一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

別れの前

「お願いしたことは順調に進んでいるのかしらねぇ〜……?」

 妖しく微笑むゼフィアンに、ベルちゃんと呼ばれる男はクツクツとした笑みを湛えて言った。

「はーはん?当然だぁ……これが下のもんからの報告書だ、持ってけ尻軽女ぁ」
「その呼び方を止めて欲しいわぁ〜……それにぃ、私が男嫌いなのは知っているでしょうに……」
「知るかぁ、俺様にゃあ関係ねぇこった」
「あらぁ、そう」

 ゼフィアンはどうでもいいかと、ベルちゃんがデスク上に叩きつけた資料を手にとって目を通す。
 資料……報告書には各国で開かれた霊脈から濃密な魔力が溢れ出し、植物すら魔物化し、強力な魔物が出現しているとのこと。各国ではその対応に追われており、一部では魔人が現れているらしい。

「へぇ……順調じゃなぁい。この調子なら三年分の遅れは取り戻せそうねぇ〜」

 ゼフィアンはこの件で消えていく命の数を計算しつつ、薄く笑みを浮かべた。

「そりゃあなによりだぁ……で、忘れてねぇだろうな?」 

 ゼフィアンはその言葉に笑みを消し去り、無言をベルちゃんに突き付けた。ベルちゃんはそれを笑い飛ばすと再び酒を煽る。
 ゼフィアンがここにいる理由……それは八年前にあったオーラル皇国とイガーラ王国の大戦でゼフィアンと『月光』が戦ったことが原因だ。
 具体的に言うと、ゼフィアンは『月光』との戦いであまりにも魔力を消耗しすぎたために自らの目的を果たすことが出来ないと考えたためだ。
 戦争から三年間は魔力の回復に努め、それ以降は三大列強の一つ……全世界最強のバニッシュベルト帝国を取ろうと動き出したのだ。
 帝国を意のままに操ることが出来れば、もはや怖いものはないし、ゼフィアンの目的を達するために必要な億の命も容易く手に入ることだろう。
 では、なぜ今までそうすることができなかったか……それは帝国に二十人もの達人がいるためだ。
 ゼフィアンも魔術の達人だ。
 だが、二十人の達人を相手にとることは出来ないし、何よりも魔力も使いたくない。というのも、魔力の回復に三年も掛かる上、それが全開ではないのだから使いたくないのは当然と言えた。
 そして、ゼフィアンが今まで帝国に手を出さなかった理由がもう一つ……今目の前で酒を呷っている男だ。
 バニッシュベルト帝国の達人達の総括、帝国軍の将軍にして最強……魔術と剣術を併せて使う戦闘スタイルから魔剣士と呼ばれる彼は、世界で七人しかいない伝説級レジェンド……『双天』ベルリガウス・ペンタギュラス……霊峰の頂に住まうミスタッチ・ヴェスパが認める実力者である。
 そんな相手にゼフィアンの魅了が通じる筈もないし、全力で戦っても勝てる見込みがないのだ。
 それなにの、どうしてこんなに仲が良さげなのかというと……、

「分かっているわよぉ……『月光』と戦いたいのよねぇ……いいわよぉ?その代わり、私の目的にはちゃーんと手を貸して貰うわよぉ?」

 ゼフィアンはそう言って自分も酒を呷った。
『月光』……それは数十年前までいた最強・・の剣士だった。
 伝説級レジェンドの域にまで達していたとさえ言われる二刀流使いだったが、どういうわけか突然姿を消してしまったのだ。
 ベルリガウスは所謂、戦闘狂という輩であり、強い者と戦いたかった。そこで『月光』と戦ったというゼフィアンに興味を持ったベルリガウスはゼフィアンに自分と『月光』との戦いの場を設けさせる代わりにゼフィアンの目的を手伝うことを了承した。
 こう見るとゼフィアンがとても好条件に見えるが、相手が『月光』であることを考えるとそうでもない。
 だが……、

(私の戦った『月光』は昔よりも強くなかったけれどねぇ……)

 精々、達人級マスター止まりの剣士だった……まあ、何でもいい。帝国の協力さえ得られればどうでもいい……既に帝国の皇族は魅了し、手中の中だ。達人達はベルリガウスが飼い慣らしている。
 なにも問題はない……ゼフィアンはもう直ぐで、目的を達成できると……そう思って笑みを浮かべた。
 神話級エンシェントにして、禁忌級アカシックに指定された人の身に余る強大な魔術……【ゼロキュレス】……この世でゼフィアンしか詳しい内容は知らない。
 ベルリガウスは酔っ払ったヘナヘナ顔から唐突に真顔になり、それから薄く笑みを湛えて言った。

「【ゼロキュレス】か……おめぇがそれをどうやって知り得たのか聞きてぇもんだぁ」

 ギィーっと、背もたれに背を預け、デスク上に脚を組んだベルリガウスは、再びワイングラスに口をつけ、今度は全て飲み干した。
 ゼフィアンも薄く笑うと、唇に人差し指を当てて妖艶な仕草を取った。

