一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

出会い

 ※


「え……ちょ、マジで何あれ」

 俺は地響きを立てながらこっちに走ってくるライオンのような巨大な魔物を見て、頬を引き攣らせた。
 クロロはヒャクジュウオウと言っていたか……。
 ヒャクジュウオウは獅子が魔力汚染を受けて魔物化したものだ。通常、魔物化する動物というのは脳味噌の中にあるという魔力保有領域ゲートが大きいほど強力な魔物に変身する。
 獅子は人間に次いで魔力保有領域ゲートが大きく、魔物化した時の強さは尋常ではない。
 ヒャクジュウオウの実物を見たのは初めてだ。

「グレイくん!」

 俺はクロロの呼びかけに呼応するようにして大きく左へ飛んだ。
 そして、先ほどまで俺とクロロの立っていたところにヒャクジュウオウの強靭的な爪により、地面が大きく抉られていた。
 クロロは俺とは逆方向に飛んで逃げたようで、ダメージはないようだ。

「グルル」

 唸るヒャクジュウオウはギロリと、この場にいる四人を睨みつける。

「こりゃあ大きいのぉ」
「普通のヒャクジュウオウじゃなそうねー……」

 ワードンマとアルメイサは既に臨戦態勢に入っており、各々武器を取り出し、魔術の詠唱の準備したりしている。
 俺とクロロも目の前で強い存在感を放つヒャクジュウオウを見据えつつ……ふと、ヒャクジュウオウのタテガミの中に頭からズッポリ刺さっているような……そんな人の下半身が見えた。
 女性のようで、パー……ツーーが丸見えだ。白だ。純白の……。
 しかも、その下半身はジタバタとしているのでさらに酷いことになっていた。
 これは健全では……あ、いや……ある意味健全か?俺、十六歳だけど大人だし……うん。不健全でも全然おーけー。
 いや、ダメだろ……。
 と、俺が変な思考に耽っているところにヒャクジュウオウの前足が俺目掛けて襲ってきたので、再びその場から飛び退いて避けた。
 俺は地面に着地してからヒャクジュウオウのタテガミの中に埋もれる女性の下着を眺めつつ、どうしてこんなところにヒャクジュウオウのようなランクの高い魔物がいるのだろうと思案した。
 ヒャクジュウオウはクロロの職業である冒険者の中では、ランクAという。この上にSがあることは言うまでもないが、下がEまであることを考えるとどれだけ危険な魔物か分かることだろう。
 とはいえ、この場にいるアルメイサやワードンマ……それにクロロからすれば屁でもない相手なのだろう。全員冷静に状況判断をしている。
 ふむ……まあ、どうしてヒャクジュウオウがここにいるのかは一先ず置いておくとしよう。まずはあの下着が丸見えの丸裸な綺麗な白い足の女性を助けるのが先だ。
 今気が付いたが、俺……めっちゃガン見しとるやん……これは紳士としていかがなものかと思う。自重しよう自重!
 俺は頭を振って、煩悩を振り払ってから……弓を構えたが、先にクロロが動いてヒャクジュウオウのタテガミを二対の剣で綺麗に剃り上げてしまい、その中でタテガミに絡まっていた女性がそこそこな高さから地面へと落ちた。
 俺は構えを解くと、その女性の着地点まで走っていきスライディングしてギリギリ受け止めた。 

「ふぃー……危なかったぁ」

 何とか助けられた……俺はヒャクジュウオウの背後に着地して刃を格好良くブンブン振るうクロロに対して、俺は地面に背を預けて助けた女性を抱えつつも半眼でクロロを睨んで言った。

「ちょっとクロロさーん?助けるなら最後までやってほし……」

 俺は言いかけて、胸中に抱いている女性がジッと俺に視線を向けていることに気がついて抗議の声を思わず止めてしまった。
 俺をジッと見つめる女性はとても美しく、クロロとはまた違った美しさに俺は一瞬見惚れた。
 クロロは戦う女性という感じだが、この女性はなんだかお姉さんとか……そう、年上のお姉さんって感じだ。それでいったらアルメイサもそうだけど、アルメイサは……ほら、Sだから。ドが付くSだからなぁ……。というかこの人……下着姿んやん。

「っ!上から来るわよ!」
「おっ」

 俺は目の前の女性に言われて、自分の身に影が落ちていることに気が付いた。
 ヒャクジュウオウの前足が俺達の頭上にあったのだ。
 これはヤブァイ……。

「【ブースト】」

 ビリッと脳から身体全体に電撃が迸る。その電撃が通った後は全ての細胞、組織、器官……身体の作りが変化し、俺自身を塗り替えていく。
 電撃の次は、魔力保有領域ゲートから引き出した魔力が身体を覆い、次の瞬間には魔術の発動完了を知らせるように俺の髪色が黒から金へと変質した。

