一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

名探偵グレーシュ

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 俺はアリステリア様から調査許可証代わりの書状を受け取って、殺人現場となっている王宮治療院へ足を踏み入れた。
 現在は調査のために厳重な立ち入り禁止がなされている。貴族が殺されたのだ、調査にかられている警備兵の数は多い。
 俺は王宮治療院までやってくると、まずは立ち入り規制をしている警備兵の人に声を掛けた。
「あのーすみません」
「あぁん?」
 俺が声を掛けると、王宮治療院の扉の前で規制していた二人の警備兵の一人が俺に視線を向けながら凄んできた。なんで声掛けただけでこんなに凄まれなきゃならんのだろうか……怖いなぁ。と、その警備兵の人と目が合うと急に警備兵の人から勢いがなくなって額に汗を流し、挙動を怪しくさせた。
 どうしたんだ?と思いながら、アリステリア様の書状を見せて通行の許可を貰った。
「あ、アリステリア様の許可ですか……先ほどはとんだご無礼を……お許しください」
 凄んできた警備兵が大人しくなった。アリステリア様の力凄い……それとも、アリステリア様の書状を持っている俺が貴族にでも見えたのかもしれない。俺は認識を訂正させる思いで、笑顔を作りながら言った。
「あ、別に僕は貴族ってわけじゃないのでそんなに畏まったりする必要は……」
「ひっ……あ、そうですか。はは、て……ててててっきり……はは」
 あ、あれ〜?どうしてか怯えられてるんだけど……俺がアリステリア様に告げ口するとでも思っているのだろうか。告げ口したんところで、別にそこまでアリステリア様と懇意ってわけじゃないからな……でも、この人からしたらやっぱり公爵と知り合いの俺が怖いのかもしれない。てっきり、公爵と知り合いって目の敵にされると思ったんだけど……そうか、怯えられるのか。
 まあ、それも人によるのだろう。
「で、通してもらえますか?」
「あ、はい!どうぞどうぞ」
 腰を引いて完全に俺に低姿勢……なんか、こういう扱いは受けたことがないので慣れない。
 よしっ、とにかく今は調査だ!捜索だ!ソニア姉の身の潔白を証明しないと……俺は通行許可をもらって王宮治療院の中へ入る。中に入ると、前世でいうところの病室的な空間が広がっており、この病室からいくつかの部屋に分岐しているようだ。
 中にいた数人の警備兵の許可を得て、俺は改めて調査を始めた。何故かその際にも、怯えられたんだが……しかも、アリステリア様の書状を見せる前からだ。そんなに俺って強面だったか?むしろ警備兵の人達の方が怖いんですけどぅーどゆこと〜?
 まあ、それはいいや。
 病室にあるベッドの一つ……その白いシーツの上に灰があった。地面にもそれがあり、ひと吹きで吹き飛びそう……と、よーく見てみると灰というよりも……遺灰のように見えた。遺灰……人の骨、骨粉だ。
「お姉ちゃんの治療魔術を受けて肉体だけ消滅……骨だけが粉末になって残ったってことか?」
 俺は他にも情報を探すために警備兵の人が事情徴収をしていた人達から話を聞いて回ってみた。
