一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

勘違い

 ※


 明けて翌日……。
 教会の人達が荷物を郊外の俺たちのお家に持って行ってくれたというので、昨夜は教会に泊まり……本日からいよいよ新居での生活となる。
 ちなみに、ソニア姉は無事に王宮治療魔術師になり、ラエラ母さんは王都の治療院で働くらしい。といっても、週二回くらいで後は広い新居で家事全般をこなすという……。
 クロロ達も昨夜は教会で過ごしたが、今日からは冒険者の仕事をして宿屋暮らしをするらしい。
 王都から離れないの?と訊いてみると、何故かアルメイサがニヤニヤとクロロを見ていた。で、回答としては暫く離れないらしいから、結局クロロとセリーとのお別れも当分後になった。
 まあ、そんな感じで一夜明けて……俺は今日も朝の九時頃から訓練のために訓練場に足を運んでいる。
 スカッシュ先輩の指示で、今日の最初の訓練は的当て……まあ、弓の訓練である。
 横一列に十人二十人と並んで、遠くの的を狙って矢を放つ。距離としては五十メートルほどなので、当たる奴は当たる。
 俺はペコポンと弦を弾いて矢を飛ばし、的の真ん中に命中する。ペコポン……ペコポン……と繰り返していると二本三本と真ん中に命中するので、矢の尻に鏃が刺さって、やがて重さに耐えられなくなったのか一番最初に刺さっていた矢がスポンっと的から落っこちた。
 ありゃりゃ……。

「お?矢が落ちてんじゃなねぇか。外したのか?下手だな〜あはは」

 スカッシュ先輩は俺のところへ来るとバシバシ背中を叩いて笑った。

 見とけよ……。

 俺はスカッシュ先輩に見せつけるように、もう一回ペコポンと放って矢を的の真ん中に命中させるのだが……振り返ってみるとスカッシュ先輩が違うところを見ていた。
 このっ! 

「スカッシュ先輩!見てくださいよ!」
「んお?」

 俺は的を指差しながらスカッシュ先輩を呼ぶ……すると、さっき的に命中させていた所為で穴が大きくなっていたらしい……矢がスポンと落ちていた、
 それを見たスカッシュ先輩にまた笑われた……。
 誰か!誰か見てた奴はいないのか!と、見回してみるもののどいつもこいつも的を射るのに夢中でそれどころじゃないらしい……もはや俺は何も言わなかった。
 もういいや、とペコポンと矢を放ち続ける。山形に飛ぶ矢はヒューっと的に吸い込まれるように命中し、やはり真ん中に刺さった。そして、ポロっと落ちた。
 喧嘩売ってんのか……。
 もはやそうとしか思えない。俺は自前の弓をしならせて、少し力を込めた。弦を離すと、溜め込まれたエネルギーが爆発して矢が風を切って俺の手からぶっ飛んだ。
 シュンッと真っ直ぐ飛んだ矢は的の中心を貫いて、的の後ろにあった壁に突き刺さってビヨヨーンと振動してピタッと止まった。
 ふっ……またつまらぬ物を貫いてしまった 

(閑話休題)

 休息時間に地べたで座って休んでいると、訓練を見に来たのか訓練場脇の通路を歩いてきたノーラと目があった。その前にマリンネア大師長と……黒髪黒目のヨリトが歩いていた。
 ノーラは暫く俺と目を合わせると、やがて二人を追うように慌てた様子で歩いていってしまった。
 なんか気になったが休憩が終わったので考える間もなくなった。
 午後の訓練は剣を使っての対人戦……弓兵とはいえ剣くらいは使えないと話しにならないからだろう。
 ふと、スカッシュ先輩が俺に近寄って言った。

「お前、何でもできるんだってな。剣も使えんのか?」
「まあ、一通り……」

 剣術の訓練はまず一通り王国式剣術の型を何度も繰り返して練習してから、対人戦となる。新兵は素人が殆どで、木剣を打ち合っているが型もクソもない。
 スカッシュ先輩は俺が経験者ということで、先輩兵士の一人と打ち合いになった。
 お互いにある程度の距離をとって、木剣を構える。俺が最初に学んだ王国式剣術……俺は何となく懐かしくて基本的な構えを取った。
 それから合図を切っ掛けにして、先輩兵士が俺に向かって駆け出した。やはり、先輩なだけあって型をベースにした攻め方が上手い……弓兵だけど剣術の実力的には中級ノーマルはあると見た。
 俺は向かってきた先輩に対して半身になると、先輩が突き出してきた木剣を後ろに流すようにして叩いて、そのまま立ち位置を入れ替えるように先輩と俺が交差する……その瞬間に軽く木剣を先輩の首裏に当てて、勢いに任せて前のめりに転ばせた。
 ステンっと転んだ先輩は何が起こったのか分からないようで、目を白黒させている。その光景を見ていたスカッシュ先輩は驚いたように目を見開き、それから言った。

