一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

幕引き

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 時間が経つにつれ、クロロの動きが予測しやすくなってきた。
 リズムを崩してきたりなどの小細工もしてくるが、基本的にクロロの剣術はスピードにものを言わせたゴリ押し型……そこに【狐火】が追加されて凶悪な殺傷力が追加されたわけだ。非常に厄介だ……炎の分余計に大きく避けないといけないので、カウンターが狙えない。
 残り時間は三分……もはや数時間戦っている感覚だ。それだけ加速された思考の中で戦っているわけだ。そろそろ、頭も身体も心も限界である。
 俺の放つ矢は全て、クロロに当たる直前で灰にされるが……だが、あの炎の弱点は分かっている。それは……衝撃は殺せない、防げないことだ。
 衝撃というのは、平たく言えば空気の流れ……大気の振動だ。クロロの炎は空気のような気体まで燃えカスには出来ないのは、見ていれば分かった。つまり、衝撃をクロロに叩き込めばダメージになる。とはいえ、クロロはその衝撃を受け流す技術がある。

 詰んだ……。

 諦めるつもりはないが、分が悪い。正直帰りたいのだが……クロロを倒して、あの頭のイカれた野郎を殺さない限りは帰れないわけだ。
 詰まる所、今の俺にできることと言えば……クロロが受け流せないほどの衝撃をぶち込むことだ。やるしかない。
 俺はクロロから大きく距離を取る。もちろん追ってこようとクロロは地面を踏み込むが、俺は地面を隆起させて阻止する。
 クロロがバランスを崩した刹那に、俺は魔力保有領域ゲートを開いて魔力を引っ張り出す。
 まずは風の元素特性……物体の時間を早める特性を使って心拍数を上昇させる。心臓がはち切れないように錬成術で心臓、血管の耐久力を底上げして耐える。すると、酸素の運搬が急激に上昇し……俺の呼吸が必然的に上がる。
「はぁっ!?」
 苦しい……だが、耐える。次に雷の元素特性の一つ……活性化を使って全身の筋肉を極限まで活性化させる。
「ぐっあぁっっ!!」
 俺の身体が赤みを帯び、全身から電撃を迸る。目が充血して視界が赤く染まる。キーンっという耳鳴りがして、頭が痛い。全身から、悲痛の叫び声が聞こえる。
 だが我慢だ……これで、これで準備は整った。
「い、く……ぞオォォォォォォオオオ!!!!」
 俺は叫び声を上げながら、クロロに向かって真っ直ぐに…… ただ真っ直ぐに走る。活性化され、酸素が行き渡った身体が悲鳴を上げながらも、全ての力を推進力に変えてくれる。
 開けた間合いを一気に詰めた俺に、クロロは明らかな動揺を表情に表す。俺はクロロの纏う炎に触れる手前まで拳を突き出し……叫んだ。
「【トップガン】!」
 バスゴーン……と、何とも言いようのない音が、衝撃が、駆け抜ける。予想通り、クロロは衝撃を殺せず……そして受け流すことも出来ないままに、【鎧通し】の要領で【アサシン】を使った無駄のない衝撃伝道により、クロロの身体を衝撃が貫いた。
 クロロは口から血を大量に吹き出し、魔人化が解け……夜色の髪へ戻っていく。同時にクロロの身体は地面に伏す。

