一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

時間凍結

 ☆☆☆


 ノーラントとセルルカが落下した地点まで移動したベルセルフとクーロンは、街にできた大きなクレーターの中心で睨み合うノーラントとセルルカを視界に捉え、同時にゾッとするような思いをした。
 ノーラントは落下の衝撃で多少なりともダメージを受けているというのに、それにも関わらずセルルカの方は全くの無傷なのだ。服には土埃の一つもなく、外傷もない。頑丈だという単純な話ではないと、この場にいるセルルカに対峙していた三人全員が認識した。
 一方、セルルカは三人と一度ずつ交えて感嘆していた。
 セルルカはその力故に無意識に身体から冷気を発してしまう。その冷気は一瞬で草木を凍り付かせるようなものであり、セルルカに接近した三人が無事に済んでいるのを素直に驚いているのだ。特に直接セルルカに触れたノーラントだが……魔人化していた手で触れたためか、凍傷にすらなっていない。セルルカとしてはこの程度・・のことも驚きの対象となり得た。

「ふむ……妾と対峙して無事で済むとは思わなかったぞ」

 透き通る声とは裏腹に、身体に重圧を掛ける存在感に三人は頬に冷や汗を流す。
 そして、一瞬でお互いの存在を認識……今この場において敵であるのが誰で、味方は誰なのかを把握し、目を配る。

「クロロさん……」
「ノーラさん」
「……む」

 ノーラントとクーロンは顔見知りだったが、ベルセルフはどちらとも面識はない。とはいえ、どちらの顔も見たことはあった。雷帝の戦終盤……ベルリガウスと戦っていたメンバーだからだ。だからこそ、実力に疑問を抱くことはなかったが……しかし、今この三人が束になっても果たして勝てる相手なのかどうかは疑問を抱かざるを得ない。
 伝説四位『暴食』セルルカ・アイスベートは、そういう敵なのだ。

「作戦会議は終わりぞ?」
「「……」」

 三人の目配せによる作戦会議を見破っていたかのようなセルルカは、そう言って腕を組みながら不敵に笑む。
 三人は頷き合うと同時にその場から消えたかのように錯覚する速度でセルルカを囲むように移動……そして、最初にベルセルフが仕掛けた。

「ぬんっ!」

 電気を纏った拳を突き出すと、電撃が落雷の如き轟音を撒き散らしてセルルカに襲いかかる。
 セルルカはそれを嘲笑うように、組んでいた右手を前に出して真っ正面から受け止める。
 セルルカの右手に吸い込まれるように直撃した電撃はセルルカを感電させることなく全てのエネルギーを霧散させる。

「どうしたぞ?その程度……む」

 ベルセルフの攻撃を受け止めたセルルカは余裕綽々な表情で言ってから、背後から隠密で接近していたクーロンの存在に気が付き顔を顰めた。
 クーロンは隙を逃すことなく、瞳から赤色の閃光を走らせて二刀の相方を両手にセルルカの脇腹に剣技を始動させる。

「固有剣技【斬鉄剣】……っ!」

 鈍く青色に輝いたクーロンの刀と鞘による高速乱舞……脇腹にまず二つ、それから肩、腕、脚と合計八つずつ刃を落としてセルルカを通り過ぎるようにして距離を置く。
 鉄をも両断するクーロンの剣技……それを神速の太刀筋で打ち込まれたセルルカは、やはり攻撃が効いていないかのように平然としていた。クーロンの【斬鉄剣】ですらセルルカの身を斬り崩すことができなかったのだ。

「ふ……無駄なことを」

 セルルカはまたも嘲笑うように笑む。

 だが、まだ三人の攻勢は終わっていない。クーロンの攻撃に続くようにノーラントがセルルカの頭上で剣を上段に構えて自由落下していた。

「固有剣技【グランドエッジ】!」

 上段に構えるノーラントの剣に石や砂、岩が集まって固まっていく。それによつて巨大化した剣をノーラントは自慢の怪力でセルルカに向かって振りかざした。
 全長数十メートルという巨大な剣がセルルカの頭上から振り下ろされ、クレーターの上にさらなるクレーターを作るような形で衝撃が走る。
 確かな手ごたえを感じていたノーラントだったが、【グランドエッジ】の下から溢れ出てくる冷気を感じて歯噛みしながら【グランドエッジ】を解除してその場から飛び退く。
 岩の塊が消えると同時に幾万もの氷の槍が宙にいるノーラントを貫こうと、襲いかかる。

「そりゃあ!」

 ノーラントは気合いを入れるように叫びつつ、剣を指先で遊ぶようにして振るう……剣と氷の槍が衝突し、氷の槍が弾かれるように横へ吹っ飛んでいく。
 指先で振るうノーラントの型破りな剣術は予測不能で、自由であるが……しっかりと握っていない分、力負けしやすくもある上に弾かれやすい。だが、ノーラントの怪力のおかげか氷の槍の威力と互角以上のパワーと剣さばきにより、ノーラントは地上に着地するまでに二回ほど被弾するだけで致命傷を負うことはなかった。
 それから三人の視線が一点に向けられ……やはりというべきかセルルカは無傷だ。埃すら被っていないのも同様だった。

