一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

合流

 〈グレーシュ・エフォンス〉


 山賊……吸血鬼討伐完了の報告を森人の集落へした後に、討伐隊を含めた冒険者のパーティの面々は休む間もなく森を抜けるために歩いている。
 冒険者パーティのアックス同盟と赤い爪は別に義務的なものはないが、もしも俺の話が本当なら見捨てることは出来ないと言って、一緒に着いてきてくれたのだ。
 だが、さすがに険しい森の中を歩いてきた上に昨夜からの連戦で兵も冒険者も疲労を溜めているように見える。その中でとりわけ元気というわけではないが、まだピンピンしているのは俺とシルーシアだ。
 先頭を歩いている俺に対し、後ろから追ってくるように歩いて横へ並んできたシルーシアが相変わらず覆面を被ったまま口を開く。

「おい」
「なんですか」
「信じるのか」
「何です?」
「魔王の話をだよ」

 あぁ……それなら最初からそう言って欲しい。
 俺は先頭を歩き、隣を歩くシルーシアを尻目に見てから答えた。

「魔王がここにいる理由を考えると、嘘を吐くとは思えませんからね」

 あんなのが気分でそこら中行って回っていたら厄介極まりない。いや、そもそも今も気分で回っているようなものだろうが……本当に魔王にしろ伝説にしろ、よく分からない奴らばかりだ。
 そして、そういう奴に限って力が強いのが世の常であるのがタチの悪いところだ。
 そう思ったのが俺だけじゃないのか、シルーシアもまるで内心で俺と同じことを考えるが如く俯いて溜息をついた。
 俺もそうしたからだ。

「溜息なんてどうしました?」
「てめぇこそな」
「溜息を吐くと幸せが逃げるそうです」
「なら安心だ。ベルリガウスのとこに行った辺りでオレは人生のドン底だっつの」

 綺麗な顔には似合わない……そんな感じの乱暴さで言い放ったシルーシアは肩を竦めた。俺も全く同意だった。ベルリガウスのところにいた時点で人生の終着点……絶望しかない。
 そういえば……どうしてシルーシアはベルリガウスのところにいたのだろうか。やはり、仲良くしているあの二人の少女達がいるからだろうか。

「なんだよ」
「……いえ」

 少し不躾な視線を送りすぎたようだ。
 気にはなるが、今は優先することでもない。見ている分には花のような気品があるが、乱暴な口調で言葉を投げられると身がすくむ。どうやら、俺の吹けば消し飛ぶ砂のハートにシルーシアの口調がかなり刺さるらしい。
 それから、少しの間会話が途絶えると見計らったようにしてアースが後ろから声を掛けてきた。

「大将。俺は大将のこと信じてるが……さっきそこの奴と話してたことと同じなんだが……マジで王都に攻めてきてんのか?」

 アースの顔を見ようと振り返ると、さらにその後ろにいた兵の表情も見えた。アースも含め、全員顔色が悪い。
 もしも、俺の言ったことが事実なら敵は【テレポート】による直接転移により、一瞬にして王都へ大軍で侵攻。奇襲により王国軍を壊滅状態にさせ、あとは王都の上空に馬鹿でかい岩でも用意しておいて、国民を人質に国王や大臣を脅迫……と言ったところだろう。大方の想像がつく。
 そして、俺の想像通りならば王都は城下町を含めて壊滅。国民が人質ということは、この中の誰かの家族か、知り合いか、友人か、恋人か……殺されているかもしれない。
 ソニア姉には神の加護がある。それも超強力な奴があり、加えてエキドナも付かせた。問題は……ラエラ母さんだ。エキドナは好奇心旺盛で、どちらかといえばソニア姉の方が好きだ。そして、あいつの性格からすると優先順位はラエラ母さんよりもソニア姉……。
 面白そうな方に付くだろう。
 俺は兵達の顔色を眺め見つつ、アースの問いに対してどう答えるか逡巡し……ゆっくりと口を動かした。

「本当です」
「な、なんか確証があんのか?」
「魔王という存在がここにいる理由……それに、元々魔術協会は教会勢力との戦争を準備していたんです」

 俺は知っている。教会内部に魔術協会の間者がいたことを。まさか、こんなに早く動き出すとは思わなかったが……フォセリオも予期していなかっただろう。
 とにかく、真相を確かめるべくも一刻も早く王都へ帰らないといけない。
 それから森を歩き続け、やがて森を抜けて王都へ続く道のりに沿ってさらに歩き続ける。暫く歩くと、さすがに兵達にも疲労の色が見え始めたので休息も挟みつつ歩いた。
 そうして、歩き詰め……ふと索敵範囲に多数の気配を感じる。俺たちの歩いてきた道のりからだ。移動速度や感じる気配からして馬に乗った人間だ。それが数百……いや、数千はいる。師兵団級の数だ。

