一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

初衝突

 ☆☆☆


 ソニア姉が、連れ去られた??

 俺はクロロの言った言葉を何度も何度も頭の中で反芻し、そしてこの場にいる全員の表情を見て……状況を理解する。

 そして、一から俺に説明するようにセリーが口を開こうとして……ハッとしたように口を閉じた。いや、セリーだけじゃなかった。この場にいた全員が、口を開きかけて……閉じた。隣に立っていたシャルラッハさんも後退りするようにして半歩、俺から距離を取る。

「……いや、説明は……いらない。分かった……から。ソニア姉を攫ったのは、ソニア姉を狙っていた勢力……っ!!」

 俺はコメカミに青筋を立て、苛立って思わず教会の壁を殴りそうになったがラエラ母さんの手前そんなことはできない。だから、俺は直前で拳を引っ込めて怒りの表情を表に出さぬよう……奥歯を噛み締めて笑顔を取り繕う。

「詳しい話は……大丈夫……ちょっと外に出て来ようかな」
「グレイ……」

 ラエラ母さんが俺に声を掛けようとしてきたが、他の皆同様に口を閉ざす。

 俺はそれを苦笑して……そして、シャルラッハさんの手も借りずに一人で教会の外に出る。
  
 一人になったが、まさか落ち着ける筈もない。

 油断した……油断した。油断した。

 どこかの勢力に狙われているのは知っていたことだ。まさか、協会が動いてその混乱の最中に敵が動くとは思っていなかった。予測出来なかった。その程度のことが出来なかった。俺は少し、平和ボケし過ぎていた。爪が甘かった。甘過ぎた。油断した。

「……後悔しても仕方がない。なら、やることは一つだ」

 俺はそう自分に言い聞かせ、索敵スキルでソニア姉の気配を探る……索敵範囲を最大にし、ソニア姉の気配を探り……数百キロ離れた地点にソニア姉の気配を探知した。

 場所はバニッシュベルト帝国……?

 バニッシュベルト帝国がソニア姉を攫っただと?今は、イガーラ王国と戦争中だ。人質?そんな筈はない……バニッシュベルト帝国ではなく、国教の聖光教が動いたということもないはずだ。

 ……情報不足の文字が頭に浮かぶ。しかし、今回はソニア姉の命が掛かっている。まだ、気配を探知できるということはソニア姉は生きている。だが、どんな酷い目に遭わされているか……定かではない。

 そんなこと許されない。許していいことではない。

 俺は身体中に雷電を纏い【エレメンタルアスペクト】を発動させる。

 ビリビリと大気が震え、道行く人々が何事かと慌てふためく。

 表の騒がしさからか心配して教会からシャルラッハさんや、セリーが出てくると俺を見て声を詰まらせた。

「ぐ、グレイ!?」

 セリーの驚きの声に振り返りつつ……俺は一言言った。

「直ぐ帰る」

 俺はセリーとシャルラッハさんに背を向けて、雷電を前方に放出……莫大なエネルギーを空間にぶつけると宙に裂け目のようなものが出来上がり、その裂け目を瞬間的に氷結……固定する。

 すると、背後でシャルラッハさんが驚きの声をあげた。

「っ!それは……神話エンシェント級の魔術【ディメンションジャンプ】……」

【ディメンションジャンプ】は空間を破壊して次元に裂け目を開き、そこから時間を移動……過去に遡ったり、未来へ行ったり、はたまた今いる世界とは異なった世界……異世界へと跳躍する神の業だ。

 もちろん、理論的なことは既に世界から消失している。俺が【ディメンションジャンプ】を使えるのは、俺が今までに得た知識を総合し、セルルカの時間凍結と、ベルリガウスの超スピードがあれば可能だと理論的に証明できたからだ。

 ベルリガウスの超スピードにより次元に裂け目を開き、それをセルルカの時間凍結で固定……安全に次元を超えることができる。

 俺は【ディメンションジャンプ】で過去に遡り、ソニア姉が連れ去られる前に助ける……本来こんなことをすれば俺程度の人間の身体など無事ではすまないが……今の俺には幸か不幸か【ヒール】を使うことができる。

