一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

守り、助けて

 そう言ったアリステリア様の声の内には、圧倒的な威圧感、覇気、存在感が込められていた。誰も無視することは叶わず、カリフォーリナもその場で力なくヘタヘタと座り込んでしまうほどだ。
 ふと、野次馬達は呆気に取られていた自分達がしなければならないことを思い出して公爵に対する姿勢で腰を折った。今は普段のお忍びで町娘に溶け込んでいるアリステリア様ではない……軍事を司る王下四家の長女としての自覚を持ち、全てを従わせるカリスマ性を持った将軍の娘にして、現イガーラ王国最強の男の妻になるという気概と、困難に立ち向かう覚悟を持った公爵令嬢なのだ。
 こと俺も、思わずアリステリア様の凛とした態度に視線を奪われていたが……いかんいかんと首を振った。
「誰か説明してくださる?」
 アリステリア様が問い掛けると、大衆は頭を下げたままピクリと肩を震わせた。そんな中でも怒りを思い出したのか、カリフォーリナがアリステリア様に向かって叫ぶように答えた。
「この……この男がっ!この私に暴力を!!大罪です!死刑です!!この男に死を!」
 おい、最初の騒ぎの問題と違うんですけどー……まあいいや……できればこのままソニア姉の件がうやむやに、
「そして、我が主人であるオルフェン様を殺した娘も死刑に!」
 なってないかー……。
「オルフェン……まさか、それは本当のことですの?」
 と、カリフォーリナの話を聞いたアリステリア様が俺に視線を向けて言った。なんで俺……おいおい、こんなところで俺とアリステリア様が知己の仲であることがバレたら……俺は苦虫を噛み潰したように顔を歪ませてから、直ぐに姿勢を正して胸に手をやる……というような敬意を表す姿勢を作る。
 それから直ぐにアリステリア様の問いに答えた。
「いえ……大変申し訳ありませんが、私は現場に居りませんでした。お役に立てず申し訳ありません」
「っ……そ、そうですか。では、カリフォーリナ様に暴力を振るった……というのは?」
 何故か一瞬だけ挙動がおかしくなったが……アリステリア様は凛としたまま俺に訊いた。その回答にと、俺はただこう返した。
「事実でござります」
 噛んだ……。「ござる?」「ござるってなんだ?」「噛んだのか?」とか野次馬から聞こえる……やめろ!慣れないことをこっちはやってんだよ!噛んでも仕方ないだろ!なんならお前らやってみろや!
「なるほど……」
 と、アリステリア様は真面目くさって頷いているが内心どう思っているかは定かでない。
「理由をお聞かせ願えますか?」
「私の姉が斬られそうだったからです」
 俺が即答すると、再び野次馬から、「姉?弟なのか?」「おいおい、天使の弟とか羨ましいすぎんだろー!!」などと言った声が上がった。もう、あいつらの声を拾うのは止めよう。
「はは!姉弟が揃いも揃って大罪人!!親の顔が見てみたいものだ!」
 あぁ、出たよ……だから前に出たくなかったんだ。アリステリア様が来て状況が変わるかと思ったが……やはり、言うべきではなかったか?自分の希望的観測による失言を早くも後悔し始めた俺だったが、アリステリア様は顎に手をやると一言……。
「ここで沙汰を決めることは出来ませんわね……一度、当事者の方々だけに集まっていただきたいですわ」
 ジロリ……と騒ぐ野次馬にアリステリア様の視線が向けられると、それだけザワザワしていた大衆がシンッと面白いくらいに静かになった。
「ご同行願えますか?」
 もちろん、アリステリア様のこれに対する拒否権を俺たちは持ち合わせていない。


