一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

終わりの始まり

 –––グレーシュ・エフォンス–––


「作戦通り……戦闘が始まったようだな」
「そうみたいですね」
 教会前の死霊達をノーラ達に相手をしてもらっている間に、俺とギルダブ先輩は普通に裏から教会の墓所へと入った。
 一体はお墓が沢山あって、非常に不気味だ。
「ここにバートゥが……」
「情報通りなら……」
 と、そこで俺の索敵範囲に気配を感じ取った。この気配の大きさは間違いない……伝説だ。
「ようこそデス。デスデスです」
 ザザッとノイズが走るかのように、そいつは現れる。骨ばった、肉の少ない身体で、黒いローブ……髪はなく、一言で言い表すのなら不気味だった。
 これが、『屍王』バートゥ・リベリエイジ……。
 俺とギルダブ先輩に緊張が走る中、バートゥは狂ったように笑う。
「キヒヒ、キヒヒヒヒヒヒキヒキヒヒヒキヒヒヒキキキキヒヒ。まさか、堂々と現れるとは思わなかったデス。ですが、正しい判断デス。この私は、魂の気配を感じ取れるデス。息を潜めていたところで、丸わかりデス」
 大丈夫……問題ない。想定通りだ。
「キヒヒ。それにしても、この私を相手にするのにたった二人とは……表の方々を呼んだらどうデス?」
 ペラペラとよく喋る。
「答えないのならそれもいいデス」
「お喋りにきたわけじゃ、ないからな」
 ギルダブ先輩はバートゥに殺気を放ちつつ、静かに言う。バートゥはそれを面白そうに聞いた。
「キヒヒ。そうデス。確かに、そうデス。まあ、この私とのお喋りが終われば……あなた方の死が近付くだけデス」
「言っていろ……。ふっ、どうした?お前から来るといい」
 ギルダブ先輩は長刀を構え、切っ先をバートゥに向ける。その挑発に、バートゥは……癪に障ったらしく、コメカミに青筋を立てた。
「いいデス……あなた方は皆殺しデス!行きなさい!『双天』!」
 ビリッ……バートゥの命令により、予想通り……あの人物が動き出す。どうやら俺の索敵範囲外で待機していたようだが、一瞬でこの墓所内に現れると同時に、身体中から電撃を放ってギルダブ先輩に衝突した。
「っ!」
 ギルダブ先輩は咄嗟に長刀で防ぐが、あまりの衝撃に吹っ飛び……墓石を破壊して止まった。
 ギルダブ先輩を吹き飛ばした張本人……『双天』ベルリガウス・ペンタギュラスは二つの剣を肩に担いで、俺に親しみを込めた視線を送ってきた。
「よぉ……久しぶりじゃねぇかぁ」
「どうも。お久しぶりです」
「んな、かしこまんなってんだぁ……俺様の仕事は、『剣聖』の相手だからなぁ。おめぇは、バートゥと心置き無く戦ってるといい」
「随分と、成り下がりましたね」
「一度舞台から降りた俺様だぁ……今更、戦いを楽しむなんざできるわけがねぇ。とはいえ、『剣聖』とは戦ってみたかったぁ……これはこれで楽しそうだぁ」
 結局そこか……戦闘狂め。
 と、ベルリガウスが油断しているところにギルダブ先輩が物凄い勢いで剣を振るい、ベルリガウスに叩き込んだ。
 ベルリガウスは電気化できるのにも関わらず咄嗟に両手の剣で防ぎ……、
「っ!?」
 まるでお返しとばかりに、ギルダブ先輩の剣でベルリガウスが吹き飛ばされた。ベルリガウスは驚愕に顔を染めながら、ギルダブ先輩と同じようにいくつか墓石を破壊して止まる。
「バチがあたるデス」
「おめぇには言われたかねぇ」
 ベルリガウスは忌々しそうに言いながら、口に入った砂利をぺっと出した。ギルダブ先輩の方は、首をコキコキと鳴らしている。
「いきなりで驚いたが……案外、雷の速度というのもそれほどではないようだな」
「いや……そんなことないと思うんですけど……」
「そうか?恐らく、次は飛ばされもしないだろう」
「あぁん?」
 ベルリガウスはさすがにカチンと来たのか、コメカミに青筋が浮き上がっていた。
「舐めやがって……だったらよぉ、これはどうだぁ!?」
 ベルリガウスは両手の剣をクロスさせて振り下ろす……電撃が迸り、紫電が十字の軌跡を描いてギルダブ先輩を襲う。
「【ライトニングクロス】!」
 ベルリガウスの固有剣技だろうか。落雷のような音を轟かせ、ギルダブ先輩に向かうそれは……まさに雷そのもの。ギルダブ先輩は踵で地面を踏み砕き、地面を隆起させてそれを防ごうとするが……【ライトニングクロス】はそれを粉々に粉砕して尚も突き進む。
 ギルダブ先輩は眉根を寄せると、長刀を横に一閃……【ライトニングクロス】が掻き消された。
「ちぃ……」
「ふむ」
 ベルリガウスは憎たらしそうにギルダブ先輩を睨みつける。その一方で、ギルダブ先輩は何か考えているようで、ギルダブ先輩が俺をチョイチョイと手招きした。
 戦闘中で余裕があるのは、まだベルリガウスもギルダブ先輩も互いの力量を見合っているからだろう。
 俺は耳だけ傾けると、ギルダブ先輩が言った。
「グレーシュ……ベルリガウスはまだ本気ではないのだろう?」
「え?そうだと思いますけど……」
「ふむ……なら、予定通り暫くは時間が稼げるな」
「そうですね……」
 この作戦……ギルダブ先輩がベルリガウスの相手をしながらも、できる限りバートゥの近くから離れないのが条件だ。これが達成されれば、成功率はグンっと上がる。
「お願いします」
「あぁ、任せておけ。お前にばかり苦労を掛けられないしな」
「そんな……苦労なんてことは……」
「まあ、今はいいさ」
 ギルダブ先輩は言って、切っ先をベルリガウスへと……向けた。
「さて、やろうか。伝説とやらがどの程度か見させてもらおう」
「はーはん?調子こいてんじゃねぇぞこの餓鬼ぃ……」

