一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

VSクロロ

 〈トーラの町近郊・霊脈付近〉


 フォセリオ・ライトエルは霊脈調査のため、四人の護衛を連れてトーラの町の近郊にある湖へと足を運んでいた。
 フォセリオは湖の外縁部から水質を確認しつつ、スカートやらワイシャツやらの着衣を脱ぎ捨てて薄着で湖の水に足だけ浸かった。
 護衛の男性諸君は、そんな見目麗しいフォセリオの霰もない姿に大変ドギマギしつつ、背中を向けるあたりはさすがに貴族出身の騎士なだけはある。
 そんな彼らがフォセリオを、「はしたない女」と注意しないのは霊脈の調査に必要なことであり、フォセリオが圧倒的実力者であることが大きい。
 フォセリオの霰もない姿を見たら自分の首が危ない……そんな思いから背中を向けているのであって、彼らが紳士的な思惑から背を向けているのでは断じてなかった。
 フォセリオはそれを知っているために、彼らに対して何も思わなかったし、年下に霰もない姿を見られたところでどうとも思わない……フォセリオはそういう類いの人物だ。

「ふー……冷たくて気持ちいいわね」

 こういうところには是非とも仲の良い友人などと来て、ゆっくりとしたいものだとフォセリオは思ったが、最高神官であり、達人であり、そして長い間生きている彼女に友人と呼べる者は誰一人いない。
 そのことを思い出して、フォセリオは自重気味に笑いつつ、気を取り直した。

「しっかりしないと……えっと、霊脈の流れは……」

 湖に対して、フォセリオは広範囲に自身の魔力を伸ばして霊脈の流れを調べ始めた。そしてフォセリオは湖を汚染する超高濃度の魔力を感知し、思わず悲鳴をあげた。

「な、なによ……これ。湖の中心部の魔力濃度が高すぎるじゃない」

 外縁部に足を浸しただけでは分からなかった。だが、これは異常だ。
 本来ならば、この湖の霊脈は少しずつ魔力を湖に流していき、濃度の高い魔力に汚染された湖の水は蒸発して大気中で分散し、濃度を薄めていく筈……だが、水が蒸発するスピードを遥かに超えて魔力が湖に漏れ出ている・・・・・・
 これは非常にまずい……これだけ密度が濃いと深刻な魔力汚染によって凶悪な魔物が出てくる可能性がある。
 魔物とは、密度の濃い魔力に汚染されることで生まれる。普段、大気中の魔力密度は人間も含めたおよそ生物といった類いによって薄められている。所謂、魔力の回復というのはそういうことなのだが……そのために人の多い都市部では動植物の魔物化は起こらない。
 しかし、一度人里離れれば街道沿いであったとしても凶悪な魔物が現れる。
 これが魔物の分布の仕組みである。
 フォセリオは兎に角早く、この汚染された湖の水を蒸発させるために自身に使うことの許された火の元素を操って、上級ハード火属性魔術【フレア】を発動させた。
【フレア】が発動すると、フォセリオの頭上に巨大な太陽と見紛うような炎の塊が出現し、湖の水を少しずつ蒸発させていく。
 全て蒸発させてしまうと、環境を破壊することにもなる上、大気中の魔力濃度が上昇するため、量を調整し、フォセリオは的確に対処をしていく。
 さすがは達人……絶妙な魔術制御により瞬く間に湖の魔力汚染を浄化していく。
 それを傍らで眺めていた護衛の騎士達は、思わず声を上げてしまうほどの手際だ。

「ふぅ……」

 これで終わりだろうと、【フレア】を消してフォセリオは一息を吐いた。
 水嵩が半分ほども減ってしまっているため、少々植生などに影響があるかもしらないが……まあ、大丈夫かなとフォセリオは最終的には全てを投げ出していた。
 大仕事が終わると細かいことはどうでも良くなる性格なようである。

「それじゃあ、町に戻って報告を……」

 と、フォセリオが護衛騎士に声を掛けようと湖から振り返ったところで目を見開いて硬直した。
 護衛騎士の姿がなかったのだ。
 否、正確には姿はあったのだ。だが、それはもはや人の形を成しておらず、それが護衛騎士の姿かと言われると頷くのも躊躇われるような無惨な姿に変わっていたためだ。

「う、うそ……」

 護衛騎士全員の身体の上と下が分かれているのである。
 どうして、そのようなことになっているのか……フォセリオは視界に捕らえた一匹の獅子が原因だと直ぐに気が付いた。

