一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

なーはっはっはっ!

 ☆☆☆


 爆発音と地揺れが続く中、フォセリオは教会に逃げ遅れた市民を避難させ、同じ最高神官であるカイルと共に強力な防御結界の魔術を展開して守りを固めていた。

「カイル。少し離れるけど大丈夫かしら?」

 フォセリオは扉の前で並んで結界を維持しているカイルにそう呼びかける。カイルは頬に流しながらも頷いた。声を出すと集中が乱れ、今にも結界が破れてしまいそうなのだ。
 フォセリオはそれを理解しているために直ぐにその場から離れると教会に避難した市民のなかで、怪我をした者達の治療を始めた。
 脚を吹き飛ばされた者や、酷い火傷を負った者など怪我人は多種多様で多数いる。
 フォセリオが怪我人のもとに駆け寄って声を掛けると怪我をした男性は掠れた声で言った。

「あ、あぁ……し、んかん様……ありがと、う……ございま、す」
「いいから。喋らなくて大丈夫よ……【ヒール】」

 怪我をした男性に治療魔術を掛けると男性の火傷などの傷が徐々に癒されていく。そして安心したのか、男性はプツリと糸が切れたように眠りに落ちてしまった。
 フォセリオはそうやって数人、数十人と治療を続けていく。そうしている内に、フォセリオの魔力はもちろん減り続けていく。今の今まで結界の維持もしていたのだ。魔力はかなり消耗した状態だった。
 フォセリオが何十人めかの患者を治療し終えた後、次に向かおうとしていた足がもつれてその場に前のめりに倒れた。
 咄嗟に手をついて顔面の衝突は避けたが、明らかな魔力枯渇の症状は隠せようもなかった。
 最高神官のフォセリオが倒れたのを見た修道女や神官が駆け寄ってくるが、フォセリオは手でそれらを制して怪我人の治療を優先させた。

「私……のことよりも、怪我人の治療をしなさい」

 有無を言わさぬフォセリオの迫力ある言葉に神官も、修道女も気圧されるように一歩後ずさると怪我人の治療へと戻った。
 フォセリオは魔力枯渇からくる酸欠のような症状で頭がボーッとする感覚に襲われ、今にも瞳を閉じて眠りそうになるのをグッと堪える。

「私はまだ……倒れるわけには……」

 外では色んな人が戦っていて、きっとその中には『月光』クーロン・ブラッカスや兵士であるノーラント・アークエイ、エリリー・スカラペジュム、ソニアやラエラだって二人のことだ、自分のことよりも他人のことを優先しているに違いない。
 それにも関わらず、自分だけがのうのうと安全なところで倒れていたなど最高神官が聞いて呆れる。

「私はここを守って……みんな助けなければいけないのよ」

 それが最高神官としての務めであり、神に従事する自分の役目であると信じているから。
 と、フォセリオが立ち上がろうと震える足を伸ばした時だった。ズドーンという大きな音が教会の入り口から聞こえたかと思うと入り口が爆発して扉構成していた鉄や壁の岩がぶっ飛んできた。

「っ!【アマル】!」

 達人級光属性魔術【アマル】……人に与えられた中でも最高峰の防御力を持つ結界系統の魔術だ。最高神官の中でもより神に愛された者にしか扱えない高難易度の魔術だ。
 爆発で吹き飛んできた岩や鉄の塊はフォセリオの張った【アマル】の防壁によって弾かれ、その後ろにいた避難した市民達は無傷だった。
 土埃が晴れ、視界がクリアになるとフォセリオよ視界に倒れたカイルが入る。

「カイルっ!っうぁ……」

 カイルに駆け寄ろうとするも、【アマル】の発動でただてさえ魔力枯渇に近い状態だったフォセリオの魔力は完全に枯渇しようとしていた。その影響により、フォセリオはもはやその場から一歩動くことができない。

「うぅ……動けない」

 全身が鉛のように重く、手足がピクリとしか動かない。
 フォセリオがダウンしているに間にも、教会の入り口を破壊して魔術師が入り込み、加えて魔導機械マキナアルマが一体入ってくる。

「ま、きなアルマっ!?そんな……こ、んな状況でっ」

 外の状況はどうなっている?
 どうして魔導機械が?
 どうやって切らなければいい?

