一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

思春期のグレーシュ

  〈グレーシュ・エフォンス〉


 ガタガタゴロゴロ……と、定期的な揺れと音に俺は鬱陶しさや不快感を感じるよりも、もはや安心感を感じるレベルで馴染んでいた。
 まあ、つい先日まで半年近く馬車で過ごしていたのだからそりゃあ嫌でも慣れるというものだ。
 しかし、長い馬車での生活に慣れていないソニア姉やラエラ母さんには辛かろうと思っていたのだが……と、俺は天蓋の付いた高級感のある馬車の中でソニア姉がフォセリオと仲良さげにしているのを見て、乾いた笑いを浮かべた。

 意外と元気そう……。

 俺たちがトーラの町を出発してから二日ほど……最初の方はフォセリオに萎縮していてソニア姉だったが、今ではすっかり仲良しなのか……いや、友達の仲良しというよりも姉妹に見えるなぁ……。多分、フォセリオが年長者だからなのだろう。
 最高神官フォセリオ・ライトエルは神の加護で肉体年齢が固定されるとかなんとか……なんかの厨二設定だな、おい。
 まあ、この世の中……厨二にでもならんとやっていけないからな。むしろ、厨二になってカッコ良くキメた方がいい。うん。
 しっかし……フォセリオは本当にいくつなのか……俺がそのままフォセリオを眺めていると隣で座っていたクロロが肘で突いてきたので、視線だけ横にスライドしてクロロに向けた。

「なんだよ……」

 クロロに気遣いなんていらないかなと思い、素で対応するとクロロは気にした風ではなく、俺の耳元に唇を寄せて囁くように言った。

「ずっとフォセリオさんを見ていましたが……どうしました?」
「いっ……!?」

 俺は耳元にかかったクロロの生暖かい吐息に刺激されて、背筋に走ったゾクゾクとした感覚に短い悲鳴を上げた。

「……?どうかしたの?」

 フォセリオはそんな俺に対して、訝しげに目を向けてきたので俺は何でもないと手振りで答えた。
 フォセリオは、「ふうん?」と言ってから再びソニア姉との会話に戻った。
 俺は一息吐いてから、隣のクロロを睨み付け、向かいに座るフォセリオとソニア姉に聞こえないような声で言った。

「この野郎……びっくりするだろ」

 俺が言ってやると、クロロは暫く黙ったまま俺を見つめた後に何か納得したようにもう一度俺の耳元で、「ふう」と息を吐いた。

「ひっ……」

 俺は再び走ったゾクゾクした感覚に再度悲鳴をあげて、ソニア姉とフォセリオに訝しげな目で見られた。
 キッとクロロを睨むと、クロロは、「なるほど」と言って続けた。

「耳……弱いんですね」

 最初の一回でそれに気付いて欲しかった……。

「そうだよ……だから、もう止めてくれ」
「アルメイサさんが知ったら危なそうですね」
「本当にやめてください……」

 小声で話しながらも、俺の声は引き攣っていた。頬も痙攣してピクピクとしている。
 アルメイサに知れたら確かにヤヴァイ……俺はクロロに絶対に言うなという意味を込めて、クロロの唇に人差し指を当てた。
 すると、柔らかな感触が俺の脳に指伝いで伝わってきて咄嗟に指を離した。
 あ、当てるつもりはなかった……寸前で止めるつもりだったのだが……。
 俺もクロロも何となく気恥ずかしくなって、顔を赤くしたまま俯いた。
 暫くそうして、クロロが再び切り出した。

「えっと……それで、どうかしましたか……?」

 今度は耳元ではなく、少し離れて……それでも向かい側の二人には聞こえないくらいの大きさでクロロは言った。
 それでもやっぱり、少しこそばゆい感じがするが……俺はそれを我慢して答えた。

「別に……何でもねぇよ……。お、俺ちょっと熱いからワードンマと御者交代してくる」
「あ、では私もアルメイサさんと交代しましょうか」

 何故、お前もくる!
 今はちょっとクロロといると……小っ恥ずかしいのだが……。
 しかし、クロロの行動を阻止する理由も思いつかず……俺たちは向かい側のフォセリオとソニア姉に断りを入れてから走る馬車から降りて、御者をしているワードンマとアルメイサのところまで早足で行く。

