一兵士では終わらない異世界ライフ
地獄の氷と神業
〈???〉
暗くて静かな水の中……目を閉じて揺蕩う。冷たく重くのしかかる水を身体全体で感じながら、俺は前を向く。
視線の先には蜘蛛の脚と美しい女の上半身を兼ね備えた、俺の敵がいる。殺すべき敵。憎むべき敵。
己の全身全霊を掛けて殺してやりたい相手。
しかし、それと同時にこの戦いを楽しんでいる俺もいた。俺の持つ技の全てをぶつけ、相手もそれに応えて力の全てを俺に見せて来る。その度に俺は相手のことを理解し、次の手を読む。
そうして相手のことを理解していくうちに、セルルカ・アイスベートという女性の氷の下にある素顔が見えてくる。
だが、それでも彼女が俺の敵であることに変わりなかった。
☆☆☆
「いくぞ!【コキュートス】!」
セルルカはそう叫び、辺り一帯に冷気を放出する。それがグレーシュに直接的被害を与えることはなかったが、その冷気で大気がカチカチと音を立てて凍っていく。
大気……つまり気体が一瞬で固体に変わっているのだ。グレーシュの翼は魔術で飛んでいるため飛べなくなることはないが、どのみち氷が張っては宙を自在に飛ぶことはできなくなるし、高速移動にも制限が掛かる。
例えるなら、このフィールドは蜘蛛の巣だ。その形は氷の結晶を拡大したような……蜘蛛の巣に酷似したものだ。
グレーシュは電撃を纏い、凍った大気の壁の間を縫って蜘蛛の巣の中心にいるセルルカに接近……そして腰を落とし、拳を握りしめて、それを超低空から振り子のように振ってアッパーのように打ち上げる。
セルルカの懐に入って放たれたその一撃により、セルルカの身体が粉々に砕け散り、衝撃波が遥か上空まで轟く。
直ぐにグレーシュは、今のがセルルカ本体ではなく、氷の彫刻だと気付いた。あまりにも精巧なそれは気配すらもセルルカそのもの……だが、本物のセルルカの気配を感じ取れない。それはまるで、蜘蛛が獲物を影から狙っているような……そんな気配。
「っ!」
グレーシュは瞬間、背後の氷の壁面からセルルカの上半身が出てくる気配を感じとり、そちらへ向かって瞬時に練成した弓矢を放つ……それで氷の壁ごと吹き飛ばしたが手応えを感じなかった。
この壁の中を自由に行き来しているのだ。蜘蛛の巣の上をシトシトと歩く蜘蛛のように。
だが、この蜘蛛の巣に似たフィールドを自由に動けるのは……セルルカだけではない。
「【エレメンタルアスペクト】……」
電撃を纏ったグレーシュの身体はそれと同化しており、その身体を構成するものは分子レベルの細かな粒子……その身体はセルルカの張った氷の壁を破壊することなくすり抜ける……。
ビリビリっと、グレーシュは放電しながら氷の壁をすり抜けていき、セルルカを探す。傍から見れば、壁を超高速移動をしながらすり抜ける様は異様と言っていい。セルルカも氷の中で、グレーシュの技に舌を巻いた。
力そのものは劣っているが、その劣った全てを技で凌駕してくる。
ベルリガウスの【エレメンタルアスペクト】は自身を雷へと変化させ、超高速移動を可能とする。その上、物理攻撃が効かないときた。まさに無敵にも近い……そんな強化魔術であるが、固有魔術特有の弱点があった。
魔力だ。
【エレメンタルアスペクト】はベルリガウスの怪物じみた魔力量があって初めて成立する魔術なのだ。それをグレーシュが使用できている理由……それが魔人化による超魔力活性にあるのをセルルカは勿論気づいていた。
超魔力活性とは、簡単に言うと魔力の回復速度が桁違いに早める状態であり、魔人や魔物の多くは最初からこの状態にある。
つまり、現状一時的とはいえ魔人化している二人はどれだけ大量の魔力を消費してもその分魔力を回復するため、半永久的に魔力を消費し続けることができる。
グレーシュが【エレメンタルアスペクト】を使用できるのはこれが理由だが、【エレメンタルアスペクト】は単に魔力があれば使えるものでもない。もしもそうであるなら、セルルカも使っていた。だが、使えなかったのだ。
【エレメンタルアスペクト】は雷属性……セルルカが得意とするのは氷属性であり、セルルカとは相性が良くない。加えて、【エレメンタルアスペクト】は難易度だけでいえば神話級に匹敵する。
同じ伝説たるセルルカでさえ、真似することは困難を極める。
 
ベルリガウスという男は単に力に奢った男ではなかったということだ。それに反してセルルカかは他を引き離す卓越した魔術の才能を有するものの、結果的には力で全てを捩じ伏せる【ワールドクロック】のような手法をとった。