「くっ……」

 獅子の魔物……ヒャクジュウオウと呼ばれるこの魔物は、硬質な皮膚により斬撃や打撃は全て弾かれ、身体全身を覆う高密度の魔力によって魔術攻撃すら阻害されてしまうという厄介極まりない魔物なのである。
 弱点は雷属性であるが……運の悪いことに『銀糸』のフォセリオ・ライトエルは神官であるがために雷属性など使えなかった。

(こ、困ったわね……ゴリ押しすれば倒せるかしら……)

 あまりにも相性が悪すぎた。力任せに倒せるものかフォセリオは検討してみるが、ヒャクジュウオウか襲いかかってきたために咄嗟に後ろへ飛び退いた。
 と……、

「あっ」

 フォセリオは着地に失敗して、その場ですっ転んでしまった。
 確かに彼女は強い……しかし、それは魔術の話であり、彼女の身体能力はもはや並みの一般市民のそれよりも遥かに劣っていた。さらにいえば、彼女は魔術……それも浄化や治療魔術に特化した非戦闘能力に特化していた。とても、戦いに向いていないのである。
 フォセリオは、その一瞬の虚を衝かれヒャクジュウオウのタテガミがウネるように動くとフォセリオを捕まえ、そのフサフサとしたタテガミの中に取り込んでしまった。

「うわぁぁ!?ちょ……離しなさいよ!」

 フォセリオは抗議をしつつ、ヒャクジュウオウをポカポカ殴ったりするのだが効果はないようだ。
 タテガミの中てギャーギャー騒ぐフォセリオを無視し、ヒャクジュウオウはその強靭的な四肢でもって人を求めて、人の多くいるトーラの町へと歩を進め出した。


 〈グレーシュ・エフォンス〉


 俺とクロロ、そしてアルメイサとワードンマの四人はトーラの町から少しばかり離れた平原のど真ん中で対峙していた。
 俺とクロロが向かい合うように立ち、他二人は何やら実況席を設けてこちらを眺めていた。

「さぁて、面白くなってきたじゃない。ねー?お爺ちゃん?」
「だれがお爺ちゃんじゃ!しかし、まあ……興味深い試合になるじゃろうな」
「それでは、簡単なルールを説明するわよ」

 アルメイサは一拍置いてそう言うと、俺とクロロにルールの説明をする。

「勝負は三本勝負よ。基本的に寸止めだけど、まあ擦り傷も一本と見なすからね〜。あとは特にないわ」

 寸止めか……しっかし、擦り傷も無しとはなかなかエグい。
 俺はうへぇーとなりながら、目の前で刀の柄に手を置くクロロに目を向けた。クロロは目を伏せて、風邪で靡く綺麗な髪を抑えることもなく悠然と立っている。そんな姿についつい見惚れる。

(まさか……過去に背を預けた相手と戦うことになるとはな)

 この言い方だと、まるで敵対しているようだが……もちろん違うよ?うん。
 俺が下らん思考を巡らせていると、クロロは瞳を閉じたままで口を開いた。

「ふふふ……グレイくんがまだ小さかったころから戦友として背を預け合い、戦場を駆けたことを思い出しました。懐かしいですね」
「そうだな。俺も丁度思い出していたよ」

 と、思わず素で返しでしまったが何だか今更気を遣ったり、敬意を払う間柄でもない気がして俺はいいかなと思った。
 俺とクロロは一言言葉を交わすと構えた。
 そして、アルメイサの合図は唐突だった。

「はじめ〜」

 ちょっと……やる気無さすぎだろ。
 そう思った刹那、刀を鞘に納めたままのクロロが一足で自分の剣の間合いに俺を捉え、日本の達人よろしく剣線の見えない居合切りが俺の頭上を通り過ぎた。
 危なかった……咄嗟に身を屈めたお陰で避けられた。
 俺はクロロの間合いから逃れるために腰を落としてパワーボジションを作り、後ろに回転するように飛び退いた。地面に手をつきながら後方へ逃げつつ、錬成術で弓と矢を生成する。
 俺は地面に足を着いたと同時に膝を曲げ、上体を起こすと同時に背中を張って弓を引いた。照準は既にクロロへと向けられ、この間僅かコンマ数秒……照準合わせなんて基本中の基本だ。
 俺は大きく左へしなるように矢を一本放つ。
 大きく弧を描いて左へ放った矢は、綺麗なカーブを描きつつ、クロロの左脇目掛けて風を切って飛んだ。
 クロロは居合斬りの時に片手で握っていた刀を両手で握り直し、それを上方へ切り払った刀で防いだ。
 さすがの反応速度……だが、と俺は最初に放った矢とは別に、既にもう一本の矢を右に放っていた。
 それは大きくカーブしてクロロの右脇を捉え、切り払ったばかりのクロロは気付きながらも回避出来ず、俺の放った矢はクロロの脇腹を掠っていった。

