一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

エキドナ2

 –––☆–––


 エキドナとしたことが……失敗したわ。フォセリオがエキドナを気遣って離れて歩いている内に逸れてしまったようね。おかしい……殆ど一本道なのに……。
「はぁ……どこに行ったのよ」
 自由人すぎる。
 エキドナはニョロニョロ……じゃなかった、キョロキョロと気配も探って探してみるが、中々見つからない。エキドナはご主人様ほど気配に敏感というわけでもないし……全く。
 路地裏なども覗いてみたが、やはり見つからない……あの神官、方向音痴にもほどがあるわよ!
 ふと、路地裏に入ってフォセリオを探していたところに男が二人……そして女一人現れた。身なりからして荒くれ者のようだ。
「おーおーこりゃあ珍しい。魔族なんてここらじゃめったに見ないからなぁ……高く売れそうだ」
 人攫いの類いのようね……王都と言っても、治安が完全に良いわけではないようだわ。これがソニアやラエラなら、ご主人様がキレて大変なことになっているかもしれない……いえ、もしかしたら穏便に済ませるかもしれないわね。ご主人様……こっちに来てからというものの、あり得ない速度でコネというコネを作り上げ、一種の網のような物を張っていらっしゃるから……ソニアやラエラに何かあれば、直ぐに分かるようになっている。
 ご主人様は媚びへつらう能力に長けているから……情けないけれど、ご家族のために敵をなるべく作らない主義だと思われる。
 ふむ……それなら、エキドナもご主人様の真似をしてみようかしら。
「あらー申し訳ございません。このエキドナ……既にご主人様がいらっしゃるのでございますぅ」
「なにぃ?首輪もねぇし……嘘を吐くな」
 男の一人が吠えた。るっさいわねぇ……えっと、ご主人様ならどのように媚びへつらうのかしら……実際には見たことないのよねぇ。
「奴隷というわけではございませんので」
「はっ、じゃあいいじゃねぇか……こいつは売れそうだ」
「はぁ……分かって、いらっしゃらないのでございますねぇー?」
「あ?」
「ここらで魔族を飼っているようなご主人様……普通に考えたら貴族ですわよねぇ?」
「っ!」
 ようやく気がついたのか、男が……その仲間が後ずさる。いや、そういうパターンじゃないかもしれない場合もあるが……どうやら頭の回転が悪いらしい。完全に真に受けている。まあ、碌に勉学に取り組むことのない荒くれ者の頭が回るわけがないのだけれど……。
「まあ、エキドナとしては穏便に済ませたいところですし……これで手を打ってくださいますかぁー?」
 と、エキドナは手持ちの金貨から三枚……それぞれに投げ渡した。先程、エキドナがご主人様のお見舞いに……とアリステリアから渡された金貨だ。それを使うのか?と、問われれば気がひけるが……エキドナもこれでコネが作れるのですからいいでしょう。
 それからエキドナと仲良くした方が美味いと考えたのだろう……向こうから媚び媚びしてきた。失敗だわ……エキドナが媚びへつらうはずが、向こうからなんて……まあ、これはこれで良しとしましょう。
 それからエキドナは三人の取引先である奴隷商人について聞き出したりした。
 エキドナは三人と別れ、大通りに戻る。中々、有意義だったわね……奴隷商人のことなんて中々知る機会もないし、エキドナの知識欲がまた一つ埋まったわ。
 まだまだご主人様のように媚びることはできないけれど、なるほど……これは使える手ね。下手に出て、相手を褒めて気分を良くする……今回のエキドナはチップを渡すことで相手の気分を良くさせ、エキドナと友好的にした方がいいと思わせた。
 なるほど……なるほどなるほど。叩き潰すだけでは絶対に得られない、コネと情報……理にかなっているわ、ご主人様……。
 今回、エキドナは【思念感知】は使っていないけれど……それを使えば、もっと上手くいきそうね。ご主人様も相手の思考を読む力があるから、それで相手の反応を見て言葉や対応を選んでいるのでしょう。
 あれね、ご主人様は商人に向いていそうね……。
 あぁ……それはそうと、エキドナはフォセリオを探さないといけなかった。どこに行ったのよ……エキドナも忘れていたけれど。
 大通りに出たものの、それらしい気配や姿は見えない。最高神官は平常時でさえも尋常ならざる神気を纏っているため、気配云々は感じやすいと思ったが……むしろ、それが大きすぎて感じにくい。鼻が良くても臭いが刺激的すぎて使えないみたいな……そんは感じね。
 と……、
「ねぇ、ママー?あの人の足から触手が生えてるよー?」
「あれは足よ」
「ウネウネしててミミズみたーい」
「こ、コラ」
 母親と思わしき女性が、男の子の口を咄嗟に塞ぐがエキドナにはバッチリ聞こえた。ぞ、ゾクゾクするわねっ!こ、こここ子供に罵らせるなんて……このエキドナがミミズ扱いぃ!!くっ……屈辱だわっ!!
