一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

最高神官

 ※


 アクセサリーショップを出た頃には三回目の鐘の音……つまり、お昼の鐘の音が鳴り響いていた。

「ちょうどいいし、そこらで食べようか?」

 ラエラ母さんは笑って、後ろを歩く俺とソニア姉に訊いた。

「そうだね。そうしようか」
「あたしもそれでいいよ。ユーリもそれでいいよね〜」
「にゃー」

 ソニア姉は答えるはずもないユーリに訊いて、ユーリはもちろんただ鳴くだけ……それだけでソニア姉ははしゃいでいた。そのはしゃぎ様は、まさに産んだ子供が初めて自力で歩き出した時の親並みである。親バカならぬ猫バカ……そんな猫バカよろしくソニア姉は、頭の上でグデーッとしているユーリを両手で支えつつ、お昼を食べるためにお店を探す。
 さすがに昼時なだけあって、どこも混み合っていそうだ。

「うーん……この時間だと表通りは厳しいかな。裏でも見てみる?」

 裏というのは、文字通り裏通りのことだ。表の大通りから外れた裏通りは狭い小道が枝分かれしており、そこにも様々なお店が連なっている。しかし、裏通りというからには薄暗く、それ故に治安もよろしくないために忌避されやすい場所だ。だからこそ、この昼時でも混み合っていないだろうとラエラ母さんは提案したようだが、俺としては危ないところに二人は連れて行きたくないところ……。

「じゃあ、いこっかー」

 そうだよね!ソニア姉ならそう言うと思って諦めていたよ!初めから!!
 俺は肩を落としつつ、二人を先頭に俺は後ろから付いていく。俺が前を歩いた方がいいのかもしれないが索敵スキルのある俺ならば、前だろうが後ろだろうが即座に反応することが可能なため、ぶっちゃけどっちでも構わない。
 暫く歩いていると……ふと、仄かに鼻腔を芳ばしい香りが燻った。

「わ〜いい匂いだね」

 ソニア姉はどこからする匂いなのか探し出し、ラエラ母さんは楽しそうなソニア姉を後ろから和かに眺めた。
 それにしても、この匂い……なんだか懐かしいな。ずっと昔に嗅いだことがある……どこだったかな。

「んー?どうしたのグレイ?」

 俺が天を仰いで懐かしんでいると、ソニア姉が不思議そうに首を傾げていた。俺はハッとなって我に帰ると、頭を振って席を払った。

「んんっ……やっぱり裏通りは止めようか!?ね!?」
「ん?まあ、別にどこでもいいけど……」
「よし!じゃあ、早く大通りの方に戻ろう!」

 俺は慌てたようにソニア姉とラエラ母さんの手を、それぞれ握って裏通りを後にした。
 何故か分からないが、あのままあそこにいたら俺の人生設計が大幅に狂う気がする……なんか異世界な食堂的な意味で……そんな確証は何もないが、とにかく行かない方が身のためな気がしてならない。
 俺達は再び大通りへと出て、適当に食事を済ませて、またお店を見て回った。
 そうして、鐘が三回と半分……三時頃になって何やら大通りの賑やかさが増し始め、丁度洋服店を出たばかりの俺たちは同じようにして首を捻った。

「何かあったのかな?」

 俺は訊いたところで分からないであろうが、取り敢えずと二人に向けて言った。二人とも少しの間を空けて逡巡した後、ポンッと手を打って何か思い出したように声を上げた。

「おぉー!そうだ!今日は神聖教最高神官の一人……『銀糸』のフォセリオ・ライトエル様が町周りでここに来る日だった!」

 神聖教は言わずもがな、この国が国教としている宗教であり、神官とは神に身を捧げた者を指す……ここで身を捧げるというのは魔術において火属性と水属性、そして二つの元素から生成される光属性以外が使えなくなるというものである。その代わりに高位の治療魔術が使えるようになるため、ソニア姉やラエラ母さん達のような治療魔術師は、みんな神官になってから治療魔術師となっている。
 最高神官というのは、神に身を捧げた上で神に従事した神官が神の加護を受けることでなれる神官の上位職のようなものだ。
 聞いたところだと、最高神官達は神の加護を受けた影響で髪が銀色に染まるという。フォセリオ・ライトエルという人物が『銀糸』と呼ばれているのはそういう経緯があるのかもしれない。
 しかし、最高神官に二つ名が付くというのはどういうことだろうか。

