一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

酒場での出会い

 俺は一つ前置きしてから、隣に座る幽霊少女を向かい側に座るみんなに紹介した。
「この子はシェーレちゃん……幽霊少女です」
「幽霊……?」
 アリステリア様は困惑気味にシェーレちゃん見つめる。その視線にビクッとシェーレちゃんが怯え、俺に引っ付いてきたので空かさず【ゴブースト】で……もう【ゴースト】でいいや。とにかく、それを無詠唱で発動した。
 その光景を俺の隣で手をわきわきさせながら羨ましそうに見ているソニア姉を横目に見ながら、俺はやや呆れたようにため息を吐く。ソニア姉……これ、ソニア姉のためにやってるんですけどー……別に、それで恩着せがましくするつもりはないけど、そこら辺を理解して欲しい。
「幽霊って……正気で言っているのですわね?」
「頭おかしいって思われてるなら泣きますよ……」
「いえ、失礼……その……こんなこと一度もなかったことですから、取り乱してしまいましたわ。確かに、そのシェーレ様は足元が若干、透けていらっしゃいますし……」
「妹ではないのか……」
 と、アフィリアがポツリと言った。信じてたんだ……ごめんなさい。
「幽霊と言えど、そのように触ることはできますのね」
 シェーレちゃんが俺にしがみ付いていることに関しての見解か……俺は答えるため口を開いた。
「普通は不可能です……シェーレちゃんは全部通り抜けますね。地面も通り抜けるらしいので、普段はポルターガイスト的な力を足場にして歩いているようです」
 ポルターガイスト的な力も、無機質にしか力が働かないらしいし……幽霊というのも案外過ごしにくそうだ。
「あら、ではどうしてグレーシュ様にはシェーレ様に……」
「闇の元素の特性を……って、その話はまた後にしましょう」
「そうですわね……今はソニア様のことでしたわね」
 ようやく話が本題に入り、俺は話の節目のつもりで咳払いしてから切り出した。
「シェーレちゃんも、死霊術師によって召喚される死霊どうようこの世あらざる者……とすれば、恐らくお姉ちゃんの強力な神気を纏った治療魔術を受ければオルフェン様と同じように燃えて灰になると思いまして」
「実証というわけですわね……しかし、シェーレ様本人に治療魔術を掛けるわけではありませんわよね?」
「もちろんです」
 そんなことしたらシェーレちゃんが燃えてしまいます……。
「シェーレちゃんの身体は霊体……衣服も含めて全てがこの世のものではないので、髪の毛一本でもあれば実証可能でしょう」
「なるほど……それをオルフェン様が死霊であったという証明にするわけですわね」
「はい」
 俺の話を聞いたアリステリア様は暫く唸った後に、小さく呟いた。
「どうでしょう……はたして、それで納得するか……どうか」
「え?」
 俺が困惑気味に疑問符を頭の上に浮かべると、アリステリア様は俺の目を真っ直ぐと見据えて言った。
「……ソニア様の今回の事件は、どこの勢力にとっても都合がいいんですの」
「都合……?」
「ええ……都合ですわ。ソニア様の治療魔術の力はとても強力ですわ」
 それは俺も知っている。
「なにせ……手足のない・・・・・ほぼ瀕死状態の人ですら一瞬のうちに治してしまう……各教会の最高神官なみの力ですわ」
 は?最高神官なみ……?フォセリオとか……え?
 最高神官というのは、神に愛されたが故に神の力の一部を振るえる……それが強力な治療魔術のことを指すのだが、これは神官として日々神に祈りを捧げたほんの一部の者にしか与えられない恩恵だという。なぜ、それをソニア姉が……という話だ。
「勢力というのは、まずソニア様の力をよく思わない教会側ですわね」
