一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ピンクの再来

 〈グレーシュ・エフォンス〉


 霊脈がある山の中腹まで登ったところで、魔物ではない人の気配を多数感じたので、気配を殺してきて見れば……何やら怪しいことをしている方々がいらっしゃった。
 クロロは種族補正で元々隠密に長けていたし、セリーは魔術の達人だ。火属性と水属性と光属性の魔術しか使えなくなっていると言っても、隠密系統の魔術が使えないわけではなかった。
 そのせいか、簡単に近づけたのだが……どうも怪しい。現に今さっき斬りかかってきたし……俺はとりあえず斬りかかってきた相手にスタンの魔術を付与させた矢を放って全員動けなくさせておいた。
 相手の親玉さんらしき人に一応声を掛けると両手を挙げていたので俺は弓を仕舞った。

「さすがね。何をしたか分からなかったわよ」
「当然です」

 何故か答えたクロロが得意げだ……ふーむ、解せん。なにが解せんか分からないけども……。
 さて……とりあえず、ここまでのことを整理するとだ……セリーの霊脈調査に同行して王都へ向かっている途中でこの山の霊脈を調査しにきたところで、霊脈のところに怪しいことをしている方々と鉢合わせになった……まあ、簡潔にまとめるとこんな感じだ。
 四輪走行型の魔導機械マキナアルマや、彼らが着ている皮の鎧の胸の紋章を見る限り……バニッシュベルト帝国の者だと思われた。
 それで俺の頭の中に思い浮かんだのは裏工作とかそういうのだった。
 試しに訊いてみた。

「えーここで何をなさっていたんですか?」

 恐らく一番偉い身分であろう皮製の鎧すら着ていない比較的軽装な男に、俺は人好きされそうな笑顔を浮かべて、そう問いかけた。なぜその男に訊いたかというと、ほぼほぼ勘だったりする。
 だが、その勘は的中したようで男は口を開いて答えた。

「霊脈を開いていた」

 以上だ……と閉める男にセリーが絶句した。俺とクロロは顔を見合わせ、俺は再度男に問いかけた。

「何の目的……でしょうか?」

 先ほど笑みを浮かべていた表情を消し去り、鋭い視線を男に向けながら俺は訊いた。
 男は腕を組んで直立したまま、俺から目を反らすことなく言った。

「さぁな」

 ………………。

「……?」

 俺の隣でクロロが首を傾げているのが分かった。一番傾げたいのは俺だよ……なんで知らないんだよ。

 格好つけた分返せよ!

 あーいやだわ!これだから思春期のガキは……変なところで格好つけちゃうんだから……。
 俺は鋭い視線で睨みつけながら言ったセリフに少し恥ずかしくなった。いや、言葉自体はおかしくないが……変な抑揚つけて言っちゃったからさぁ……いやん、恥ずかしぃ。

(閑話休題)

 と、ここで絶句していたセリーが肩をプルプル震わせて怒ったように叫んだ。

「貴方……霊脈を開くなんて何を考えているのよ!そんなことをしたら、危険な魔物が沢山出てくるのよ!」
「うむ……任務だからな」

 全くその通りである。
 だが……、

「その魔物が人里に降りたら大事ですよ……それが狙いですか?バニッシュベルト帝国の軍人さん」

 俺は今度は格好付けずに普通に言った……のだが、その後に続いてセリーがさらに叫んだ。

「バニッシュベルト……そう……魔物に人を襲わせるつもりだったのね。くっ……霊脈を開くだけでは飽き足らず!」
「ま、まあ落ち着いて下さい……」

 クロロが興奮するセリーを落ち着かせようと肩に手を置くのだが、セリーはより一層興奮した面持ちで叫んだ。

「私の仕事が増えるじゃない!!」
「そっちかい……」

 何に怒ってんだよ、こいつ。

「この国にいるのは殆どが神聖教徒よ。信徒達を危険な目に合わすだけではなく、霊脈を開いて私の仕事を増やす……悪逆非道な連中ね。許せないわ……」
「うん。最後のが無ければカッコいいよ……というか、暇なんでしょ?なら、働けばいいじゃないですか」
「私は神官としての仕事はしたいけれど、霊脈調査なんて国がするような仕事はしたくないわよ」

 そう言われればその通りだが……まあ、浄化能力に長けているからこうして霊脈調査に駆り出されたのだろう。自分の能力を恨めとしか言い様がない。ご愁傷様……。
 俺は一旦、溜息を吐いて心を落ち着かせた。
 そうしていると、男が感心したように声を出した。

「ほう……俺がバニッシュベルトの軍人だと分かったか。まあ、この胸の紋章を見れば誰でも分かるだろうがな」

 勝手に納得してる……俺はコホンと咳払いして男に言った。

「何故霊脈を?」

 訊いてみるが、男は首を横に振った。

「上の命令だ。俺が知るか……」
「……ま、まあいいですよ。このまま帰っていただければ僕は何もしませんから」
「そうか。ならば、撤収だ!貴様ら、直ぐにここから去るぞ!」

