一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

壊れる。

 〈グレーシュ・エフォンス〉


 俺が吹き飛ばされたのは、元いた時間の世界だったようだ。【エレメンタルアスペクト】にてイガーラまで帰ると、教会では俺を心配して外に全員が出てきてしまっていた。

 皆の目の前まで歩くと、最初にラエラ母さんが気づき、それから他の皆も俺に気づいて視線を一斉に向ける。だから、俺の片脚が自前の義足に変わっていたのに最初に気づいたのもラエラ母さんだった。

「グレイ……その足、どうしたの……?」

 戸惑い気味なラエラ母さんに俺は、笑顔で義足なんて何でもないように歩きながら答える。ラエラ母さんを心配させまいと、余裕を持って、平静を装う。

 本当は今すぐにでもソニア姉を助けたいという己の欲求を抑え、今は目の前の大事なものを傷つけないように……だいじょうぶだ、おれはれいせいだ。

「……いや、気にしないで。ちょっと失敗しちゃったんだ。でも、大丈夫だよ?お姉ちゃんは、僕が必ず助けるから。お母さんはここで皆と待っててね。ここで待っていれば、安全だからね。クロロやセリー、それにノーラやエリリーだっているんだよ?今はシャルラッハさんってすっごい人も居るんだ。分かるかな?死者の蘇生をしたのとか、そんな逸話を持った……とにかくすごい人なんだ。他にも、お母さんの力になってくれる人は沢山いるよ。お母さんは何も心配することなんてないんだよ。ここで待っててね。どこよりも安全なここで待っててね。そしたら、すぐに僕がお姉ちゃんを助けるからね。すぐにまた会えるんだよ?大丈夫、僕がいるからね。僕は強いんだよ?安心して、僕に任せて。お姉ちゃんのことは僕に任せて。例え、誰が相手でも僕は負けないよ。僕は強いんだ。本当に、僕は強いんだ。お姉ちゃんを助けて、必ずここに帰ってくるからね。そしたら、三人で今度は普通に平穏に暮らそう。どこか誰も来ないような静かな森とかで、昔みたいに暮らそうよ。想像してみようよ。きっと、幸せだろうなぁ。きっと、楽しんだろうなぁ。いつまでも、ずっと三人で幸せに暮らせるんだ。それほど幸せで、楽しげで、それ以上に望むことなんてないもんね?楽しみだなぁ。あ、そのためにはまずお姉ちゃんを助けないとダメだけど……まあ、僕がすぐに助けるから。どこが、いいかな?さっきは静かな森って言ったけど、海の近くもいいよね。波の音を聞きながら、三人で気ままに、自由に暮らすのも楽しそうだよね。もちろん、三人一緒なら何をしていても楽しいのは間違いないけどね。それでも、海の近くも捨てがたいと思うんだ。もちろん、二人が望むなら山の中もいいかもしれないね。山の上は空気も澄んでいて、とっても過ごしやすいんだよ。景色も壮大で綺麗だよ。二人とも気にいるよ、きっと。あぁ、ラエラ母さんはどっちいいかな?海か、山か……また別の場所か。ソニア姉はどこがいいかな?海かな?山かな?街はダメだよ。人がいるところは危険だからね。誰も信じちゃいけないよ。僕だけを信じて。僕は二人の味方。僕は絶対に二人を裏切らないよ。僕が二人のこと、一番知っていて、一番大好きなんだ。だから、全部僕に任せて。二人は僕の側にいてくれるだけでいいんだ。僕に全部任せてくれれば、それでいいんだ。二人が危険を背負うことはない。ずっと安全で、安心で、苦しいことなんてないところで、一生幸せに、一緒に生きよう?こんな苦しいことしかないところで過ごしても何の価値もない。どれだけ言い繕っても、人と人が出会っても争いしかない。結局、目の前の益しか考えてないんだ。そんな奴らから、僕が二人を一生守ってあげる。だから、三人で暮らそう。お姉ちゃんを僕が助けたら、静かで、誰もいない場所で、三人で」


 ☆☆☆


 いつからだったか、俺はラエラ母さんに抱きしめられながら泣いていた気がする。泣きながら、取り繕うように口から何か言葉を紡いでいた。もしかしたら、ラエラ母さんも泣いていたかもしれない。

