一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

呑まれる

 –––☆–––


「っ!」
 不気味な笑い声に反応し、俺は警戒を解かずに剣を構える。クロロも瞳に月光を宿し、迷わず二刀流で備えた。
「キヒヒ、さすがに驚いたデス」
 そう呟いて、バートゥだった死体の上に舞い降りるように……得体の知れない何かが、黒い何かが、現れた。
「っ……」
「っ!」
 俺も、そして恐らくクロロも感じた。確かな死の予感……確実に一歩一歩、死が近づいてくる感覚。死を司る死霊術『屍王』バートゥ・リベリエイジ……こいつは一体なんなんだ!?
 思考を巡らし考えても、答えは出ない。ただ、ベルリガウスと同じで死なない。自然を超越した怪物……。
「驚いているようデス?まあ、無理もありませんデス……それにしても、お陰でこの私の肉体が滅びたデス。まあ、肉体は仮のものデス。この私こそが、真の新のシン、しん、芯、深、真真真んっの、私デス」
 そう言って、黒い何かが人の形を型取る。モヤモヤと型取り、パッと黒い靄が消えると同時にバートゥが姿を現す。そして、現れたバートゥの姿に……俺は目を見開いた。
「は……?あ、アルフォード……父さん?」
 俺の視線の先にいるのは、確かにアルフォード父さんの姿……思わず近寄ろうとして、俺はハッとなる、
 待てよ……。
「おや?精神が乱れないデス?おかしいデス……あなたが大切にしているものは、確かにこれだと思ったのデス……ふむ」
 大切にしているもの……返信、バートゥ・リベリエイジ。
 待て、待て待てっ……最近、これに似たことがあったはずだ。今、バートゥが死ななかった理由はなんだ?肉体が滅びた?こっちが本体?真の姿?
 バートゥの正体はなんだ?
 果てしなく加速され、頭の中を巡る思考……疑惑が、どんどんどんどん膨れ上がる。
 エキドナはバートゥの正体について何も言わなかった……いや、知らなかった。誰も知らない、バートゥ・リベリエイジ……死を司り、超越した伝説の正体……こいつ、幽霊・・なんだ……それよりも、悪霊の方が似合いそうだが。
 間違いない、人の記憶の一部を覗き見るような能力に加え、返信する能力……物理攻撃が効いていない点もシェーレちゃんと一緒だ。こいつの死霊術の力は、魂を操る力だ。【ソウルソーサリー】がその証拠……見誤っていた、履き違えていた……伝説の死霊術師バートゥ・リベリエイジは、もはや悪魔とかそういう類だった……っ。
「お、まえ……霊体なのが本体か」
 俺の言葉に、バートゥは面白そうに眉を吊り上げる。
「おやおやおやおやおややや?よく気がついたデス。なぜ?」
「知り合いにお前と同じことができるのがいるんだ」
「なーるほどデス。とはいえ、この私と同じデス?それはそれはそれそれそれそれは、なんとまあ……節穴な目をお持ちデス」

 キヒヒ、キヒヒヒ。

「この私がそこらの霊的存在と同じデス?あなたの知り合いが何者かしりませんデス……しかし、この私を超える存在はいないデス!その違いの一つとして……この私は普通の霊体と違って力が強いデス。そのそのそのののため、このこのこの私は、他の霊体を無条件で操り、アンデットを簡単にいくらでも作成でかるのデス……」
 つまりは、六六六などという数字には意味がないと……そういうこと。
 俺とクロロが身構えると、バートゥは不気味に……そして楽しそうに笑う。
「安心するデス。あなた達にはもっと面白いものを見せるデス。ですが……表の方々の無事は保証できないデスっ!」
「お前っ」
 思わず言葉が出た。
 ヤバい……ヤバいヤバいっ!

 しくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじった。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。

