一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

エキドナ

 –––エキドナ–––


 のちにエルカナフ内騒動と呼ばれることになる戦いが終わり、エキドナ達は王都へ帰還……ご主人様とクーロン、そしてノーラントは王都への道中でフォセリオによる治療魔術を受けていたが、目覚めることはなかった。
 一応、エキドナとフォセリオの診断では身体が極度の疲労から回復するために休んでいる……という感じだった。
「まあ、よくあることだ」
 と、ギルダブは言っていた。だから、エキドナは言ってやったわ!
「今回、貴方はあまり役に立っていないんじゃないの?」
「失礼な奴だな……とはいえ、グレーシュほどじゃないのは確かだ。ふむ……まあ、俺にとっての本当の戦いはこれからだがな」
「……?どういうことよ」
「そのままの意味だ。王都へ着いたら……二日後には帝都へ進軍だ」
「っ!」
 帰り道で、エキドナはギルダブとそんな会話をした。ギルダブが言うには、ご主人様の師団は雷帝の戦の被害が大きかったために進軍には参加しないようで……お陰でご主人様は王都でしっかりと休養できそうだ。
 王都へ着くと、ご主人様の肉親であるソニアとラエラが慌てていた。
「グレイ!グレイ!!ねぇ、これ死んでないよね!?」
「大丈夫よ」
「よかった……っ!じゃあ、あたしが看病するから!」
 そう言ってご主人様とクーロンは、ご主人様のお屋敷に……ノーラントは王都へ到着した辺りで目が覚め、エリリーに執拗に抱き着かれて困ったように笑っていた。
 何があったか覚えているか訊ねると、ノーラントは覚えていない……と、首を振った。
 今回のバートゥとの戦いでは、色々と気になることが多い。クーロンの魔人化、ノーラントの魔人化……だから、エキドナはご主人様が目覚める前に、そのことについて色々と調べていた。
 アリステリアに許可を貰って王城の書庫を見せて貰った。魔人に関しての知識はエキドナよりもご主人様の方が知っているだろうが……それでも、自分で知りたいという知識欲にエキドナは負けて、少し時間は掛かるが、最初から勉強することにした。
「…………」
 と、言っても……王城でエキドナに閲覧が許されている書物では原因の判明は出来なかった。
 だが、あの二人の魔人化については大体の検討が付いている。どちらもバートゥの結界内にいたということだ。
【ソウルソーサリー】の結界内にいると、術者の魔力を強制的に取り込まされる……そうして自分の魔力を取り込んだ相手を任意で支配できるようにする。
 ノーラントが死んで直ぐに魔人化した原因は、それだ。クーロンの方は不明だが、原因は精神支配だと思われる。
 魔人化の経緯は一先ず置いておくとして……エキドナとしてはノーラントの魔人化のベースとなった魔物が気になるところね。
 ベルリガウスと真っ向から戦える超怪力、ベルリガウスの雷を物ともしない超耐久……どうもそれ以外にもあるようだけど、エキドナには判断出来ないわね。
 魔人化というと、大きく分ければアンデッドやスケルトンも魔人に分類される。魔人化、魔物化する場合……その生物の魔力保有領域ゲートが大きいほど強力になる。アンデッドやスケルトンとは人の死骸が腐敗したもので、魔力保有領域ゲートが縮小しているので大したことはない……だが、今回のノーラントのように死んですぐの魔人化は非常に強力で、魔人化したときのベースとなるものによって特徴が異なる。
 ベースというのは、取り込んだ魔物の魔力の質……ベルリガウスでいえば雷神がベースとなる。雷神の魔力を取り込むことで、魔人化した時にそれの能力が使えるのだ。
 とはいえ、死んですぐに魔人化することなど魔力汚染区域以外だとあまりない……あとは人工的に魔力汚染でも引き起こさなければ、問題はない。
 一部の強者だと、人工的に魔力汚染を引き起こして魔人化するケースがある。そのため、実は魔人化に関しては珍しいことは珍しいが前例がないこともない。
 だが、魔人化したにしてもクーロンやノーラントのようななのは……正直レベルが違う。ベースになっている魔物が強すぎる。放っておくことは出来ない……わね。
「『月光』はともかく……ノーラントはあんな怪物の魔力をどうやって取り込んだのかしらね……」
 エキドナが気になっているのは、正しくそこなのよね……。
「まあ、一先ずご主人様と情報交換を……あら?」
 と、エキドナは書庫に近づいてくる気配に首を傾げた。書庫に現れたのは、アリステリアだった。
「何か……用かしら?」
「ええ……お時間よろしいでしょうか?」
「……ふぅ」
 エキドナは本を閉じ、本棚に差し込む。それからアリステリアに目を向けた。
「いいわよ?」
「ここでは何ですし……どうでしょうか?わたくしのお部屋でお茶でも」
 笑顔で言うアリステリアにエキドナは皮肉を交えて言った。
「随分と余裕ね……?恋人が戦争に出ているというのに」
 そう……アリステリアの恋人であるギルダブはすでに帝都へ進軍している。よくもまあ、こんな風に余裕な笑みを浮かべているものね……。
「当然ですわよ……。ギルダブ様は国の為に戦うことを誓った兵士ですわ。全ては国の、民のため……わたくしのことは二の次でいいのですわ」
「本音は?」
「すごく寂しいですけれど……ギルダブ様はお強いですから、大丈夫ですわ!」
「信頼しているのね。確かに強いとは思うけれどね」
 感情が薄いのか濃いのか……エキドナはこの女がよく分からないわね。ただ、真っ直ぐな人間だと分かるのだけれど……国だとか、民だとか……考え方が恐ろしい女だわ。
 ニョロとエキドナは触手を操ってアリステリアと一緒に書庫から移動……それからニョロニョロとアリステリアの部屋まで行ってお茶をする。