 俺は心にも思っていないことを、ただ言い続けた。俺は今も昔も、そしてこれからも弱いまま。結局、強くあろうとしても弱い自分はそうそう変えられない。どれだけ技を身につけて、伝説と渡り合っても拭いきれない恐怖心は消えてはくれない。

 人が怖い。

 外が怖い。

 戦うのが怖い。

 立ち向かうのが怖い。

 逃げるのが怖い。

 失うのが怖い。

 拒絶されるのが怖い。

 死ぬのは、怖い。

 それらの恐怖心を押し殺し、家族のためと戦いに明け暮れていた俺の心にはすっかり穴が空いてしまっていた。麻痺した心のどこかで、自分の悲鳴を聞かないフリ……常に強がってきた。

 だが、ダメだ。今回は本当にダメだ。

 伝説序列一位のモーガン・ブラッキーの強さは異質だ。あれは存在そのものが恐怖を煽るようなものだ。伝説最強という強大な存在感が、抑圧されていた俺の弱い心を膨張させていく。

 この世界に生を受けてから、俺はずっと走り続けていた。休むことなく、以前のようなことにならないように怖くても色んな人と触れ合い、関わった。怖くても、外に出て、引きこもることなく学び続けた。

 できる限り愛想だって良くしてみた。上手くできていたかは知らない。それでも、少しでも仲良くしよう、気に入られようと、自分を磨き続けた。

 何でも出来るように、苦手を無くし、自分の頭に詰め込められるだけ詰め込んだ。

 自分の臆病な才能は役に立った。

 詰め込んだ知識は役に立った。

 否、そんなものは役に立たなかった。俺は再び失敗した。父を失い、今まさに姉も失おうとしている。母に涙を流させた……。

 誰が相手でも戦う覚悟はあった。だけど、その覚悟ごと俺の心に積もった負の感情が決壊してしまった。

 脚を失い、右手も負傷した。

 身体はボロボロで、心もボロボロで、どうやって戦えばいいのだろうか。


 〈イガーラ王国神聖教教会〉


「グレーシュくんの容態は安定してきたようじゃ。飛ばされた脚も儂が治療し、今はちょっと眠っておるところじゃ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」

 シャルラッハが教会の祈り場までやってきてそう言うと、まず最初にラエラが心配そうな表情を安堵の色に染めた。

 他の面々も少しホッとしたようで安堵の息を漏らした。

 シャルラッハは笑顔でラエラを安心させようと口を開く。

「母親としては、息子を心配じゃろうが……彼は強い子じゃ。安心するとよいぞ」
「はい……そうですね。あの子は……グレイは、昔から怖いもの知らずで……」

 と、ここまで言ってラエラは首を横に振る。そう信じきてものを否定するように、胸に手を当てて、そして再び口を開く。

「グレイは、昔から臆病な性格でした」

 その言葉にノーラントとエリリーが意外そうに目を丸くしたからか、ラエラはそちらを見て少し微笑んだ。無論、意外そうな反応をしたのは二人だけでなくシルーシアやウルディアナなど比較的にグレーシュと関わりが少ない者達もだった。

 唯一、ベルセルフとクーロンは納得顔だった。

「あの男は、どこか……我に似ておる」

 ベルセルフもまた根は臆病であった。それはベルセルフとの付き合いが一番長いシルーシアとウルディアナが一番知っていたことだ。そういった意味でも、ベルセルフはグレーシュに親近感のようなものを抱いていたからこそ、懐いていたのだろう。

「私は……今ならグレイくんの気持ちが分かります」

 クーロンが言うと、全員クーロンに目を向けて……その目を丸くさせた。なぜなら、クーロンの右目尻から涙がとめどなく溢れでていたからだ。

 クーロンは傷ついたような表情をしつつ、半分泣いている奇妙な状態で話出す。

「少し前から……気づいてはいたんです。私とグレイくんはどこか繋がっていると……精神的に」
「……バーニング現象。……シンクロ症候群?」

 クーロンの言葉に、フォセリオが反応した。フォセリオが、現状でクーロンとグレーシュの繋がりの意味を知っていた。

 そう、つまりこの場でもっともグレーシュの気持ちを理解できているのは精神的に直接繋がりを持つ、クーロンだけなのだということを。

 そして話し手は再び変わり、ラエラに戻る。

「今のグレイには、心の支えが必要です。支えがなければ、グレイはもう……立てません」



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