「教会が……?」
「ええ。本来は神官から降りた治療魔術師が持っていていい恩恵ではありませんの……神官から治療魔術師になるというのは人助けの意味で教会が許可をしていますけれど、裏の事情で言うと教会の権威の強化ですわ。傷ついた兵士を治せる教会の存在……。 しかし、神の力を外で振るう行為は教会では身分の下の方……ソニア様の存在というのは、そんな身分が下な者にも関わらず、教会組織のトップクラスの身分の最高神官と肩を並べる力がある……それは教会にとって良いことではありませんわ」
 なるほど……。
「他にも勢力が?」
「簡単に言いますと、ソニア様の力を欲しい貴族側、それと不特定多数の他国勢力ですわ」
「他国勢力……」
「ソニア様のことは国家機密ではありませんもの……他国に知れ渡っていてもおかしくありませんわ」
 だが、と俺は口を挟んだ、
「なぜわざわざ他国がお姉ちゃんを?お姉ちゃんの力が欲しいなら、最高神官でもいいのでは?」
 もしそうなら、俺はフォセリオとの旅の間で何度も襲われることになっていただろう。
「最高神官には教会という後ろ盾がありますもの。そうそう手は出せませんわ……しかし、ソニア様は別です。貴族ではなく、今のところは王宮治療魔術師見習いという扱い……後ろ盾は何もなく、他国なら攫ってもバレなければ国家問題にならない。最悪、戦争を起こす価値はあるのですわ」
「……」
 なんだそりゃ……と、俺はそういえば他国勢力の前になんかいってたなと思い出して尋ねた。
「お姉ちゃんを狙う貴族というのは?」
「そのままの意味ですわ。ソニア様の力があれば、色々と使い道はありますもの」
 価値、使い道……俺はアリステリア様の言葉に言い様のない腹立たしさを感じた。と、急に目の前でアリステリア様が表情を変え、そしてアンナが腰に隠し持っていたダガーの柄に手をやり、アフィリアも腰の剣に手を伸ばした。
「どうかしましたか」
 俺が三人に問うと、アリステリア様が武器を下げるように指示し、それからとりつくろうように咳払いして言った。
「お気持ちは分かりますが……落ち着いてくださいまし」
 何を言っているのだろう……。
「僕は……落ち着いていますよ」
 俺が言うと、アリステリア様は押し黙り、それからコクリと頷いた。見ると、首筋に冷や汗が流れている。
 俺にしがみ付いているシェーレちゃんも震えている……が、隣に座っているソニア姉だけは変わらずキョトンと不思議そうに場の雰囲気を見守っていた。
 俺もソニア姉と同じ気持ちでキョトンとなった。しかし、そうか……ソニア姉の力はそんなに凄いのか。普通の治療魔術師に比べて力が強いことは知っていたけれど、まさか神の恩恵を受ける最高神官並みとはね……それを狙う勢力やら何やら……全くもってクソくれぇだ。
「と、ともかけ……確実な証拠ではないと上から圧力がかかるやもしれませんわ」
「アリステリア様でも何とか出来ませんか」
 正直他力本願だったが、権力に関してはアリステリア様を頼るしかない。
「難しいですわね……正当な理由もなしに罪人を擁護することは。それにソニア様はわたくしの友人ではありますが、周りからすればただの他人……わたくしに属する者でない以上は擁護することも……」
「なら、アリステリア様に属すれば……」
「わたくしの臣下に、ということですわね。出来なくもありませんけれど、あまりお勧めはしませんわ」
 厳しい表情でそう言うアリステリア様に、俺は訝しげな視線を送りつつ訊いた。
「どうしてですか?」
 俺が訊くと、アリステリア様は答えた。
「簡単な話……確実に政治的に巻き込まれますわ。わたくしは公爵ですもの」
 確かにそうだった。