「固有魔術【ブースト】……変身完了だ」

 俺は少し野太くなった声で決め台詞を吐き、女性を抱えてその場から飛んだ。

「うわぁ!」

 胸の中の女性は短い悲鳴を上げたが……まあ、気にしないでおく。
 俺はヒャクジュウオウから少し離れたところにいたワードンマとアルメイサに女性を預けた。

「任せました」
「え?ちょっ……というグレイちゃんなの!?」

 アルメイサが何か叫んでいたが……まあ、いっか。
 俺は錬成術で剣を作り上げ、地面から飛び出しできたそれを掴むとヒャクジュウオウに切っ先を向けた。

「こっちは約束があるからな。殺しはしない」

 こんなことを言っても伝わらないだろうが……俺は肥大化した筋肉を隆起させるように腰を落として剣を構える。
 今、俺の身体は【ブースト】という魔術によって作り変えられており、筋肉は肥大化してゴリマッチョみたいになっている。
 だが、各筋肉は俺の動きを阻害することなく、全てが連動して俺の動きを補助し、数ミリ単位での動きを可能とする。

「うおぉぉりゃあぁ!!」

 俺は錬成して作った大振りな片手剣を下段から下半身のバネと上半身の捻りを加えて上段に向かって切り上げた。
 切り上げた剣は大気に衝撃を走らせ、剣圧がヒャクジュウオウの身体を打った。

「ギャルル」

 ヒャクジュウオウは俺の放った剣圧に五メートルもかくやという巨大な体躯を吹き飛ばされ、地面を揺らしながら倒れこんだ。
 俺の身体を覆う魔力の膜が、俺の動きを補助しているため思ったよりも威力が出てしまった。霊峰は寒いからな……こんな風に大気が震えることはない。
 俺が倒れこんだヒャクジュウオウに接近しようと一歩踏み出したところで、ふと危機感を感じた俺はそこで立ち止まり、突然の閃光に目を細めた。
 まるでレーザー光線のようなそれは、一直線にヒャクジュウオウの額を捉えると、ヒャクジュウオウの頑強な皮膚を突き破り、額から脊髄を通ってお尻のあたりまで貫いた。
 その光が途切れると同時にヒャクジュウオウは絶命し、その場に倒れてやがて消えてしまった。
 ひゃ、ヒャクジュウオウ!!
 俺が穏便に逃がしてやろうかと考えていたヒャクジュウオウはどこからともなく放たれた光線によって殺された……畜生!誰だ!
 と、俺はキッと光線が放たれた方向へと視線を向けると唖然とするアルメイサとワードンマが並ぶその前に、先ほど助けた美しい女性がムスッとした表情で立っていた。
 前に突き出した人差し指からは微かに煙が上がっている。犯人はどうやら彼女のようだ。
 俺は文句でも言ってやろうと、ノシノシ近づいていくとギロリと睨まれた。そして彼女は俺を睨んだまま言ったのだ。

「助けてくれたことは感謝しているけれど……それでも変質者と宜しくするつもりはないわ」

 おや?と、俺はそこで初めて今の自分の格好に気が付き、目線を落としてみた。
 肥大化した筋肉によりビリビリに破けた服が僅かに残っているだけで、俺は殆ど上半身裸だ。下もピッチピチで辛うじて大事な部分が隠れている。

「……ふむ」

 なるほど……。

「ちょっ!グレイくんっ!?ふ、服を着て下さい!」

 クロロが刀を腰に仕舞いながら叫んでくる。もっと早く言って欲しかった。まる。

「これは申し訳ありません」

 俺は仕方ない……と、錬成術により自前で服を新調した。と言っても、これも暫くしたら戻ってしまうのだが……。
 俺は【ブースト】を切ってから服を着て、ついでに下着姿な女性の服も適当に作ってから、先ほどの失態を誤魔化すために咳払いした。

(閑話休題)

「危ないところを助けてくれて、ありがとう。私はフォセリオ・ライトエルよ」

 白銀の髪の綺麗な彼女……フォセリオ・ライトエルはそう名乗って頭を下げた。

「僕はグレーシュ・エフォンスです」
「ワシはワードンマ・ジッカじゃ」
「私はアルメイサ・メアリールよー」

 俺の後に続くように二人が名乗り、最後……クロロはフォセリオをマジマジと見つめながら名乗った。

「……クーロン・ブラッカスです。初めまして『銀糸』のフォセリオさん」

 クロロがシレッと言ったので、俺は一瞬だけ反応が遅れ……それから、「ん?」と首を傾げた。
『銀糸』のフォセリオ……?どこかで聞いたような……あっ!!