 –––☆–––


 興奮状態であったカリフォーリナは別室で事情聴取を受けることとなったわけだが、奴は男爵だから下手な警備兵だと処罰され兼ねない……今回はアリステリア様の後ろ盾でなんとかこういう形が取れたようだ。
 俺とソニア姉はアリステリア様に付いて行き、王城イガルスの軍事塔にある一室で話を聞いてもらうことになった。
「それでは、まず……ソニア様からお話を聞かせていただきますわ。お願い……しますわね?」
 アリステリア様が問い掛けると、俺の後ろにピッタリとくっついていたソニア姉は不安げな表情をしながらも、先ほどあったことを話してくれた。
 俺たちはソファに座っており、小さな方形のテーブルを挟んでソニア姉と対面している。
「その……雷帝の戦で怪我をした貴族の方々の治療をしていたんです。それで、あたしはオルフェン・リッツ様の治療をしようと【スーパーヒール】を掛けたら……オルフェン・リッツ様が灰に……」
「灰……ですの?」
 アリステリア様はどこか困惑気味に鸚鵡返しした。
「それは、なんの脈絡もなく突然……ですの?」
「はい……」
 なんの脈絡もなく人が一人、灰になった。なるほど、もしもそれを目の前でカリフォーリナが見ていたならあの取り乱しようは納得だ。周りには他にも人がいた筈……ソニア姉は弁解の余地もなかったわけだ。そして、当の本人も理由が分からないのだ。不安げなのは、自分が本当に犯人だったら?ということに起因しているのだろう。
 アリステリア様も俺と同じ考えなのか、難しそうな顔をしている。
 ふと、気になったことがあって、尋ねた。
「一つ宜しいでしょうか」
「え?あ、はい……というか、別にここまで来て改まった態度をなさることもないですわよ?なんだか、違和感を感じるのですけれど……」
 え?俺の敬語って変?マジか……。
「えっと……んん。その、どうしてアリステリア様がお姉ちゃんのためにそんな必死そうに頭を巡らせているかなと……」
 俺が言うと、心外だとばかりにアリステリア様は肩を竦めた。
「わたくし、そんなに薄情ものではありませんわよ?ソニア様は大切な友人の一人ですもの。それに、これを機にグレーシュ様に恩を売っておこうという考えかもしれませんわよ?」
 後者の方が多そう……。
「僕に恩を売ったところで……」
「いえいえ、聞き及んでいますわよ?伝説の一角、『双天』ベルリガウス・ペンタギュラスを討ち倒したと」
「げっ」
 その言葉は完全に素で出ていた。
「それは誰が……」
「もちろん、ノーラント様とエリリー様ですわよ?そんなに心配なさらずとも、知っているのは一部のわたくしが信頼のおける師長達とわたくしだけですわよ。元々、あの場に師長やわたくしが居たのは、その件についてなのですけれど……オルフェン・リッツ伯爵様のこのような事件が起こってしまいましたから、先送りですわね。まあ、グレーシュ様の功績は何に置いても優先されてもおかしくはないのですけれど……」
「いえ、わかっています……雷帝の戦は被害がとにかく大きかったですから。まずはそちらの処理の方が優先でしょうし、そんな中でわざわざ時間を割いたのにも関わらずこの事件と……」
 俺が言うとアリステリア様が眉尻を下げた。
「本当に申し訳ありませんわ……一応、こちらで即興で用意できるのがミスリル金貨百枚枚ほどでして……」
「金貨ひゃ……うぇ!?」
 日本円にして一億円である。うわーお……。
「師長の中には爵位を与えて取り込もうという輩もいますけれど……まあ、今はいいですわよね」
 いやいや、なんか聞き捨てならねぇことがツラツラと……いや、しかし貴族のスーパー偉い奴らに知られるよりはマシだったかもしれない。あれ?アリステリア様って公爵だよね……?あれ?もう詰んでね?
 とはいえ、現状俺のことなんかどうでもいい。今はソニア姉のことである。
「それより、今はソニア様のことですわね。ソニア様の身の潔白を証明するには、ソニア様がオルフェン様を灰にしたわけではないという証拠が必要ですわね」
「そうですね……となると、現場を調査にいかないとですね!」
「なんでそんなに張り切っているんですの……」
「何を言いますか!お姉ちゃんの一大事……張り切っていかないでどうするんですか!」
 そう叫んだ俺に、隣で座っていたソニアが俺に巻きつけていた腕にさらに力を込めてきた。おうふ……結構力が強いじゃない。だが、悪い気はしない。する訳がない。
 しっかし、まさかこんなデカみてぇなことをやることになるなんてな!ワクワクする!
「何か勘違いしているようですけれど……グレーシュ様は調査に参加しなくて結構ですわよ?」
「え」
「当然ですわよ……これは専門家である警備兵に任せましょう。素人がしゃしゃるところではありませんわ」
「その警備兵のやつにお姉ちゃんは地面に這いつくばらせられていたんですがね……」
 言外に信用出来ないと告げると、アリステリア様はため息一つ漏らした。
「まあ、幸いにして今は比較的に戦が起こることがありませんから……各国は躍起になって打倒帝国の下に集結していますもの。とはいえ、裏でどう動くかは定かではありませんけれど……とりかく、今だけはグレーシュ様が自由に動けるように手配致しましょう。どうせ言っても大人しくしてくれませんでしょうし……」
 よく分かってる。
 そういう理由で、俺は早速ソニア姉の身の潔白を証明するために現場となった治療院へと足を運んだ。