「『銀糸』ってどこから付いたの?」

 宗教関係なら俺よりも圧倒的に詳しいソニア姉に尋ねると、ソニア姉は頷いて答えた。

「うん。ライトエル様は最高神官という身でありながら、魔術の達人なんだよ。それで付いた二つ名は綺麗な銀髪からとって『銀糸』って聞いたよ」

 神官でありながら、魔術の達人……『銀糸』か。それで二つ名が付いたのか。
 俺はそんな人に少し興味が湧き、どんな人なのかソニア姉に再び尋ねた。

「あたしもも見たことないよ?でも、聞いた話だと絶世の美女だって」
「ハッ」

 俺は絶世の美女と聞いて思わず鼻で笑った、あはは〜それは僕の目の前にいる猫を頭に乗せた私の姉様のことかねぇ〜?ん〜?
 残念なことに、ギシリス先生やらソニア姉やらラエラ母さんやらを見慣れた俺はなまじ普通の男と違って耐性が付いてしまっている。そんじょそこらの絶世の美女では、今更気にも止まらない。
 だが、悲しいかな……ギシリス先生は先生だし、ソニア姉とラエラ母さんは近親だからなぁ……ハーレムぅぅう!とかテンション上げらんないわけね。
 ふと、俺の頭の中に夜に溶け込むような長い髪を一つに束ねた剣士が思い浮かんだ。

「どうかしたのグレイ?」
「え……?あぁ、なんでもないよ」

 俺は慌てて、取り繕うように誤魔化した。ソニア姉は不思議そうに首を傾げたが、特に追求はしてこなかった。
 ふぅ……あいつは今、どこで何をしているだろうか。八年前に再会の約束し、俺はこうして戻ってきたわけだけど……あいつはそんな約束を覚えてくれているだろうか?また会いたいものだ。
 俺がずっと昔に会った、戦友に思いを馳せているところで大通りを通る豪華な馬車がガラガラ音を立ててやってきた。
 町の人たちは最高神官の登場に歓喜し、道を開けて手を振ったりしている。神聖教の信徒にとって、最高神官などそうそう会える人物ではないからだろうか……人がいつにも増して多い。
 俺たちはそんな行列の後ろから、最高神官様のお姿を一目見ようと背伸びしたり、ソニア姉に至ってはユーリを頭に乗せたままピョンピョン跳ねている。それでも見えないらしく、二人ともウンウン唸っていた。
 俺は索敵スキルを展開し、大通りを通っているであろう神官様の気配だけ感じとってみる……感じるのは無数の町人の気配と大通り中央を通る神官様御一行だ。
 御一行は神官様の馬車の御者、そして馬車の前後に守るようにして騎士が二人ずつ配置されている。
 気配から察するに、全員上級ハードの剣士だろう。
 最後に、馬車内に神官様の気配……なるほど大きな気配だ。魔術の達人というのは本当のようだ。
 と……、

「あ、ユーリ!」

 ユーリが突然ソニア姉の頭の上から飛び降り、町人の混み合う行列を縫って大通りに出てしまった。

「やばっ」

 まずい……今大通りにいるのは神聖教の神官だ。ユーリが魔物だとバレるのは宜しくない。最悪素知らぬフリができるが……それではソニア姉が悲しむ。
 それは避けたい。

「ちょっと待ってて……」

 俺はソニア姉にそう告げ、トンッと地面を蹴って人の波を飛び越えた。いきなり、大通り中央に躍り出た俺に聴衆は声を静めていき、やがてヒソヒソとするような声になった。
 俺は構わず、ユーリを探し……視界にユーリが神官様の乗る馬車の前で座っているのが見え、俺は慌ててユーリを拾いに向かった。
 だが、時は既に遅く……ユーリを抱き上げた頃には馬車が目の前まで来ており、護衛騎士の方々に剣を突き付けられていた。

「貴様っ……ここで何をしている?」
「私はこの猫を連れようと……」
「猫?」

 騎士の一人である男は、俺の胸に抱かれたユーリを見て顔を顰めた。ユーリは俺に抱かれるのが気に食わないようで、さっきからにゃーにゃーうるさいが気にしない。
 騎士は暫く思考を巡らせ、鋭い視線を向けてきた。

「そんなことを言って……ライトエル様を狙っているわけではないだろうな?」
「ち、違いますよ……」

 それでも信用出来ないようで、何度か騎士の人と問答を繰り返していると……御者台から馬車内に繋がる小窓からチラッと銀髪が見えたかと思うと中からくぐもった声が聞こえた。

『何か問題があったのかしら?私はこの後も予定あるのだけれど?急いでくれないかしら』

 イラつきにも似た声に騎士は震え上がり、「かしこまりした!!」と言ってシッシッと俺を追い払う仕草を取った。なんだか理不尽だ……しかし、ラッキーだ。俺はすぐにその場から離れ、混み合う聴衆の中に潜ろうとして、ふと振り返って馬車を見てみると……馬車の窓から綺麗な銀髪と黄金の瞳を持った絶世の美女が微かに俺に微笑んでいるように見えた。
 …………助けてもらった……のか?
 いや、まさかな。
 俺はユーリを連れてソニア姉とラエラ母さんのところへ戻った。