 一体、何だと言うのだろう。どうしてソニア姉がこんな目に遭わなくちゃならない。ただ、身の潔白を証明して終わりの話だったはずだ。他国勢力?教会勢力?あ?意味ワカンねぇ。ふざけんな。出てくるなよ、キモいんだよ。
 ソニア姉が何をした。ただ、誰かの助けになりたくて、誰かを救いたいという純粋な想いから治療魔術師になったソニア姉……その想いを踏み躙るように現れた勢力ってのは何だ?

 俺に出来ることってなんだ?


 –––☆–––


 答えは出ないまま、頭を冷やす意味を込めて今回は諦めて帰路に立った。時刻はそろそろお昼だろうか……シェーレちゃんに街を回りたいか訊いたが、ブンブンと首を横に振って嫌がられた。ちょっと凹んだ。
 俺は何をするでもなく、ただ街を歩き……そしてそんな何もしないでいる自分に心底腹が立って、俺は当たり散らすように酒場で葡萄酒を呷った。
「マスターもう一杯……」
「あいよ」
 そうやって繰り返し葡萄酒を呷るも、俺は酒に強いためかそうそう酔えない……ちっ、いっそグデングデンに酔えたら幸せなのにな。この言い様のない怒りを誰かにぶつけないで済むなら……酔っ払っちまった方がみんな幸せだ。
 俺が飲んでいると、不意に誰かが俺の座っているカウンター席の隣に座った。カウンター席は確かに自由だが、隣に座るなら一言くらい言うのが社会常識のように思う。
 非難の意味も込めて、隣に座った人物に目を向け……、
「ぶっ!?」
 俺は飲んでいた葡萄酒を盛大に吹いた。そのせいでマスターがずぶ濡れになってしまったが、それを謝罪することを忘れるくらいに俺は驚いた。
 なぜなら、俺の隣に座っていたのは……。
「あ?って……お前は」
 隣で盛大に吹いた俺を訝しげな目で見ていた隣席者……シルーシア・ウィンフルーラが俺と同じように驚いたように目を見開いていた。
「どうしてお前が……」
「いや、こったのセリフなんですけど……」
 緑色の髪は相変わらず風に靡いたように左右に分かれて流れ、髪と同じ緑色とエメラルドのような瞳に俺が映っている。
 シルーシア・ウィンフルーラ……『弓姫』と呼ばれる弓術の達人で、最大射程五百メートルという驚異的な命中率を誇る怪物だ。雷帝の戦ではバニッシュベルト帝国側で、俺と戦った……それから同戦でベルリガウスを共に討ち倒した戦友でもある。
 そういう経緯があったため、雷帝の戦の後に姿を消したことも特に気にはしてなかった。敵国の兵士ということで捕虜になることもありえた……戦友ってことで俺は何も言わずにいたのだが、はて……どうしてこの女は未だにこの国にいやがるのだろう。捕まりたいのだろうか。
 シルーシアはさっきの俺の問いに対して、苦虫を噛み潰したように表情を歪めて答えた。
「オレは……まあ、色々あんだよ……」
「答えになってないんですけど……」
「あ?なんか言ったか!?」
「ドードー」
 声でけぇし、怖いんですけど……。
「で、お前はなんで?」
「僕はイガーラ王国の兵士なんですから当然ですよ」
「んなこと分かってんだよ。ほら、ベルリガウスを倒したんだ。こんなところじゃなくて、今頃爵位でももらってる筈じゃねぇのかって」
「あぁ……まあ、国の方は色々と大変らしいので、そんな場合でもないんでしょう。シルーシアさんは今、どこで寝泊まりしてるんですか?」
「教えるかって。というか、シルーシアさんとか止めろよ……あと敬語」
「あ、そう……わかったよ」
 確かに教えるわけないか……知ったところで別に何かするつもりもないけどな。面倒だし……。
 やがて、シルーシアの頼んだ酒をマスターがカウンターの向かいから置いた。チラッと見ると、俺と同じ葡萄酒だった。
「葡萄酒……好きなのか?」
「あ……?ま、まあ…………そんな感じ」
 急に話を振られたせいか、シルーシアは少しだけ言葉に詰まってから答えた。それからしばらく、お互い何も言わずに酒に口を付けていく。
 だが、そんな空気に耐えきれなくなったのかシルーシアがあちこちに視線を彷徨わせながら言った。
「なぁ、なんか聞かないのかよ」
「聞かれたいのか」
 片言で言ってやる。
「そういうわけじゃ……ただ、オレは敵国だぜ?なんで何も言わねぇんだよ」
 横目でシルーシアを見ると、両手で葡萄酒の注がれた木製ジョッキを包み、水面をジッと見つめている。その様は罪悪感に身を焼かれているかのように見えた。
「何も言わない……ね。なんだ?責めて欲しいのか?お前にたくさん兵士が殺されてるからな」
「…………」
 俺の言葉にシルーシアは黙って耳を傾けた。その行動に腹が立つ。なんだってんだよ……。
「別に何も言わないよ。お前が殺してるように、俺たちだって殺してる。それに死んだ奴らだって死ぬ覚悟はしていた筈だし、そもそも俺の知り合いでもない奴が死んだところで何も思わない」
「そういうものか……?人殺しって言ったってオレは別に……」
「だからー……それは俺も変わんないだろ。それに戦争だ。人殺し呼ばわりされる言われはない」
 俺が葡萄酒を飲む合間に答えていると、シルーシアはまだ口を開いた。
「だが、そういう奴だっていないわけじゃないんだろ?」
 シルーシアの言うように、そういう奴はいる。だが、それは人殺しを責めるために言っているのではない。人殺しに対して同族を殺した嫌悪からそう言っているのではない。
 彼らが人殺しを断罪するのは怖いから……その恐怖は伝染し、人殺しを断罪する風潮が広まることで味方を増やし、自分が殺されないように人殺しを断罪する。
 人殺しを責める奴に善意がある奴はいない……みんな等しく下心を持った糞野郎ばかりだ。ソニア姉のことだってそうだ……心底気持ちが悪い。
 だから、俺はこう答えた。
「そんなこと、どうでもいいよ。言わせたい奴に言わせとけ」
 俺がそう言って、カウンター席から立ち上がるとシルーシアはボソリと言った。
「変な奴……」
 言っとけ……。

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