一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

開戦の砲撃

 〈イガーラ王国領内〉


「はーはん……暇だ。おい、なんかおもしれぇことやれ」
「え……?は、え?」

 ベルリガウスの身の回りを世話していたメイドは突然のことに戸惑った。
 ここは魔導機械マキナアルマ……空中艦ノアである。その名のとおり、ノアの箱船を模して造られた空を飛ぶ巨大な船である。
 その船の一室でベルリガウスが退屈そうに頬杖を付いている。
 ベルリガウスが配下のデュアリスとシルーシアを連れてイガーラ王国へ入ったのは数日前……それからはこの船の力で砦や町を破壊していき、そろそろ王都へ着くころだ。
 市民も兵士も皆殺しにしているため、王都に進軍していることはまず知られていない。彼らは知らず知らずに殺される……ただ、ベルリガウスの欲望を満たすためだけに。


 〈空中艦ノア〉


 ノアのまたあるところ……そこで緑色の髪を乱した少女……シルーシアは二人の少女と遊んでいた。遊ぶというのは語弊があるかもしれない……一応、形式上では見張りになっているが、シルーシアにとって彼女たちは仲間と言えた。
 ノアの中で唯一殺伐としていない甲板にある庭園エリアで、シルーシアと……そして青色の髪を海が波打つようにウェーブさせた少女と紫色のポニーテールの髪型を巻いた活発そうな少女……。
 青色の少女はウルディアナ・スプレイン……そしてもう一人はベルセルフ・ペンタギュラスである。

「なーはっはっはっ!花なんて女々しい!」
「はー?女々しいって……お前も女じゃねぇか」

 シルーシアは変な笑い方でしかも妙にハイテンションなベルセルフに苦笑混じりに言った。

「なーはっはっはっ!我に性別など……外見に囚われるなど愚の骨頂!この姿は……我が現世で生活するための仮初めの姿に過ぎないのだ!なーはっはっはっ!」
「はいはい、わーったよ」

 シルーシアはため息混じりに同意してやる。すると、ベルセルフは満足げに頷いた。少女というが年齢的にはシルーシアが十六歳であるが、ベルセルフはまだ十二歳……その外見には幼さがまだ残っていた。その満足げな屈託のない笑みを見て、シルーシアは笑った。

「ウフフ、楽しそうで何よりですわ」

 ウルディアナはそんな二人を見つつ、庭園の花を摘んで輪っかを作る。
 ウルディアナ・スプレイン……彼女は帝国に攻められて降伏した海底王国エールガレインから人質として送られたエールガレインの第一王女……海底王国とはその名の通りで、海の中に存在する国だ。
 彼女の容姿は海で生きるために進化しており、人族や獣人族に並ぶ魚人族と呼ばれている種族だった。彼女は魚人族鮫種……鮫のヒレのような尖ったものが人族の耳の部分にあり、頬には鮫のようなザラザラとした感触が謙虚に現れている。
 瞳はサファイアで、美しい青色の長髪と同じだ。
 二人を微笑ましげに見つめつつ、ふとした折に少し寂しげな表情を見せた。それをシルーシアは見逃さなかった。

「どうかしたかよ」

 口調は乱暴だが、心配そうな色を見せるシルーシアの言葉にウルディアナは薄く微笑みを返した。

「なんでも……ありませんわ」
「なんでもなくねぇだろ?話せよ……それだけで楽になるもんだぜ?オレ達……と、ととと友達……だろ?」

 どうして友達のところで吃ったのかはよく分からなかったが……ウルディアナはシルーシアの優しさに癒されるのを感じた。
 正直、人質として送り出された時は捨てられた……見捨てられたとウルディアナは思っていた。だが、それも王族として生まれた身であるなら仕方のないこと……なにせ、王族は国を守るため……そして導くために存在するのだから。
 それでもどこか、拭いきれない寂しさはあった。そのウルディアナの思いを理解できるのは、同じ境遇をもったシルーシアだけだった。
 シルーシアもまた、ベルリガウスの気紛れで攻め滅ぼされかけた妖精族森人エルフ種の里から送り出された人質……弓術の達人であったためにこうして軍でベルリガウスに酷使されている。

