一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

……裏切り

 ☆☆☆


「エキドナさん……大丈夫だよね……?」

 自分を助けるために八番とともに外へと飛び出したエキドナの後ろ姿を見送りながら、ただその場に立ち尽くすことしかできなかったソニアは……そうやって他人を心配することしかできない。
 さきほども、エキドナが来なければ年老いた執事は身体を潰されるか、もしくは引き裂かれて無残に死んでいただろう。
 そういった死の現実を目の当たりにしたソニアは、ふと八年前の皇王戦争の時を思い出して身体を震え上がらせた。

「うっ……」

 突然の震えと恐怖で吐き気を催し、その場に口を元を抑えて崩れ落ちる。死という現実は、父親の死により明確にソニアの脳裏に焼き付けられている。
 怖い……その一言だけで頭の中を支配し、身体を硬直させるに十分だった。
 だが、ソニアは自分を鼓舞するように恐怖で震える手で自分の頬をバシバシと両手で叩く。何のために治療魔術師なったのか……昔の二の舞にならないためではらなかったのかと、自分を叩く。
 今はとにかく、自分にできることを……国王陛下を避難させる!

「陛下!今の内に!」
「うむ……頼む」

 国王の言葉に二人の従者が駆け寄り、肩を貸す。自分に出来ることは少なくとも、出来る範囲で力の限り……あんな思いはもうしたくない。そのために、みんなを救える力を、術を身につけたのだ。
 国王に付き、その避難を手伝うソニアと国王とその従者はめちゃくちゃになった寝室から出て廊下へと出る。その直後に王宮配属の兵士が数名駆け寄り、国王の護衛に付いた。
 それを見たソニアは国王から離れ、どこかに怪我人がいないかを探しに走り出す。

「どこへ!?」

 兵士の一人が呼び止めるが、ソニアは足を止めなかった。


 ☆☆☆


 王宮の中にも侵入したようで、一部は酷い有様だった。しかし、さすがに王宮内部の守りは硬かったようで侵入した魔術師達は何人も切られたりなどの外傷を負って地面に倒れている。
 その中で王国兵士で息のあるものを見つけては、ソニアは自分の治療魔術で兵士たちの傷を癒して走り回っていた。
 と、その時だった。王宮を出て少し……王城に入る門の前で街の軍の指揮をとっているであろうマリンネアと、避難させた市民を王城へと流れ込ませている兵士たちがいる。
 ソニアも何かできないかと声を掛けようと……空に、宙を浮遊するようにして魔術師が一人、その避難している市民に向けて魔術を発動しようとしていた。

「あ……っ!危ない!」

 咄嗟にソニアが叫んだ声で、避難していた人々も兵士もマリンネアも全員が空を見上げ……今にも手のひらに作った火の玉を放たんとする魔術師を見て一斉にパニックなった。

「くっ……ヨリト!」

 しかし、そんはパニックの中でもマリンネアは冷静に対処する。自分の直属の部下であるヨリト・カシマの名前を呼ぶと、呼ばれた青年のヨリトはソニア横を風のように切って走り過ぎ、ザッと滑るようにして立ち止まるとどこからともなく現れた黄金に輝く弓を引いき、番えていないにも関わらず光の粒子が集まったような矢が一直線に魔術師を貫いた。
 それで魔術師は空から落ち、魔術が放たれることはなくなった。
 ソニアは思わず唖然としてからヨリトへ目を向けると、ヨリトの手にはもう黄金の弓は握られていなかった。
 民衆は未だにパニックではあるものの、マリンネアの指揮で動く兵士たちのおかげで大分落ち着きを取り戻しつつある。このぶんなら、避難も無事に完了するだろう。
 ソニアは一言、ヨリトへ感謝の言葉を述べようとソニアに背を向けて立つヨリトに声をかけた。

「えっと……そこの君?ありがとうございました……助かりました」
「ん?あぁ……いえ、仕事ですか……ら?」
「……?」

 ヨリトは振り向いた先にいたソニアを見て、動きを止めた。それを不思議に思い、ソニアは首を傾げた。何か顔にでも付いているのだろうかと、そんな場違いなことすら考えてしまうくらいに、目の前のヨリトの表情がおかしかったのだ。まるで、今までずっと探していた大切な人ものを見つけたような顔だ。それを初対面であるソニアに向けるのは、おかしな話に他ならない。
 不思議な視線……たっぷり数秒ほどソニアとヨリトは顔を見合わせるとヨリトがポツリと呟いた。

「ソニア・エフォンス……」
「はい?えっと……はじめまして……ですよね?」

 突然、名乗ってもいない相手に名前を呼ばれてソニアは困惑したように言った。だが、直ぐに兵士という関係から弟のグラーシュの知り合いかと推測した。

「あ、もしかしてグレイっ……グレーシュのお知り合いですか?」
「……え、ええ。グレーシュとはまあ……知り合いですけど」

 ヨリトはそこで言葉を切ると、少し悲しげな表情をソニアに見せた。ソニアはその表情をボーッと不思議な気持ちで眺め、ヨリトはその視線に気が付かないまま口を開く。

「でも、俺は君のことを知ってる」
「え?」

 一体どういうことなのかとソニアが問いかけるよりも先に、ヨリトはその手に例の黄金に輝く弓を顕現させ、光の粒子が集まってできたような矢の先をソニアの胸のあたりに向けた。ソニアはそのような非現実的な時間を、まるで他人事のような気分でただボーッと眺めていた。