「代わりますよ」
「ぬ?おう!助かるわい!」
「アルメイサさんも私と交代しましょう」
「あら〜助かるわ〜」

 二人は馬車の中に、そして俺たちは二人の代わりに御者台に座って手綱を握り、馬を引く。

 シーンッ

 ………………。

 会話がない……まるで、ただの屍のようだ、いや、それを言うなら返事がない……かな。って、どうでもいいな。

「グレイくん」

 と、静寂の中でクロロが突然それを破って口を開いた。なんだろうと視線だけ向けてみると、ジーっとクロロが俺の顔を覗き込むようにして見つめていた。
 御者台は狭い……つまり、結構顔も近かったりするわけで……俺は大変ドギマギしちゃったりするわけなんだが……。
 そりゃあ、クロロと戦ってた時はもっと肉迫してた時はあったけれど……だが、戦闘中と通常状態は別だ。
 うわぁ……クロロの顔が近い……睫毛なっげぇ……じゃなくてだな……。

「なんだよ……」

 少し素っ気なくなってしまったが、そう返すとクロロは俺を見つめながら言った。

「気になっていたのですが、どうして私にだけ敬語ではないのですか?いえ、別に気にしているわけではありません。ただ、気になりまして」

 そう言うクロロの瞳に僅かばかりの期待の色が見えたのは気の所為だろうか……俺は何と答えるべきか思案してからゆっくりと口を開いた。

「あー……うん。あれだ、クロロとは何かと背を預けて戦ってきたからかな。畏るのも変かなと」
「なるほど……」

 どこか残念そうで……しかし、嬉しそうなクロロの顔を見て俺は首を捻った。まあ、よく分からんが……どうでもいいか。
 俺とクロロ互いに視線を外し合って、目の前に続く王都への道をボーッと眺めた。


 ※


 今夜は野宿になった。
 暗くなる前に道脇の林にある休息場で馬車を止め、近くに湖があったため女性陣はそっちで水浴び……男性陣の俺とワードンマは薪を集めて切り出されて丁度いい感じに座れるようになっている丸太の近くに、それらを掻き集めて燃やした。
 こういった休息場は先人達が他の旅人のために作ったものだ。大体、こういったものの近くには水場があるし、魔物が現れないような工夫がある。
 それ故に、俺たちは安全に過ごせるわけで……俺とワードンマは薪を燃やした後に丸太椅子で向かい合い、真剣な表情でヒソヒソと話し出す。

「やはり男なら行くべきじゃろ……」
「僕はまだ死にたくない……」
「危険は承知じゃ……じゃが、危険から逃げて事を成すことは出来まい……どうじゃ?ワシといかんかのぉ……」
「しかし……ソニア姉もラエラ母さんもいるんですよ?さすがに……」
「むしろ……じゃ。家族なら見てもいいんじゃないかのぉ」
「いやいやいや、その理屈はおかしいですって……」
「何を迷うのじゃ……?据え膳食わぬは男じゃなかろう」

 一体、どこに据え膳があるのだろう……俺は半眼で向かいに座るワードンマを見つめ、やがてため息を吐いて答えた。

「僕はやめておきます。覗きならお一人でどうぞ」

 俺がため息を混じりに言うと、ワードンマはやれやれと両手を挙げて首を竦めた。

「つまらん男じゃ。じゃ、ワシは行ってくるわい」
「ご武運を」

 俺は下心丸出しのワードンマの背中を見送りつつ、後から聞こえてきたゴキバキというヤヴァイ音と、結っていない濡れた夜色の髪で上にはいつもの忍者風の服を着ているだけのクロロが、自分の身の丈以上の大きさのワードンマを片手でつまみあげただけの状態で、俺の方まで歩いてきてドサッとワードンマを捨てるように放った。

「……ワードンマさん」

 俺は立ち上がり、ワードンマの元に寄って呼びかけるが返事がない……まるで、ただの屍のようだ……やっぱりこっちの方がしっくりくるね!
 と、そんな場合じゃねぇ……。
 俺はワードンマから視線を外して、すぐ近くに立っているクロロの顔を見る。
 あーというかクロロの格好がいつもと違って露出が高いために……なんというかあれだ。うん。
 いつもは腕や足に鎧があるが、今は本当に忍者服だけだ。薄い……。
 クロロはにっこりしたまま踵を返すと、そのまま湖の方へ戻っていった。