「はぁはぁ」
 少しだけエキドナは興奮してしまったが……直ぐにフォセリオを探すために興奮を抑える。あの迷子っこはどこよ……子供じゃないのだから。
「あ、あの……大丈夫でしょうか?」
「うぅ……グスン。迷った……迷ったぁ」
「は、はぁ……そうですの。あ、アタクシでよろしければ……お家まで一緒に……」
「ほ、本当に!?あなた……良い人ね!」
「あ、あの……鼻水が……」
 エキドナは見なかったことにしたかったが……現実を受け止めることにした。
 最高神官フォセリオ・ライトエルが、女の子に綾されている……なんとも無様で滑稽な姿なのだろう。惨めだ……。
 それはともかく、エキドナはフォセリオを苦笑しながらも慈愛のこもった目でヨシヨシしている女の子に目を向ける。
 服装だけみれば、ただの平民にしか見えない……だが喋り方、佇まい、雰囲気、仕草……その一つ一つが上品で且つ礼儀正しく、彼女の人柄を表しているように思える。
 容姿もこれまた魅力的で、慈愛に満ちた瞳はサファイアのような青色で、髪は海の水が穏やかに波打つかのようなウェーブのかかった綺麗な深い青色……透き通る白さの肌で、特徴的なの人の耳の部分が魚のヒレのようになっていることだろう。
 魚人族……エキドナはこんなところに魚人族がいるとは珍しいと思った。珍しさで言えば、エキドナも大概ではあるが……それでも、それ以上に魚人族は珍しい。基本的にはスーリアント大陸とアスカ大陸の間にあるガレスト海峡の海底……海底王国エールガレインで生活すると聞く。陸地に上がるのは、荒くれ者か旅人か……もしくは商人か……と言ったところだ。
 だが、彼女はどれにも当てはまらない気がする。エキドナの主観でしかないが、その雰囲気は貴族……それも高貴な王族の雰囲気だ。
「…………」
 そのまま甲斐甲斐しくヨシヨシされるフォセリオを放って、エキドナはボーッとその女の子を見つめる。見つめていると、その女の子の側に二人の女性が集まった。
 一人は風に靡くような緑色の髪に、エメラルドのような双眸で、青い女の子とは対照的に少しキツそうな目つきをしているが……とても綺麗だ。もう一人は小さく……紫色の……って、あれはベルセルフ・ペンタギュラス?それに緑色のは……『弓姫』シルーシア・ウィンフルーラね……。
「ん?なんだ、ディーナ……その人?めっちゃ泣いてるけど」
「なーはっはっはっ!泣き虫なや……む?ぬしは……セリーではないか。どうしたのだ?こんなところで」
「ベールちゃん……実は」
 フォセリオがここまでの経緯を説明したり……ベルセルフと知り合いだということも含めて説明すると、ベルセルフが爆笑したのでその頭にシルーシアが軽いチョップをした。
「笑いすぎだっつーの」
「……うん、面白くてつい」
「素に戻るくらいか……」
 シルーシアがなにやら愕然とした。大丈夫……エキドナもまさか付いてあげたのに迷子になるとは思わず愕然したわ!あなただけじゃないわよ!
