一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

伝説との邂逅

 ☆☆☆


「っ!!」

 どれくらい眠っていたのか、気怠い頭の中をグルグルと回転させて考えるが中々纏まらない。
 ハッとなって開いた瞳にはどこかの部屋の天井が写っている。

 俺は何をしていたのだろう……そうだ、王都に帰らないといけなかったはずだ。ソニア姉、ラエラ母さん……。
 どうやら俺は何ベッドのうえに横たわっているようで、そういえばこんな光景を前にも見たようなと思い出しているところで、俺のベッドの脇に誰かが立っていることに、ようやく気がついた。

 そちらへ目を向けると年若い青年が俺のことを見下ろしていた。
 白銀のサラサラの髪に、黄金の瞳。そして病的なまでに白い肌をしている。男なのだろうが、中性的な顔立ちをしているためか女にも見える。どこか太陽のような暖かさを感じさせるその青年は、俺と視線を交えると口を開いた。

「やぁやぁ、目が覚めてたかね?儂の治療魔術でも目が覚めんかったらいよいよお手上げじゃった〜」
「……?」
「おっと、すまんのぉ。名乗るが咲きじゃった……儂はシャルラッハじゃ。シャルラッハ・マクス・ウェルじゃ」

 そう言って、首傾げる俺の疑問に答えるように青年はキラキラとした笑みを浮かべる。

 シャルラッハ・マクス・ウェル……その名前を聞いて全てを察した。
 シャルラッハさんは七人の伝説の序列第3位に位置し、神聖教会の最大にして最高の戦力……そのまま『神聖』なるものの異名を持つ生きる伝説の一人なのだ。

 曰く、不治の病を治した。
 曰く、神と対面したことがある。
 曰く、死んだ人間を蘇らせることができる……。

 そういう伝説を持った人だ。
 青年のように年若い姿をしているが、セリーと同じで最高神官達は神の加護によって歳を取ることはない。シャルラッハさんの実年齢は知らない。

 そして、話を戻す。
 シャルラッハさんがここにいる理由と、王都のこと……色々と繋げて考えてみるとだ。
 恐らく、シャルラッハはここに援軍として駆けつけてきて氷漬けの王都をその力で再生させたのだろう。まさしく、俺が氷の王都をどうにかするための方法の一つとして考えていたことだが……まさか、シャルラッハさんのような大物が駆けつけるとは夢にも思わなかった。
 セリーと何とか協力しても、王都の半分が関の山だっただろう。

 俺は礼儀として、ベッドの上で申し訳なかったが身体をゆっくりと起こして口を開く。

「私はグレーシュ・エフォンスです。助けていただきありがとうございます」

 俺が頭を下げて述べると、シャルラッハさんはいやいやと首を振った。

「儂が駆けつけたときには、ここの空間の時は止まっていた……もしも、君がアイスベートを抑えられなければ儂でも再生は不可能じゃった。信徒達や、そしてこの街の者達に変わって、礼を言おう」

 まさか伝説が俺に頭を下げ、礼を述べるとは思ってもみなかった。そのため、面食らったように俺は慌てて口を開く。

「そ、そんなっ……顔をお上げください」
「うむ」

 シャルラッハさんは頭を上げ、それからまた口を開く。

「とにかく、君の功績は大きい。教会を代表して、もう一度改めて礼をするとしようかのぉ……後日」
「は、はぁ……恐縮です」

 俺は照れ臭くなって右手で頭の後ろを掻くようにして……気付いた。
 シャルラッハさんも俺が気付いたのを察したように、真面目な顔になって言った。

「……君の右手、骨が粉々に砕け散っていた上にアイスベートの【ワールドクロック】で時間が止められていたようじゃ。一応、儂の方で時間凍結は解いたのじゃが……」
「治らなかった……のですね」
「うむ、すまんのぉ……」

 さすがに如何にシャルラッハさんとはいえども、同じ電設という括りのセルルカの力を完全に殺すことはできない……ということなのだろう。少なくとも、ここまで回復できたのはシャルラッハさんのお陰なのだから、右手の負傷くらいなんてこともない。
 だから、俺は首を振った。

 それからシャルラッハさんから事の顛末を聞かされた。

 駆けつけたシャルラッハさんの力で【ワールドクロック】から回復した王都……シャルラッハさんが先頭に立って魔術協会の軍勢を排除していき、王都は完全に制圧されたという。 