  「自業自得です……」

 俺は気絶しているワードンマにそう声を掛けた。
 暫くして、水浴びを終えた女性陣が帰ってくると今度は俺が水浴びをしに湖へ赴いた。ワードンマは伸びてるから知らん。
 湖の近くで服を脱ぎ去り……チャリンと首元で光ったペンダントを優しく外す。
 このペンダントは別れ際にギシリス先生からいただいたものだ。
 トーラの町を離れる時、見送りにギルダブさんやアリステリア様などの面々が揃っていて割とギョッとしたなぁ……その時に、例の俺から金を騙し取った警備兵が門前で顔を青ざめていたのを覚えている。
 特にギルダブさんにチクるつもりはなかったが、まあちょっと気持ちよかった。
 …………裸一貫となった俺はゆっくりと湖に足を浸した。
 ちょっと冷たいが……それが気持ちいい。

「はぁ……」

 と、俺の口からため息が漏れた。
 なんだかなぁ……平和だ。まあ、それが一番なんだけども……あんまり平和だと俺の存在価値がなくなっていくような気がしてならない。

「あー」

 再び漏れたため息……そこへトテトテとバイオキャットことユーリが俺の元へと近づいてくると前足だけ湖に触れて、冷たかったのか直ぐに足を引っ込めた。

「なにしてんだよ。ソニア姉のところにいたんじゃないのか?」
「にゃー」

 決して俺に懐かないユーリだが、別にいつでもどこでも喧嘩ばかりしているわけではない。たまには、こうして落ち着いて話したりする。猫(?)相手に話しかけている俺も大概なのだろうか……。
 ユーリはただ鳴くだけで、特に何かするわけではなく、湖の水に足をつけては引っ込めるという動作を繰り返していた。

「暇なんだな……」

 実際、どうなのかは分からないが……だが、今の行動はどう見ても暇人ならぬ暇猫のしていることだ。猫かどうかはさておき……。
 ユーリは少しの間それを繰り返していたが、直ぐに飽きたようで欠伸するとその場で小さくなって眠りこけてしまった。

「本当に……暇なんだね」

 この野郎と思っていると、ザッザッと林の奥から誰かがこっちに近づいてきた。
 見てみると、フォセリオがこっちに向かって歩いてきていた。目が合うと目を見開いて顔を赤く染めた。

「わっわっ!?グレーシュ・エフォンス……どうしてここにいるのよ!」
「いや、さっき水浴びに行ったの見てましたよね……」

 理不尽だ……フォセリオは、「あ……あはは。そうだったわね……そうだった」と乾いた笑いを浮かべている。

「その……ごめんなさい。私、こっちが湖だったって覚えてなくて……」
「?」

 俺は湖の水面上に上半身を晒した状態でボティービルダーのようなボーズをしながら真顔で首を傾げた。

「…………」

 フォセリオはそんな俺の肉体を魅入られたように顔を赤くしつつ、目が離せないのか見続けている。

「どうか……しましたかっ?」
「い、いえ……」

 フォセリオが男の人と関わりが少ないのを俺は、知っている。多分、俺の身体を見て小っ恥ずかしくなっているのだろう。
 こと俺がこんなことをしているのは、単純に鍛えた身体を見せたい!という子供の心理からだったりする。
 見よ!この肉体美!!
 むはははは!
 …………んんっ。
 馬鹿なことをした……反省します。
 俺が咳を払うと、それに合わせてフォセリオも現実に戻されたようでハッと我に帰った。

「あ……うん。男の人ってすごいのね……」
「まあ……鍛えてますから……」

 やはり、思春期の男児がすることは突拍子もないな……って、俺でした。まる。

(閑話休題)

「それで、フォセリオさんはどうしてこちらへ?」

 俺は身体を拭いてから服を着て、対峙するフォセリオに訊いた。
 フォセリオは頬を掻いて乾いた笑いを漏らすと、自嘲気味に答えた。

「ソニーがユーリを探していたから私も手伝いに……ね。それで林を探していたのだけれど、迷ってしまって……」

 迷うほど木は立ってないだろ……林だもの……。俺は半眼でフォセリオに視線を向け、何言ってんだこいつ?と表情で示した。
 フォセリオは恥ずかしそうに頬を朱色に染めながら、プイッとそっぽを向くとポツリと言った。