 やった……。

「い、いてぇ……」
 俺も俺で錬成術が解けて身体を激痛が襲う……が、これ以上の痛みを霊峰では味わっている。バートゥを片付けるくらいの余裕は、まだ残っている。
 回転が遅くなっている頭を動かし……索敵スキルでバートゥを探すと、意外にもバートゥからこっちにやってきていた。
「おやおやおやおやおやおやおおおおおやぁ……本当に殺すとは思わなかったデス。辛うじて生きてはいるデス。が、いずれ死ぬデス」
「…………」
 生きていると言われて咄嗟に心が揺らぐが、鋼の精神で誘惑を振り解く。セリーを今からでも呼べば、助かるかもしれない……それでも、ここから俺が少しでも離れればバートゥがクロロを殺し……そして死霊として使うだろう。そんなことはさせない。
 俺が身構えると、バートゥが狂ったように笑った。
「キヒヒ!流石に貴方と『月光』の戦いは驚いたデス……が、今の貴方には何も出来ないデス!デスデス!キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「……」
 何も出来ない……確かに、身体は鉛のように重いし、眠気が俺を幾度となく襲ってきている。だが、バートゥを殺さなければ……この戦いは終わらない。
「キヒヒ……まあ、何か出来たところで……死を司るこの私を殺すことは出来ないデス」
「いや……そうでもない」
「デス?」
 俺は言って、何とかバートゥに近寄る。幸いなことにバートゥは侮っているのか一歩も動かない。だから俺は……一瞬にしてバートゥを殺すために……牙を剥いた。
「デ……ス?」
「…………」
「キヒヒっ!?あ、ああぁぁぁぁ!!?」
 ソニア姉に飽き足らず……クロロまで手にしようとしたお前を、俺は許さない。許せない。
 俺が殺気を放つと、バートゥは腰を抜かして倒れこむ。
「こ、このこのこの私があぁぁ!死ぬはずが」
「やってみるか」
 俺はミチミチと嫌な音を立てながら拳を握る。この一撃で限界だ。だが、この一撃で十分だ。
「…………」
「く、くるなぁぁぁあああっ!?……ひ」

 一人の男の悲鳴が……朝日の昇り始めた早朝に響き渡った。


 –––山岳地帯–––


 ノーラとベルリガウスの戦いは、一言でいえば拮抗していた。実力伯仲……パワー、スピード、テクニックと三拍子整っているベルリガウスだが、それを真っ向から叩き潰すパワーと圧倒的耐久力を以ってノーラはベルリガウスと対等に渡り合っている。
 その光景を見つめながら、ギルダブはエルカナフを結界で守っているセリーたちに気を配る。一応問題はなさそうだ。
「む?」
 と、ギルダブが再び二人の戦いに目を向けるとノーラが徐々にベルリガウスに押され始めていた。何があったのだろうか……ギルダブは考える前にノーラとベルリガウスの間に割って入り、ベルリガウスを押し退けた。
『ちぃ……さっきまでみたいに大人しくみてろやぁぁあ!!』
「元々、いつ割り込もうか考えていたところだ。中々入り込めなかったが……」
 ノーラを尻目にしてギルダブはベルリガウスに言った。ノーラの方はギルダブを一瞥すると、徐々にだがその姿が元に戻ろうとしているのが見て取れる。
 どういうことだ?魔人化しているなら、これはおかしい……本来ならここからさらに変身するはずだが元に戻るというのは一体?
 ノーラの身体に起こっていることも気になるが、ギルダブはまずベルリガウスの相手をするべきだと長刀を構える。
 ビリビリと大量の電気を放電し続けるベルリガウスは、ギルダブを憎らしそうに睨んだ。
『くそがぁ……てめぇみてぇな若造に、ここまでやられるったぁなぁ……』
「伝説に褒められるとはな」
 途中からはノーラだったが……それでもベルリガウスはギルダブの強さを認めた。
「光栄だ」
『黙ってろぉ!』
 ベルリガウスは余裕そうなギルダブに対して雷速の如き速度で迫り、剣を振るう。その余波で大気が波打つが……ギルダブはそれを躱してベルリガウスにカウンターを打ち込む。
『ちぃ』
 だが、ベルリガウスの持つ圧倒的な反応速度により……それも防がれる。ベルリガウスもギルダブも、互いに決定打がない。状況が変わるとすれば、ギルダブが魔人化することだが……。
 と、
『あぁ?』
 突然ベルリガウスの身体が燃え始めたのだ。
「む……」
 ギルダブは近くでクロロの気配が急激に小さくなり、そしてバートゥの気配がなくなったのを感じた。
「終わった……ようだな」
『かっ……時間が切れかよぉ。まあ、いいわぁ……結構楽しめたぁ。クックック』
 決着が着いていないにも関わらず、意外と楽しかったらしい。ギルダブ達からすれば傍迷惑な話だ。
『このまま燃えちまうのかぁ……クックック。伝説の最後にしてはあまり面白くねぇが、前に一回あったからなぁ……それで満足だぁ。クックック』

