一兵士では終わらない異世界ライフ
敗北す
☆☆☆
グレーシュの全魔力が込められた矢が大気を蹂躙し、大きな翼を広げて飛翔する。
セルルカの全魔力の込められた氷の巨像が地面から這い出て、この空間にある全てのものをその吐息で凍らせていく。
両者共全力の攻撃。
グレーシュの矢に光の粒子が集まり、それはグリフォンのような形を作っていく。対してセルルカの氷の巨像も蜘蛛に近い姿へと形を変えていく。
空と陸を滑るグリフォンと、地獄の最下層である絶対零度の世界の化身たるコキュータスの衝突……大気を吹き飛ばす衝撃が駆け抜けて山々が消し飛び、一瞬で一帯の地形を破壊する。
その衝撃波は既に数十キロ以上も離れた王都にも届き、氷漬けの王都が震える。
グリフォンとコキュータスのぶつかり合いは、コキュータスの方に軍配が上がっていた。グリフォンの翼をコキュータスの吐息で凍らせていき、徐々にだがグリフォンの動きが鈍くなっていた。
「はぁぁぁぁ!!」
セルルカは超魔力活性で回復する魔力も瞬時にコキュータスへと注ぎ込む。
一方、グレーシュの【バリス】は放てばそれでお終いの技……一点突破の瞬間火力だけならばセルルカの防御力すらも凌駕するが、持続力には欠けるのだ。だからこそ、グリフォンはコキュータスに喰われようとしていた。
「【アブソリュータス】!」
グレーシュも瞬時に回復した魔力でさらに【バリス】に上乗せする形で矢を放つ。
それらの矢は狼が群れを成すように駆け、グリフォンと一緒にコキュータスの身体を喰らい尽くそうと噛み付く。
しかし、さすがに地獄の氷の化身だった。その硬度はこの世にあるどんな物にも勝り、初手の【バリス】も【アブソリュータス】も【ディザスターガーディアン】の表面に傷一つ付けられない。
「そんなものぞ!?それが全力ぞっ!?」
「っ!」
圧倒的な力がグレーシュの前に立ちはだかるように仁王立ちしている。恐らくコキュータスの身体で最も脆いであろうところに集中砲火しているにも関わらず、その氷の装甲を破壊することが出来ない。
だが、それはいつものことだ。いつだって力が全てを蹂躙する不条理な世界……そんな世界から一握りのものを守りたいと願った。どれだけ倒れようとも、傷つこうとも手の中に抱く大事なものだけは無くさないようにと、ただそれだけのためだけに自分の時間を費やしてきたのだ。
だから、ここでグレーシュが力に屈することはあり得なかった。
「【トップガン】!」
大気が波打つほどの衝撃波を轟かせ、グレーシュはコキュータスに激突……右拳を打ち込む。
「っ!?」
ミシミシ
そんな嫌な音を立てて砕け散ったのはグレーシュの右拳だった。
コキュータスと激しく戦っているグリフォンと狼の群れの中……グレーシュは右拳を抑えながらコキュータスから距離を取る。
巨大な蜘蛛の脚が襲ってくるのを躱しながら引いていき、ふとコキュータスの方を見てみればグリフォンと狼達は既にボロボロだ。
グリフォンも狼もグレーシュの力が具現化した姿だ。コキュータスもまたセルルカの力が具現化した存在であり、つまりこの状況はグレーシュの劣勢を意味していた。
そこに加えて、グレーシュの持つ最大火力の技を全て使っている。そしてその全てが通用しなかったのだ。得たものは右拳の負傷……コキュータスに触れたせいか魔人化による高速再生も働かない。凍傷にも似ているような痛みが走り、グレーシュは顔を歪めた。
あの硬い装甲を突き破る方法……。
「さぁ、そろそろ妾らの戦いを終わらせようぞ……グレーシュ・エフォンス!」
「……セルルカ・アイスベート!」
狼達は既に凍りつき、グリフォンはコキュータスの糸に捕まっていた。そしてグリフォンは時間を止められるようにして凍り付いていく。