それが確実にして簡単に敵を滅ぼすことができるからだ。
だが、その圧倒的力と対抗するグレーシュの技たるや……セルルカの瞬間的に空間を丸ごと凍結する力技にすら反応し、対応し、反撃を加える。
あまりにも速いグレーシュの動きに、既にセルルカは置いていかれていた。もしも、氷の障壁がなければ数百回は死に至っていた攻撃力がグレーシュにはある。
正確無比な攻撃と、一点突破の火力……セルルカの絶望的な力を前にしても臆さない勇気があって初めて成立する二つの能力だ。
「〈地獄の果て 底なしの沼 凍り付く大地 魑魅魍魎よ 眠れ〉【フリーズンロック】」
達人級氷属性魔術【フリーズンロック】の完全詠唱……セルルカの莫大な魔力の篭った巨大な氷の柱がグレーシュの周囲を取り囲み、押し潰そうと向かってくる。
グレーシュは【エレメンタルアスペクト】でセルルカの蜘蛛の巣の中を高速移動する……が、氷の柱はグレーシュを追尾するようにして向かう先を変え、【コキュートス】による氷の壁を破壊しながら前進を続ける。
「っ!」
グレーシュは剣を錬成し、反転……自分を追尾する氷の柱を剣で切り刻むように稲妻の軌跡を残し、これを破壊する。
粉々になった氷の破片が飛び散り、光の反射してキラキラと地面に落ちていく。その光景を見つめながら、蜘蛛の巣の中心に立つセルルカと、それを上空から見下ろすグレーシュ……。
 セルルカは上空に留まるグレーシュに向けて、言った。
「このままでは埒があかないと……そうは思わんぞ?」
「……」
グレーシュの瞳が揺れる。セルルカの言葉の真意を確かめるように。
セルルカは目を細め、しなやかな腕を上げるとグレーシュを指差し、言葉を紡ぐ。
「妾にはまだ余裕がある……が、貴様はそろそろ限界ではないぞ?」
グレーシュセルルカの魔人化は飽くまでも一時的なものだ。これが永遠に続くのなら、それはもはや魔人……人ではない。二人の理性が残っているのは一時的であるからであって、本来魔人には知性など残っていない。魔物と同じ……。
グレーシュの返答がないことを肯定とみたセルルカは、グレーシュに提案する。
「次の手で……互いに全力の技をぶつけ合う。それで勝った方が、勝者ぞ。どうぞ?面白いとは思わんぞ?」
「……解せねぇな。このまま戦ってたらお前の方が有利なんだぞ」
グレーシュの最もたる疑問を一蹴するように、セルルカは鼻で笑って続けた。
「そんなものつまらんぞ。それに、貴様には全てをぶつけてみたくなったぞ……」
口の橋を吊り上げたセルルカの言葉に、グレーシュも同じように笑う。
こんな状況であまりにも不謹慎……だが、楽しいのだ。全力をぶつけてもいい相手。それは憎むべき、殺すべき敵であるセルルカにしか見せられないものだから。
「あぁ……俺もお前を全力で潰してやりたいと思ってた。殺してやるよ、セルルカ・アイスベート」
ゾクリと、氷を操るセルルカですら背筋が凍り付くような濃い殺気。セルルカが凍らせた大気すらも恐怖で震えるほど濃密な殺気は、獲物を狩るオオカミのような可愛いものでない。ましてや、空から悠然と獲物を見下ろす鷲でもなければ、大地を我が物顔で闊歩する百獣の王でもない。
ただ純粋に殺してやりたいという気持ちだけが詰まった気迫……それはどこか子供のように無邪気で、だからこそ恐ろしいと感じさせる。
二人の間に緊張感が高まり、周囲一帯の魔力密度が上昇していく。
濃くなっていく魔力密度により大気がうっすらと紫色に染まり、空気が淀む。濃密に練り上げている膨大な魔力が二人の身体から出ている様を肉眼で視認できるほどだ。少しでも集中を枯らせば、暴発して辺りに深刻な魔力汚染を引き起こし兼ねない状態だ。
「〈…… …… …… …… ……〉」
セルルカは魔力を練りながら、物凄い量のルーンを一句一句正確に、そして物凄い速さで詠唱する。
グレーシュは練り上げた魔力を錬成した弓矢に集め、【バリス】の準備をする。
最大火力にするために、グレーシュが今まで培ってきた技術の粋を結集していく。
そして、二人は目を合わせると同時に叫んだ。
「……っ【バリス】!」
「〈…… ……〉【ディザスターガーディアン】!」
グレーシュの矢が放たれ、セルルカの魔術が発動した。
暗くて静かな水の中……目を閉じて揺蕩う。冷たく重くのしかかる水を身体全体で感じながら、俺は前を向く。
