一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

八番とエキドナ

 エキドナは魔力を練り上げ、【念動力サイコキネシス】で八番を国王の寝室から吹き飛ばす。それから、触手で絡めていたソニアをその場に置くと一言。

「ここで待っていてちょうだい」

 ソニアが何か言おうと口を開く前にエキドナは寝室の壁から外へ吹き飛んだ八番を追って、宙を浮遊して自分も外へと飛び出す。
 エキドナが外へ出ると、八番はムスッとふて腐れたように顔を顰めて空中に漂うようにして浮いてエキドナを待っていた。

「ふむ……わざわざ待っていてやったぞ」
「あら?別に待っていなくてもよかったのよ?あの子を人質にすれば……足止めくらいはできたかもしれないわ」

 エキドナが嘲笑うように肩を竦めて言っても、八番はその挑発に取り合うことなく冷静沈着に対応する。

「そう言うと思ってな。そもそも、今の私はそんなことをしなくとも実力で勝てるのだがな」

 エキドナは八番の当然のような物言いに眉をピクリとさせた。
 虐められるのは好きだが、格下だと思っている相手に挑発されるのは好きではないらしい。エキドナは表情は余裕の笑みを崩さず、ただ闘志を燃やした。

「随分と言うじゃない?坊や」
「その笑み、今にめちゃくちゃにしてやろう」

 それを皮切りに両者ともに激しく魔術と魔術をぶつけ合う。
 魔術師同士の戦いは詠唱速度とどれだけ高度で強力な魔術を使い、どのような策を練るかが肝だ。両方それを理解しており、詠唱は最低限度にとどめ、高難度で強力な魔術を次々に油繰り出す。

「【アイスキャノン】」
「【ホーリーレイ】」

 高密度の魔力と魔力の衝突は空で激しい光と音となつて降り注ぐ。もしも地上でこのような戦闘が行われていたなら、王都は壊滅していただろうほどだ。
 エキドナの氷の砲弾と八番の光線が直撃し、再び爆音が轟く。それを数回続けてようやく二人の戦闘が一度止まった。

「どうだ。昔の私ではないだろう?」
「まあ……そのようね?でも、エキドナを倒せるとは過信にもほどがあるわよ。その程度ではね」
「ふむ……私が本気を出していると?」
「あら?エキドナが本気をだしていると思っているのかしら?」

 どちらも譲らず、相手を睨み合う。ほぼ互角と言える戦いだった。だが、その均衡はすぐに崩れることとなる。
 エキドナと八番が再び無詠唱による魔術の高速発動で魔術と魔術が衝突した瞬間、エキドナの放った火属性の魔術が八番の放った同属性の魔術に飲み込まれるようにして消し飛び、少しばかり威力の弱まった巨大な火の玉がエキドナを襲わんと業火を振りまき突き進む。

「っ!」

 エキドナはそれを【念動力】で横へ吹き飛ばすように操作し、直撃を避けるが業火による熱波はエキドナの皮膚を焼くには十分すぎる距離だった。
 エキドナの皮膚の表面は業火から漏れ出る熱による酷い火傷を負い、顔半分ほど綺麗だった青色の肌は焼け爛れて黒く染まっていた。それをエキドナの頭上から見下ろすようにして浮遊する八番は、ふっと鼻で笑った。

「無様な顔だな。女狐」
「女性には優しくしないと……モテない、わよ?」
「随分と余裕がなくなっているようだな」
「……」

 エキドナは本来なら死人にも等しい存在であり、現在は主従契約の関係で主人であるグレーシュから離れると精霊としての力が弱まるのだ。精霊の力は死霊と似ているが、根本から全く違う。
 死霊術は魂の契約であり、術者の力が届かない距離では活動すらままならない。一方、精霊は術者から見えないパスを通して力を受け取っており、物理的な距離が離れると供給される力が弱まる。故に、精霊は術者から離れると弱体化するという弱点がある。
 エキドナが段々と押し負け始めたのは、グレーシュから供給される力に限界が来ているということだった。
 八番はそれを皮肉げに笑った言った。

「ふむ……今の主人よりも、やはり前の主人の方が力が強いということか」
「一緒に……しないで欲しいわね」

 エキドナは八番の皮肉を笑い飛ばすように余裕の笑みを浮かべる。だが、額には汗がびっしりと張り詰めており焼け爛れて顔の左半分はあいも変わらず酷い有様であった。その余裕の笑みを見ても、もはや八番には何の感情の起伏もない。目の前の女は完全に虫の息だと、八番は自身の勝利を確信した。