「それで?」
 と、エキドナがアリステリアの侍女が用意した紅茶を飲みながら本題に入る。
 あら……?この紅茶中々じゃない……侍女の名前はアンナだったかしらね……覚えおきましょう。
 エキドナは一本の触手の上にカップを置いて、向かいに座るアリステリアを見据えた。そろそろ不敬罪で罪に問われそうだけれど……アリステリアが気にしていないので、エキドナも気にしなーい。
 アリステリアも紅茶を口にしてから、口を開いた。
「単刀直入に言いまして、エキドナ様の主人であるグレーシュ様の件なのですけれど……」
「ご主人様?」
「はい。雷帝の戦の活躍時の褒章がミスリル白金貨五千枚、階級の昇級……と色々とグレーシュ様には用意されていましたの」
「当然ね。むしろ、少し少ないくらいだわ」
「えぇ。これに加え、グレーシュ様には爵位が与えられる予定でしたけれど……それについてグレーシュ様とお話したかったのですわ」
「なぜ、その話をエキドナに?」
「今はグレーシュ様の従者ですわよね?エキドナ様の口から先に伝えておいてください……という話ですわ。わたくしが直接いくと療養中のグレーシュ様には……あまりよろしくないでしょう?」
「まあ……確かに」
 ご主人様は良くも悪くも……いえ、悪くも小心者だから公爵なんて現れたら萎縮してしまい、身体に無理をさせてしまいそうだ。
「それで、今回のバートゥの件に関しましても国から褒章が出るんけですけれど……まずは、ミスリル白金貨が五千枚追加、あとはわたくしから領地を与えることになっていますわ」
 領地……つまり、これでご主人様も立派な貴族に成り上がるわけだ。だが、それが意味することは決していい事ではない。
「……なるほどね。爵位に加えて領地を持たせる……と。これでギルダブに加えてご主人様も国にこき使われるわけね」
「……」
 アリステリアは何も言わない。
 爵位が与えられた、領地が与えられた……ご主人様の功績を考えれば当然である。しかし、功績に見合った報酬を支払う理由は簡単なことで……ご主人様に恩を売っているわけだ。
 働けば報酬を払ってやる……そういうことだ。爵位を与えて権力を得させる代わりに、国のために働け。領地を得れば税収で暮らしが豊かになる……その分、領地の経営も含めて働け。まあ、そういうわけだ。
「国というのは、ややこしいわね」
「当たり前ですわ。エキドナ様は、英雄がいると思いますの?誰からも敬われ、誰かのために自分を犠牲にする人」
「さぁ?そういう人はいるんじゃないかしら?夢見がちな馬鹿とか……ね」
 現実は色褪せていて、そんな夢を持ったとしても体良く利用されるのがオチだ。
「べつに、エキドナはご主人様が国に取り込まれようとも……ご主人様に付いていくだけよ。エキドナはご主人様のことを知り尽くしたいから……それに、ご主人様も恐らく承知のことだと思うわ。でも、それで構わないとお考えよ。ご主人様は、肉親でいらっしゃるソニア様とラエラ様以外には冷酷な判断が下せる人よ」
 実際、今回の戦いにおいても好いているはずのクーロン・ブラッカスを手にかけようとしていた。心が痛まないわけではないようだが……優先順位の問題なのだろうか……いや、優先順位ではなかろう。
 今回のことに関して、ご主人様はクーロンのことを思ってのことだと思われる。敵に操られるなんて、剣士の恥でしょうし……。
「そうですか……」
「まあ、あなたもせいぜい国の歯車として頑張ることね。アリステリア・ノルス・イガーラ……公爵に生まれたあなたに、自由はないわ」
「そうですわね。正直、結婚相手を自分で決められたのは奇跡ですわ」
「あなたの父親の性格もあるでしょうけれど……相手がギルダブなら納得しないわけにもいかないでしょう?あなたには……ギルダブ・セインバーストを繋ぎ止める役割があるんですもの」
「……」
「あら?気分を害したならごめんなさぁい」
 エキドナはニョロニョロと触手を動かし、紅茶を飲み干してテーブルにカップを置く。
 ご主人様にとっての最大の敵は……伝説とか、そういうものよりも……どちらかといえば国よねぇ。
 ソニアやラエラの住むこの国のために、分かっていてもご主人様は利用させる気マンマンだろうし……ご主人様の障害は多いわねぇ。
 だから、なのかしらね……だからご主人様の父であるアルフォード・エフォンスは、家族を関わらせないようにしていたのかもしれないわね。
 グレーシュ様から少しだけ聞いたことがあるだけで、どんな人間かは知らない……しかし、アルフォードという人物がどれだけ家族を思っていたのかは理解出来た。
 まあ、エキドナは……今はご主人様に付いていくだけだけれどね。
 アリステリアとの話も終わったので、エキドナは王城に用がなくなり……王都をニョロニョロとぶらつく。
 エキドナの姿が珍しいのか、どうにも視線を集める……多足スキュラ種が珍しいというよりも、ここらだと魔族が珍しいのでしょうね。
「うっ」
 と、急に頭痛がエキドナを襲う。
 まずいわね……ご主人様から離れすぎたわ。王城から屋敷まで距離はそこそこあるから、結構辛かったのだけれど……もう限界ね。死霊であるエキドナは、契約者であるご主人様から離れすぎてはダメ……バートゥにもなると大陸を跨いだ先でも離れられるけれどね。
 ご主人様クラスだと……王都の中の範囲なら大丈夫ね。結構広い範囲ね……数十キロなら問題ないのかしら?これは予想外……。
 とはいえ、離れると辛いことは変わりない。そろそろエキドナは戻るとしましょうか……と、エキドナがご主人様の屋敷に足先……もとい触手の先を向けると、頭巾を被ったフォセリオがコソコソしている姿が視界に入った。