 考えつかなかった。油断した。これじゃあ、伝説を一番なめていたのはじゃないかっ!
「焦り!いいデス!いいデス!!後悔は死に丁度いいスパイスデス!もっと、もっと悔いるといいデス!さぁ!さあぁぁあああ!!」
 バートゥの声が聞こえる。いや、そんなことはどうでもいい。
 どうすればいい?どうしたらいい?ベルリガウス、バートゥ、それに不特定数の死霊……ここを切り抜けるための情報が、戦力が、足りていない。圧倒的に……。
「キヒヒ」
 どれだけ考えても答えは出ない、迷宮に入った。出口のない迷宮。閉ざされた。光はない。真っ暗だ……っ。
「グレイくん!」
「っ!」
 と、そこで俺の意識が現実に引っ張り出される。クロロの声が聞こえたからだ。
「グレイくん!」
 もう一度……クロロが俺を呼ぶ声。いつのまに俯いていたのか、顔を上げればクロロが真正面に……鼻先が触れ合う距離にいた。
「クロロ……」
 ポツリと呼んだ声に、クロロが反応した。
「グレイくんは、私の罪を背負ってくれると言いました……だから、私も貴方の重荷を背負います。だから、だから……まだ諦めないで・・・・・
「…………」
 そうだ……そうだな。諦めなければ、必ず……、
「なんてことはないっての」
 俺は興奮気味のクロロの頭に軽いチョップを入れた。
「あいた」
 と、クロロは頭を抑えて非難がましい視線を俺に送る。俺はそれを見て、軽く頭を下げていった。
「ありがとう」
 ただ一言……それだけ伝えて、俺もクロロももう前だけを見据えた。
「おや、復活したようデス?」
 諦めない……か。
 現実ってのは等しくクソ野郎で、どれだけ夢を追っても突き飛ばされる。こんなファンタジーみたいな世界でも、現実なんだ。諦めないで頑張れば奇跡が起きるなんてことはない……だって、現実だから。
 だったら、起こすしかない……奇跡って奴を。
「これは、あまり面白くないデス」
 バートゥがそう呟き、再び何かしようとモヤモヤと身体を黒い靄で包む。俺とクロロはそこで動き出す。
 俺は弓を、クロロは刀を持って……。
「クロロ!バートゥは霊体だ!闇属性の剣技を使え!」
「分かりました!」
 クロロは稲光を走らせて、今に何かしようとしていたバートゥに闇属性の剣技を叩き込む。
 ザシュッとクロロの刀がバートゥを貫く。闇の元素を纏っていたからか、バートゥもこれは効いたらしく、黒い靄の中でバートゥが呻いた。
「がふっ……」
 だが、その声に違和感を覚えた。どこかで聞いたことがある声だ。クロロは目を見開き、わなわなと震え出す。
 このクロロの反応は……。
 暫くして、黒い靄が晴れて……新たな姿へ変身していたバートゥの姿にクロロが悲鳴を上げた。
「あ、あぁぁぁ……」
「キヒヒ、これは面白いデス」
「っ……その姿」
 俺はその姿に見覚えがある。以前にシェーレちゃんが変身した姿……恐らく、例のクロロの家族……。
 その家族であろう者に変身したバートゥ……今はそのバートゥをクロロが突き刺している状態だった。それはまるで、クロロが見るという夢のような……。
「あっ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 クロロが絶叫した。

