一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

再会

 〈トーラの町・通用門前〉


「あー懐かしい外観ね〜」
「そうじゃの〜」

 紫色の髪を長く伸ばした女性と、その女性の言葉に同意するようにして野太い声を大柄な男が放った。
 そんな二人を後ろから眺めていた夜色の綺麗な髪を一つに束ねた忍者装束の美しき剣士……クーロン・ブラッカスは大きな市壁を前に顔を上げ、ふと八年ほど前のことに関しての記憶を辿った。
 そして、懐かしさが込み上げてきたクーロンも二人に同意するように言った。

「そうですねー」

 紫色の女……アルメイサ・メアリールはそんなクーロンに対して少し意地悪げな表情を浮かべ、口を開く。

「あらら〜?クロロちゃんは愛しのグレイくんに会えるから嬉しいのかしらね〜?」

 からかうような口調にクーロンこと、クロロは顔を赤くするとアルメイサに怒るように叫んだ。

「い、愛しのとかじゃないですから!」

 弁明するも、意地の悪いアルメイサは聞き耳持たず……終始ニヤニヤと笑うだけだ。
 それを傍らから眺めていた大柄な男……ワードンマ・ジッカはまた始まったなと肩を竦めた。

「ほれ、さっさと入ろう。疲れたわい」

 ワードンマの提案にクロロは頷き言った。

「そ、そうですね。早く宿を取ってしまいましょう。それからグレイくんのお家へ行くことにしましょうか」


 〈グレーシュ・エフォンス〉


 俺が帰郷してから一週間ほど経った。相変わらずお家でのんびりヌクヌクしているのだが、ソニア姉やラエラ母さんがお仕事をしている間は暇だったりする。
 あれ?…………俺、今無職じゃね?
 あっれぇ……おっかしぃなぁ……早く王都に行って兵士になりたいところだが、先日ソニア姉が送った了承のお返事の返事が向こうから来ていないために日程も分からないところだ。
 そろそろ来てもいい頃合いだと思うのだが、まだまだ来ない。
 あー焦る……なにこの俺だけ仕事してない感じ……あ、逆に落ち着いてきたわ。
 いや、ダメだろ……それぇ……。
 俺は椅子に座りつつ、テーブルにベタァっと突っ伏し、暫くくだらないことを考えていると……コンコンという戸を叩く音にバッと立ち上がって、俺はパタパタと扉の前に立ってノブに手をかけた。
 お手紙がきたかな?と思いつつ、ノブを回して戸を開けると……、

「はぁい、グレイちゃん」
「…………」

 少しの間を空けて、俺は目の前の紫色の髪をしたSっ気のある人物のことを思い出した。

「アルメイサさん!」

 俺が八年前にお世話になった冒険者の一人だ。その隣では、軽く手を挙げて立つ大柄なワードンマがいた。

「ワードンマさんもお久しぶりですね」
「うぬ、久しいのお。大きくなったのじゃ!」
「そうね〜でも、あんまり変わってないわね〜?すぐに分かったわよ?」
「お二人も八年経ったというのにお変わりないようで」

 ワードンマは妖精族だから、総じて寿命は高い。アルメイサは人族だが、クロロと同じで長寿の紫髪ライテイ種という種であるため、八年経った今でも見目麗しいままなのだ。
 ふと、俺は夜色の髪をしたクロロがいないことに首を傾げた。

「すみませんが……クロロさんは?」

 俺が尋ねるとアルメイサさんは面白そうに笑いを堪え、ワードンマは呆れたようにやれやれと肩を竦めていた。
 えーなにー?

「むふふ〜ねぇ、グレイちゃん?」
「……」

 俺は悪戯を仕掛ける時の大人の女性の笑顔を見て、思わず顔を引きつらせた。
 あ、アカン……アカン人やこの人ぉ!
 アルメイサは相変わらず怖い笑みを浮かべつつ、さらに続けた。

「実は私達、今日こっちにきてね?クロロちゃんは宿を取っているのよ。月影亭っていう宿にいると思うから〜ちょっと行ってきてくれるー?」
「え……なんで僕が」
「いいから。早くいきなさい」
「あ、はい」