「なにかあったの?なんだか声が聞こえたんだけど……」

 ラエラ母さんが頭上に疑問符を浮かべて訊いてきたので、俺は首を横に振った。

「何もなかったよ。さ、神官様もいっちゃったし……そろそろ夕食を買って帰ろうか」

 俺の提案に、二人は異論がないようで頷き、俺を挟むようにして二人は並んで歩き出した。


 〈トーラの町・領主邸前〉


 トーラの町の大通りを通ってやってきた神聖教最高神官……『銀糸』のフォセリオ・ライトエルなる人物を乗せた馬車は領主邸の門前で止まり、護衛騎士が門前の警備兵に話を通す。
 それから、警備兵がこの町の領主であるギルダブ・セインバーストを呼びに向かった。暫くすると、『剣聖』のギルダブと公爵のアリステリア・ノルス・イガーラが並んでフォセリオ・ライトエルの迎えに門前まで出向いてきた。
 その時には、フォセリオは護衛騎士の手を借りて馬車を降りていた。
 門前で対面したフォセリオとギルダブ……そしてアリステリアは和かな笑みを浮かべ合いながら、言った。

「遠くからご足労いただき、痛み入る」
「いえ、これも神官としての仕事だから構わないわよ。それと……もっとリラックスしてもいいわよ?固っ苦しいのは疲れるから」

 フォセリオはそう言って人好きされそうな、聖母のような穏やかな微笑みを浮かべた。
 綺麗な銀髪はシルクのようで、長い髪を頭の後ろ辺りでお団子にし、それに巻きつけるように三つ編みに結った髪がある。きめ細やかで白い肌、そしてアリステリアと同じ黄金の瞳……細くしなやかな肢体は神が創造したのかと見紛う美しさだ。
 服装は、真っ白なワイシャツのようなものを同じく真っ白なネクタイで締め、下も白一色のスカートを履いていた。
 凛とした黄金の瞳は、ギルダブに何か求めているのかじっとギルダブを見つめていた。
 ギルダブは肩を竦めると言った。

「わかった……俺はあまり言葉遣いにはなれていない。助かった」
「そう。それは何よりね」

 フォセリオはそれだけ言って、今度はギルダブの隣で姿勢良く立つアリステリアに目を向けた。

「お噂はかねがね……あ、わたくしはこれが地ですわよ?」

 アリステリアが前挨拶をしようとしたところで、ハッとなって言ったのをフォセリオは手振りだけで、「わかってるわよ」と伝えた。

「私の中じゃ、公爵は礼儀作法にやたらうるさい口先だけの大バカ野郎って感じね。でも、あなたは違うみたい……仲良くやっていけそうで何よりよ」

 フォセリオはアリステリアに手を出すと、アリステリアはその手を取って互いに友好の意を示した。
 フォセリオが公爵相手にここまで強気に出れるのは、教会の権威ばかりではない。確かに、この国の国境であり、世界中から厚い信仰をされている神聖教の最高神官となると下手な貴族よりも遥かに権力を有する。
 だが、フォセリオの場合はそれだけではない。魔術の達人……『銀糸』ということに加え、彼女が見た目に即した年齢ではないということだ。
 神聖教徒ならばみんな同じように、年上を敬うという考えを持つ。その考えに基づき、圧倒的高齢者であるフォセリオに対して下手に出るのは当然と言えた。実年齢は本人曰く、秘密らしいが……。
 ともかく、この場でフォセリオ・ライトエルという人物は最も大きな力を持っている。それでもギルダブやアリステリアが比較的にリラックスしているのは、フォセリオ・ライトエルが親しみ易い人間であるということだろう。

「さあ、立ち話もこの辺で中へ参りましょう。わたくし自慢の侍女が美味しい紅茶をご用意していますわ」
「それは楽しみね」

 フォセリオは言って、アリステリアとギルダブが領主邸へ向かうのに合わせて後ろに付いて歩き出した。
 三人が領主邸に入り、召使いたちの挨拶を受けつつ応接室にフォセリオを通して、三人は向かい合って座った。
 フカフカソファは座り心地がよく、暫く馬車の移動が続いていたフォセリオはゆったりとしたソファに感嘆の息を漏らした。それから、ゆっくりと背もたれに寄りかかり、フォセリオは寛いだ。