「大将」

 徐々に近づいてくる気配から馬の足音が鳴り、兵達も気がついてアースが俺に声を掛けてくる。俺は手でそれを制し、隊列の後ろに回って感じる気配が追いつくのを待っていると視界に馬に乗った鎧を着た兵士のような人が何人も走ってきた。先頭には最も高価そうな甲冑を身に付けた男が馬に乗っている。おそらく、この師兵団のリーダーだろう。
 騎兵隊はそのリーダーを先頭にし、俺の前で馬を止める。リーダーは俺を馬の上から見下ろすようにして口を開いた。

「私はイガーラ王国軍アイゼン大師長団所属コルドー・ゲンド中師兵である。貴殿は何用でここにいる?」
「私は山賊討伐の任務にて昨日王都からこちらへ参りました。イガーラ王国軍アリステリア・ノルス・イガーラ王女殿下直属師長団グレーシュ・エフォンスです」
「おぉ……アリステリア様直属の……それにグレーシュっ!『閃光』、『超人』など様々な呼び方で噂の……」

 な、なんだよ『超人』って……俺は笑顔を作った状態で頬をヒクヒクさせながら続ける。

「コルドー様は……私兵を連れて如何しましたか?」

 俺が尋ねると、コルドーは一瞬顔をしかめたが、何か思い出したようにハッとしてから答えた。

「そうか……知らないのですね。あまり時間がありませんので単刀直入に言うと……王都に駐屯していた本隊から救援要請を受け、領地より兵を連れて援軍に参った次第です」

 救援要請!

 今の話が聞こえたようで、後ろの兵達がどよめいた。

「王都が襲撃されている……」
「知って?」
「話すと長くなります」
「では、今は」
「先を急ぎましょう。グレーシュ・エフォンス含め、私たちはコルドー様の隊に加わります」
「うむ……心強い」

 そうして、コルドー率いる騎兵隊に合流した俺たちは歩兵運送ようの荷馬車へと乗り込んで王都へ急行した。


 〈王都イガリア〉


 住民の避難をさせながら、クーロン・ブラッカスは魔術師達を次々に斬り伏せていく。そのままラエラを探しているとクーロンは思わぬ障害にぶつかった。

「アナタのおかげで、大分仲間が倒されてしまったようデスネ!」

 魔術師を斬り伏せ、例の空中に浮かぶ巨石を何とかしようとしたところで突如としてその者は現れた。
 クーロンはその者の気配を瞬時に感じ取り、後ろを振り返って見ると、ゆったりとしたネズミ色のローブを着た魔術師が一人……クーロンの後ろで不気味な笑みを浮かべて立っていた。小柄な女性のようで、ローブに似た髪色を短く切り揃えている。
 クーロンはその女性から感じる威圧感や魔力から達人級の実力者だと判断した。
 クーロンが黙ってその女性に視線を送ると、その女性は不気味な笑みを一層濃くして口を開いた。

「ン〜?そうそうそうそうそう!!アナタはアナタはアナアナアナタは〜?『月光』?『月光』!『月光』月月月月月月!!アヒャヒャヒャ」
「……あなたは……一体」

 狂ってる……クーロンは本能的にそう思った。それと同時に、既視感がある。この女と似ている誰かを知っていると……クーロンは心の奥底で感じていた。
 そんなクーロンに対し、狂った女は続けた。

「アヒャ、アヒャ、アヒャャヤあぁ……?ワタシ?ワタシ!ワタシは、キエレナ・リベリエイジ……デスネ!バートゥ・リベリエイジが一人娘にして魔術協会議員八番の右腕デスネ!」
「バートゥ……!」

『屍王』の娘!?

 クーロンは思わずといった風に驚き、キエレナを凝視した。たしかに、その狂ったような態度は非常に似ている……クーロンの記憶のバートゥとキエレナは完全に一致しており、むしろ娘というよりも本人……?
 クーロンはキエレナを見つめながら、そんな感覚に囚われた。

「アヒャ〜?」


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