グレーシュはグリフォンが完全に氷漬けになる瞬間……叫んだ。
「【エレメンタルアスペクト】!」
ビリビリッ
グレーシュの魔力が流れ込み、グリフォンが帯電する。身体から放電し、電撃を纏う。羽毛が逆立ち、その姿を大きく変貌させる。
「なにっ」
セルルカは驚愕に表情を染める。
電撃を纏ったグリフォンは正に氷漬けになる瞬間……氷の檻からすり抜けるように飛び出て、空でその巨大な翼を広げる。そしてクルクルと回転しながら急降下し……大地が揺れた。
それと同時に稲妻が蛇ように駆け抜けていき、大地を幾重にも割った。
落雷のようなグリフォンの一撃により、コキュータスはその巨体を消滅させ、その側にいたセルルカもその身を消滅させる。
後に残ったのは魔人化したグレーシュと、割れた上に黒焦げになった大地のみ……やがて、グレーシュの魔人化が解けるといつものグレーシュの姿が露わになる。
「……っ」
魔人化の影響で疲労がどっと押し寄せ、グレーシュはその場に膝を折った。
そして、セルルカの姿が見えないのを見て呆然と呟くのだった。
「か、勝ったのか……」
☆☆☆
「はぁ……」
パタリと、俺はその場で大の字になって横たわる。凄く疲れた……王都が氷漬けにされてブチ切れたところまで覚えているが、その後のことはあまりよく覚えていない。
ただ、俺はセルルカを倒したのだ。
 
その事実だけが強く自分の中に残っており、全く動かない右手が戦いの苛烈さを物語っていた。
あ……そうだ。王都に行かないと……。
今、王都は氷漬けだ。セルルカの【ワールドクロック】で時間が凍結している。勿論、俺はそれの解除方法に心当たりがあった。
とはいえ、俺一人では王都全域の時間を元に戻すことは難しい……。
「ぐ……王都に」
行かないと……ラエラ母さんが、ソニア姉が待ってるから。
俺はボロボロの身体を引きずりながら、王都までの道のりを歩く。笑う膝を奮い立たせ、霞む瞳を開いて前を向く。
突然、前が見えなくなった。酸欠だろう。それでも、俺は構わずに真っ直ぐに歩き続けた。徐々に思考も出来なくなってきたが、それでも俺は足を止めなかった。否、止まらなかった。
己の身の内に宿る激情は戦いの疲労で鳴りを潜めているだけで、確かに俺の中に渦巻いているのだ。
一歩、また一歩と脚を引き摺る。もはや片脚が動かない。それでも、もう片方の脚は動いた。拳が砕けた右腕も上がらなくなった。それでも、左腕は動く。
次第に身体が動かなくなっていく。身体の自由が利かなくなっている。エネルギーが足りない、魔力枯渇も起きている。身体が極限の異常事態に晒されている。
それでも、俺は歩き続けた。
膝が折れて、もはや立てなくなっても動く左腕で地面を這いつくばって前を突き進む。ただ、前へ。
そして、左腕も動かなくなった。
もう身体のどこも動かない。見えない瞳を開き続ける力しか残っていない。が、それももはや限界に近かった。
「……そう、だ。俺には……まだ」
魔力は微量だが回復している。魔人化の影響が少しだけ残っているのか、通常状態よりも魔力の回復が早い。これならば……と、俺は微量の魔力のみで魔力枯渇も省みずに魔術を発動する。
「……【ヒール】」
それは本来、神に仕える神官のみが使える治療魔術……魔力が俺の身体の疲労物質を排除し、少しだけ俺に活力を与えた。
ソニア姉から貰った力……そうだ、いつだって俺は家族に守られてきた。父さんが死んだ時も、そして今回も……。
だから、俺はまだ倒れられない。
「動けよ……俺の身体。寝てる暇なんざ、ねぇんだ」
左目は少し見える。左腕も動く。左脚も動く。なら、まだ俺は立ち上がれる。
右半身の機能が完全に停止しているが、立ち上がれるのなら、俺は立ち上がる。寝ている暇はない。