「お前……歩兵の方がいんじゃね?」

 ヤダよ。弓の方がいいよ。まあ、実際何でもいいんだけどさ……。

「ちくしょう!もう一回だ!」

 さっき俺が転ばせた先輩兵士だ。顔を真っ赤にしている……なんだか怒っているように見える。あれか……後輩に負けて悔しいのか……このままにしておくと俺への印象が悪くなってしまいそうだったので、俺は再戦を断るとニヤリと笑い、手をニギニギしてその先輩兵士に近付き、皮の鎧の上から肩を揉んだ。

「いや〜さすが先輩っすね〜。こんなに肩が凝っているのにあんな動きができるなんて!よくこんなに疲れが溜まった身体で……もう自分、先輩の舎弟にして欲しいっすわ」

 媚びてみると先輩兵士は、「お、おう……まあな!」なんて言って俺の話しに乗っかった。媚びるのが上手くなった自身がある……。まる。

「お前あれだな……なかなか見込みがあるな!この俺が調子が悪いとはいえ負けたんだ。名前はなんだ新入り?」
「グレーシュ・エフォンスっす、兄貴!」
「あ、兄貴……お、俺はマーフィル・マリントンだ。マーフィル兄貴と呼べ!」
「うっす!マーフィル兄貴!」
「…………」

 余程気に入ったらしくマーフィル兄貴は嬉しそうに笑った。うむ……と俺が先輩兵士との関係が拗れるのを回避したところでスカッシュ先輩がゲラゲラ笑いながら俺の背中をバシバシ叩いた。

「お前あれだな!世渡りが上手そうだな!」

 人付き合いが上手いと言って欲しい……と、背後から視線を感じたので振り向くと……またもや訓練場脇の通路から俺のことをエリリーが眺め見ていた。それで目が合うと暫く見つめあって、エリリーは半眼を作って目を逸らした。
 どこか呆れたような気配を感じた。

「おうし!グレーシュ!訓練の続きだ!いくぞ!」
「あ、分かったっすマーフィルの兄貴!…………人付き合いが上手いねぇ」
「どうした?」
「何でもないっす!」

 俺はマーフィル兄貴に取り繕うように言うと、訓練に戻った。


 〈某執務室〉


 訓練が終わり……例の如くマリンネアの書類仕事を片付けていたノーラははぁっとため息を吐いた。それに続くようにしてエリリーも書類の整理をしながらため息を吐く。
 そんな二人をマリンネアは遠目から眺めつつ、紅茶を啜った。

「ふむ……何かあったのかね?」

 マリンネアが訊くと、ノーラはもう一度ため息を吐いて言った。

「いえ……なんというか情けない男を見てなんとも言えない気分といいますか……」
「情けない男?」

 マリンネアが首を傾げると、今度はエリリーが答えた。

「先輩兵士に媚を売るような軟弱者で……」
「それは……まあ、情けないのか?よく分からんが……」

 マリンネアとしては、先輩に媚を売るのは軍の中で上手に生きていくには必要なことだと思っている。マリンネア自身は伯爵家であったためにあまり関係はないが、軍に入る者の中にはマリンネアのような伯爵家と懇意になるために媚を売ってくる輩もいるのだ。
 そのため、今でもちょくちょく媚びられるマリンネアはそこらへんを当然のことだと受け止めているために二人ほど情けないとは思わなかった。が、男なら甲斐性くらいは見せて欲しいとは思っている。
 と、コンコンと執務室に来訪者が現れ、その人物が入ってくるとノーラは深いため息を吐いた。
 スカッシュ・アプデロイだ。

「うぃーす。定時報告です。今日も特に異常なし!帰っていいすか?今日はカミさんとの結婚記念日なんですよ〜」
「あんたの頭は異常ありだよ……ウチ、上司!報告も適当!態度も適当!あんた絶対にいつか奥さんに捨てられるよ!」
「え……?そ、そんなことは……」
「あんたと違って奥さんは優秀だし、真面目だしぃー!ねぇ?エリリー」
「うん。貴方の奥さん……とっても真面目に働いてるよ?」

 エリリーの言葉でスカッシュは震えると、「今日は薔薇の花束を五十本……!」とブツブツ何かを言い始めた。
 と、何を思ったのかスカッシュがふと言った。

「そういえば……昨日小師兵殿が言ってたグレーシュ・エフォンスっているじゃないですかー。あいつ凄いっすね。知り合いっすか?」
「……っ。別に……」

 スカッシュに訊かれてノーラは思わず言葉に詰まり、そしてスカッシュから目をプイッと背けた。
 スカッシュは不思議そうに首を傾げると、「そうすか。じゃあ自分はこれでー」と特に態度を改めることなく退室した。それを見てマリンネアが、「これは本格的に昇級を考え直してやろうか」と言ったところでエリリーが苦笑した。
 と……、

「先ほどスカッシュが言っていたが、昨日はノーラがその名前を口にしていただろう?そのグレーシュ・エフォンスとはどんな関係なんだ?」
「う、ウチと……じゃなくて、私とエリリーの幼馴染というだけです」
「ほう?幼馴染か。それはまた……」

