一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

そのスカートの中

 俺を見て笑うアルダンテに気を取られているところにレーネが再度接近してくる気配を感じた。チラッと目だけを向けると、既に直立している俺の側まで来ていて、体勢を見ると蹴りを放とうとしているようだった。
 一瞬の間にそう判断した俺は、レーネの蹴りの威力が最大となる点よりも前に足を突き出してレーネの蹴りを止める。その際に足へと伝わった衝撃を筋肉で吸収……体内で循環させる。
 俺はその衝撃が爆発しないようにしながら刹那の間にそれを足から手の方へ移し、続くる打撃へ乗せた。

「ふっ!」

 俺は短い気合いとともにレーネの蹴りの衝撃を上乗せした打撃をレーネの腹部へ叩き込む。それを衝撃を貫通させる体術の高等技術である【鎧通し】で貫通力を上げた。

「あっ……」

 レーネはそんな短い悲鳴を上げて口から血を多量に吐き出した。内臓が潰れたのだ。
 俺は続けて、レーネの腹部にめり込んでいる己の拳に雷属性の力を付与する。
 魔術における基礎四元素の地水火風と、それから生まれる特殊四元素の氷雷光闇の元素はそれぞれ特性があるわけだが、雷の元素は前に言った通り分解と活性化の特性がある。
 俺はその雷の元素特性の一つである分解の力を拳に宿し、それを一気にレーネへ流し込もうとしたところで……アルダンテの隣にいたもう一人のメイドが接近する気配を感じ、俺はその場から飛び退いた。
 それに続くようにしてもう一人のメイドが放った蹴り足が宙を切る。

「これは飽くまでも退屈凌ぎだからな」

 と、アルダンテが肩を竦めながら言った。雷属性の分解の力は吸血鬼など回復力の高い相手に効果的で、身体ごと全て灰にしてしまえば、再生などできない。俺は横目にアルダンテを見てから、再び目の前の二人のメイドを眺める。

「レーネさんと……よかったらもう一人の方も名乗ってもらいたいものですが?」

 区別がしにくいし……いっそ、メイドAとメイドBで区別すれば早いのだがなんだかあんまりな感じする。
 俺が言うと、回復したレーネを見てからもう一人のメイドが深々と頭を下げてから名乗った。

「申し遅れました。私はセドと申します。アルダンテ様に仕える……ただのメイドです」

 と、とても綺麗な所作で言った。
 セドは綺麗な黒髪で、それを腰まで伸ばしている。つり目で、なんだか勝気そうな印象だが……雰囲気や物腰はどこか良いところのお嬢様といった感じだ。
 人族にもよくあることだ。爵位が上の家で従者をする貴族が……多分、セドもそういう類いなのだろう。
 セドの肩には黒くて赤い瞳をした不気味なカラスが一匹いて、カーカーと鳴いている。

「僕は……」

 そう俺が名乗ろうとするとセドは手でそれを制した。

「グレーシュ・エフォンス様……先ほど、お聞きしました」
「あ、そうですか……」

 興味がないのかと思ってた。
 俺が自虐的な思考をしていると、その間にセドがレーネを下がらせて俺はセドと一対一で対面する形となった。
 そこでアルダンテが口を挟むように言った。

「レーネでは君の相手に力不足のようだ。だが、セドならどうだろう?私の従者の中でも選りすぐりの実力者だ……なんと言っても、あの霊峰の『クルナトシュ』まで行き着いたのだから」

 霊峰のクルナトシュ……俺が武者修行に行った霊峰『フージ』の頂上にある火口から入れる霊峰の最下層にあたる場所だ。あそこへ辿り着けるのは、数多の猛者たちを倒していかなければならない……つまり、辿り着けるのはほんの一握りだけなのだ。
 俺はそれを聞いて、思わず頬を引攣らせた。