 身体が崩れた直後に【ヒール】で修復し続ければ、ソニア姉を助けられるくらいの余力は残る。その後、セルルカをもう一度倒せるかどうかは定かではないが……ソニア姉とラエラ母さんを助け出せば万事解決……。

 俺は周りの制止の声も張り切り、【エレメンタルアスペクト】の超スピードのまま裂け目に飛び込む。

 裂け目の中は幾万、幾億もの光の線のようなものが走っており、常に高速で走っていなければそのまま身体が塵になってしまうような世界だ。

 持続的に走り続ける弊害として俺の身体が一部崩壊しかかるが、その直後に【ヒール】を駆けていく。魔力の総量がガンガン減少していく……その中で俺は魔力を収束させて再び人工的な魔力汚染を引き起こして魔人化するかと一瞬思考したが、そうするとこの不安定な世界から安全に抜け出せるか分からなかった。

 今は確実にソニア姉を救うために、安全に無理をしなくてはいけない。

 と……俺がそろそろ裂け目を抜け出そうとしたところでそれは現れた。

『ヒヒィーン!!オーケーブルゥ?ニイちゃんブルァ!!』
「っ!」

 真っ黒な馬と、幽鬼が漂うかのように殆ど気配のしない両足のない男……全くもってこの世界には不釣り合いな組み合わせが俺の目の前に立ちはだかり、そして男が槍のようなものを俺に向けて穿った。

 俺は反射的に自分の身を守るようにして腕を交差させる。【エレメンタルアスペクト】で攻撃は効かないはずだが、それでも俺の危機察知スキルがガンガンと警笛を鳴らしていたのだ。

 咄嗟に急所を庇うと、そのガードの上から今までに感じたことのないほど重い一撃が加えられ、俺の身体が裂け目の中を逆走……ズドンっと裂け目から飛び出した。

「っ!?!?」

 そのまま俺は裂け目からどこかの空に放り出され、超スピードで吹き飛ぶ。途中、山に激突して山に大穴が開き、それを二回三回と続けると一度地面にバウンドし、そしてもう一度山に衝突……今度は山が抉れてクレーターができるだけで済んだ。

 俺は山の中に減り込んだが、幸いなことに致命傷ではない。

 受け身でダメージを殺していたし、奴の槍もガードは貫通しても急所は貫けてはいなかった。限りなくギリギリだった。

「……いってぇな野郎っ」

 俺は奥歯を噛み締めつつ、【ヒール】でダメージを負った身体を癒す。そして、拳を振り抜いて山を吹き飛ばし、抜け出す。

 それから歩き出そうとしたところで、足がもつれるように俺は倒れた。

「なっ……」

 反射的に足を見てみると右足が膝から消えて無くなっていた。【ヒール】で傷口は閉じているが、たしかにあったはずの右足がない。

 まさか……あの一瞬で足を切り落とした?

 俺は錬成術で右足を複製し、様子を見ながら立ち上がる。まだ、俺は戦える。大丈夫……そう自分に言い聞かせて同時に奴が何者か思い至った。

 こんなことができるのは伝説の中でも限られている。

 伝説の序列第一位……全ての技を極め、全ての技を使い、全ての技を知る……この世の物理法則を超越した伝説だ。

 曰く、神を殺した逸話があり『神殺』や見た目から『暗黒』などといった二つ名があるが……本名を知っている者はいない。だから、伝説最強なんて存在しないというのが最も有力な話しであったが……俺は彼のことを神話に名を連ねた霊峰に住まうミスタッチ・ヴェスパから聞いていた。