 意外にもあっさり受け入れた。俺はさすがに怪訝に思って口を出す。

「い、いいんですか?命令違反ですよ?怒られますよ?」
「構わん。俺が失敗したところで、別の霊脈が開かれているからな。どこかのお国は既に大変なことになっているかもな」
「っ!」

 セリーはその言葉にハッとしたようで、苦虫を噛んだような顔になった。


 ※


 男が去った後の霊脈付近はやけに静かだ。魔物の気配すら確認出来ない。
 残された俺とクロロとセリーは暫く黙っていが、ここで俺から切り出した。

「一体、帝国は何のために霊脈を開いて回っているんですかね?」

 俺が訊くと、二人は考える素振りをとって、先にクロロが口を開いた。

「魔物を使って……他国に被害を与えて力を削ぐ……とか?」
「帝国は最強の軍事国家ですよ?そんな回りくどいことしますかね」
「そうですね……」
「というか、なんであいつらを逃したのかしら?」

 考えあぐねていた俺たちに、セリーが言った。俺はセリーに目を向けて答えた。

「あの男の人……間違いなく達人ですよ。何の達人かは、分かりませんけど……」
「敵の実力が未知数な場合は戦わないことに越したことはありません。特に、達人同士の戦いは被害も尋常ではありませんから」

 俺とクロロが答えると、セリーは若干寂しそうな顔をした。

「わ、私……あの男の人が達人だって分からなかったわ……私も一応達人なのに……」

 浄化とかそういう非戦闘系のな……。俺は一先ずセリーを置いて、クロロと向き合った。

「帝国が魔物を使う意味はなんだろうな」
「分かりません、ね」
「なんかキナ臭い……達人二十人を抱え込み、尚且つ魔導機械マキナアルマを生産する大国がコソコソと動く理由……あーまあ、どうでもいいか」

 考えるのも面倒になった俺は、解けない問題を放り出した。が、セリーは納得がいかないのか口を挟んで叫んだ。

「良くなわよ……いいわけないじゃない!この国は私がこうして早くから回っていたから良かった……けれど、もしもトーラの町の時みたいにヒャクジュウオウのような魔物が霊脈から離れたら……大変なことになるわ」

 セリーは深刻そうな面持ちだが、俺とクロロは比較的に普通だった。
 その理由は、ぶっちゃけ他の国のことなどとうでもいいのだ。身内だけで手一杯だと言うのに、他を気に掛けている余裕はないということ……だが、セリーはそうではないようだ。
 恐らく、他国にいる神聖教徒が心配なのだろう。俺は少し冷たい気がしたが、厳しい口調で言った。

「僕たちには何も出来ませんよ。出来ることは、この事を国に報告すること……それだけです。セリーさんや……クロロはともかく俺はただの庶民ですからね。出来ることと言えば、たった二人しかいない家族を守ることだけですよ……国同士の厄介ごとを気にしている余裕はありません」

 俺はそう言い放って、一人……山を降りた。
 そう……俺は一般市民だ。国のことも、他国のことも……裏工作なんてどうでもいい。ただ、家族が……ソニア姉とラエラ母さんが幸せに暮らせればそれでいい。

 二人に降りかかる火の粉は俺が全て払い退ける。

 ただ、それだけ。


 〈霊脈付近〉


「あんなに冷たい人だとは……思わなかったわ」

 フォセリオ・ライトエル……セリーは開きかけていた霊脈を塞ぐために光属性の浄化魔術を使って作業していた。そんな中で、ふとセリーがクロロに言った。
 クロロは苦笑いしながら、セリーが続けた言葉を聞いていた。

「しかも依頼放棄じゃない!…………もう」

 最後の方はシュンとなってしまっている。事実、グレーシュが言ったようにセリーには何も出来ないのだ。一人で全ての国を回って何千とある霊脈を正していくなど……他の神官に協力を仰ぐしかないが、場合によっては既に被害を受けた国があるのかもしれない。
 それがセリーにとって心苦しかった。

「仕方ありませんよ。フォセリオさんは一人しかいません……万能ではないのですから。むしろ、この国の危機を救ったのですよ?国から何か褒美があるかもしれませんね」

 クロロは努めて明るく振る舞うが、それでもセリーは気なって仕方がない。

「何か……他に出来ることはないのかしらね」

 そういうセリーに答えるように、クロロが口を開く。 

「このことを他の国の神官に伝えることくらいです。教会伝なら可能でしょう……国にこのことを報告すれば、しばらくはフォセリオさんも状況確認のために動けなくなるでしょうし……私たちには、出来ることはありません」

 正確には終わった……というところだ。
 まったく、自分の責任ではないというのにセリーは未だに未練たらしく俯いている。
 全てを救いたいという……その思いが分からないでもなかったクロロは、それ以上セリーに言うべき言葉が見つからずにいた。
 暫くの沈黙の後に、セリーが切り出した。