「一本」

 俺がふふんという感じで言うと、クロロは口をへの字にして悔しそうに顔を赤らめた。

「な、なるほど……強くなりましたね」

 クロロは飽くまでも俺より優位に立ちたいようで、そう言った。

「ぬぅ……凄まじいのぉ。全く矢の軌道が見えんかったわい」
「そうねー……私もびっくり」

 ワードンマとアルメイサでも見えない矢……実際、その通りで俺はそこそこ本気で矢を放った。岩をも砕く威力があると我ながら自身のある一撃だったのだが……見切られた上に一本防がれてしまった。
 さすがはクロロといったところか。
 俺は油断なくクロロを見据えて弓を構える。すると、クロロは苦笑交じりに俺に言った。

「さっきの一撃……とても重かった。それに矢があんな風に襲いかかってくるとは夢にも思いませんでした。この八年で本当に腕を上げましたね」

 素直な賞賛についつい嬉しくなった俺は、それでも照準を外さないようにしながら答えた。

「まあ……な。自分から離れていく矢を自由に操るのは大変だったよ」

 弓術の極致には達していないものの、それでも俺はそこにある理を知ることが出来た。

「なるほど……私ではもはや勝てませんね」

 そんなことを言いつつ、クロロは腰に帯びている鞘に左手を添え……、

「それでは少し・・本気を出します」
「っ!」

 次の瞬間にはクロロの姿が視界から消え、俺の眼前にクロロの鞘があった。
 辺りに衝撃が走り、クロロの髪がバサッと広がる。

「一本です」
「……」

 俺はあまりの速さに驚きを通り越して呆れた。

「お前……二刀流になっただけここまで変わるのか?」
「はい。私の本来のスタイルに戻るわけですから……力の入れ具合がこちらの方がしっくり来るんですよ」
「あっそう……」

 俺は返しつつ、これはまずいと額に脂汗を浮かべた。
 獣人であるギシリス先生よりも遥かに速いのだ。それはもう、人間の動体視力を超えているとかそういう次元じゃない。

「……ふぅ」

 俺は一息吐くと、弓を空に投げ捨てた。クロロはその一瞬、視線を俺から空に投げられた弓へと向け、俺はその隙にクロロの左腕を右手の甲で弾き、腰を落とした姿勢のまま一歩前進……そこに腰から肩にかけての関節の捻りを加え、最後に後ろの足を伸ばし、左手でクロロの腹部に打撃を打ち込んだ。
 もちろん寸止めだ。

「……っ」

中級ノーマル滅剣流体技【吹空蝕砲ふくうしょくほう】……二本だ」

 ふっ……きまった……。
 俺は前髪を払い、ちょっと気障っぽくキメてみた。

「むむむ……」

 クロロは油断している俺の手を払うと、今度は刃の方で俺の首筋に寸止めした。

「二本です!」

 ちょっと怒ってる……怖い。

「なんじゃー?思ったよりも単調な試合じゃのぉ」

 ワードンマは俺とクロロの戦いを見た、そんなことを言った。

「ふっふっふ〜だからあんたはお爺ちゃんなのよ」
「なんじゃと!!」
「うるさいうるさい。いいから見てなさい……ここからが本当の達人同士の戦いよ」

 ワードンマとアルメイサの実況を聞きつつ、俺は内心でどうするかなと思考を巡らせた。
 達人同士の戦いが見せられるかはさておき、まあ二刀流のクロロに負けないように精々頑張るとしよう。
 俺とクロロは仕切り直すために、まるで示し合わせたかように互いに飛び退き、距離を取った。
 対峙するクロロは、両手に握る二対の刃を構える。鞘を握る左手を前にし、刃のある右手を後ろにして上で構えた。腰を落とし、半身となったその構え……一足で俺を間合いに捉え、初撃は鞘、それに続けて刃でという高速乱舞を叩き込んでくる構えだと俺は予見した。
 それら全てを避けつつ、超至近距離で弓を放つのは至難の技だ。もう、剣使っちゃおうかなぁ……とか考えてみたりするが、剣の達人に剣術を挑むのは明らかに不利だ。
 俺の剣術も体術も、限りなく達人に近い動きは出来てもそれまで……俺は弓極めた。だったら、やるべきことは決まっている。

 この二刀流の剣士が間合いに入ってくる前に射抜く!!