「どうなってる……の?」

 思わず素に戻ったベルセルフの呟きに、クーロンもノーラントも同意するように身構える。
 セルルカが一歩、足を前に出したからだ。たったそれだけのことでも、神経を研ぎ澄ませ、三人は何が起きても対応できるように身構えたのだ。
 セルルカは三人を見渡し、面白そうに頷く。

「ふむ……中々に強い。もう少しだけ、妾も付き合おうぞ」

 コロコロと笑うセルルカの姿は正しく氷の女王……冷たく、無機質で、鋭利な刃物を喉元に突きつけられているような感覚を与える存在感。
 まだ、セルルカ・アイスベートは遊んでいるだけ。もしも、こんな化物が本気を出してしまったら?想像するだけでも背筋が凍りつくような想いだ。

「強すぎるっ」

 ノーラントもベルセルフと同じように呆然と呟く。ただ、身体は例の如くセルルカの一挙手一投足には敏感に反応していた。

「……」

 クーロンは二人と違って何も呟くことはなかった。何故だか知らないが、とても頭の中がクリア・・・なのだ。不思議な感覚……そう例えるならば、自分の背中を後ろから自分・・・が見ているかのような感覚だ。自分の背中を自分で見るなんて訳の分からない感覚ではあるが、この時のクーロンは確かにそう感じていたのだ。
 クリアな思考で状況を的確に判断……自分の物ではないはずの知識を棚から引き出し、セルルカ・アイスベートの弱点を探す。

 そして、見つけ出す。

 魔術師は総じて肉弾戦闘は不得意であり、それは上級者になればなるほどに上がる。
 なぜならば、上級者になればなるほど魔術に費やした時間は相当なものとなる。魔術発動に必要なルーンを覚え、すべての呪文を覚えるのは不可能ではないが可能と呼べるものではもない。上級や熟練級にもなれば相当なルーンを覚え、詠唱句を覚えなくてはならない。つまり、他に割く時間などない。

 それが伝説レジェンド級ともなれば?

 クーロンは楽しそうに微笑むセルルカに向かって間合いを一瞬で詰める。

「ほお」

 クーロンの動きが見えているのか、セルルカは余裕の笑みを浮かべたまま動こうとはしない。絶対的な防御力故の余裕……だが、裏を返せばその防御力を作り上げた理由は接近戦返せば不得意だということだ。その防御さえ破れば、クーロンたちにも勝機はある!
 クーロンは一瞬だけ尻目に、二人に目配せする。それを見た二人は何かを察し、頭ではなく身体を反射的に動かしていた。
 クーロンはそれを見ることもなくセルルカに向かって両手に握る愛刀の刀身と鞘を赤く染め上げて叫んだ。

「【月光牙・改】!」

 赤く染まっていた二本の愛刀に電撃が走り、刀身と鞘に火の元素特性……威力上昇が付加される。風の元素で速度の上がったそれは、まさに【バリス】と【月光牙】を合わせたクーロンの最大火力……そして、それに合わせてノーラントとベルセルフも最大火力でセルルカに攻撃を加えようと……、

「なるほど……悪くない考えぞ?だが、妾には届かぬぞ」

 ……ぇ?

 この時、三人とも同時に困惑した。疑問の声が口から出なかったからだ。いや、そんな些細なことよりももっと重大なことがある。
 身体が、動かない。否、時間が止まっているかのように停止しているのだ。思考以外は。

「驚いているであろうぞ。これが妾の力……【ワールド・クロック】、時間停止ぞ」

 そうだ。
 セルルカ・アイスベートは時間を止めることができる……時間を超越した伝説だったのだ。

「まあ、中々に楽しませてもらってのでな……これくらいは見せてやろうと意識だけは凍らせなかったぞ。もう少し相手をしようかと思っていたが、妾も暇ではないぞ。だから、これで終いぞ?」

 セルルカの言葉通り、王都全域が凍り付いていた。終わったのだ。魔術師も、市民も、動物も、建物も、空気も、空も、大地も……王都の全てが時間とともに凍り付いてしまった。この場所の時間は永遠と動くことはない……。


 そう永遠に。


 〈???〉


 ビリビリっと、身体中から電気を放電させているベルリガウス・ペンタギュラスは完全に凍り付いた王都の中で……時間の止まった王都の、王宮の中にある謁見の間にあった玉座に座って不敵に笑っていた。

「クックックッ……さぉてぇ?メインディッシュはこの状況をどうするんだぁ?」

 ベルリガウスは全身に電気を纏うと、閃光を走らせてどこかへと走り、消えた。






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