「あ、すいません」
 俺が声を掛けたのは黒髪が整ったイケメンだった。服装からして治療院の人だろう。つまり、ソニア姉の同僚……いや、上司かもしれないが、どちらにせよ仕事場にイケメンか……今はよそう。
「むむ……君はグレーシュ君、だね?」
「え?どうして……」
 俺は目の前のイケメンが俺のことを知っていることに対して驚きを隠せずにいると、イケメンは薄く笑った。
「僕はエリオット・シュラーゲン……ソニア君から聞いていたん、だよ。君は僕と同じ黒髪で、そして変な髪の撥ね方をしているっ、てね」
 なるほど……俺は頷いてひとまず警戒を解いた。
「ふむふむ……あれ、だね。ちょっと、待っていたまえ」
「え?いや、ちょっと話を……」
「いいから」
 なぜかエリオットはそう言って、奥の方に引っ込んでしまった。それからしばらくして、エリオットはハーブティーを淹れて持ってくると、それを俺に持たせた。
「えっと……」
「飲んだ方が、いい。ソニア君が大変なのは分かる……だけど、今の君はまずは落ち着くべきじゃない、かな?」
「僕は落ち着いて……」
「そうかい?なら、もっと肩の力を抜いた方が、いい。今君は、怖い顔をしている……」
 言われて初めて気付いた。そうか……そうだ。ソニア姉が容疑者にされて、俺は少し気が立っていた。自分でそのつもりじゃなくても、周りを威圧していたかもしれない。
「あ、ありがとうございます……」
「うんうん、素直なのはいいこと、だよ。もっと雰囲気を柔らかく……その方が聞き込みもし易い、だろ?」
「良い人ですね、エリオットさんは」
「そうだろそうだろ。僕も君のことを少し誤解していた……ソニア君から、君は重度のお姉ちゃん子で、ソニア君に何かあったら……と、いつも含むような言い方をしていた、よ」
「あ、そうなんですか」
 ソニア姉……仕事場でそんな話をしているのか。てか、自分で弟がシスコンとか言わないで欲しい。いや、あってんだけどさ……。
 俺は、「いただきます」と断りを入れてからハーブティーを口にして少し落ち着いた。
 ふぅ……なんか落ち着くなぁ。ハーブティーって結構すごいのな。
「ふっ……それにしても、君の先ほどまでの鬼気迫るような雰囲気はさすがの僕でも驚いた、よ。僕が王宮治療院で日々師長の方々とお会いしていなければ足が竦んでいたかも、ね」
「そんな……僕なんて怖くもなんともないですよ。むしろ、僕の方が怖がりな方で……」
「はは、面白いことを言う……本当に怖い人というのは、怖がりな人・・・・・、だよ」
 確かに……前世でもそれが原因による大量虐殺があったような……。
「さあさあ、それじゃあ君も落ち着いたところで……話をしようじゃ、ないか。僕もソニア君を助けたい……出来る限りの協力はする、よ」
「あ、ありがとうございます!」
 やばい!この人良い人だ!
「本当に良い人ですね」
「そうかなそうかな?もしかすると、君に媚を売っておいて、ソニア君と仲良くなるつもりかも、ね」
「むしろ、下心の方が無償の善意より信じられますけどね」
「確かに……君は現実をよく理解して、いる。さすがソニア君の弟、だね!」
 いやぁ〜それほどでもぉ〜あるな!