 多くの思考が一瞬のうちに駆け巡り、その一つ一つに明確な答えを出すことができずにフォセリオはただ地面に這い蹲る。
 魔術師と魔導機械はフォセリオを視認するが魔力枯渇で動けないとみるとフォセリオを後回しにし、後ろで怯える市民に目を向ける。
 魔力枯渇で動けないフォセリオよりも、まだ余力があるであろう市民を狙うのが最適だと考えたのだ。

「っ……あぁ」

 何とかして魔術師と魔導機械を止めようとするがフォセリオの身体は動かない。動けない。どれだけ力を入れても身体は動かない。
 そして、フォセリオは今にも魔術師が市民に向けて魔術を放とうとする中で……頬をヒリヒリと焼き付けるような電流が空気中に流れたのを感じた。そして、魔術師の手のひらからビリビリと電撃が生まれそれを魔術師は躊躇いもなく市民に向ける。

「だめっ……やめてぇ!」

 フォセリオの必死の懇願にも耳を持たず、魔術師は唇の端を吊り上げて笑む。
 避難民の中には当然のように赤ん坊からお年寄りまでおり、子供は母を呼び鳴き続け、大人は子供だけでもと庇うように抱きしめる。
 フォセリオも含めて全員が、ここで終わることを確信した瞬間だった。再びフォセリオの頬を今度はビリビリと電撃が走りすぎ、それと同時に吹き飛ばされた入り口から光の塊のようなものが放電しながら超高速で入ってきたかと思うと一瞬でそれは魔術師の懐に入り込み、魔術師の顎を跳ね上げた。
 魔術師は首が引っこ抜けるくらい顎を上に打ち上げられ、そのままの勢いで天井に頭を減り込ませる。さらにその電気の塊のようなものは魔導機械の周囲を瞬きの間に一周し、助走をつけるかのごとく勢いをつけて殴り飛ばした。魔導機械もそれで入り口から教会の外へと吹き飛んだ。
 あまりにも唐突な出来事にフォセリオは呆然とそれを眺め、やがて放電が弱まってその人物の輪郭が見えてくるとフォセリオは目を見開いた。

「べ、ベールちゃん……?」

 そうフォセリオの目の前には全身をビリビリと帯電させたベルセルフ・ペンタギュラスが立っていたのだ。ベルセルフはフォセリオに呼ばれると振り返り、そして両手を腰に当てて胸を張って高笑いした。

「なーはっはっはっ!我、華麗に参上!大丈夫か、ぬしよ」
「あ……あぁ」

 声にならない感動とか感謝で空気だけが喉を通って外に漏れる。
 入り口から派手に登場したベルセルフは眼帯のない方の左目を紫電ごとく光らせる。その後からテクテクとフォセリオの近くまで歩み寄るのは、青色の髪を波のようにウェーブさせた少女……ウルディアナ・スプレインだった。

「大丈夫でしょうか?」
「あ、なたは?」
「ベール……ベルセルフの友達のウルディアナ・スプレインですわ。それより、喋らずジッとしてくださいまし。お身体に障りますわ」

 ウルディアナが微笑みながら言ったのをフォセリオは絞りかす程度の余力で首を横に振り、一蹴した。

「わたしは……」
「いいですから……今から治療しますわ」
「……ぇ」

 ウルディアナはそう言って、両手を胸の前で祈るように組み、小さな口から魚人族鮫種特有の鋭い牙を覗かせ、そこから鋭い牙を持つのとは裏腹に可憐な容姿に沿う美しく儚げな声音で音が紡がれる。

「【〜〜〜♪】」
「……これは」

 ウルディアナの美しい声は歌となり、フォセリオや周囲の人々の耳から入り込み、心の中へと響き渡る。すると、不思議なことにウルディアナの歌を聴いたフォセリオや怪我を負った市民の負傷箇所が、心の傷が、徐々に癒されていく。
 フォセリオはその歌を聴きながら思った。これは声術……魔術はルーンと呼ばれる魔術言語を魔力を込めて言葉にすることで事象を改変する力を持つ。
 声術はその魔術の原点とされ、古代において一部の人間にしか声術は使えなかった。それを全員が使えるようにしたのが魔術だと聞く。声術は、現代に普及した魔術よりもその力が強い……それはウルディアナの歌を聴いてみれば一目瞭然だ。

「ここは、あたくしとベールにお任せくださいまし」

 そう言ったウルディアナの視線に吊られるようにして、フォセリオは視線をベルセルフへと向ける。
 フォセリオに向かって背を向ける彼女の立ち姿は、とても弱い十余歳には見えない。全身に帯電し、ときおりビリビリと大気を震わせる。
 フォセリオはふと、それを眺めているうちに思ってしまった。

「あぁ……」

 ベルリガウス・ペンタギュラスの娘ね……と。





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