 –––アリステリア・ノルス・イガーラ–––


 わたくしは緊張の糸が切れたようにほっと一息……グレーシュ様が現場に向かったわけですけれど、さすがにソニア様も連れていくわけには行かなかったため、ソニア様には残っていただいた。
 わたくしは侍女のアンナを呼び出すと、ソニア様が落ち着けるようにとハーブティーを頼んだ。
「かしこまりました」
 アンナは優秀な侍女だ。直ぐにハーブティーを持って、ソニア様に差し出した。ソニア様はカップに視線を落とし、それから少し遠慮がちに口を付けた。
「落ち着きましたか?」
 わたくしが問い掛けるとソニア様はコクリと頷いた。
「それにしても、グレーシュ様……ソニア様のことをとても気にかけていらっしゃいましたわね。姉弟仲が良くていいですわ」
 と、わたくしが言うとソニア様はジッとわたくしを見つめてポツリと呟いた。
「…………あたしに取り入っても、グレイは動きませんよ?」
 その言葉にわたくしは思わず目を見開いた。ソニア様は分かってるいるのだ。グレーシュ様に対する自分の影響力が……先ほどまでわたくしが緊張し、それをグレーシュ様に悟られまいとしていたのもソニア様は気付いている。
 わたくしが緊張していたのは、グレーシュ様の纏う雰囲気が一つの要因だ。ソニア様が容疑者となっているためかグレーシュ様が少しだけイラついているように、わたくしは感じた。まるで普段通りを装っているが、纏う雰囲気が普通ではなかった。
 それと、もう一つの理由はソニア様が言ったようにグレーシュ様に対してわたくしは意図的に友好な関係を結んで起きたかったということ……ソニア様が紛れもなくわたくしの友人であることは疑いようもない。それでも、わたくしはそれを利用して……そんな浅はかな考えだった。
(この姉弟は一体何者ですの……?)
 普通ではない。二人の間にあるのが単なる姉弟愛なのか、その枠を超えた何かなのか判断は難しいが……この二人は互いのことをとにかく見ている。それは互いを第二者として見ているのではなく、むしろ互いの周りにいる第三者を見ている目だ。
 グレーシュ様がソニア様に向ける絶対的な信頼と大切したいという想い、それに対してソニア様がグレーシュ様に向けているものはなんなのか……わたくしには理解出来なかった。
 ソニア様はハーブティーを飲み終えると、静かに言った。
「グレイは昔からあんなんですから……過保護というか」
「そうですわね……」
 と、わたくしは八年くらい前のことを思い浮かべて頷いた。確かにあの頃から過剰にソニア様に対する害意に反応していた。それはソニア様に近寄る男性など……。
「きっと、グレイはあたしに何かあったら自分の身を削ってまであたしのことを助けてくれようとするんです……」
「…………」
「でも、傷付いてもあたしがそれを側にいて癒します……あたしに出来ることはこのくらいですから」
「ソニア様……」
「また頼ることになるのは……辛いですけど、それでもグレイがそうあるならあたしはグレイを信じて、大人しく守られようと思います」
 ソニア様に何かあった時、グレーシュ様の伝説をも討ち倒した力の矛先がどこに向くのか……考えただけでもわたくしは身震いした。
 八年……グレーシュ様が成長したように、ソニア様も成長していた。わたくしは何かを誤魔化すようにアンナのハーブティーを飲んだ。

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