視線の先には蜘蛛の脚と美しい女の上半身を兼ね備えた、俺の敵がいる。殺すべき敵。憎むべき敵。
己の全身全霊を掛けて殺してやりたい相手。
しかし、それと同時にこの戦いを楽しんでいる俺もいた。俺の持つ技の全てをぶつけ、相手もそれに応えて力の全てを俺に見せて来る。その度に俺は相手のことを理解し、次の手を読む。
そうして相手のことを理解していくうちに、セルルカ・アイスベートという女性の氷の下にある素顔が見えてくる。
だが、それでも彼女が俺の敵であることに変わりなかった。
☆☆☆
「いくぞ!【コキュートス】!」
セルルカはそう叫び、辺り一帯に冷気を放出する。それがグレーシュに直接的被害を与えることはなかったが、その冷気で大気がカチカチと音を立てて凍っていく。
大気……つまり気体が一瞬で固体に変わっているのだ。グレーシュの翼は魔術で飛んでいるため飛べなくなることはないが、どのみち氷が張っては宙を自在に飛ぶことはできなくなるし、高速移動にも制限が掛かる。
例えるなら、このフィールドは蜘蛛の巣だ。その形は氷の結晶を拡大したような……蜘蛛の巣に酷似したものだ。
グレーシュは電撃を纏い、凍った大気の壁の間を縫って蜘蛛の巣の中心にいるセルルカに接近……そして腰を落とし、拳を握りしめて、それを超低空から振り子のように振ってアッパーのように打ち上げる。
セルルカの懐に入って放たれたその一撃により、セルルカの身体が粉々に砕け散り、衝撃波が遥か上空まで轟く。
直ぐにグレーシュは、今のがセルルカ本体ではなく、氷の彫刻だと気付いた。あまりにも精巧なそれは気配すらもセルルカそのもの……だが、本物のセルルカの気配を感じ取れない。それはまるで、蜘蛛が獲物を影から狙っているような……そんな気配。
「っ!」
グレーシュは瞬間、背後の氷の壁面からセルルカの上半身が出てくる気配を感じとり、そちらへ向かって瞬時に練成した弓矢を放つ……それで氷の壁ごと吹き飛ばしたが手応えを感じなかった。
この壁の中を自由に行き来しているのだ。蜘蛛の巣の上をシトシトと歩く蜘蛛のように。
だが、この蜘蛛の巣に似たフィールドを自由に動けるのは……セルルカだけではない。
「【エレメンタルアスペクト】……」
電撃を纏ったグレーシュの身体はそれと同化しており、その身体を構成するものは分子レベルの細かな粒子……その身体はセルルカの張った氷の壁を破壊することなくすり抜ける……。
ビリビリっと、グレーシュは放電しながら氷の壁をすり抜けていき、セルルカを探す。傍から見れば、壁を超高速移動をしながらすり抜ける様は異様と言っていい。セルルカも氷の中で、グレーシュの技に舌を巻いた。
力そのものは劣っているが、その劣った全てを技で凌駕してくる。
ベルリガウスの【エレメンタルアスペクト】は自身を雷へと変化させ、超高速移動を可能とする。その上、物理攻撃が効かないときた。まさに無敵にも近い……そんな強化魔術であるが、固有魔術特有の弱点があった。
魔力だ。
【エレメンタルアスペクト】はベルリガウスの怪物じみた魔力量があって初めて成立する魔術なのだ。それをグレーシュが使用できている理由……それが魔人化による超魔力活性にあるのをセルルカは勿論気づいていた。
超魔力活性とは、簡単に言うと魔力の回復速度が桁違いに早める状態であり、魔人や魔物の多くは最初からこの状態にある。
つまり、現状一時的とはいえ魔人化している二人はどれだけ大量の魔力を消費してもその分魔力を回復するため、半永久的に魔力を消費し続けることができる。
グレーシュが【エレメンタルアスペクト】を使用できるのはこれが理由だが、【エレメンタルアスペクト】は単に魔力があれば使えるものでもない。もしもそうであるなら、セルルカも使っていた。だが、使えなかったのだ。
【エレメンタルアスペクト】は雷属性……セルルカが得意とするのは氷属性であり、セルルカとは相性が良くない。加えて、【エレメンタルアスペクト】は難易度だけでいえば神話級に匹敵する。
同じ伝説たるセルルカでさえ、真似することは困難を極める。
 
ベルリガウスという男は単に力に奢った男ではなかったということだ。それに反してセルルカかは他を引き離す卓越した魔術の才能を有するものの、結果的には力で全てを捩じ伏せる【ワールドクロック】のような手法をとった。
それが確実にして簡単に敵を滅ぼすことができるからだ。