 マリンネアはふむふむ頷いて、今度はチラリとエリリーに目を向けた。

「なんだ?その幼馴染とはあまり仲が良くなかったのか?」

「そ、そんなことはないです……けど……久しぶりにあって、なんというか……どう接したらいいか分からないというか……」
「む……?ふむ、話を聞こう」

 マリンネアは書類仕事を投げ出して、二人の話を詳細に聞いてやるために例の酒場に足を運んだ。実は、ノーラとエリリーがこの酒場に足を運んでいるのはマリンネアの影響だったりする。
 仕事をすっぽかして酒か……と思われるかもしれないが、マリンネアからしたら大事な部下の機嫌が悪いのはあまりよろしくないのだ……仕事も捗らないし!
 マリンネアは麦酒を頼み、二人は昨日と同じものを……そしてお摘みをつまみながら話を聞いたマリンネアは頬を少しだけ紅葉させて言った。

「なるほどな……目標だった昔馴染みが意外にも腑抜けになっていたから腹が立っていると……『一体私達ってあれのどこが好きだったの!?』的な?」
「そ、そうじゃないですけど……ただ、あまりにも昔と変わっていなかったので」

 ノーラが肩を竦めて言ったので、マリンネアはフンっと鼻を鳴らした。

「だが、実際そうではないか?私なら幻滅するがな」
「グレーシュ昔っからあんな感じなんですもん……ちょっと情けないのが標準装備みたいな」

 およそ八年前、グレーシュがとある貴族の二人相手に縮こまっているのを思い出し、ノーラは苦笑を浮かべた。そう、昔から変わらないのだ。どんなに力があっても、威張ったりしない。そこに美学があるとすれば、謙虚という二つの文字で表現できるだろう。まあ、男としては三流四流……もっと男らしく堂々として欲しいと思うのはノーラの勝手な言い分だ。だからこそ、声高にそれを主張することもできない。

「ふむ……軟弱だな。それはダメ男というのでは……」
「ち、違います!ただ普段があれなだけですしぃ!」
「ノーラ……口調口調……」

 エリリーにそう指摘されたノーラは慌てて口を噤んだ。冷静なエリリーとは対称的に熱くなりやすいノーラは、直ぐに口調が変わってしまう癖がある。マリンネアはクツクツと笑ってやると、二人を順番に見据えた。

「八年の間、その幼馴染を目標にして頑張ってきたんだ。腑抜けた姿を見て納得行かないのだろう?お前たちは」

「まあ……そこまでは思ってないですけど」
「そ、そうですよ……腑抜けは言い過ぎです」

 ノーラとエリリーにそう言われたが、マリンネアはどこ吹く風だ。正直聞いている限りでは、不甲斐ない男という印象しかなかった。
 マリンネアはグッと麦酒を飲むと言った。

「一度……手合わせでもすればいいんじゃないか?」
「手合わせ……」

 ノーラは手合わせと聞いてふと逡巡する。
 確かにそれが一番手っ取り早いかなと思ったのだ。グレーシュの実力がどれほどかは未知数だ。自分たちを負かしてくれるくらいなら、むしろノーラとエリリーとしては望むところだった。なにせ目標なのだ。二人は壁が大きいほど、やはり燃えるタイプだった。
 二人は頷くと、マリンネアと同じようにそれぞれ酒を煽った。

「あぁ、そういえばその件の幼馴染は一体どんな奴なのだ?新兵ならば私が見ているはずだが……」

 マリンネアがそう言うと、ノーラが微妙に酔ったような勢いで答えた。

「あれ、あれあれ。ここらへんがー変に跳ねてるですよー。ちょーウケる☆」
「もう酔ったか……こいつは酔うとそこはかとなくウザいからな……」
「ゆ、許してあげて下さい……」

 エリリーが言うとマリンネアはクスリと笑い、それから髪の毛が変に跳ねた男を思い出した。

「確か……ヨリトの隣にいた奴か……。あいつは変な奴だったな」
「変?髪の毛がですか?」
「確かに跳ね方は変だったが、そこまで気になるようなものでもなかっただろう?」

 マリンネアは苦笑しつつ、訊いてきたエリリーに答えた。

「変というのはだな……お前達はあいつからは覇気を感じないと言ったな?」
「はい……だから、ちょっと測りかねています」
「ちょーウケる☆」
「ノーラはちょっと黙ってて」

 エリリーに割とガチで言われたノーラは今にも泣き出してしまいそうなほどに目尻に涙を溜めたが、そんなノーラに対してもエリリーは無視を決め込んだ。マリンネアはノーラを可哀想な目で見つつ、続けた。

「変というのはだな……覇気を感じないどころか気配も感じなくてな……私が見て実力を測れなかった……」

 それを聞いたエリリーはピクリと眉を動かした。
 マリンネアの目測で実力を測る能力は、かなりの確率で当たる。マリンネアが強いといえば強いし、弱いといえば弱い……だが、今までマリンネアが分からないと言った人物はいなかった。
 覇気もなければ気配もない……エリリーは脳裏にある考えが浮かんだ。あの男は……グレーシュ・エフォンスという男の行動原理は大抵家族のことが絡む。
 覇気や気配を感じないのはグレーシュが弱いからというよりも、意図的に隠していると考えた方がいいのだろう。
 ならば、それを隠している理由は?
 その理由に辿り着いたエリリーは、思わず苦笑した。

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