(閑話休題)

 ふと、思い出した俺は頭の中でBGMを流しながらちょっとポーズを決めた。

 よし……。

 僕の名前はグレーシュ・エフォンス!兵士さ!ある時、トラックに轢かれそうになっていた子供を助ける代わりに自分が死に、そして異世界に転生させられて子供の姿に生まれ変わってしまった!(以下略)

 見た目は子供!頭脳は大人!
 その名も……あ、よく考えたらこの世界だと僕はもう見た目も大人でしたぁ……。

(閑話休題)

「それでは早速お聞きしたいのですが……」
「うんうん……?さっきのは何だったのか聞きたいところ、だね」
 おっと、俺の名探偵妄想が駄た漏れだったようだ。
「気にしないでください。まあ、いつもの調子を取り戻す的な意味で必要なことですよ」
「あれが、かい?そうか……変わったことをする、ね」
「あ、あはは」
 首を傾げるエリオットに対して、俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。
 俺はまず事件現場で起こった出来事をエリオットに訊いた。
「ふむふむ……そうだね。あの時、ソニア君は確かに【スーパーヒール】を掛けた……だけど、オルフェン様の傷は塞がらず、代わりに身体が急に燃えて、ね」
 それで灰に……しかし、皮膚や肉らしき残骸はなかった。骨だけなのだ。炭化した骨だけなのだ。
 ソニア君の治療魔術を受けて燃えた……か。
 その次に、オルフェンが今まで治療院を受けたことがあるのか。また、受けていた場合はどのレベルの治療魔術師が治療を行ったのかを訊いた。
「何回かある、ね。あの時は僕と同期のリンナが担当していた、よ。実力的には上級ハード、だね」
 なるほど……。仮説だが、今回の件はソニア姉の強力な神聖属性の力が原因なのではないだろうか。今までオルフェンは治療を受けていた……しかし、ソニア姉の治療を受けて灰になった……普通はソニア姉が単純に犯人ってことで片付けられるが、ソニア姉はやっていないと言っている。
 ならば、俺はそれを信じて身の潔白を証明してみせるだけだ。
 今回の事件にソニア姉の力が関係あるとするなら……あれ?それって、結局ソニア姉が犯人じゃね?ちょっと待て待て待て……落ち着け落ち着け……。しかし、これではどう行き着いてもソニア姉が犯人……いや、逆転の発想だ!ほら、あの某ゲームのように!!
 ソニア姉の力で灰になった理由より、そもそもオルフェンはどうして灰になったんだ?それにソニア姉の神聖属性の力が関係あるのなら……と、ピンと閃いた。そういえばシェーレちゃんの時に、この世あらざるものを拒絶する力が光の元素の特性だと……あぁ、思い出した。
 光属性の力を受けると灰になる理由……死霊術・・・だ。
 死霊術とは、脱け殻の肉体に死人の霊を入れる……降霊術は自分にその霊を入れることを言うわけだが、ともかくそうやって本来この世あらざる霊的存在は光属性の影響を受けるると拒絶の力で燃える・・・
 シェーレちゃんがラエラ母さんやソニア姉に近づかないのは、それが理由である。特にソニア姉は神聖属性の神気を纏っている。その神気は光属性の特性を持っており、近づくだけでシェーレちゃんのような霊的存在は燃えて灰になる。
 死霊術も光属性の影響を受けると、死霊術で作った動く屍も燃える……そして、この世あらざるものではない骨だけは残る。
 なら、オルフェンが死霊術で作られた死霊だったと仮定するなら……この国やばくね?だってだって、この国の貴族がどっかの死霊術師に操られていたってわけだろ?うそやん……。
 まあ、何にしても……ソニア姉の身の潔白を証明する証拠は残念ながら燃えてしまって得られない……実証しようにも死霊術師はこの国じゃ違法的な存在だ。国教である神聖教は生死に干渉することを禁じている……生死は自然そのもの、神が作りたもうた運命が云々……それはどうでもいい。
 まずはアリステリア様に報告……だな。このことは言うべきか言わないべきか……証拠ないんだよなぁ。まあ、一応俺の考えってことで言っておくか。
「エリオットさん。調査にご協力感謝します」
 と、言うとエリオットは苦笑して手を身体の前で振った。
「い、いいんだよいいんだよ……僕だってソニア君が犯人じゃないと、いい」
「あげませんよ」
「はは、これは手厳しい、ね」
 はっーはっはっっは!


