一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

強くなるために

 –––☆–––


 ギルダブ先輩に負けてから俺は考えていた。どうしたら、もっと強くなることが出来るかを。
 成長すれば、そりゃあ強くなれるのだろうけど、いつどんな時に何が起こるかは分からない。今この瞬間にすら、ソニア姉やラエラ母さん……それにアルフォード父さんに何かあるかも知れない。そんな時に、俺はまだ小さいからと言い訳するのか?そんなこと出来るわけがない。
 ふと、そんな時だった。ある日、俺はトーラ学舎の学舎長……エドワード・ネバース先生に呼び出された。あるうぇ〜?僕ちゃん何もした覚えないんだけどなぁ……。
 若干、不安になりながらも学舎長室へ向かい、高級な感じの扉を恐る恐る叩くと、『入りなさい』と声がしたので、ドアノブを遠慮がちに回して扉を開けた。
「し、失礼します……」
 中へ入ると、まず視界に入ったのは大きなデスクと高級そうな椅子に座るエドワード先生だ。長い白い髪がデスクに広がっている。
 室内はシンプルで、床に高そうな絨毯と、向かい合うように置かれたソファと、それに挟まれたテーブルがあった。
 俺がどうするべきかと、その場で固まっていると、エドワード先生が両手を組んで顎を乗せて言った。
「よく来たね……グレーシュ・エフォンス君」
 久々に聞いたエドワード先生の声は、老齢者特有の声がした。だが、俺に向けている視線はとても老齢者の者とは思えなかった。
 エドワード先生は目を伏せて、そのまま続けた。
「では、早速本題に入ろうか。君を呼んだのは君のこれからについてだ」
「僕の……?」
 一体どういうことなのだろうかと、俺は首を捻った。俺の疑問に答えるようにして、エドワード先生はさらに続けた。
「先日の……エフォンス君とセインバースト君の闘技大会での戦いを見ていたよ。とても素晴らしい戦いだった……それ故に残念でならない。エフォンス君やセインバースト君のような才能ある生徒を十分に育てる環境が、この学舎にはないんだ」
 エドワード先生は言いながら、首を横に振った。それだけ残念なことらしい。別に俺はそうは思わなかったし、思ったこともない。それに才能がある生徒というのも、やはり過大評価しすぎだ。俺はまだまだだ……。
「我々教師は生徒の才能を伸ばしていくことが仕事だと……私は少なくても思っていてね。君には是非とも、その才能を伸ばして欲しいと思っている」
「はぁ……」
 妙に遠回しだと思いつつ、俺は何となく返事をした。つまり……何を言いたい?俺が、それを待っているとエドワード先生は咳払いしてから一拍置くと、口を開いた。
「それで、提案があるんだ。君が現在受けている午後の授業の講師……変えてみないかい?」
「講師……先生を変えるということですか?」
 俺が確認も含めだ問いを返すと、エドワード先生は何も言わず、組んだ両手の上に顎を乗せたままニッコリ頷いた。
 う、うーん……野営のギシリス先生が変わっちゃうのは嫌だなぁ……。しかし、先生が変わる……か。場合によっては、何か強くなるヒントがあるかもしれない。どうするかなぁ……。
 俺が考えてあぐねているのを見てか、エドワード先生が口を挟んだ。
「一応……もう講師を誰にするかは決めているんだ。剣術では一対一でギシリス君。魔術では同じく一対一で私だ。野営と弓術はそのままだがね」
 俺はエドワード先生の言ったことに耳を疑った。剣術でギシリス先生と一対一……だと?
 ギシリス先生は元軍人なのは本人から聞いていた。しかし、ギシリス先生が強いという確信はあった。
 野営の授業で時折、獲物を狩る時に剣を握ったギシリス先生の剣閃は目にも止まらないということ表現がぴったりだった。ギルダブ先輩の光の突き程では無いにしろ、あんな速かったら避けきれないのは目に見えている。
 そんな人とマンツーマンで教われるのか……しかも、ギシリス先生ときたら願ったり叶ったりだ。
 それに……と、俺はチラリとエドワード先生に目を向けた。老齢のお爺ちゃんエルフにしか見えないが、聞いた話じゃこの人は有名な元宮廷魔術師だったという。
 宮廷魔術師というのは、軍にいる魔術師達の頂点であり、その国の魔術の先進者……。
 もしも、この人が噂通りの人物であるならば……。俺はそこで色々なことを考えた。
 今の俺に必要なのは知識……それに経験だ。こんな人達に師事して貰えるのならば、むしろこっちからお願いしたい。
 そうと決まれば、俺のやるべき事は決まったな。
「是非お願いします」