 キヒヒ、キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒヒ。


 –––旧教会前–––


「え?な、なにこれ!?どうなってんの!?」
 ノーラは、教会前で戦っていた死霊の精鋭達との戦闘中……突如として地面から這い出てきたアンデットやらスケルトンやらに絶叫していた。
 それも無理はない……その数が尋常ではないからだ。
「そ、そんな!何よ、この数……」
 エキドナは六六六以外での死霊召喚が、まさかここまで可能とは思っていなかった。完全に見誤っていた、伝説を。
「おぉ!これがバートゥ様の本気ってやつかい!」
『ゴォ……凄まじい』
「ふむ……そう、だな」
 さすがの精鋭達も初めてみるようで、かなり驚いている。一体、どのくらいいるのだろう……下手をすれば大師団レベルの数がいるかもしれなかった。
「この数はさすがに……」
 と、エリリーが冷や汗をかいている中で……クスクスと笑う人物が一人いた。セリーだ。
「ふっふっふっ……この私がいる中で、こんなにも死霊を出すとは愚かだわ」
「あ……そうよ。そうだった。どれだけバートゥが死霊を出そうとも、下級の死霊ならフォセリオ・ライトエルの力でどうにかなる!さすがエキドナ!」
「ちょっと待った。さすがなのは私よね?」
 二人がそうこうしている内に前衛の二人が、数が多いことで後退を余儀なくされ、中衛まで下がる。
「フォセリオ!最高神官!早く、範囲系の浄化魔術を!」
「分かったわ!というか、呼ぶならどっちかにして頂戴!【ホーリーディスクリア】!」
 エキドナの呼びかけで、セリーが魔術を無詠唱で発動させる。達人級光属性魔術【ホーリーディスクリア】……広範囲浄化魔術で、水質汚染、大気汚染、土壌汚染等を瞬時に解決出来る。今回の場合だと、この世あらざるアンデットなどの魂魄汚染の浄化……これにより、浄化された霊と肉体が切り離されて、アンデットとスケルトンが忽ち動けなくなる。
 だが、さすがに精鋭連中はバートゥの加護が強いらしく……多少のダメージはあっても大事には至っていないようだった。
「さすがに、強いわね……」
 セリーも全力で放っていたので、少しショックを受けてきた。
「やはり、あいつは危険だ」
 バルトナの方は完全にセリーを敵と認識した。
「お前達、あれに気を配りつつ……前衛の二人を無力化せよ。中衛の厄介な奴は……俺が相手をする」
 そう言って、バルトナはザッと後衛の立ち位置から歩き出す。もちろん、それをノーラとエリリーがみすみす逃すはずがないのだが、それをゴブリンとジェシカが遮る。
「じゃまっ!」
「鬱陶しい!」
『ゴォ……ここは』
「通せないよ!」
 エリリーは持ち前の流れるような技術でジェシカのパワーを受け流し、隙の出来たジェシカの胴体に剣を叩き込む。
「おっとと!そうそうあたいは切れないさね!」
「っ!」
 ジェシカが腹筋に力を入れると、筋肉が隆起して筋肉の鎧が生まれる。ジェシカの突き出たお腹は脂肪ではない。全てが筋肉……頑丈なジェシカの鎧だ。堪らずエリリーは後退し、バルトナを止められなくなった。
 一方、ノーラはゴブリンとのパワー勝負に打ち勝ち、ゴブリンを押し退けてバルトナに向かって一直線に走る。
「全く……お前という奴は。王都でも失敗していたな」
『ゴォ……』
 バルトナはそんなノーラを無視して、ゴブリンを叱咤する。その光景を見て、ノーラは憤慨した。
「このっ」
 ノーラは細剣を振り上げ、バルトナに斬りかかる。剣が茶色い輝きを放ち、剣技が始動する。
「【ガイアクラッシュ】!」
 上級土属性剣技【ガイアクラッシュ】……地面に剣を叩きつけて地割れを起こす力技だ。バルトナは一歩分身を引き、己が剣一本で流すようにしてノーラの剣を防ぐ。
 ノーラは構わず剣を地面に叩きつけ、地割れを引き起こすが……バルトナは地面を踏むことで起きた衝撃でノーラの起こした地割れの衝撃を打ち消した。
「そんなっ」
 思わずノーラは声を出して戦慄する。これではまるで、グレーシュだ。だが、それも別に驚くようなことではない。グレーシュは飽くまで多種多様な技術が使えるというだけで、それは既存の技術……使える者がいないわけではないが、それでもバルトナは強いと言わざるを得ない。
 バルトナは剣技使用後で硬直したノーラに向かって剣を振り下ろす。剣技は魔術と共に剣術を使う大技……身体や脳へのダメージも大きいために使用後は一瞬だけだが動きが止まる……。
「やばっ」
 ノーラは目を見開いて剣の軌道を見つめる。そして、身体が動くようになった瞬間に身を引きながら防御しようと剣を引き戻す……だが、間に合うはずがない。バルトナは達人級の剣士だ。そんな剣士の剣速が遅いはずがない。
 必中……。
「っ!」
「どりゃあぁぁ!!」
 だが、ノーラはバルトナの剣を防いだ。剣の柄尻で・・・
「バカなっ」
 これにはバルトナも驚愕に表情を染める。ノーラは剣での防御が間に合わないと見るや否や、柄尻で防いだのだ。結果、バルトナの剣がノーラを切り裂く直前での防御が間に合った。とはいえ、体勢が悪い……本来なら防御が間に合っても押し切られて、切り裂かれていたであろう。
 まさに、力技と技術の結晶だ。
「ぬぅっ!!」
 ノーラは腰に力を入れて回し、柄尻からバルトナの剣を無理やり押しのけると、そのままの勢いで剣をふるった。
 ブオンッと風を切り、大気を揺るがす剣圧……獣人のそれよりも遥かに強かった。
 堪らずバルトナは後退する。ノーラの人族としてはありえない・・・・・力に、バルトナは戸惑った。
「くっ……どうやら他にも厄介なのがいたようだ」
 バルトナは認識を新たに、ゼェゼェと肩で息をするノーラと剣を構えて向かい合った。


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