「魔術の達人にして神聖教最高神官のフォセリオ・ライトエル……様ですか!」

 俺は一瞬素で反応しかけて、慌てて取って付けたように様を付けた。
 それにフォセリオは苦笑して、返した。

「確かにそうよ?でも、様なんていらないわよ。別に私が神様ってわけじゃないし……」

 フォセリオはそんなことを言って、さらに続けた。

「クーロン……というと『月光』ね?名前を覚えられてもらって光栄ね」
「いえ……その名前はもう返上したので……やめてもらっていいでしょうか」
「『月光』」

 俺がニヤリと言うとクロロが恥ずかしそうに顔を染めながら俺を睨んだ。なんだろう……何か思い出したくない黒歴史なのだろうか。ちょっと面白い……。
 もう一回言ってやろうかと口を開きかけて、その前にクロロが俺を睨み付けながら言った。

「グレイくんには分からないんですよ!これ結構恥ずかしいんです!」
「そうかしら?私は気に入っているわよ?『銀糸』」
「まあ、人それぞれじゃからのぉ。ワシは『月光』……カッコいいと思うのじゃが」

 ワードンマとフォセリオは羞恥に悶えるクロロにそう言ったが、それでもクロロはいやいやと首を振っていた。
「あったまどうかしてますよ!二人とも……。し、しかも……当時の私もそれで調子に乗って……」

 キラン……俺はクロロがブツブツと何か言っているのを聞き逃さないように聞き耳立てて、一言一句漏らしまいとしたが……あららー聞こえまへんでした。
 まあ、それは今はいいか。
 チラリとフォセリオに目を向ける。ヒャクジュウオウを殺したことはあれだが……相手は神聖教だ。魔物排撃の考えをもっている可能性もある……ユーリのこともあるから下手に糾弾すべきではないだろう。
 しかも、なんか気が強そうだしぃ……。

「とにかく……本当に助かったわ。それで助けてもらった上で悪いのだけれど……頼みごとを聞いてもらっていいかしら?」
「なんでしょうか」

 クロロは気を取り直して咳払いしてからそう言った。
 フォセリオはそれに頷くと、言葉を続けた。

「実は……」


 ※


 霊脈調査に来ていたフォセリオをトーラの町まで送った俺たちは、霊脈付近で倒れているというフォセリオの護衛の騎士達の死体処理の手配をし、今は領主邸に続く道中を歩いている。

「悪いわね……死体処理の手配をしてもらって」
「いえ、構いません。それよりも、大丈夫ですか?」

 俺は護衛騎士達の死がこの人にとって何をもたらすのか知らない……だからこそ、そういう気遣いのもとでそう言ったのだが、フォセリオは少し苦笑しつつ言った。

「大丈夫よ。私とあの人達は仕事での付き合いだもの……それに死体は何度も見てきたわ。私、こう見えて貴方よりもずっと年上なのよ?」

 俺の隣を歩くフォセリオは……そうは言うがどこか浮かない表情をしていた。
 そこに、俺とフォセリオが並んで歩いている後ろでアルメイサが口を開いた。

「まあ……あの人達も命を張る職場で働いているのは分かっているはずよね〜……グレイちゃんが気にすることもないわよー」
「まあ、そうですが」

 俺はそう返事をしながらも、フォセリオと同じように浮かない顔をした。
 上半身と下半身が真っ二つ……その凄惨な光景を見た彼女はその時、何を思ったのだろう。
 俺はボンヤリと天を仰ぎながら、そんなことを考えた。


 ※


 それから暫く……領主邸までフォセリオを送った俺たちはアリステリア様からのお誘いで領主邸にお邪魔している。
 時間としては日も落ちている頃合いで、窓から差し込む夕日を背にアリステリア様とギルダブ先輩が並んで座り、その向かい側にフォセリオと俺とクロロが座る。
 アルメイサとワードンマはその後ろで立っている。
 フォセリオから霊脈で起こった出来事を聞いたアリステリアは深刻そうに顔を伏せた。

「そう……でしたか。護衛の方々のことは非常に残念ですわ。それにしても、霊脈はそれほどまでに乱れて?」
「ええ……物凄い量の魔力が湖に溢れて、深刻な魔力汚染を引き起こしていたわ。あの一帯には既に強力な魔物がいるでしょうね」