グレーシュの全魔力が込められた矢が大気を蹂躙し、大きな翼を広げて飛翔する。
セルルカの全魔力の込められた氷の巨像が地面から這い出て、この空間にある全てのものをその吐息で凍らせていく。
両者共全力の攻撃。
グレーシュの矢に光の粒子が集まり、それはグリフォンのような形を作っていく。対してセルルカの氷の巨像も蜘蛛に近い姿へと形を変えていく。
空と陸を滑るグリフォンと、地獄の最下層である絶対零度の世界の化身たるコキュータスの衝突……大気を吹き飛ばす衝撃が駆け抜けて山々が消し飛び、一瞬で一帯の地形を破壊する。
その衝撃波は既に数十キロ以上も離れた王都にも届き、氷漬けの王都が震える。
グリフォンとコキュータスのぶつかり合いは、コキュータスの方に軍配が上がっていた。グリフォンの翼をコキュータスの吐息で凍らせていき、徐々にだがグリフォンの動きが鈍くなっていた。
「はぁぁぁぁ!!」
セルルカは超魔力活性で回復する魔力も瞬時にコキュータスへと注ぎ込む。
一方、グレーシュの【バリス】は放てばそれでお終いの技……一点突破の瞬間火力だけならばセルルカの防御力すらも凌駕するが、持続力には欠けるのだ。だからこそ、グリフォンはコキュータスに喰われようとしていた。
「【アブソリュータス】!」
グレーシュも瞬時に回復した魔力でさらに【バリス】に上乗せする形で矢を放つ。
それらの矢は狼が群れを成すように駆け、グリフォンと一緒にコキュータスの身体を喰らい尽くそうと噛み付く。
しかし、さすがに地獄の氷の化身だった。その硬度はこの世にあるどんな物にも勝り、初手の【バリス】も【アブソリュータス】も【ディザスターガーディアン】の表面に傷一つ付けられない。
「そんなものぞ!?それが全力ぞっ!?」
「っ!」
圧倒的な力がグレーシュの前に立ちはだかるように仁王立ちしている。恐らくコキュータスの身体で最も脆いであろうところに集中砲火しているにも関わらず、その氷の装甲を破壊することが出来ない。
だが、それはいつものことだ。いつだって力が全てを蹂躙する不条理な世界……そんな世界から一握りのものを守りたいと願った。どれだけ倒れようとも、傷つこうとも手の中に抱く大事なものだけは無くさないようにと、ただそれだけのためだけに自分の時間を費やしてきたのだ。
だから、ここでグレーシュが力に屈することはあり得なかった。
「【トップガン】!」
大気が波打つほどの衝撃波を轟かせ、グレーシュはコキュータスに激突……右拳を打ち込む。
「っ!?」
ミシミシ
そんな嫌な音を立てて砕け散ったのはグレーシュの右拳だった。
コキュータスと激しく戦っているグリフォンと狼の群れの中……グレーシュは右拳を抑えながらコキュータスから距離を取る。
巨大な蜘蛛の脚が襲ってくるのを躱しながら引いていき、ふとコキュータスの方を見てみればグリフォンと狼達は既にボロボロだ。
グリフォンも狼もグレーシュの力が具現化した姿だ。コキュータスもまたセルルカの力が具現化した存在であり、つまりこの状況はグレーシュの劣勢を意味していた。
そこに加えて、グレーシュの持つ最大火力の技を全て使っている。そしてその全てが通用しなかったのだ。得たものは右拳の負傷……コキュータスに触れたせいか魔人化による高速再生も働かない。凍傷にも似ているような痛みが走り、グレーシュは顔を歪めた。
あの硬い装甲を突き破る方法……。
「さぁ、そろそろ妾らの戦いを終わらせようぞ……グレーシュ・エフォンス!」
「……セルルカ・アイスベート!」
狼達は既に凍りつき、グリフォンはコキュータスの糸に捕まっていた。そしてグリフォンは時間を止められるようにして凍り付いていく。
グレーシュはグリフォンが完全に氷漬けになる瞬間……叫んだ。
「【エレメンタルアスペクト】!」