「まあ、そんなオレ達でも……ベールよりはまだマシだよな」

 シルーシアは無邪気に庭園の虫達相手に厨二病を発症させているベールことベルセルフに目を向けて言った。
 ウルディアナもベルセルフに目を向けて、苦いものを噛み締めたように表情を歪ませた。
 ベルセルフ・ペンタギュラス……ベルリガウス・ペンタギュラスの一人娘……。
 紫色の髪がまさに親子の証だ。彼女はポニーテールの髪以外にも特徴的な容姿をしている。左目にバラの装飾がされた黒い眼帯をしている。これは彼女が厨二病という痛い病気を発症しているからではない……本当に左目を怪我している。というか、もはや失明しているからだ。
 彼女の左目は見るも無惨なほどの怪我を負っており、ウルディアナが人質として来るまでは左目の傷を嫌がって引きこもっていた位にはベルセルフも気にしている。
 他にも、身体の至る所が傷だらけ……そして言うまでもなく、この傷を付けたのは彼女の父親だ。
 ベルリガウスは戦闘狂……とにかく強い者と戦いたがる彼はある日、強い者がいなければ作ればいいじゃないかと思い立ち、適当な女との間にベルセルフを産ませて以来、幼少のころからベルセルフを鍛えている。
 そうやって育てられたベルセルフは父親に痛めつけられる恐怖からこの若い時期から厨二病を拗らせた。ぶっちゃけ、ベルセルフの言動がおかしいことはおかしいのだが……その理由が笑えない。

「む?なんだ?我をじって見ているが……お?もしや、我の偉大さに気が付いたのか!?」
「なんでそうなんだよ……脳味噌御花畑か?」
「なーはっはっはっ!もっと褒めよ!讃えよ!そして崇めよ!」
「ダメだこいつ……早くなんとかしねぇと……」

 シルーシアは額に手を当てて、心底面倒くさそうにしながらもどこか楽しげだ。それをウルディアナは傍らから見守りながら、再び花を摘んで輪っかを作り出す。
 だが……ピリッと花に触れたウルディアナは空気に走った電気に身体を強張らせた。シルーシアとベルセルフもその大きな気配に気がつき、頬に冷や汗を流す。

「ここにいたか、ベールぅ……」
「お、お父様…………」

 さっきまで幸せそうだったベルセルフの表情が一転し、庭園に現れたベルリガウスを見て震え上がって今にも泣き出してしまいそうだった。
 そらを見たシルーシアは、強気な姿勢でベルリガウスに言った。

「なんの用だ……てめぇ。こっちはきっちり働いてんだろーが……」
「あぁ、だからおめぇには用はねぇ……俺様が用あんのはベールだぁ。おい、ベール?俺様は暇だ。ちょっと、相手をしろ」
「は、はい……お父様……」

 そういって、ベルセルフは震えながらもベルリガウスの前に躍りでる。

「くっ……ベール……」

 シルーシアもウルディアナも心配そうにベルセルフを見守る……それしか出来ないのだ。目の前にいる男はそういう男なのだ。そしてベルリガウスの一方的な戦いが始まる。
 次々と繰り出される雷光のごとき速さの鉄拳がベルセルフを捉え、ベルセルフは為す術もなく二人のところまで吹き飛ばされた。

「ベールっ!くっ……もうやめろ!ベルリガウス!」

 シルーシアがこれ以上やるなら自分が相手をする……と、どこからともなく翡翠の弓を顕現させて構えると、心底詰まらなそうにベルリガウスは鼻で笑った。

「ハッ……興醒めだ。我が娘よ……おめぇは弱い……それでも俺様の娘か?はーはん?クク……まあ、いい。俺様は『月光』と戦えればそれで構わねぇ……」
「ちっ……迷惑な話だぜ……」
「そういうがなウィンフルーラの嬢ちゃん……おめぇもデュアリスの報告にあった弓使いとやり合うのが楽しみなんだろうが……おめぇも根っこのところは俺様と同じなんだよぉ……クックク」

 それに対して、シルーシアは何も言い返せない。自分も極地を目指す達人の一人……強い相手と戦いたいと思うのは当然の心理だ。それを狂ったような男と一緒にして欲しくはないとシルーシアは頭を振った。
 ウルディアナはボロボロになり、泣きじゃくるベルセルフを胸に抱きながらも、ジッとベルリガウスを睨む。普段は優しげなウルディアナの目は、今は鮫のように鋭い視線をベルリガウスへ向けている。
 その視線に気が付いたベルリガウスはウルディアナに言った。