「あまり外に出ないし……外に出たらで馬車の移動が多いから……」
「?」

 俺は首を傾げたが、フォセリオはそれに気がついておらずそのまま続けて言った。

「…………私、方向音痴なのよ」

 なんだろう……この人、意外と親近感があるなぁ……。最高神官で達人で美人で……でも、魔術以外はど素人、男に免疫もない、方向音痴……神の加護で歳をとらずに何年も生きている年長者にしては、普通の人だなぁ……と俺は思った。

「じゃあ、僕が案内しますよ」
「えぇ、ありがとう」

 俺は足下でゴロゴロしていたユーリを抱き抱え、フォセリオを後ろに付けて歩き出した。その際にユーリが暴れたが……まあ、どうでもいいか。
 歩き始めたところで、俺はフォセリオに訊いてみた。

「そういえば、さっき自分の姉をソニーと呼んでいましたよね?随分と仲良くなられたようですね」

 本来ならこういう風に訊くことはないが、フォセリオという人物が親しみやすい人物だと分かったからだろうか、俺の肩から力が抜けたようだ。
 俺が訊いたことに、フォセリオは後ろを付いて歩きながら答えた。

「ええ。ソニーは神聖教徒だし、私のことも慕ってくれているから……そういう人とは出来る限り仲良くなりたいのよ。ただでさえ、人付き合いの機会も少ないこの身……こういう機会で知り合いでも作らないといけないのよ」

 そう答えたフォセリオは、「それに」と続けて言った、

「ソニーは甘えたがりやな子みたいだから……私、甘えられるのって結構好きみたいなのよ」
「みたい?」
「そっ……ほら、人と触れ合う機会が少ないでしょ?だから、今まで自分のことすら知る機会がなかったのよ……私は」

 そんな馬鹿なと俺は、立ち止まって後ろを振り返り、フォセリオに言った。

「でも……神官になる前は普通の人だったのでは?」

 俺は訊いてから、しまったと口を噤んだ。
 これは踏み入った話だ。俺は再び振り返り、何も言わずに歩き出す。その時、フォセリオがどんな反応をし、どんな表情をしていたのか知らないが……それでも何も言わずに俺の後を歩き出したことから、そういうことなのだろうと勝手に解釈して、それ以降は互いに黙って歩いていた。
 だが、少しして木の根で出来た段差でフォセリオが足を引っ掛けて転びそうになった。

「っ!」
「おっ……」

 俺は気配でそれを察知して、振り返らずに背中でフォセリオを受け止めるようにしゃがんだ。
 すると、ポスッとフォセリオの顔が俺の背中に当たり、軽い衝撃が全身を駆けた。それを反射的に地面に逃がすあたり、俺も大概だなぁと思う。
 俺はチラリと横目でフォセリオに目を向け、声を掛けた。

「大丈夫ですか……?」

 すぐ後ろのフォセリオにだけ聞こえるくらいの声で投げ掛けると、フォセリオは俺の背中に頭を預けて手のひらをそっと添わせた。

「ありがと……ごめんなさい。私、最高神官なのに情けないわよね」
「いえ、その方が親しみやすいですよー」

 俺はフォセリオがバランスを崩さないように身を離し、クルリと振り返る。
 フォセリオは膝を折った状態で座り込んでおり、俺は抱えていたユーリを地面に放して、フォセリオに手を差し出した。
 その手をフォセリオは握り、よっと立ち上がった。

「また、ありがと」
「いえいえ。じゃあ、いきましょうか」

 ふと、歩き出した俺の足下でユーリが、「にゃーん」と鳴いた。それをフォセリオが傍から見て、クスリと笑った。

「ふふ……随分と大人しいのね」
「……?そうですか?」

 猫にしては割と行動的な気がする……それともこれが普通なのだろうか。まあ、魔物なんですけどねぇ。
 俺がフッとした表情で足下を呑気に歩いてやがるユーリを眺めていると……フォセリオが驚くべきことを言った。

「魔物なのに……」
「…………ぶっ!?」

 あまりに突拍子もなかったがために一瞬間を空けて、俺は吹き出した。


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