「内緒……よ?ベルちゃん」

 普通の男なら一瞬で虜になるような者だが……伝説の男は全く興味無さそうに笑い飛ばして言った。

「まあ、大方……おめぇの魔力の回復速度が異常に遅くなった・・・・・ことに関係してるんだろうがなぁ」
「うっ……」

 図星を突かれたゼフィアンは思わず声を詰まらせた。それで確信したようで、ベルリガウスはさらに笑った……と、そんなところにコンコン……とベルリガウス達がいる部屋の扉を叩く音が聞こえ、ゼフィアンもベルリガウスもそちらへ目を向けた。

「はいれぇ」

 ベルリガウスが来訪者に入室を許可し、来訪者は、「失礼する」と言って部屋の中へと入った。
 入ってきたのは、およそ数時間ほど前までイガーラ王国にいたデュアリス・ビレッジであった。
 彼を見たベルリガウスは眉根を顰め、ゼフィアンを見たデュアリスもまた眉根を顰めた。
 デュアリスは口を開こうとして……それをベルリガウスが遮るように先に口を出した。

「デュアリス……帰りがはええなぁ?」

 確かに……帝都からあの霊脈まで馬車で何日もかかる距離がある。まあ……魔導機械マキナアルマがあれば、数時間ほどかけて帰ってくるのも造作もない。
 それを知っているベルリガウスがこのことを訊いているわけがない……つまり、ベルリガウスが訊いているのは仕事をちゃんと果たしたのか?ということだった。
 雰囲気が変わったベルリガウスにゼフィアンは息を呑んだ。
 一方、デュアリスの方は特に気にした風もなく淡々と答えた。

「邪魔が入った。『銀糸』だった。任務を遂行したところで浄化されると思い、撤退した」
「『銀糸』だぁ……?」

 ベルリガウスはその名前を聞いて、さらに眉間に皺を寄せた。

「馬鹿野郎が……『銀糸』は戦闘向きの魔術は使いこなせねぇ……おめぇなら殺れただろうが……殺った後に開けばいいじゃねぇか」
「いや、護衛がいたのだ。黒髪の弓使いの青年と、闇色の髪をした和風剣士だった」
「……っ」

 それにゼフィアンがいち早く反応した。ゼフィアンが反応したことに気が付いたベルリガウスは脚を組み直すと、ゼフィアンに問い掛けた。

「なんか……知ってんのかぁ?」

 ゼフィアンは問われ、溜息を吐くように答えた。

「…………闇色の髪をした和風剣士というと、恐らく『月光』ねぇー……」
「!」

 ベルリガウスはガタッと立ち上がると、恍惚とした瞳をゼフィアンに向けた。

「そうか……クックック……そうかそうか!奴は今イガーラにいるのか……くっははははは!!!デュアリスぅ!!」
「……なんだ」

 興奮気味に自身の名前を呼ぶベルリガウスに落ち着いた面持ちで反応したデュアリスは、内心呆れたように溜息吐いた。

「どうだったんだ?戦ったんだろぅ?」
「いいや……『月光』は見ていただけで、弓使いが部下を数人戦闘不能にさせた」
「そいつはぁ……つえぇのか?」
「分からん……ただ、普通ではなかった」
「ははん……」

 ベルリガウスはガタッと再び背もたれに背を預けると、天井を仰いで唸り、暫く思考を巡らせてから口を開いた。

「よぉし……なら、その弓使いのことを調べさせるかぁ……おい、デュアリスよぉ……ウィンフルーラの嬢ちゃんと一緒にイガーラを落としてこい」
「……」

 思わずデュアリスは呆気に取られて固まった。国を落とせ……そうベルリガウスは確かに言ったのだ。それも軽々とだ。
 今では皇族がゼフィアンの支配下……つまりは、実質的に帝国の全てをベルリガウスが動かせる立場にいると言えた。
 こんな重大な決定すらも簡単に下す……傍若無人、自由奔放とはこの男のことだ。
 デュアリスは暫くして、もう一度溜息を吐きつつ……頷くしかなかった。
 こうして、デュアリス大師団並びに、シルーシア・ウィンフルーラ……『弓姫』と呼ばれる帝国に抱えられている弓術の達人が率いる大師団……とその他の小中師団しめて十万を超える兵士たちがイガーラに向けて進軍するための準備を始めた。


 ※


 風に靡いたような流れる癖っ毛が特徴的な緑色の長い髪、それと同じエメラルド色の瞳は大きく、端正な顔立ちをしているその少女に良く似合う。
 背は普通で全体的に華奢であり、女性の象徴とも言えるアレは無いに等しい……彼女の特徴と言えば、髪もそうだが、やはり尖った長い耳だろう。
 彼女はシルーシア・ウィンフルーラ……白い肌が陽光を反射して光っている。シルーシアは、『弓姫』と呼ばれる弓術の達人であり、長寿の種である妖精族森人エルフ種だ。
 美しい顔立ちをしていることから、『弓姫』と呼ばれているが……事実は全くの逆である。
 シルーシアのいる帝都の城壁の上……そこに現れたデュアリスは城壁の上に一人で座るシルーシアのところへ近づくと、唐突にシルーシアが叫んだ。