 と、そんなことより……あの女の子は何者かしら……『弓姫』シルーシアに加えて『隻眼』ベルセルフと知り合いとは……。
「どうすっかなぁ……とりあえず、教会か?」
「い、いえ……目的があって……お忍びで出てるから戻ったら叱られてしまうわ」
「そ、それで頭巾を被っていらしたのですのね……ベールちゃんには直ぐにバレていましたけれど」
「そ、そうね……」
「まあ、周りにバレないならいいだろ……行くぞ。あぁ、オレが後ろでこいつ見張ってからお前ら前な」
「分かりましたわ」
「なーはっはっはっ!我が先陣を切ってやる!」
 ベルセルフと青の子が前を先に歩き出したところで、フォセリオがその後ろをトボトボと歩こうと……シルーシアがフォセリオの肩を掴み、耳元で囁く声で口を開く。エキドナは直ぐに影に入って、二人の近くにまで行って声を拾う。
「お前……ベルリガウスと戦った時にいたよな?オレのこと覚えてるか?」
「……?もちろん」
「そうか……誰にもオレ達のことを話すな。分かってんだろうな?」
 シルーシアが脅すように言うと、フォセリオは一瞬目を丸くさせてから……神官らしい優しい微笑みを浮かべて言った。
「大丈夫……分かっているわよ。バレると、あなたの素性的に面倒だもの……ね。誰にも言わないわ」
「わかってんなら……それでいい。ほら、さっさと行くぞ」
「あ、ちょっと待って!私、隣を歩いていても迷子になる自信があるの!手を、手をつないで欲しいわ!」
「ガキか!おめぇ!?」
 恐らく、フォセリオは友人と手をつないで歩くことが夢なのだろう……【思念感知】を使わなくてもフォセリオの考えることが分かってしまったわ……。
 別にどうでもいいのだけれど……。
 ニョロっと影から這い出て、エキドナは思考を巡らせる。あのままフォセリオはあの人たちに任せようかしら……でも、はたして行き先は分かるのかしらね?フォセリオが……方角が分かっていなさそうだし……やはり、心配ね。
「はぁ……」
 文字通り……影ながら見守るしかないわね。
 と……エキドナは違和感を感じて通りの出店を見回す。そして、視線があるところで止まった。
「ソニア……?」
 そう、エキドナの視線の先にはご主人様の姉……ソニアが何やら難しそうな顔をして露店のアクセサリーショップを覗いていた。暫く、ソニアを眺めていると隣にイケメンがいた。ものすごいレベルの高さで、美しいソニアと並ぶと映える……その証拠に周りの客が男女問わず二人に釘付けだった。
「…………彼氏?」
 いや、そんな馬鹿な……とエキドナは自分の考えを足蹴にする。ソニアに限ってはありえない話だろう。弟大好きっ子のソニアが、イケメン程度に靡くはずがない。とはいえ
 見た感じだとあのイケメンは性格も何気に悪くはなさそうだ……少し気障っぽいが。
 顔がよく、性格も大して悪くはなさそうで、雰囲気や物腰などは貴族然としていて、お金持ちな印象だ。
 うふふ……ご主人様が勝てる分野がなぁい。
 ご主人様はやろうと思えば貴族の振る舞いができるし、お金も集めようと思えば集められる……実際、今回の戦い含めて一財産を築けるお金も手に入れるわけだし……。
 顔だって悪くない。むしろカッコいい方だと思う。少し変に跳ねた横の髪もチャーミングで可愛らしい。しかも努力家で、誰も見てないところでコツコツと積み上げていく。
 悪いところは男らしくなく、誰にでも低姿勢で媚びを売る情けなさくらいだが……エキドナは知っている。ご主人様なりの考えがあってのことだと。
 ふむ……統計的に見れば、あのイケメンよりもご主人様の方が優れているわね!
 となると、あのイケメンは彼氏というよりもソニアの買い物に付き合っているか、もしくはソニアに気に入られようとプレンゼントを探しているのか……どちらかかしら?
 面白そうね……帰ったら訊いてみましょう。


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