 有無を言わせぬ迫力にたじろいだ俺は返事をしてしまった。な、なにを企んでいるかは知らないが……クロロを呼んでくるだけだろ?大丈夫……アルメイサも特に他意はないはずだ。
 俺は言われた通りに実家から、町へ入って月影亭というところを目指した。町に入ってからずっと、背後にアルメイサやワードンマの気配がしている……隠す気もないようだが、やっぱり何か企んでいるようだ。
 いやだなぁ……と思いつつ、月影亭に到着した俺は、古く趣のある宿の店主からクーロン・ブラッカスという人物の部屋番号を聞き出し、そこへ向かった。
 二階の一号室……その扉の前に立った俺は、ノブに手を掛けて……ふと、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
 このまま開けると俺はムフフでウハウハな展開に遭える・・・気がする……ただし、その他主人公の歩んできた道を辿ることになりそうだが……どうしようか。
 ここで戸を叩けば、何事もなくイベントは終えられる……アルメイサの企みも回避出来る……気がする。
 だが、それは一男としてどうだ?いいのか?それで……目の前に楽園があると分かっていていかない男がいるだろうか。いや、いる筈ない。
 部屋の中からは、懐かしいクロロの気配がしている。俺は俺の直感を信じ、ただ我が道を行く!
 ガチャ
 と、部屋の扉を無造作に開けた俺は……息を呑んだ。

「え……?」

 俺の視線の先には素っ頓狂な声を出し、呆然と俺のことを見ているクロロがいた。
 八年前と寸分違わない美しい姿……そこに衣服はなく、クロロのきめ細やかな白い肌が露わになっており、胸にある大きな実は支えがないのにも関わらず張りを保ち、鍛え上げられた腹筋は程よく締まっている。
 スラリと長い手足に、煌びやかな夜色の髪は一つに束ねられていない。
 これはもうどうやって表現したらいいか……俺の直感と決意に精一杯の賞賛を送りたい。お陰様で良いものが見れた……。
 クロロは手に身体を拭く布を持っており、どうやら汗を拭いていたようだ。
 俺がクロロのダヴィデな姿を眺めて、ここまででおよそコンマ数秒……俺からしたら永久ともいえる至福で眼福な時間……と、ここでクロロが疾風ともいえる速さで、手を伸ばして届く距離にある刀の柄を掴むと、刹那の合間に床を蹴って俺の首元に刃を突きつけてきた。

「クロロさん」

 鋭い眼光を放ちながら俺を下から見上げるように睨みつけるクロロに対して、俺は刀を突きつけられながらも冷静に声を掛けた。
 すると、クロロの瞳から殺気が消えると同時に表情に喜色の色が浮かんだ。

「あ……あぁ!もしかして、グレイくん?」

 八年前の俺の姿を想起でもしているのだろうか。懐かしそうにしている。
 俺は咳を払いつつ、飽くまでも冷静に紳士的な態度で言った。

「とりあえず……刀を仕舞って欲しいです。あと、色々モロ見えです」

 俺が言った瞬間、今の自分の霰もない姿を思い出したのか、「ひゃあ!?」と奇妙な奇声を発して俺から離れると、宿のベッド上に飛び込んでシーツに包まり、恥ずかしそうに染めた顔を俺に向けてきた。

「い、いつまでいるんですか!」 

 クロロはそう叫んで枕を掴んでぶん投げてきた。俺は半身になって、上体の動きだけでそれを避けながらクロロに言った。

「あー……いえ、戦う女性の中には裸を見られても平気だという人もいるのでクロロさんもそういう類いの人かと……」

 衣服着用の文化の中では、男だろうが女だろうが裸を見られるのは恥ずかしいこと……というのがこの文化に生きる人々の共通理解であるのは今更言うまでもない。
 だが、戦場に生きる人々が戦場で服を破られて恥ずかしがっていては殺されてしまう。だから、こういった文化圏の人々……特に女性の戦士は裸を見られても平気なように訓練したりするらしい。
 これが意外と厳しい訓練らしく、この文化圏に生きる人々は深層意識の中で裸を見られることをどうしても恥ずかしがってしまい、その迷いが剣線を鈍らせる。
 まあ、中には裸?なにそれ?見たいなら見れば?みたいな人もいるけど……。
 クロロは俺の言葉に応答すると同時に枕を投げてきた。

「わ、私は見られるの……恥ずかしい部類です!でも、戦場で恥ずかしがるわけにもいかないですし……だから、見られる前に殺してしまおうと……」

 おっかない!

