、俺は魔術の成績は……うん、まあそれなりかな。なんだぁ〜ぼくちん意外に優秀ぅ〜?だが、やっぱり過大評価だと思われたので、俺は唸ってから口を開く。
「うーん。やっぱり、僕よりも他の人の方がいいんじゃないかな?」
「だ、ダメなの?」
「いやー僕じゃ何にも教えられないしなぁ」
「そんなことないと思う。だってあんなに制御が上手いのに」
 制御?あぁ、今日の課題のことか。
「単なる初級の魔術だよ」
「それでも凄いの!」
「あ、うん……」
 俺はノーラちゃんの気迫に気圧されながらも、何となく頷いてしまった。
「どうして、あんな風に上手く制御が出来るの?」
 訊かれて俺は、「あぁー」と一拍置いてから考えるように顎に手をやって、答える。
「詠唱に必要なルーンを正しい音で発音するんだよ。最初のうちはそれで詠唱して、慣れてきて早く詠唱できるようになったら良いと思う」
「へぇ〜すごいね」
「ん?」
 と、唐突にノーラちゃんに褒められて俺は首をかしげた。そんなに褒められるようなことを言ったのだろうか。俺がそのことについて尋ねようとすると、ノーラちゃんは何かに気がついたように窓から外を見て、「あ!」と声を上げた。
「もうこんな時間だ!色々教えてくれてありがとね!じゃあまた教えてねー」
「あ、うんバイバイ」
 そういって、慌ててノーラちゃんは帰っていった。ふと、俺も外を見てみると夕日が落ち始めているころだった。そろそろ、ソニア姉も終わったころだろう……そう思ったところで外を眺めていた俺の視線がぴたりと止まった。
 窓越しに見える光景は校門だ。その中で生徒たちが下校しているのが見える。が、俺の視界に移ったのは生徒ではなく本来ここにいるにはそぐわないであろう人影だった。
 校門近くに植えられた背の高い木の陰に気配を感じる。目を凝らせばそこに背の高い男がいるのが見えた。全身黒色のぴっちりとしたタイツを着込んだ男だ。
 怪しい……。
 俺がそう考えたあたりで、図書館から出て急いで帰っていくノーラちゃんが視界に入った。ノーラちゃんが校門を出ると人影はそれと同時に忽然と姿を消した。
 慌てて探したがもう学舎にはいないだろう。俺はあの男の気配を探し……そして見つける。ノーラちゃんの近くをぴったりと付けているのを感じる……。
 そう、俺は最近気付いたが気配というのを敏感に感じ取ることが出来るようなのだ。これがあれば夜に怖いテレビとか見ちゃって背後が気になって、「誰だっ!」って叫びながら振り返るようなことをしなくてもいいねっ!
 じゃなくて……。
 とにかく、そんな特殊能力を身につけた俺は感じ取った気配を追従することもできる。俺はとりあえず索敵スキルと呼称する。
 かっこいいぃぃぃぃ!

(閑話休題)

 あんな怪しい奴がノーラちゃんの後をなんで付けているのか気になるところだ。俺は急いで追いかけるべく図書館を出た。

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