 –––☆–––


 エドワード先生がマンツーマンで魔術の授業で俺に色々と教えてくれるようになってから、早くも一年……俺は魔術に関しての様々な知識を身につけていた。中には、エドワード先生の自論もあったけれど……それでも俺は色々なことを頭にぶち込んだ。それで、ある授業で興味深いことを知った。
 この世界には固有オリジナル魔術なるものがあるらしい……。固有魔術というのは、言わばその人特有の魔術……魔術はルーンを構成することで生まれるわけだから、作ることが出来るのは当然と言える。で、課題で簡単な固有魔術を作る機会があった。
 詠唱に必要なルーンには法則性があり、それを理解しなければ到底作ることは難しい。文法や、一つ一つのルーンの意味……まさか、こんなところで前世の文系特化の知識が役に立つとは思わなかった。
「まあ、出来なくとも特に問題はないと思うがね」
「どうしてですか?」
 俺は羽ペンで固有魔術を構成するのに必要なルーンや必要な魔力量、系統、形式、規模……その他もろもろを計算し、シュミレーションしながら紙に書き込み、エドワード先生に尋ねた。
「固有魔術というのは、汎用魔術よりも欠陥だらけだからね」
「欠陥……?」
「……いいかい?汎用魔術というのは、昔の人達が長い年月を掛けてルーンを構成し、作った魔術なんだ。だからこそ、欠点らしい欠点もない……だから汎用と呼ばれ、君たちは学舎で教えられるんけだ。その点、固有魔術で生まれる魔術が汎用を超えるには魔術師としての才能が必要だね」
 なるほど……言っていることはもっともだな。俺は頷きながら魔術の設計図を仕上げていく。
「……ちゃんと、聞いているかい?」
「あ、はい。聞いていますよ」
 だから、こうやって固有魔術を作っているんじゃないですかぁ〜。エドワード先生が何と言おうとも、固有魔術は作りたい。それが、男の浪漫じゃねぇか!
「……ふむ」
 エドワード先生は傍らから俺の書き込んでいる設計図を覗き見てくる。が、直ぐに首を傾げて頭上にハテナを浮かべた。
「身体の周りに魔力の膜を張るのかい?そういった防御魔術は既にある筈だが?」
「それくらい、知っています。中級風属性魔術【バリア】ですよね?先生の授業で習ったんですから、覚えていますよ」
【バリア】は風で自分の身を守り、敵の攻撃を防ぐ防御魔術だ。だが、俺が作っている固有魔術はそんなチャチなものじゃない。
 設計図に細かく文字を入れている俺に、エドワード先生は再び首を傾げた。
「……ふむ。何語だい?全く読めん……」
「神聖語じゃないですらね……」
 そう、俺はこの設計図を神聖語ではなく日本語・・・で作っているのだ。エドワード先生が読めないのも無理はない。
 ちなみに、日本語で設計図を作るのも拘りだ。やっぱり、男は浪漫に生きるべきだろ……まあ、エドワード先生みたいなお年寄りには分からんのですよ。
 俺は夢中になって設計図を作っていき……そして、遂に完成した。
「出来た!」
「ほぉ……見せてみなさい。あぁ、読めないんだったね……じゃあ、ちゃんと使えるかどうか試してみなさい。そしたら課題は終わりだよ」
「わかりました!」
 やった!早速使ってみよう!
 俺は何度も何度も試行錯誤して作って、一から構成したルーンを紡ぐために魔力保有領域ゲートから魔力保有領域ゲートから魔力を引っ張り出し、口を開く。
「〈鋼鉄の障壁・我が身に」
 これは初級魔術のように、ただ詠唱するだけで発動するような魔術じゃない。その構造を理解し、魔力を自分で操作する必要がある……。
 魔力保有領域ゲートから引っ張り出した魔力で、俺は自分の身体を覆った。
「走れ・閃光」
 魔力の膜が微弱の電気を帯びて、微かに放電する。
 魔力の膜は鋼鉄のように硬くなり、俺の身体を保護し、微弱な電流は俺の脳と電気信号で繋がっており、俺の身体を覆う鋼鉄のスーツを動かす。
「燃える巨星・天高く」
 身体を覆うスーツにさらに色々と付加していき、絶大なパワーを引き出せるようにする。そして、俺は最後にこの固有魔術の名前を叫んだ。
「切り開け〉【ブースト】」
 俺がそう叫んだ瞬間に呼応するかのように、身体が身軽になり、辺り一帯に突風が巻き起こった。
「お……おぉ……」
 エドワード先生の老体が、それでよろめきながら後退し、倒れそうになった。
 俺は【ブースト】状態で加速された知覚情報で、瞬時に反応し、身軽で思い通りに動く身体でエドワード先生の所まで走る。
 ズドンッと地面が抉れるくらい強力な脚力で、俺は走って、エドワード先生の背後に回り込んで支えた。
「大丈夫ですか?」
 俺が言うと、エドワード先生は驚いたように目を丸くさせた。
「これはこれは……凄いのぉ。身体強化の類いかい?」
「あぁ……」
 俺は答えようとしたが言い淀んだ。身体強化……確かにそうだ。しかし、少し違う。
 恐らく、エドワード先生の考える身体強化というと、筋力増強だとかスピードアップだとか……まあ、色々あるだろう。
 俺の【ブースト】の理論はこうだ……平たく言えばパワードスーツのようなものだ。某ヒーローのアイデアから生まれたこの魔術は、鋼鉄の硬度にまで上げた魔力の膜に加え、パワードスーツのような運動補助の機能を雷の元素で作り上げているのだ。
 身体強化……とはやはり違うだろう。
 パワードスーツってかっこいいね!
「しかし……これは成功なのか?」
「え?成功ですよ」
「むぅ……」
 エドワード先生はどこか納得していないようだ。はて?と首を傾げると、エドワード先生は溜息を吐いて言った。
「確かに凄い……しかし、髪の色が変わっているよ」
「え……」
 俺は慌てて、エドワード先生を離して髪を伸ばして確認する。目にかかっていた前髪を見ると、黒色だった俺の髪の毛が金色に輝いていた。
「あー……」
 まだまだのようですね……私は。これじゃあ、パワードスーツじゃなくてスーパーなんたら人だよ……。

 それもかっこいいなぁ……。


「一兵士では終わらない異世界ライフ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く