 国王陛下は無事だったようだが、国の重鎮の半数は此度の襲撃で亡くなり、この先の国の運営が危ぶまれている状況のようだ。

 そういえば……シャルラッハさんの存在に驚いて頭の中からすっぽ抜けてしまったがラエラ母さんやソニア姉は大丈夫なのだろうか。クロロやセリーはやられるような奴らじゃないだろうし、ノーラやエリリーもまた然りだ。
 とはいえ、心配か心配でないかを述べるなら心配でないといえば嘘になる。

 そのような心配が表情に出ていたのだろう。シャルラッハさんが肩を竦めながら口を開いた。

「身内が心配じゃと思うが……安静にして欲しいものじゃのぉ」
「あ、はい……安静にしてます」
「うむ。……?」

 その会話の直後だった。コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえ、俺が答えようとするとシャルラッハさんがそれを手で制し、俺の代わりにシャルラッハさんが答えた。

「何用じゃ?」
『グレーシュ・エフォンス様に……国王陛下代理、ヴィスタ第一王子殿下から召集命令が下っております』
「ほぅ?」
『至急、謁見の間へとのことでございます……』

 扉越しに聞こえたのは女性の声だ。メイドさんなのだろう。

 用が済んだのかスタスタと扉の前から気配が遠退いていくのを感じながら、ふと俺のベッドの脇に立つシャルラッハさんが少し怒ったように口を尖らせた。

「むぅ……仮にも国を救った英雄に来いとはのぉ。世間体を重んじるのは理解できるのじゃが、礼に尽くせゆのは器が知れておるな」
「組織とはそのようなものでしょう」
「そうは言うがな?儂は神聖教会をそのような恩に報えないようなものにしとうないのじゃ。神聖教会の信徒達には、恩を仇で返すような真似をさせたくないのじゃ」

 組織の上に立つ者としての威厳というのは大事なものだ。それを理解してもなお、恩に報いるという考えた方は神聖教会の独特な宗教的価値観だ。
 それを信徒以外に押し付けるというのはお門違いというものだが、それが分かっているからこそシャルラッハさんは愚痴のように零したのだろう。

 国王他国の重鎮に聞かせたら、一気に仲の悪くなりそうな発言だった。

「私は、兵士ですから。この国のために命を遂げるのが仕事です」
「国のためではないじゃろう。もっと芯の部分に、守りたいものがあるのじゃろう?そうでなければ、セルルカを相手に命のやり取りなど……頭が狂っていると儂は思う」
「そう……思いますか」
「うむ」

 俺が顔をうつむかせていうと、シャルラッハは即答するように頷いた。 

「君がどのような人生を過ごし方をしているのかは知らぬが、少なくとも常人は伝説を前にすると畏怖を覚えて膝をつく。つまり、君は普通ではないのじゃよ。グレーシュ・エフォンスくん」
「伝説のであるシャルラッハ様が、それを仰るのですか」
「儂は信徒と触れ合うことが多いからのぉ……"普通"である在り方を理解しておる。儂ら伝説は異常じゃよ……神の創造なさった世界の理から外れる異物に他ならぬ」

 信徒と触れ合うことが多いと聞いて、真っ先にセリーが思い浮かんだ。組織のトップとも言えるシャルラッハよりも、セリーの方が少ないのかもしれないと思ったら少しおかしかった。

 そして、この状況でそのようなことを思う自分が怖くなった。
 異常であり、世界の異物……理から外れた超越者。伝説というのは、そういった化物達が打ち立てた功績なのだ。

「どうするかね?」

 と、シャルラッハさんは言った。
 もちろん、それが召集命令に従うかどうかということだと直ぐに察した。
  国王陛下からではなく国王陛下代理の第一王子殿下からの召集命令という点が腑に落ちない。今回の召集命令は国王の意思はなく、第一王子殿下の独断だと伺えた。

「とにかく、行ってみるしかないのでしょう」

 俺は重たい鉛のような身体をベッドから起き上がらせようと力を入れる。そこにシャルラッハさんが手助けに入り、俺はシャルラッハさんの肩を借りつつ立ち上がった。

「ありがとうございます……」
「なぁに。礼には及ばんよ」

 こんな風に伝説を目の前にして動じていない俺は、どこかおかしいのかもしれない。それでも、シャルラッハさんの存在の大きさは実感できた。この人のおかけで、今ここに王都があり、ソニア姉達が帰ってこれる場所があるのだと思う。

 だから俺は、その意味を込めてもう一度言った。

「ありがとうございます」

 俺が再びそう言うと、シャルラッハさんは少し驚いたような顔をして……ニッコリと笑ってこう言った。

「なぁに。礼には、及ばんよ」




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