「ふむ……恨むのなら、自分の主人を恨むのだな。今、この場に居ない役立たずの主人をな」
「このっ」

 主人を馬鹿にされ、怒りの言葉を上げようとするが八番が無詠唱で放った巨大な火の玉を見て口を閉じた。何としても避けなくてはならない。直撃したら終わり、魔術で相殺しようとしても魔力が足りない、横へ逃れるには範囲が大きすぎる。
 もしも……とエキドナはゆっくりと流れる刹那の間に思考を巡らせ、グレーシュならばどうするかと考えた。
 多くの実戦から得た経験、貪欲に得続けた膨大な知識、人の思考すらも完全に掌握する洞察力、そして全てを根幹から支える基礎……それら全てが合わさって生まれる未来予知にすら匹敵するほど正確無比な予測ができるグレーシュならば、この局面をどう乗り越えるのだろう。
 エキドナはそう考えてすぐ、ほぼ反射的に八番の放った火の玉に向かって真っ直ぐに飛んだ。

「む?」

 八番はエキドナのその奇行を見て眉根を寄せ、何をするつもりなのか注視する。
 エキドナはその視線に対して火の玉に自分の身を隠すようにし、八番の視界から消える。
 そして、自分に風属性魔術の【アクセラレイト】を掛ける。【アクセラレイト】は上級魔術であり、自分の時間を引き上げることで高速で移動ができる。
 達人級の【テレポート】は高度な上に魔力を大量消費する。この局面で生還するためだけに全てを投げ捨て、そんな無様を晒すつもりはエキドナにはなかったのだ。魔力を最低限に、ダメージをゼロに……グレーシュ・エフォンスという人間の戦い方はどこまでも合理を貫いたものだ。自分の力を使わず、相手の力を利用したカウンターや最小限の力で最大限の威力を出す攻撃はグレーシュの専売特許……死霊として、または精霊として人間観察を趣味としたエキドナがずっとグレーシュを見て来たが故に知り得た純粋な力に勝つ最強の技。

「っ!」

 エキドナはできる限り素早く、火の玉の中を突き抜けるように飛び込む。超高温の炎の中を刹那の間に突き抜けたエキドナのダメージは若干髪や皮膚が焼けた程度だった。

「ばかなっ!」
「馬鹿は……あなたよっ」

 エキドナは炎の中を突き抜けてそのまま、八番に急接近し、右手に錬成術で生成した金属製の棒を両手で思いっきり振り下ろすように放った。
 完全に意表を突かれ、近接戦においては比較的脆弱な魔術師である八番はその金属棒を脳天に一撃いれられると地面に向かって真っ逆さまに落下した。
 エキドナは地面に落下し、頭上にヒヨコを飛ばしている八番を上空から見下ろしたままホッと息を吐いた。

「ふぅ……偶には、自分の身体を動かしてみるものね」

 ふと、エキドナは炎の中に飛び込んだ時のことを思い出す。あの時は咄嗟のことだったが、今思えば恐ろしいことだ。あんなこと、冷静な今ではとてもではないができることではない。
 しかし、自分の主人たるグレーシュはあれを平然とやってのけるのだ。一歩間違えれば身体の骨が全て粉々になるような一撃すらもタイミングと力加減を完璧に調整し、威力を地面に受け流すという神業、大気にすら衝撃を受け流せるというのだから神業を超えているのではないだろうか。
 無論、体術に限らず圧倒的な速度の剣捌きや、魔術師としての能力も一流であるし、戦略にも長けている。そんなこと、一朝一夕で身につくはずもない。どれだけの修練と努力がここまであったのか、それは魔術師として才能のあったエキドナには考えられないことだ。
 それが全て、母親や姉のためだというのだからおかしな話だ。はたして、肉親のためにそこまで努力する必要があったかという話だ。たしかに、そういう美談はよく聞く話ではあるがグレーシュのあれは度が過ぎていた。信念とかそういうものよりもずっと重たい、呪いのようなものだとエキドナはこの時思った。

(……そうだ。ソニーのところへ……戻らないと)


 エキドナは疲労した思考の中、そう考え宙を漂いながらソニアのいる国王の寝室へと向かった。




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