 いやだなぉ……。

 俺はそう思いながら、セドが動く前にアルダンテに尋ねた。

「お聞きしたいのですが」
「ふむ……なんだろうか?」

 アルダンテはセドを一度手で制してから俺に言った。質問の許可をしてくれたらしい。

「なぜ貴方のような方がここに?」

 俺が問うと、アルダンテは顎に手をやって暫し考え……首を横は振った。

「答える義務はないな」
「では、なぜ貴方がここへ直々に出向いたのですか?手下が何十人もいたでしょう?」
「それも答える必要を感じないが……まあいいだろう。一言で言うならば、退屈していたからさ。手下が連れてくる私の食事・・はどれも良質で美味いが……同じものは飽きるものだろう?」
「まあ……」

 アルダンテは肩を竦め、そして口の端を吊り上げて続けた。

「そもそも私たち吸血鬼は食事をただするのではない……食事を自ら探すのもまた食事の一貫さ。たまには、私自身の食事を楽しまなくてはなるまい?」

 訊かれても困るのだが……しかし、つまるところこの戦いに意味がないのだというのは理解できた。アスカ大陸を治める魔王達は、その全てが武力で持って全ての部族を纏め上げた猛者達だ。そして、魔族と人族では基本的な身体能力のスペックが大きく異なる。魔族の達人は決して、人族と同等ではない。人族の達人が人智を超越しているなら、魔族は元々人智を超越している。この差は歴然としている。
 俺は目の前に立つセドへ目を向け、目を細めた。
 ただでさえ、魔族というだけで相手として格上になるのだが……それが霊峰のクルナトシュへ辿り着いた猛者となると……ただでは済まない。
 俺はため息を吐いてから、後ろにずっと控えているアース達に言った。

「ここは危険だから……アース達は今から別働隊の方に合流して」
「いや……でも、大将一人じゃ」
「いいから。巻き込まれると……」

 と、俺がアースに最後まで言おうとした瞬間だった。空気が揺れるのを感じるのと同時にセドが動き出す気配がした。俺はアース達を背にする形でセドと相対し、こちらへ向かってきたセドに対して半身に構える。
 セドはその俺を見て手前で止まり、肉迫する距離で袖から暗器を出した。武器は短剣……数十センチほどの大きめなナイフだ。
 俺はセドがナイフを持つ右手を半身になって前に出ていた左手の手のひらをセドの右手首に押し付けて抑える。だが、セドの反応速度は速かった。
 右手を抑えられると直ぐに半歩下がり、抑えから抜け出す。流れるように続けて左下方から爪先が飛んで来る。
 と、その際にスカートが大きくめくり上がり、俺は一瞬そちらに目を釘付けにされた。

 が、ガーター……っ!?

 俺は慌てて上体を晒して顔の右側面に飛んできた蹴りを躱し、そのままバックステップしてから錬成術で弓と矢筒を錬成……数本の矢を矢筒に準備した。
 その刹那の時間にもセドはバックステップした分の間合いを詰め、右手のナイフの刃先を俺に向けて突っ込んでくる。
 俺は接近戦の間合いで瞬時に矢を番えて弦を一杯に引く。狙いはセドの右肩関節。シュッと矢をほぼゼロ距離で放つ。
 セドの右肩を放った矢が吹き飛ばし、セドの右腕は慣性に従わずに衝撃で宙を飛んだ。だが、吹き飛ばんだ腕は直ぐに再生を開始する。その瞬きの間、俺は魔術を任意の場所に発動する技術……【ロケイティング】で火属性の魔術を無詠唱により発動し、セドの傷口を炙り焦がした。

「っ!」

 セドは途中で再生の止まった肩を見て驚愕に一瞬動きを止めたが、直ぐに俺のしたことに気付いたセドは左手から暗器を出して肩の焼け焦げた傷口を抉るように切り取った。
 なるほど……そうすれば再生は可能だ。
 セドは数秒ののちに腕を再生させ、俺は急接近する。だが、その時には俺はすでに十分な間合いを取って弓を構えていた。照準はセドの額だ。
 俺は魔力保有領域ゲートを開き、弓技を始動させる。
 火の元素を鏃に纏わせ、風の元素で高速回転させる。そして、その二つの元素で発生する雷の元素で全体的な力を活性化させる。全ての準備が整ったコンマ数秒……俺は矢を放った。