 彼の名はモーガン・ブラッキー……神殺しの伝説を持つ人類最強の男だ。

 そんな相手が、敵側にいる。ソニア姉を助けようとした俺の道に立ちはだかった。これを許せるはずもない……人類最強?序列一位?かかって来い。相手になってやる。

 俺は仕返しの意と、挨拶の意を込め……錬成術で弓矢を生成して【バリス】をバニッシュベルト帝国へ向けて放った。


 〈バニッシュベルト帝国〉


 ヨリト・カシマは気絶したソニアをバニッシュベルト帝国まで連れてやってきた。

 ヨリトがこんなことをしたのも勿論、ゼフィアン・ザ・アスモデウスの差し金であることは明確であった。

 ソニアを抱き抱えたままゼフィアンのいる執務室まで通されたヨリトは、椅子に腰掛け机に肘を置くゼフィアンと、その隣に立っていたシオン・コバヤシを見て目を見開いた。

「シオン……こんなところにいたのか」
「ヨリト久しぶりね。その抱き抱えている女性が……」

 と、シオンが指差したためヨリトは力強く頷く。

「そうだ。ソニア・エフォンス……ゼフィアン。例の話、本当なんだろうな」
「えぇ〜本当よぉー」

 ゼフィアンは頬杖をつきながら、妖艶に微笑む。

 先日、魔術協会と王国の間で戦争が起こる前……ゼフィアンはヨリトに接触してとある話を持ちかけていた。

 この世界には四人の異世界転移者が訪れており、四人とも同じ世界から来た異世界の来訪者だ。そして、同じ目的を持っている。

 彼らの目的は、彼らの元いた世界を"再生させる"ことだ。彼らの元にいた世界は爆発的な人口増加と産業革命などによる公害、温暖化進行により世界の半分が滅亡……残り半分も時間を経るにつれてジワジワと消えていく。

 そんな世界を救うために神より"神器"と呼ばれる強力な武器を受け取り、この異世界へと舞い降りた四人の"勇者"こそが彼ら異世界転移者の……ヨリト・カシマ、アヤト・ヨシモリ、シオン・コバヤシ、そしてミヤコという少女だ。

 ゼフィアンの目的は彼らとは真逆であり、この世界を壊すこと……だが、この世界を壊すことと彼らの世界を救うことは繋がっていた。

 それこそがゼフィアンの悲願である神話級魔術【ゼロキュレス】だ。既に大量の死人から魔力を徴収しているゼフィアンの持つ【ゼロキュレス】の魔本には、【ゼロキュレス】という魔術の概要が文字として表記されるようになっていた。

 ゼフィアンはもう一度、ヨリトに説明するように魔本を片手で開きつつ言う。

「【ゼロキュレス】……これは世界創世を司る神、【ゼロキュレス】を召喚するための大規模な召喚魔術よぉ〜?神を召喚するために必要な魔力は相当……まあこれは説明するまでもないわねぇー」
「あぁ……だからあんたは魔力を集めるために戦争を起こし、死んだ人間達の魔力を魔本に集めてる……褒められた方法じゃあない」

 ヨリトの言葉を聞くと、ゼフィアンはそれを鼻で笑った。

「あらあらぁ〜?世界を壊す私と手を組むという貴方がそれを言うのかしらぁ〜?」
「……そうだな」

 ヨリトは俯き、眠るソニアの顔を眺める。こんな風に何も関係のない人を巻き込んでまで救う世界があるだろうかと、自問自答してしまう。

「貴方達にやってもらいたいことは神器の魔力を使ってあるものを動かしてもらうことよぉ〜。あ、ソニアちゃんはこっちに寄越してちょうだいねぇ?大事な、大事な人質だものぉ〜」
「あるもの……?それに人質って、イガーラに対してのか?」

 ヨリトが尋ねたことに対して、シオンがゼフィアンの後ろで首を振った。

「あるものについては、どうせで後で嫌でも知ることになるわよ。アヤトが来ればね。で、その子は……別にイガーラの人質じゃないわよ」
「……?じゃあ……なんの?」

 ヨリトの問い掛けに、ゼフィアンは微笑むだけで答えはしない。だが、シオンがソニアを見つめる憐れみと畏怖の目を見てヨリトもまた、横たわる女性に畏怖を覚えた。

 その金髪の女性の背後……正確には気配の中に得体の知れない何かがあると直感的に感じたのだ。




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