ビリビリッ
グレーシュの魔力が流れ込み、グリフォンが帯電する。身体から放電し、電撃を纏う。羽毛が逆立ち、その姿を大きく変貌させる。
「なにっ」
セルルカは驚愕に表情を染める。
電撃を纏ったグリフォンは正に氷漬けになる瞬間……氷の檻からすり抜けるように飛び出て、空でその巨大な翼を広げる。そしてクルクルと回転しながら急降下し……大地が揺れた。
それと同時に稲妻が蛇ように駆け抜けていき、大地を幾重にも割った。
落雷のようなグリフォンの一撃により、コキュータスはその巨体を消滅させ、その側にいたセルルカもその身を消滅させる。
後に残ったのは魔人化したグレーシュと、割れた上に黒焦げになった大地のみ……やがて、グレーシュの魔人化が解けるといつものグレーシュの姿が露わになる。
「……っ」
魔人化の影響で疲労がどっと押し寄せ、グレーシュはその場に膝を折った。
そして、セルルカの姿が見えないのを見て呆然と呟くのだった。
「か、勝ったのか……」
☆☆☆
「はぁ……」
パタリと、俺はその場で大の字になって横たわる。凄く疲れた……王都が氷漬けにされてブチ切れたところまで覚えているが、その後のことはあまりよく覚えていない。
ただ、俺はセルルカを倒したのだ。
 
その事実だけが強く自分の中に残っており、全く動かない右手が戦いの苛烈さを物語っていた。
あ……そうだ。王都に行かないと……。
今、王都は氷漬けだ。セルルカの【ワールドクロック】で時間が凍結している。勿論、俺はそれの解除方法に心当たりがあった。
とはいえ、俺一人では王都全域の時間を元に戻すことは難しい……。
「ぐ……王都に」
行かないと……ラエラ母さんが、ソニア姉が待ってるから。
俺はボロボロの身体を引きずりながら、王都までの道のりを歩く。笑う膝を奮い立たせ、霞む瞳を開いて前を向く。
突然、前が見えなくなった。酸欠だろう。それでも、俺は構わずに真っ直ぐに歩き続けた。徐々に思考も出来なくなってきたが、それでも俺は足を止めなかった。否、止まらなかった。
己の身の内に宿る激情は戦いの疲労で鳴りを潜めているだけで、確かに俺の中に渦巻いているのだ。
一歩、また一歩と脚を引き摺る。もはや片脚が動かない。それでも、もう片方の脚は動いた。拳が砕けた右腕も上がらなくなった。それでも、左腕は動く。
次第に身体が動かなくなっていく。身体の自由が利かなくなっている。エネルギーが足りない、魔力枯渇も起きている。身体が極限の異常事態に晒されている。
それでも、俺は歩き続けた。
膝が折れて、もはや立てなくなっても動く左腕で地面を這いつくばって前を突き進む。ただ、前へ。
そして、左腕も動かなくなった。
もう身体のどこも動かない。見えない瞳を開き続ける力しか残っていない。が、それももはや限界に近かった。
「……そう、だ。俺には……まだ」
魔力は微量だが回復している。魔人化の影響が少しだけ残っているのか、通常状態よりも魔力の回復が早い。これならば……と、俺は微量の魔力のみで魔力枯渇も省みずに魔術を発動する。
「……【ヒール】」
それは本来、神に仕える神官のみが使える治療魔術……魔力が俺の身体の疲労物質を排除し、少しだけ俺に活力を与えた。
ソニア姉から貰った力……そうだ、いつだって俺は家族に守られてきた。父さんが死んだ時も、そして今回も……。
だから、俺はまだ倒れられない。
「動けよ……俺の身体。寝てる暇なんざ、ねぇんだ」
左目は少し見える。左腕も動く。左脚も動く。なら、まだ俺は立ち上がれる。
右半身の機能が完全に停止しているが、立ち上がれるのなら、俺は立ち上がる。寝ている暇はない。
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