「いいソファね。おいくら?」
「金貨二十枚ほどでしょうか?」
「そのくらいだ」

 フォセリオの質問にアリステリアがギルダブへ確認を込めて問いかけ、ギルダブは頷いた。
 フォセリオは、「ふーん」などと言いながら天井を仰いだ。
 暫くの静寂の後に、アリステリアの侍女……アンナ・カルレイヤがティーセットを応接室に運び込み、三人の前にあるテーブルの上に紅茶を淹れたカップと、それを乗せる小皿を置いてアンナはお辞儀すると退室していった。
 フォセリオは置かれたカップに、直ぐに手を伸ばして香りを楽しみ、飲んだ。

「美味しいわね」

 フォセリオが褒めると、アンナの主人であるアリステリアがこの場にいないアンナの代わりに答えた。

「ありがとうございますわ」

 フォセリオは笑顔でさらに返して、もう一口紅茶を飲むと、カップをテーブルに戻した。
 再び沈黙が訪れると、フォセリオが応接室の窓の方に目を向けるとこう切り出した。

「そういえば……こっちに来る前に面白い子に会ったわ」

 フォセリオが唐突に言ったため、アリステリアもギルダブも反応が遅れた。とはいえ、言っていることが分からず首を傾げるだけだった。
 フォセリオはそんな二人に視線を戻し、紅茶に口をつけながら続けた。

「黒い髪でね……横の髪が変な風にはねてて可笑しかったわ」

 ふと、ギルダブとアリステリアの脳裏に一人の青年の姿が思い浮かばれた。そんな反応を示した二人に、フォセリオは眉を顰めたが特に訊く必要性を感じられなかったため、カップを置くと咳を払って言った。

「それじゃあ、本題だけど……」

 フォセリオの前置きにギルダブとアリステリアは、頭に思い浮かんだ人物を一度隅に追いやって、フォセリオの話に耳を傾けた。

「私が今、町を回っているのは神官としての仕事とは別に……教会からの命令で霊脈の調査に来たのよ」

 霊脈とは、この世界に溢れる魔力の源泉であり、その脈は人の血管のように枝分かれしている。

「霊脈調査……」

 ギルダブは何か心当たりがあるのか顎に手をやり、少し思考を巡らせてから口を開いた。

「ここ一年ほど……霊脈の流れに異変が起こっているとうちで雇っている魔術師が言っていたな」
「そう……やっぱりね。私が今まで回ってきた霊脈も変な感じだったわ。まるで…今まで止めていた脈動を始めたかのような・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 フォセリオはそんな突拍子もないことを言いつつ、真面目だった。
 アリステリアはそんな中でふと、ある昔話を思い出した。

「なんだか……昔聞いた大陸竜のお話を思い出しますわね」
「あぁ、神話に出てくる怪物ね」

 神話というとフォセリオは少し目を輝かせて話始めた。恐らく、自分の得意分野だからだろうか……。

「基礎四元素の地水火風が世界を構成しているっていう魔術的考えは知ってるわよね?宗教的な考え方だと……、

 大地を司るアークウォーク
 天候を司るスプレイン
 生命を司るバニッシュベルト
 時間を司るウィンドーラー

 アークウォークが全ての基盤となる大地を創生し、スプレインが雨を降らせて生命の起源である海を作り、バニッシュベルトが海を中心に生き物を生み出し、ウィンドーラーが全ての成長と進化……まあ、纏めるとこの四大神が世界を作ったっていうのが宗教的な考え方とされ、それに基づいて全ての宗教は成り立っていったのよ。
 例えば、私や貴方達が信じる神聖教はこれら全ての四大神を信仰し、そこから様々な教えが広がっているわ。
 他にはアークウォークのみを信仰する『浄地教』、スプレインのみを信仰する『天命教』、バニッシュベルトのみを信仰する『聖光教』、ウィンドーラーのみを信仰する『法時教』……とこんな風に色々あるわね。それで……あ」

 ここまで言って、フォセリオは話が脱線していることに気が付き、顔を赤らめると咳を払って居住まいを正した。

「た、大陸竜の話は一旦置いて……とにかく私は霊脈調査に町を回っているということよ」

 フォセリオは落ち着き払おうと、テーブルの紅茶に口をつけた。
 アリステリアとギルダブは目だけ合わさせ、そしてアリステリアがフォセリオに問いかけた。

「どれくらいご滞在に?」

 その質問にフォセリオは首を捻り、少しの間を空けて逡巡し、答えた。

「そうね……一、二週間ほど滞在してから近くの霊脈を見て、次は王都へ向かうことにするわ」
「そうですか。それでは、ご滞在の間は是非ごゆっくりなさってくださいまし」
「えぇ、是非そうするわ」

 フォセリオは最後に紅茶を飲み干すと、侍女を呼び寄せておかわりを頼んだ。

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