 クロロさんの思考がナチュラルにバイオレンスなことに驚きつつ、眼前に迫ってきた枕を避けた俺は、一度部屋の外へと出た。


 ※


「あははは!」
「……趣味悪いのぉ」

 お腹を抱えて笑い転げるアルメイサをワードンマが呆れた目で見ていた。
 俺も全く同感であると、肩を竦めた。

「もう!アルメイサさん!貴方って人は……」

 クロロはかなりご立腹な様子で、俺の隣で向かい側に座っているアルメイサを恨めしそうに睨んでいた。
 俺たち四人は宿屋一階の食事処へきており、四角形のテーブルに四人で挟み込むように座っている。
 俺の隣に座っているクロロは頬を膨らませて子供っぽく怒っている。なんだか面白い。
 と、俺がクロロを見て笑っていることに気がついたのかクロロがジロリと視線を俺に向けてきた。
 おぉ……怖い怖い。

「なんだか他人事のように思っているようですが……ぐ、グレイくんは私の裸を見たんですよ?」
「うん」

 俺は思わずクロロの胸に向きそうになった目を何とか踏みとどまらせ、それを誤魔化すように天井を仰いで口を開いた。

「まあ、あれですよね〜意外ですね。クロロは一流の戦士ですから、裸を見られても何も思わない人かと」

 俺が言うと、クロロはムッとなった。だが、これに答えたのはクロロではなく向かい側でニヤニヤし続けているアルメイサだ。

「クロロちゃんは昔はそうだったのよー?」
「へー昔っていうと……どれくらいですか?」
「んー?そうね……ワードンマがまだ二十の時ね?」
「あーそうじゃったのぉ。まだ、ワシが餓鬼のころじゃったな」
 二十で餓鬼ね……やはり妖精族は年齢観が違う。

「私達が出会ったばっかりの頃……もう二十年前かしらねー……クロロちゃんが現役だった頃ね」
「現役?」

 俺は何のことだろうかと首を傾げた。アルメイサはニッコリ笑うと俺の疑問に答える。

「クロロちゃん……『月光』の二つ名で剣術の達人なんて呼ばれてたのよ〜」
「わわっ!や、やめてくださいアルメイサさん……恥ずかしい」
 クロロは顔を赤くしてアルメイサに抗議をいれるが、そんな反応が面白いようで全て流している。やっぱりSだ。
 にしても……『月光』ね。
 ごめん……それもう知ってるんだわ……。
 俺が修行に出た霊峰『フージ』の山は達人を目指す……もしくは達人達本人が住まう猛者の巣窟だ。その中には勿論、剣術の強者も多くいた。
 そいつらの中に、『月光』という二つ名で呼ばれていたクロロの話を聞いたのだ。あの時は驚いたものだ。確かにクロロは強いが、達人ほど強いとは思えなかったのである。
 しかし、『月光』の真の力は二刀流……刀の刃と鞘を持つ奇妙なスタイルで有名だった。
 今では『月光』について知っているものは少ないらしいが、剣術家達の中では今でもクロロは有名人だというしな……。

「まあ、そんなわけで現役の頃は大丈夫だったのよ?ただ、達人を引退してから突然気にしだしたのよねー」

 アルメイサは首を傾げて言った。
 クロロはそれを受けて小さくなった。答えるつもりは特にないようだ。
 俺は一息吐いて、ふとあることを思い出したした。

「あーそういえば昔ってーと……クロロさん?あの約束覚えてますか?」

 俺が言うと、クロロは心外だとばかりに肩を竦め、頬を膨らませたまま横目で俺を見て言った。

「勿論です。そのために私はグレイくんに会いに来たんですから」

 なんだか態度が子供っぽいのに仕草は酷く大人っぽい。

「そうか……」

 俺は頷きつつ、隣のクロロへ目を向けて口の端をニッ上げて笑ってみせた。

「僕……前よりも結構強くなったんですよ?」

 少し過信しすぎかもしれないが……それでも自分の弓や剣などの実力には自信がある。
 俺の言葉にクロロは意外そうな顔をしてから、ふっと笑って肩に掛かっている綺麗な髪を払い、言った。

「変わりましたね」
「……?そうでしょうか……?」
「ええ。これくらいの頃はもっと自信無さげでしたよ」

 クロロは懐かしそうにいいながら、手で当時の俺の身長の高さを示していた。その姿は久しぶりにあった親戚の叔母さんだ。とはいえ、クロロの見た目は到底叔母さんには見えないんだけど……。

「良い変化です。自信は大切ですからね。自信は迷いを消してくれますから……」

 クロロはニッコリと俺に微笑みかけると、自身の腰に帯びている刀の柄に触れた。

「今こそ、あの時の約束を果たしましょう。私……やりたくて仕方がなかったんです」

 ちょっと、後半の部分だけ取って聞くと大変卑猥に聞こえてしまうのだが……全く、これだから思春期の脳味噌はダメなのだ。もう、思考がナチュラルにエロティックなんだよなぁ……自重しないとな自重。

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