だが、その圧倒的力と対抗するグレーシュの技たるや……セルルカの瞬間的に空間を丸ごと凍結する力技にすら反応し、対応し、反撃を加える。
あまりにも速いグレーシュの動きに、既にセルルカは置いていかれていた。もしも、氷の障壁がなければ数百回は死に至っていた攻撃力がグレーシュにはある。
正確無比な攻撃と、一点突破の火力……セルルカの絶望的な力を前にしても臆さない勇気があって初めて成立する二つの能力だ。
「〈地獄の果て 底なしの沼 凍り付く大地 魑魅魍魎よ 眠れ〉【フリーズンロック】」
達人級氷属性魔術【フリーズンロック】の完全詠唱……セルルカの莫大な魔力の篭った巨大な氷の柱がグレーシュの周囲を取り囲み、押し潰そうと向かってくる。
グレーシュは【エレメンタルアスペクト】でセルルカの蜘蛛の巣の中を高速移動する……が、氷の柱はグレーシュを追尾するようにして向かう先を変え、【コキュートス】による氷の壁を破壊しながら前進を続ける。
「っ!」
グレーシュは剣を錬成し、反転……自分を追尾する氷の柱を剣で切り刻むように稲妻の軌跡を残し、これを破壊する。
粉々になった氷の破片が飛び散り、光の反射してキラキラと地面に落ちていく。その光景を見つめながら、蜘蛛の巣の中心に立つセルルカと、それを上空から見下ろすグレーシュ……。
 セルルカは上空に留まるグレーシュに向けて、言った。
「このままでは埒があかないと……そうは思わんぞ?」
「……」
グレーシュの瞳が揺れる。セルルカの言葉の真意を確かめるように。
セルルカは目を細め、しなやかな腕を上げるとグレーシュを指差し、言葉を紡ぐ。
「妾にはまだ余裕がある……が、貴様はそろそろ限界ではないぞ?」
グレーシュセルルカの魔人化は飽くまでも一時的なものだ。これが永遠に続くのなら、それはもはや魔人……人ではない。二人の理性が残っているのは一時的であるからであって、本来魔人には知性など残っていない。魔物と同じ……。
グレーシュの返答がないことを肯定とみたセルルカは、グレーシュに提案する。
「次の手で……互いに全力の技をぶつけ合う。それで勝った方が、勝者ぞ。どうぞ?面白いとは思わんぞ?」
「……解せねぇな。このまま戦ってたらお前の方が有利なんだぞ」
グレーシュの最もたる疑問を一蹴するように、セルルカは鼻で笑って続けた。
「そんなものつまらんぞ。それに、貴様には全てをぶつけてみたくなったぞ……」
口の橋を吊り上げたセルルカの言葉に、グレーシュも同じように笑う。
こんな状況であまりにも不謹慎……だが、楽しいのだ。全力をぶつけてもいい相手。それは憎むべき、殺すべき敵であるセルルカにしか見せられないものだから。
「あぁ……俺もお前を全力で潰してやりたいと思ってた。殺してやるよ、セルルカ・アイスベート」
ゾクリと、氷を操るセルルカですら背筋が凍り付くような濃い殺気。セルルカが凍らせた大気すらも恐怖で震えるほど濃密な殺気は、獲物を狩るオオカミのような可愛いものでない。ましてや、空から悠然と獲物を見下ろす鷲でもなければ、大地を我が物顔で闊歩する百獣の王でもない。
ただ純粋に殺してやりたいという気持ちだけが詰まった気迫……それはどこか子供のように無邪気で、だからこそ恐ろしいと感じさせる。
二人の間に緊張感が高まり、周囲一帯の魔力密度が上昇していく。
濃くなっていく魔力密度により大気がうっすらと紫色に染まり、空気が淀む。濃密に練り上げている膨大な魔力が二人の身体から出ている様を肉眼で視認できるほどだ。少しでも集中を枯らせば、暴発して辺りに深刻な魔力汚染を引き起こし兼ねない状態だ。
「〈…… …… …… …… ……〉」
セルルカは魔力を練りながら、物凄い量のルーンを一句一句正確に、そして物凄い速さで詠唱する。
グレーシュは練り上げた魔力を錬成した弓矢に集め、【バリス】の準備をする。
最大火力にするために、グレーシュが今まで培ってきた技術の粋を結集していく。
そして、二人は目を合わせると同時に叫んだ。
「……っ【バリス】!」
「〈…… ……〉【ディザスターガーディアン】!」
グレーシュの矢が放たれ、セルルカの魔術が発動した。
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ノベルバユーザー31355
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