「貴女は……貴女はそういう経験があるのかしら……守りたいものを守れなかったこと」

 浄化が終わったのかセリーは振り向きつつ、クロロに問いかけた。圧倒的な速さだ……本来なら半日かかるところを僅か一時間で終わらせている。そこにクロロは驚きたかったが、セリーに問われた内容を聞いて驚きも引っ込んだ。

「……そうですね」

 少し日が傾き始めている空をクロロは見上げた。そろそろ戻るべきかと思いつつ、クロロは天を仰いでいた視線をセリーに戻した。
 セリーは視線が自分に向けられると同時に、さらに訊いた。

「それは……その、貴女がもう一つの刃を腰に納めたのと何か関係が……?」

 その瞬間……クロロの瞳に月光色の光が宿った。太陽が雲に覆われ、辺りは薄暗くなり、より一層クロロの瞳が際立って見える。風で靡く闇色の髪を抑えもせず、ただクロロはジッとセリーを見つめていた。
 その視線にセリーは何か悟ったのか視線を反らして、気まずそうに言った。

「ごめんなさい……訊いてはいけないことのようね」

 雲から太陽が抜け出し、日が差し込んできたと同時にクロロの瞳に帯びていた光が消えた。
 クロロは別段気にした様子もなく、両手を控えめに振って気にしていないという素振りを見せた。
 それに続けて、クロロが言った。

「それよりも、私達も戻りましょう。早くしなければ、休息場に着く前に夜になってしまいます」
「それは避けたいわね」

 クロロとセリーは急いで、山を下り始め……所々でセリーが転びそうになるのをクロロが抱き留めたりしているのだが、下り道も半ばというところでセリーが盛大にこけた。
 そこへ、サッとどこから現れたのかグレーシュがセリーを抱き留めた。
 自分の代わりにセリーを抱き留めたグレーシュに感謝しつつも、何か面白くないクロロは再びツーンとそっぽ向いた。
 突然のグレーシュの登場に驚いたセリーは、慌てた様子でグレーシュの胸を突き飛ばして距離をとると叫んだ。

「か、帰ったのではないの?」
「いやぁ……まさか。依頼もありますし、浄化が終わるまで周囲を警戒していただけですよ?」

 グレーシュは何を言っているんだという顔でセリーに言った。

 セリーはセリーでさっきのこともあり、顔を合わせずらいのかクロロのようにツーンとそっぽ向いた。

「???」

 これにはグレーシュも首を傾げる他のないようだった。


 〈バニッシュベルト帝国・???〉


 バニッシュベルト帝国の首都……帝都バニシュベルの皇帝が住まう宮殿にて、ピョコピョコと可愛らしい尻尾を動かしながら妖艶に歩く麗しき女性がいた。
 特徴的なピンクの髪に、湾曲した角……そして妖精族の森人エルフ種のような長く尖った耳……身体は女性らしい括れた曲線的なラインが多く、大きく実った胸の果実は男を惑わす魔性の果実である。
 服装も露出が多く、宮殿を歩いているだけで貴族だろうが兵士だろうが、およそ男といった生物はみんな彼女に見惚れていた。
 とはいえ、女性も例外ではなく……すっかり彼女の虜となってしまっていた。
 そんな彼女の名前はゼフィアン……ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世である。
 イガーラ王国や、ここバニッシュベルト帝国のあるスーリアント大陸から海を渡ってあるアスカ大陸のアスモ領を治める魔王だった……現在はアスモデウス三世が治めていると伝え聞く。
 そんな彼女が何故こんなところにいるか……と、ゼフィアンは宮殿のとある扉の前に立つと声を発した。

「ベルちゃん……開けるわよぉ〜?」

 甘い声音でそう言うと、中から男の声がした。彼女はそうやってドアノブを回して中へ入ると、中は書斎となっており様々な本が置かれていた。
 デスクの前には紫髪の二十か三十歳ほどの男がワイングラスを持って酒を呷っている。人族紫髪ライテイ種……見た目よりは歳を重ねているだろう。頬を少しだけ紅葉しているのを見たところ酔っているかもしれない。
 ゼフィアンはそれを見て、呆れ返ったようにため息を吐いた。

「はぁ……何をやっているのよぉー真昼間からぁ……これだから男は……」
「はーはん?」

 男はそんなゼフィアンに対し、眉根を寄せた。

「尻軽女よぉ……おめぇ、分かってねぇようだな。昼間から飲むから酒はうめぇんだよ!」
「ベルちゃん……貴方それ、朝も夜もいってるじゃなぁい?」

 言いながらゼフィアンは通称ベルちゃんの仕事机の上にあったワインの瓶を取ると、そのまま飲み口に口を付けて飲んだ。

「ああぁぁー!!てめぇ……」

 自分の酒を勝手に飲んだことを咎めようとする酔っ払いのベルちゃんだが、その言葉を遮るようにゼフィアンが言った。

「んっ……そんなことよりも」

 ゼフィアンはワインの瓶の底をデスクの上に叩きつけて、さらに続けた。

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