 何が合図になったかクロロは動きだし、予想通り一足で間合いを詰め、まずは左手の鞘を腰の捻りを加えて振るってきた。
 その速度は大気を震わせ、余波だけで地面を数メートルほど抉り取った。
 ギリギリで躱すのは危険過ぎる……俺は後ろに飛び退きながら矢を構えてクロロへ放った。
 ズガンッと鈍い音を立てて、俺の手から放たれた矢はクロロの右肩を狙って飛んでいき、クロロは俺に向かってまた一歩前進しながら、飛んできた矢を避けるために前方に飛びながら身体を捻り、宙を舞いながら避けた。
 再び間合いに入れられた俺は、膝を折ってクロロの目で終えないほどの猛烈な速さで頭上を通り過ぎる剣を避け、そのまま後転するようにして地面に手をついて、そして後転倒立の要領で立ち上がる。
 その時にはクロロの剣が眼前に迫っており、勢いそのまま上体を反らしてそれを回避しつつ、ロクにクロロを見ずに矢を放った。
 その矢はクロロの胸に向かって進むのだが、クロロが切り払ったばかりの鞘とは別の……刃の方でそれが防がれてしまった。
 ガードが固い……こういうときは胸の服が破けるもんだろ……そういうガードじゃねぇってな。
 俺はさらに後退し、クロロの額、脇腹、太腿と矢を間隔なく放つ。クロロは俺の放った矢を前進しながら、上体を屈めて額の矢を避け、それで避け難くなった脇腹の矢と太腿への矢を鞘と刃で弾いた。
 カンカンっという金属の衝突音……クロロは再び一足で間合いを詰め、身体を捻り、視認し得ないほどの剣速でもって己の剣を振るった。
 …………俺はその大気を震わせるほどの豪剣を前に、特に気構えることなく首の動きで鞘の突き攻撃を躱し、刃の胴への斬り払いを敢えてクロロに向かって前進して密着することで回避した。

「なっ」

 まさか前進されるとは思わなかったのかクロロは驚きの声を上げた。
 俺はクロロを胸に抱くような姿勢から、クロロの右手を左手で取り、右手をクロロの首筋に回し、身体を反転させて腰がクロロの腹部に密着すると同時に足のバネを使ってクロロを宙に投げ飛ばした。
 地面から引っこ抜かれたクロロは、宙で逆さまになりながらも体勢を立て直そうとしている。俺はその隙を逃さず、矢を放った。
 クロロは眼前に迫る俺の矢を、なんと剣を振るった反動で起こる衝撃波で自分の身体を空中で吹き飛ばして避けやがった。
 その反射神経と判断力に舌を巻きつつも、俺はクロロの着地際を狙って矢を放った。
 着地したクロロは、着地と同時に腰を落とし、鞘を握る左腕を振るって俺の矢を弾いた。

「……なるほど」

 クロロはポツリと眼光を鋭くした。クロロの瞳に月光が宿ったかのような光……。『月光』という二つ名の由来……その片鱗が現れた。

「いきます……」

 普段のクロロからは考えられない冷たい声……まるで夜間に吹く冷え切った風のようだ。ふと、稲光が走ったかと思うとクロロの剣が眼前にあった。

「っ!?」

 俺は目を見開いて驚きながらも、何とか上体をズラして躱して、続いてきた刃を逆側に身体をズラして再び躱した。
 と、ここでまた稲光が走るとクロロは俺の背後に回っており、鋭利に尖った牙を剥き、俺に噛み付いてくる。
 俺の首筋に向かって振るわれた刃に対し、俺は僅かに首を動かすことで回避し、後ろも振り向くことなく後手に弓を引いて放った。
 俺が編み出したトリックショット……完全に相手の意表を突くことが出来る攻撃だ。
 クロロはこのトリックショットに反応が遅れ、一瞬だけ俺の放った矢を弾く動作が遅れた。
 その一瞬の間隙に俺は前方に飛び、宙で逆さまになりながらも弓を構えて弦を引き、番えた矢を放った。
 しかし、それでもクロロはその矢すらも弾き、再び開いた間合いを詰めようと地面を蹴る。その速さは光の速さ……稲光が見えたときにはクロロが懐へ潜り込んでいた。
 速すぎっ!
 は、早い女は嫌われるんだぞぉ!?
 俺は逆さで宙を舞っているこの身を守るために地面に右手を付いて飛び、着地する寸前で身体を捻ってクロロの方を向いた。
 それと同時に矢を放って、クロロの振るってきた剣を同等の威力でもって弾き返した。