 –––☆–––


 さっきのところまで戻ると、アリステリア様とソニア姉がお茶してた。
 ソニア姉……今、容疑者扱いされてんだぜ?もっと慌てなよ……落ち着きすぎじゃないかしらねぇ……。
「あ、おかえりグレイ」
 と、さっきまで沈んでいたソニア姉が少しだけ元気と調子を取り戻した風にいってきた。こっちの方がいいや。
「うん。ただいま」
「ご自宅ではありませんわよ……」
 アリステリア様の静かな突っ込みを受けつつ、俺はソニア姉の隣に腰を下ろすためにアリステリア様に一礼した。すると、アリステリア様は困ったように微笑むとポツリと呟く。
「そこまで気を遣われる必要はないのですが……もっと友好的にはしたいものですわ」
 いやぁですぅ〜公爵と友好的ってだけで怖がられるんですもん。そんな悪目立ちしたかない……あ、ソニア姉の弟って時点で悪目立ちしてわ。げっ、上司の師兵とも仲がいいとか嫉妬の対象にしかならねぇ……俺だったらそんな奴は嫉妬の炎で燃やすわ。うへぇ……。
 俺が渋めな顔をしていると、ソニア姉が隣で首を傾げてきょとんとしていた。すっかり調子は戻ったのだろうか……よかった。
 アリステリア様もその様子に微笑むと、コホンと話を切り出すためだろうか、咳払いして俺と視線を交じらせる。
「随分と早かったようですわね。何か見つけることが出来たのですの?」
 訊かれて、俺は前置きに一応はと付けて答えた。
「事情聴取をしていたところ、ソニア姉の治療魔術を受けた際にオルフェン様は燃えて灰になった……残っていたのは粉末状の燃えて炭化した骨です」
「骨……」
「そこから仮定し、お姉ちゃんの強力な光属性の影響によるものだと推理しました。そこから導き出した答えは、オルフェン様が死霊術により召喚された死霊であった可能性です」
「っ!?」
 アリステリア様が俺の一言で目を見開いた。国の役割を負っていた貴族が死霊術で召喚された死霊……外だけが本人で、中身はまるで別人……死んだ霊を操る死霊……もしも、オルフェンが俺の言うように死霊だったとしたら、古くからこの国に間者が紛れ込んでいたかもしれない……そういう考えが浮上してくる、
「そんな……まさか。しかし、そういった間者にも警戒していましたわ!我が国の王宮魔術師が……」
「その王宮魔術師の方は熟練級の魔術師ですね。知ってますよ。だから、僕はこの考えが浮かんだ時に違うかなと思ったのですが……王宮魔術師、それも熟練級の目を欺けるほどの死霊術の使い手ならどうでしょうか」
「熟練級の目を……?しかし、達人の死霊術師でもさすがに難しいはずですわ……よ?」
「そうですね」
 俺は困惑しているアリステリア様に対して淡々と受け答えをする。俺の中にある答えはひとつ……王宮魔術師の目を欺け、周りの監視をものともせず、王宮治療院で上級の光属性の治療を受けても死霊が燃えないほどの実力者……、
「伝説級死霊術師『屍王』バートゥ・リベリエイジって、知ってしますか?」
 俺の問いかけにアリステリア様の表情から一切の感情が消えたのを感じた。
 ん?んん?
「バートゥ……『屍王』……なるほど。合点がいきますわ……伝説なら熟練級の王宮魔術師でも死霊と判断するには難しいですわね」
 そうは言うが、やはりアリステリア様から感情を感じない。一体、どうしたというのだろうか。
「ふふふ……このわたくしの目が黒い内に国に入りこむとはいい度胸ですわ。ふふふ、絶対に倒しますわ!」
 どうやら、気づけなかったことが悔しいらしい。
「しかし、マズイですわ……オルフェン様以外にも死霊がいたとしたら……」
「それはないでしょう」
 俺はそのアリステリア様の言葉を遮るように言って、さらに続けた。
「『屍王』が操っている死霊は全部で六六六体です。まあ、その中に数を従える死霊もいるでしょうから、もっといると思いますけど……しかし、おそらくその中で国の重鎮として入り込んでいる死霊は百そこいらだと思います。で、国にいたとしても一体くらいでしょうね」
「何故ですの?」
 率直な疑問に俺は答えた。
「それは、いろんな国の情報を知りたいからじゃないですか?『屍王』が恐ろしいのは、その死霊の数もですけど、何より国を壊滅させかねないようなスキャンダルとか情報を多く持っていることですから」
 そう言われてアリステリア様は今度こそ深刻そうに顔を伏せた。この国でオルフェンが貴族としてどのような役職にいたとしても、この国の実情や裏事情まで調べ尽くされているのは確定的に明らかだ。そんなんだからオルフェンからは良い噂を聞かなかったわけだし……。
「本当にまずいですわ……」
 アリステリア様の焦りに、俺は天井を仰いだ。

コメント

  • ノベルバユーザー261299

    数字おかしいでしょ
    六六六って
    六六六じゃなくて
    六百~
    とかにすれば見易いとおもいまっせ

    0
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