 ニョロニョロ……。
 コソコソ……。

「何をやっているのかしらー?」
「いっ!?あ……エキドナじゃない。ビックリさせないでちょうだい……」
 相変わらずの真っ白な装いで、フォセリオはため息を漏らす。
「それより、コソコソして何を?」
「いえ、グレイと『月光』のお見舞いに……」
「なら、堂々といけばいいじゃない……」
「私が堂々と外出したら信者の人たちが拝んできて大変なことになるのよ……それじゃ」
 そう言って、フォセリオはコソコソとまた行動を再開するのだが……直ぐにエキドナの後ろにあった路地裏から現れた。

 ニョロニョロ……。

「あら、また会ったわね?」
「…………」
「それじゃ……あ、そうそう。私のことは誰にも言わないでちょうだい。よろしくね」
 そうしてフォセリオは再びコソコソとして…………また同じ路地裏から戻ってきた。

 ニョロー……。

「あら?よく会うわね?」
「フォセリオ・ライトエル。エキドナも丁度、帰るところだから……一緒に行きましょう。そうしないと、あなたが一生たどり着けない気がするわ」
「……?そう?なら、一緒に行きましょうか」
「というか、最初からそうすべきだったわ……」
「そう?でも、エキドナはできるだけ私の近くにいたくはないでしょう?私、最高神官だもの」
「まあ、否定はしないけれど……よっぽどのことがなければ大丈夫よ」
 死霊であるエキドナにとって、フォセリオは天敵……まあ、敵意もないのだし……多分大丈夫よね……というか、それよりもフォセリオがエキドナは心配だわぁ……。
「俗に言う方向音痴ね」
「……?」
「ちょっと、あなた首を傾げながらどこに行く気よ?屋敷はあっちよ、そっちではないわ」
「そう?間違えたわ」
「そっちでもないわよ!」
 予想以上に厄介だわ!


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