 死体処理業者の人は大丈夫だろうか……この人達は町の外で死んだ人を回収したりする人達だ。人間の死体が町の外で放置されたままだと、アンデッドなどに魔物化するためなのだが……場合によると魔人と呼ばれる魔物になる恐れがあり、この死体処理業者の仕事というのはとても大事なのである。うむ……。
 魔人とは、人間の魔物化の中でも特に危険な類いのものだ。人間が魔物化したものは三つあり、アンデッド、スケルトン、そして魔人であるが、特に魔人はヤヴァイ。
 先の通りに、魔力保有領域ゲートが大きいほど強力な魔物になる特性上、人間が魔物化するとバカみたい強くなる。
 死んだばかりの死体、もしくは生者が魔物化すると魔人になる。アンデッドとスケルトンは魔力保有領域ゲートが腐敗しているため特に強くはないが……。
 で、魔人の中には色々と区別があり……代表的なのはリッチー……生者にして偉大な魔術師が自らをアンデッド……つまりは魔物化することで現れた魔人。ランクはSSS級の怪物だ。
 達人級マスターに匹敵する魔力量を誇り、伝承では数多の国をアンデッドの軍勢とともに滅ぼしたノーライフキングの異名を持つ。
 おっと、話が逸れた……俺の魔物に対しての雑学もここまで来ると病気だな。うん。
 俺が魔物の雑学を披露している間にも、アリステリア様とフォセリオの二人で主に話が進められていた。

「しかし、各地で同じように霊脈が乱れているとなると……」
「ええ。霊脈付近の汚染は深刻なことになっていそうね。早急に調査を進めないと、下手をすると魔人なんかが現れかねないわね」

 魔人というフレーズに俺は思わず肩をビクリとさせた。今ちょうど、そのことに関して熱く語りたかったところだった。
 が、結構真面目な会話なようなので自重することにする。

「こうなると霊脈調査をフォセリオ様お一人でされるのは危険ですわね……」
「それもそうだけれど……またヒャクジュウオウクラスの魔物が出るとなると熟練級エキスパートくらいの実力者が最低でも欲しいわね」

 俺はテレテレと進んでいく会話にボケっと耳を傾けながら……ふと、

「グレーシュ様もちょうど宜しいと思いませんこと?」
「んーそうですね……え?何がですが?」

 何気なく返そうとしたところで、相手がアリステリア様だったことを唐突に思い出した俺は、くだらん雑学のことを一旦捨てて、アリステリア様に失礼ながらも訊き返した。
 アリステリア様は気にしていない風に再び言った。

「ほら、グレーシュ様もじきに王都へ行かれるでしょう?フォセリオ様は王都までの道中で霊脈の調査をまだしなくてはなりません……そこでグレーシュ様とクーロン様方にフォセリオ様の護衛をお願い致したいという話をしたいたんですわ」

 それは嘘だろ……いや、俺がボケっとし過ぎていたのかもしれない。
 あーダメだな……好きなことがあるとそれにのめり込んでしまう性格は昔からちっとも変わらない。
 前世だと、ゲームにのめり込んでいって三日三晩飲まず食わずでゲームしてたなぁ……あれはヤバかった。
 俺は咳払いしてから口を利かせた。

「えっと……まあ、僕としてはどうせ王都へは向かうつもりなので異論はないのですが、王都へは僕の家族も一緒に行くので家族に話してみないことには何とも」
 俺が答えると、アリステリア様は頷いた。

「その通りですわね。では、お返事は後日……あ、ちなみに路銀はこちらが負担致しますわよ?それに報酬もご用意致しますわ。クーロン様方には冒険者ギルドへ正式な依頼として発行していたらだきますし……どうでしょうか」

 クロロはアリステリア様の提案を受けて思案顔になる。後ろのアルメイサとワードンマに関しては、どうやらクロロの決定次第というスタンスのようだ。

「私からもお願いしたいわ。『月光』が護衛なんて心強いもの」
「だから『月光』はやめて下さい。『銀糸』のフォセリオさんならお一人でも問題ないのでは?」
「と、思うわよね?私……魔術以外はからっきしダメなのよ……ねぇ、知ってる?最高神官の普段の仕事は教会の奥でひたすら食っちゃ寝の生活なのよ……」

 聞きたくもない◯シバだった……これをソニア姉あたりが聞いたらがっかりしそうだ。
 しかし、これで納得できた。どうして『銀糸』と呼ばれるほどの……ヒャクジュウオウを一撃で倒すほどの人が護衛をつける理由、なんで捕まっていたのか……つまり、フォセリオは戦場に身を置いた経験がほぼ無いというわけだ。身体能力は並みの女性かそれ以下……本当に見た目の華奢さ同様に、魔術以外はダメダメなのかもしれない。
 クロロは暫く悩んだ末に頷いた。
 後は俺待ちとなるのだが……帰ってからソニア姉達に話してみるかな。

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