 ベルリガウス・ペンタギュラスは最後まで、そうして笑い続けた。何がおかしいのか、ずっと笑い続けた。それはもう、満足気な顔をして……笑い続け、燃え尽きた。

 燃え尽きたベルリガウスを見届けたギルダブは、ふと首を傾げた。
「む……?ノーラントはどこにいった?」


 –––エルカナフ–––


 バートゥが町に張っていた結界がなくなったのを確認したエキドナ達は、放心状態のエリリーを置いて……グレーシュのいるところへ向かう。
「ほら!急ぎなさい最高神官!なんだか、ご主人様の気配が小さいのよ!それに、『月光』も……」
「わ、分かってる……わよ!た、ただ……この道無き道を走るのは……運動不足な私には堪えるわね……」
 グレーシュのいると思われる森林地帯……エキドナはそこを目指している。暫く走って、到着し……戦いの後の惨状に息を呑む……と、視界を動かしているとグレーシュとクロロが並んで仰向けに寝ているのが見えた。その近くには、頭から角と下半身がヤギと化したノーラがいた。さきほどとは姿が微妙に異なっていたため、エキドナは段階が上がったかと思い一気に警戒度を上げたが……それは杞憂だと直ぐに分かった。
「あぁ!エキドナ!早く来て!グレイとクロロさんが重症なんですど!!」
 それは明らかにノーラの声で、その声は鬼気迫るものがあった。エキドナは困惑したが、今はご主人様を優先し、考えるのを後回しにする。
 遅れてやってきたセリーもノーラをみて絶句していたが、グレーシュ達が先だと判断して後回しにした。
 そうしてエキドナとセリーが二人の診察し……特に異常がなかったことに唖然とした。戦いの後の光景を見る限りでは、命のやり取りをしたとまで見える傷跡があるのだ。
 二人して無傷なんて……ありえる話ではない。もしかして、と二人はノーラに向ける。
「え?なに?ひょ、ひょっとして……二人はもう……」
「そ、そういうわけじゃないわ。命に別状はない……のよ」
「よかったー……じゃあ、なんでそんな顔をしてるの?」
 二人して困惑した表情でいるから、ノーラは不思議に思った。
「これは……色々と調べないといけないようね……」
 エキドナは手を額に当ててため息吐く。今回の件で謎なのは、クロロの件とノーラの件……いわゆる魔人化の件だった。一体、この二人になにが起こったか……調べないと分からないことだらけだ。
 ふと、セリーが辺りをキョロキョロみまわしているのに気がついたエキドナが訊ねた。
「どうしたのよ?」
「えぇ……ちょっと、気になることがあったのだけどね。ここら辺……少しだけだけど、バートゥの邪悪な気配がするのよね」
「バートゥが?」
 ご主人様が取り逃がしたか……と言っても、伝説を相手にしているのだから何が起きても仕方ない。
「でも、様子が変ね……力が凄く弱まっているせいで自分の存在を維持できないみたい。これなら……私が浄化魔術でやっても……」
「そう……なら、やりなさい」
 エキドナには残念ながら気配は感じないが……セリーが言うのならそうなのだろう。セリーは死霊であるエキドナに離れるように指示すると、その場で浄化魔術を使い、完全にバートゥ・リベリエイジという存在を無に帰した。
「終わった……かしら?」
「えぇ……終わりよ」
「そっかー……あれ?エリリーは?」
 ノーラが訊ねたので、セリーが答えた。
「エルカナフにいるわよ。あなたが……死んだと思って抜け殻みたいになっちゃってるわ」
「死んだ……」
 ノーラは何か思い出すように口にする。
「そういえば……そうだった……。セリーさんが助けてくれたんですか?」
「いえ、私……というか誰でもないわね」
「そう……なんですか」
 エキドナはノーラの様子見て、ふと気づく。
(……?覚えていなかったの?)
 気になって、エキドナはノーラに訊いた。
「ねぇ、あなた……自分が死んでからのことは覚えている?」
「え?全然……なんか気づいたらここにいたかな」
 本人はかなりうろ覚えらしい……と、徐々にノーラの身体が人の身に戻り出し、完全に元に戻るとふらっと力が抜けたように倒れた。
「ど、どうしたの?」
 セリーが慌てて近づくと、ノーラは唸って……小さな寝息を立てる。
「ね、寝てる……」
「休眠状態に入った……それだけ疲れているということね」
 エキドナが言うと、セリーは安堵の息を漏らす。
 それからギルダブがやってきて……此度戦は幕引きとなる。


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