「俺の友達を助けるには……君の力を借りないといけないんだ。すまないが、一緒に来てもらうよ」
「ぁ……」

 ヨリトは躊躇いもなく矢を放ち、光の矢はソニアの胸に小さな……然し確実に致命傷と思われる風穴を開けた。

「え……ぁ」

 ソニアは何が起こったのか理解できず、口から漏れ出る空気は声にならない。息が苦しい、眠い……暗くて、冷たい。
 ソニアの瞳に映る世界がグラリと沈み、ソニアの身体が地面に倒れ伏す。その異常な光景を自分の命の危険のある状況で他人の心配などできない市民たちは気付かない。だが、その中で比較的に冷静であったマリンネアだけはヨリトの奇行に気が付いた。

「……ヨリト!なんてことを……」
「マリンネアさん……こんな状況で悪いと思うけど」

 ヨリトの奇行に怒り、その行動の真意を確かめようと近づいて苦しいマリンネアに対してヨリトは俯きながら続けた。

「でも、より多くの人を救うにはこれが一番なんだ。ごめん……」
「ぇ……ヨリト?」

 ヨリトはマリンネアにも矢を向け、そしてソニアと同じように躊躇いなく放った。
 放った矢はマリンネアの胸を貫き、その胸に風穴を開ける。マリンネアもまた、ヨリトに弓を引かれるとは思っても見なかったのだろう。信じられないという表情のまま、背中から地面へと落ちた。
 周りは忙しなく避難する市民とその誘導を行う兵士の怒声のような叫び声で、喧騒が静まることはない。その中であった静かな劇を誰が見ているというのだろう。
 胸にポッカリと穴の空いた二人の女性と、立ち尽くす青年……ヨリトは弓を手には しながら空を見上げて呟く。

「……待ってろよ。ゼフィアン」

 そう呟いてから、ヨリトは自分が射抜いた二人を見下ろす。

「うぅ……」
「うーん……」

 二人とも息があるようで、胸の風穴はすでに閉じている。
 ヨリト・カシマの持つ黄金の弓は神殺しの伝説の武器とされ、その名を霊弓『ホタル』と言う。神殺しの異名を持つが故に、ソニアの纏う神の加護をも打ち消すことができ、『ホタル』の矢は所持者の意思でその効力を変化させる。
 ヨリトは二人を気絶させただけで、射殺したわけではなかった。
 ヨリトは気絶するソニアを抱き抱えると、その場をスッと消えるように離れた。


 〈???〉


 世界各地を騒がせる火種を作った張本人たるゼフィアン・ザ・アスモデウスは、バニッシュベルト帝国のある場所に、異世界の転移者であるシオン・コバヤシを連れてやって来ていた。
 薄暗く、周りは鉄と油の臭いで鼻が曲がる様な状態だ。現にシオンは顔を顰めているし、ゼフィアン自身も気持ち悪いようでフラフラしている。

「うぅ……なんで【テレポート】使わないのよ!」
「私もぉ……使えたらとっくに使ってるわぁ。【テレポート】目で見える範囲か、一度行ったことのある場所にしかいけないんだものぉー仕方ないわよねぇ……」
「つっかえない……」
「あらやだぁ……傷つくわぁ〜」

 女の子と一緒だからか、若干テンションの高めなゼフィアンの口調にシオンはうへぇと表情を歪ませる。ゼフィアンはそれを面白そうに嘲笑うと言った。

「それにしても……私のやり方に何か言うと思っていたのだけれどねぇ〜?シオンちゃんってぇ、意外と悪い子ぉ?」

 ゼフィアンの突っつくような問いにシオンはムスッとした態度で返した。

「別に……私はベルリガウス様の仇がとれれば構わないもの」
「そう……」

 ゼフィアンとシオンはそのままカツンカツンと足音を鳴らしながら進み、やがて巨大な空間へ出る。その空間はとんでもなく広く、上から下まで深淵で何も見ることができない底なし沼となっている。
 ゼフィアンは目の前の手摺に右手を触れ、それを頼りに通路を進んでいき、やがて下へ降りる階段に差し掛かる。
 そこをさらに降りていくと、深淵の最下層に到着する。
 シオンはそこまで黙ってついてきていたが、最下層に到着した時点で痺れを切らしたように口を開いた。

「で?ここに私を連れてきたのは?」
「あぁ……それねぇ?これよぉーこれこれ」

 ゼフィアンはそう言いながら、左手のひらに灯を灯して最下層を照らす。すると、二人の目の前に巨大な球体が現れ、シオンは思わず目を見開いた。

「な、なによこれ……」
「説明すると長くなるのだけれどねぇ……これが貴女達を【ゼロキュレス】の下へ連れていくための……そして、私の悲願成就のための最終兵器よぉ〜」
「これが……」

 シオンはその巨大な球体を見て、そう呟く。
 ゼフィアンの発動しようとする未知の魔術【ゼロキュレス】……それはこの世界へと転移させれたおよそ四名の転移者達に課せられた目標でもあった。シオンとゼフィアンの目的はそういう意味でも合致していると言えた。

「他の転移者達に連絡はぁ〜?」
「済んでるわよ。大体、アヤトのとこの王様……あんたの所為でしょ?」
「あらぁ〜?王様の命で脅迫しなくても、来るでしょう?だって、貴女達の目的は【ゼロキュレス】の下へ行くこと……そして世界を改変することでしょう?」

 ゼフィアンの言葉にシオンは悲しげに目を細めた後に頷く。その瞳の裏には、既に終わってしまった世界の記憶が……まるで映り込むかのような、そんな哀愁漂う瞳を一瞬だけ見せた後、シオンは口を開いた。

「私は……ベルリガウス様の仇がとれればいいって言ってるでしょ」
「……ふぅん?そぉ〜?」

 ゼフィアンはそれ以上は何も言うことなく、悲願成就のカギとなるが来るのを待った。





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