「なっ!」

 その威力にクロロは驚きの声を上げ、上方へ弾き飛んだ刃を握る右手を引き戻そうと身体を前へ押し出す。
 俺は後ろに飛び退きながら、矢を放つ。
 引き撃ち……後ろに下がりながら撃つ技術だ。弓ではなく、銃などでの戦い方なのだが……これは下がることで被弾率を低くし、かつ自分に向かってくる敵は被弾率が高くなるというものだ。
 これは相手が剣の達人なら尚有効……しかし
 、クロロがあまりにも速すぎて直ぐに間合いに入れられてしまうので意味を成していない。別の戦術を立てる必要があるようだ。
 クロロは俺の放った矢を全て弾きつつ、間合いを詰めるために足に力を込めた。その時、クロロはワンテンポ置いて腰を低くしたと同時に稲光が走り、気付いた時には間合いに入っていた。
 あ、アカン……やっぱり速すぎて見えんわ。しかし、予備動作は見切った。クロロは間合いを瞬時に詰める閃光のような速さを生むために腰を落とす動作をする。
 あの動きからすると、クロロは見えない速度でただ真っ直ぐに俺へ向かって走って来ているのだろう。
 なら、いくら速くても来る方向が分かれば……問題ない。
 俺は肉迫する距離にまで詰めてきたクロロが振るってきた剣を二連続で危なげに躱しつつ、次に来る返す刀から逃れるように飛び退いた。
 クロロはそこで深追いせずに溜めを作り、魔力を練り上げる。
 剣技を使う気か?
 俺は空気の流れが変わったことを察知し、弓の照準をしっかりとクロロに定めた。

「当たりませんよ……今の私には!固有剣技【シャドウストライク】!」

 クロロの身体を闇が包み込み、それは稲光が走ると同時に霞むように消えた。
 俺は構わず直線上に向かって矢を放った。だが、俺の放った矢は今までとは違っていた。
 俺から放たれた矢は大気を揺らすクロロの豪剣と同等の威力をもち、視認し得ないほどの速さで射線上を駆けて行く。
 ズガガンという鈍い金属音が聞こえたかと思うと、俺の視線上に刃と鞘を十字にして俺の矢を受けた、クロロの姿があった。その足元には数メートルほど押されたような跡が残っている。
 クロロの表情は驚愕に染まっており、その揺れる瞳は俺を捉えていた。
 そんなクロロに対して俺は答えるように口を開いた。

「まあ……やっと身体が温まってきたからな。こっからが本番だ……」

 やはり、後ろだけ取って聞くと卑猥に聞こえる……不思議!

「のぉ……アルメイサ」
「なによ」
「身体が温まっただけであれだけ変わるものなのかのぉ……」
「変わるんじゃないのー。実際、クロロちゃんだって二刀流になっただけで変わったんだし……達人にとってはチリ一つの誤差で結構違うんじゃないのかしらねー」
 俺は実況に耳を傾けつつ、そんな会話に苦笑した。
 達人級マスター同士の戦いはコンマ数秒を争う脊髄反射的な戦いだ。どれだけ身体に鞭打って、反射的に身体が動くかの戦いになる。
 その上で、勝敗を決めるのは自分の持つ技というよりも必殺技だ。剣技やら弓技やら……それが達人の戦いだ。
 俺が霊峰で学んできたことは達人相手に通用している。間違いなく……『月光』と呼ばれた剣術家の最高峰と互角に渡り合えている。
 ちょっと嬉しい……。
 俺は矢を番え、再びクロロを照準に収めた。

「いくぜ……」

 ちょっと格好付けて言って、俺は矢を放った。衝撃が一帯に走り、大気を震わせ、貫いていく矢をクロロが刃で弾こうとして……、

「っ!」

 クロロの右腕が上方に弾き飛び、俺の矢も弾かれた。だが、明らかにさっきまでとは違う。

「よぉし……」

 俺はこの勢いに乗っていこうと……足を一歩踏み出したところで、こっちに近づいてくる大きな気配に気が付き足を止めた。
 クロロもその気配に気が付いたのか、鋭い眼光をその気配のする方向に向けた。
 …………と、段々と視界の中に大きな影がこっちに近づいてくるのが見えた。それは大きくなっていき、やがて姿が完全に見えるようになった時にクロロが叫びを上げた。

「ヒャクジュウオウ!」

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