「オレになんか用かよ……」

 ギロリ……と、エメラルドの瞳が細められ、デュアリスを睨んだ。
 デュアリスは全く……と肩を竦めた。
 ベルリガウスといい、シルーシアといい……先程から面倒な相手と話してばかりだとつくづく思った。
 デュアリスはシルーシアと適切な距離を保ったまま、話しかけた。

「……ベルリガウスからの命令だ」

 と、その後にデュアリスが詳しく話すとシルーシアは面白くなそうに、明らかに不機嫌な顔をした。

「ちっ……なんだよ、それ。オレ達はあいつの道具じゃねぇんだぞ」

 帝国軍にとって、他国を落とすなど造作も無いことだろう。それだけの力がある。
 それ故に、なぜ自分がそのような下っ端な仕事を引き受けなければならないのか……シルーシアはそれが不満だった。
 デュアリスはその不満が分かっているからこそ、頷き言葉を続けた。

「……だが、今回はお前にとっては楽しいことがあるかもしれんぞ」
「あぁ?」

 デュアリスの言葉にシルーシアが少し反応した。デュアリスは霊脈であった弓使いのことについてシルーシアに話した。

「あれは強い……正直に言うが、俺でも全く矢が見えなかったのだ。お前と違ってな」
「うっせーな!……だけど、そうか……デュアリスでも見えねぇのか……はは。面白いじゃねぇか……」
「やる気を出してくれて何よりだ……」

 世話が焼けると、デュアリスは再び肩を竦めた。


 〈グレーシュ・エフォンス〉


「ぶぇっくしょん!ぶぇっくしゅん!!あぁー……」

 鼻がムズムズする……花粉症か?いやいや、イガーラ王国に花粉症なんてないしなぁ……誰かに噂されてんのか?

「風邪?気をつけなさいよ……?ここで引くと長引くわ」
「はい……そうですね」

 風邪なんて今生で引いたことは、まだないなぁ……と、思いながらセリーの言葉に頷いた。

「そうだよ?気をつけてよね?」
「うん。ありがと」

 俺は隣に座るソニア姉に頷き、現状整理に入る。
 霊脈で帝国軍を追っ払った後は普通に夜を明かし、そして夜明けとともに出発……そろそろ王都へ着こうという頃だ。
 今は俺が御者台で馬の手綱を握り、その両サイド……左にセリーがいて、右にソニア姉が座っている。
 なんだか甘い匂いがするのだが……おかしいなぁ……道中では水浴びしか出来なかったはずなんですがねぇ……。
 御者台はあまり広くないため、必然的に二人とは密着してしまう。合法でぇーす!
 軽くハーレムチックだが、ソニア姉は実姉だし、セリーは俺のことをお友達として見ている……だから、なんだろうねー……夢のハーレムには届かないのかなぁ。

 まあ、どうでもいいか……。

 俺はガタガタと揺れる度に、両サイドからくる甘美な感覚と匂いに惑わされないように無我の境地に達し、ただ単に前を見続けた。
 そうしている内に、日が天辺を向いた時……広い大草原のど真ん中にイガーラ王国の首都……王都イガリアが見えてきた。

「おおーあれが王都……」
「大きいね」
「そうだね」

 俺とソニア姉は故郷のトーラの町を思い浮かべながら、その違いに驚き、そして胸を躍らせた。

「何?王都は初めてなのかしら?」

 セリーは興奮気味の俺たちに微笑みかけながら、そう訊いた。

「はい……こんなに大きいんですね……」

 軽く感動に震えながら答える俺に、セリーは苦笑した。
 霊峰に行く途中で町になんどか寄ったけれど……どこも小さかったからな。うん、こんなに大きな町は初めてだ!
 ふと……王都へ着いた時のことを俺は考えた。
 セリーはこの後……どうするんだ?それに、クロロ達も……このままお別れなのだろうか……。
 トーラの町のみんなとはこれから会えないわけではない。同じ国の中だ。休暇の時にでも行けば会える……だけど、セリーやクロロ達はどうだろうか。
 クロロ達は冒険者だ。場合によっては色々な国を転々とする。
 セリーは最高神官だ。おいそれと会いに行けないだろうし、王都に留まるわけでも……ないだろうな。
 そう思うと少しだけ寂しかった。

「……?どうかしたの?」

 セリーが俺の様子が変わったことに気がついて声を掛けてくれた。
 俺は何でもないと、首を横に振る。

 出会いもあれば別れもある。

 それは昔から知っていたことだが、それでも寂しいものは寂しい……俺はここで兵士となる。そこは命のやり取りをする場所だ。
 それこそ一期一会になるような……ここでこの四字熟語を聞くと、ただ悲しいようにしか聞こえねぇ……。

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