「【バリス】」

 俺の放った矢の直線上……そこへ暴風が通るかのような爆音と衝撃が走り、大気を波打たせながらセドを貫こうと矢が突き進む。
 地面が抉れ、一帯の木々が薙ぎ倒される中……セドは俺の放った弓技に向けて手のひらを向けた。魔術を行使する気配……。

「【ディスペル】」

 そう俺は言いながらセドに向けて高周波のようなものを飛ばす。それがセドの魔力制御を大きく阻害し、魔術を一時的に使えなくさせた。
 セドは大きく驚愕に表情を染め、歯噛みすると大きくその場から横へ飛んで【バリス】を避けた。
【バリス】が消え、舞った土埃が晴れると薙ぎ倒された木々と抉れた地面……まずい。あまり森に被害を出すわけには……俺はそう考え、頬に冷や汗を流す。
 少し視線を先に向けると、右腕が肩から露出したセドが俺に目を向けているのが目に入る。露出した肌がなんだか艶かしくて少し目のやり場に困った。セドさん……めっちゃ美人なんですよ。胸……おっきいし。
 俺は邪念を捨てるように頭を振って、改めて弓を構え直した。
 美人は見慣れてるし、巨乳慣れもしてるはずだ。
 ふと、セドから魔術を発動する気配を感じた。もう【ディスペル】の効果から逃れたらしい。さすがにクルナトシュ……一筋縄ではいかない。

「固有魔術【アリア】……」

 固有……?

 俺は僅かの合間に思考を巡らせ、【アリア】という固有魔術について考えたが……セドについての情報が少なすぎた。
 俺はバックステップで余裕を持って距離を空ける。と、【アリア】という魔術が発動したのかセドの黒髪が赤色に染まっていく。それはそう……まるで血の色のようだ。
 俺がそう思った矢先だった。俺の背後に突如として気配を感じた。セドが一瞬で移動したのだと理解した時には前へ大きく飛んでいた。瞬間……俺がさっきまでいた地面が膨れ上がり、爆発した。
 セドが地面を殴ったその余波による衝撃……俺は地面に転がり起き上がって、矢を放つ。
 放った矢がセドの額を捉えたが、セドはその矢を左手で真っ向から掴んだ。その際に衝撃が大気を揺るがし、セドの髪が風で吹き荒らされるようにしてセドの背後の地面が放射状に吹き飛んだ。

「やべっ」

 地面ごと樹木も引っこ抜かれて盛大に倒木している。
 あ、相手が達人クラスでクルナトシュじゃ……森への被害は抑えられないんですけど……。
 し、仕方ない。多少の被害は許してもらおう……俺は覚悟を決めて意識を戦闘モードへ切り替える。
 一人称だった俺の視点が、自分を後ろから見ているかのような三人称の視点へ移り変わる。
 その間にもセドは動きをだしており、既にセドの間合い近くにまで迫っていた。俺はセドの動きを予測し、バックステップしながら矢を放つ。
 セドはそれを先程と同じように掴もうとして……轟音が響いた。
 俺の放った矢をセドは掴んだ。だが、矢の威力にセドが耐え切れずに遥か後方へ吹き飛んだのだ。その際の力と力の衝突音が一帯に走ったのだ。
 吹き飛んだ際にいくつもの樹木を折って倒したセドは、終着点である崖の断崖絶壁にめり込んでいるようだ。
 遠目からそれを確認した俺は、アルダンテへ目を向ける。すると、アルダンテはやれやれと肩を竦めて言った。

「まだ、終わりじゃないさ」
「……」

 それは……ちょっと、いやかなり面倒なわけだが。





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