「よかったなぁスプレインの嬢ちゃん……俺様が乳臭いガキを嬲る趣味がなくてなぁ。まあ、おめぇは政治的な価値があるからなぁ……いつかおめぇが使われるその時まで大人しくしてろぉ……クックック」

 ベルリガウスはそう言うと、雷光のように姿を消した。
 シルーシアはその直後に怒ったように声を荒げた。

「クソが……ディーナを物みてぇに……おい、大丈夫かディーナ?」
「はい……それよりも、ベールですわ……傷が酷いですわ……どうして、どうして実の娘にこんな酷いことを……」
「うぅ……ディーナあぁぁぁ!!」

 ウルディアナに抱きついて泣きじゃくるベルセルフにシルーシアも顔を歪ませる。
 どうして?そんなこと……あいつが狂ってからとしか言い様がないじゃないか……シルーシアは視線をノアの進行方向に向けると、その先にいる『月光』がベルリガウスを倒してくれるのではないか……そういう淡い希望を抱きつつ、無理に決まっていると……そう思っていた。

(もしもそんな相手がいるなら……ベルリガウスみたいな奴じゃなけりゃあいいな……。もっと知的な感じがいい……それで、オレと戦って勝ってはオレの何がいけないのかを優しく教えてくれるような人が……そんな人がワタシはす……って)

「どわぁぁぁぁぁ!!?」
「ひゃっ!?」

 突然叫び声を上げたシルーシアにウルディアナが驚いたような声を上げた。

「ど、どうしたんですの?」
「い、いや……悪い」

 シルーシアは謝りつつ、自分がどれだけ恥ずかしいことを考えていたのかを思い出して頬を染めた。
 やがて、ノアの内部でアナウンスが鳴り響き地上軍の降下が始まる。イガーラ王国の首都……イガリアが見えてきたようだ。
 ノアから次々に兵士たちが降りていく……もちろんシルーシアも指揮を執るために地上へと降りる。そのため、シルーシアはベルセルフとウルディアナに別れを告げて走っていった。

「ルーシー……どうか無事に帰ってきて……」

 ウルディアナは泣き疲れて眠ってしまったベルセルフを抱き抱えながら、両手を合わせて神にそう祈った。


 ※


 ノアを操っている司令室……そこでベルリガウスはおかしな報告を受けて首を捻った。
 王都が見えてきたから攻撃を開始しようと司令室に来てみると、なんと敵が既にベルリガウスの侵攻に気付いているようで防壁陣が組まれていた。

「どういう……ことだぁ?」

 さすがのベルリガウスも訳が分からず驚いていた。今まで破壊してきた町や砦は生存者を残すことなく虐殺してきたし、万が一生き残りがらいたとして、馬よりも早い空中艦よりも早く王都に付いてベルリガウス達の侵攻を知らせるこもは困難……。

「なんだってんだぁ……?」

 ベルリガウスが首を再度捻っていると、司令室にいた兵士の一人がベルリガウスに言った。

「い、いかがいたしましょう……」
「…………そうだなぁ」

 聞かれて、ベルリガウスは思案顔になる。そして……、

「まずは今までの町みてぇに、ノアの魔力砲をぶっ放してみろ」
「ハッ!」

 兵士はベルリガウスの命令を受けてすぐ様行動を起こす……空中艦ノアの前方に取り付けられた巨大な大砲……魔力砲である。魔力を収束させて放つ魔導機械マキナアルマの破壊兵器……ブーンっと音を立てて魔力を最大限まで充填させた魔力砲は臨界を超えてノアから放たれる。
 放たれた魔力砲は王都市街の真上に降る……が、市街地に着弾する前に何か巨大な障壁に阻まれでしまった。

「こ、これはっ!」

 司令室の兵士達は驚きの声を上げる。それはそうだ、今まで一撃で破壊できていた魔力砲で破壊できなかったのだから……ベルリガウスは今の光景を見て、面白うに笑った。

「はーはん……伝説級レジェンド光属性魔術【アマルジア】……かぁ?なるほど、魔力砲対策か」

 帝国の魔力砲は有名だ……その対策を取られているのはおかしな話ではない。
【アマルジア】は人類が使える最強の防衛魔術……魔力砲をもってしても破壊は不可能である。

「となると……あとは地上戦かぁ。クックック……おもしれぇ」

 ベルリガウスは非常に愉快そうに笑った。

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