 ビリッビリリ……。
 キヒヒ、キヒヒヒヒ……。

 伝説の二人が並び立つ。圧倒的強者の覇気と、不気味な雰囲気を放ちながら。対峙するのは、片や王国最強の男……片や、ただの一兵士。おい、俺だけ肩書きが薄すぎるんだけど……えっとぉ……か、家族を守りし者とか……あと、お姉ちゃん大好きっ子とか……今度は場に沿わなくなりました。まる。
 カチャリ……と、ベルリガウスの剣音を鳴らし、ギルダブ先輩の剣が煌めくと同時に……その二人が動いた。
「らあぁぁっ!!」
「【刹那】」
 ギルダブ先輩の固有剣技……魔術を用いた剣術の歩法【刹那】だ。その名の通り、刹那の間に移動するわけだが……その速度は、あのベルリガウスの雷速の速度にも劣らないものだった。
 瞬きの一瞬の交差……ベルリガウスの剣がギルダブ先輩の喉元と脇腹に振るわれる。それをギルダブ先輩が、両手に握る長刀で全てなぎ払う。
「あぁっ!?」
「ふんっ!」
 ギルダブ先輩はあのベルリガウスを吹き飛ばした。
 すげぇ……もしかすると、剣術だけならベルリガウスより上なのか?化け物かよぉ……。
 と、俺が二人の戦いを見ているとバートゥが不気味に笑む。それで、俺の意識は二人から外れ、バートゥへ視線を向けると同時に戦闘モードへ移行する。
「この私を目の前にして、余所見とは余裕デス。いいでしょう……この私の恐ろしさを……」
「お前、死霊がいないのにどうやって戦うんだ?なぁ、死霊術師」
「デス」
 俺が言葉を遮ったからか、少々ご立腹だ。
「死霊デス?そんなもの……こうやってすればいいだけデス!【クリエイト・アンデット】【クリエイト・デーモン】【クリエイト・グレーターデーモン】」
 と、バートゥは一度の死霊術で複数の死霊を召喚……墓場から骨や肉の死体が這い出て、さらには地面から赤黒い炎が巻き上がるかと思うと、炎の中から悪魔が現れる。召喚術も使えるのか……。さすがに伝説だ……一つのことにだけに長けているわけではないということか。
 ギルダブ先輩の方も、剣術では上回っているようだが……魔術で差があるようだ。【刹那】があるとはいえ、一瞬だけ加速するギルダブ先輩と違って、常時雷速で移動する規格外な男とでは雲泥の差だ。
 あまり、時間は掛けられない。
「さあ、いくデス!デスデスですでス!!」
 バートゥの死霊達が、バートゥの命令を聞いて動き出す。しかも、バラバラに動いているわけではなく……個々が役割を持って動いている。まるで軍隊だ。これが、伝説の死霊術師……。
 俺は出し惜しみしている場合ではないと、瞬時に戦闘モードのバージョンをアップデート……vol.2にして、集中力を極限に高める。脳のリミッターが外れ、人間の限界を超え、物理限界に匹敵する動きが可能になる。
 活性化した情報把握能力で、敵の全ての情報を一瞬のうちに把握……数は四十でそのうち十体はグレーターデーモンだ。デーモンよりも強く、パワーやスピードは熟練級に匹敵する。それが単体なら問題ないが、それが連携をしっかりと取っているために厄介極まりない。
 とはいえ、パターン化された連携のようだ。俺はパターンを解析し、その上で自分の手札から最も有効で最適な戦闘スタイルを構築する……完了。
 思考の世界から現実へ帰ってきた俺は、俺に向かってきていたアンデットやらスケルトン的な死霊を無視し、即座に弓矢を錬成。バックステップで一度近寄ってきていた奴らから距離を取り、俺はバートゥを狙って矢を放つ。
 いつものぺこぽんとした矢ではない。バートゥを確実に殺そうと放った一矢……しかし、それはバートゥの死霊によって防がれた。
「キヒヒ、無駄デス!この私を狙ったところで……」
「【フェイクアロー】」
 構わずにバートゥに向けて矢を放つ。放った矢は、バートゥへ飛んでいく途中でブレると、四十本以上の矢の波となってバートゥを襲う。
「無駄だというのデス」
 バートゥは詰まらなそうに吐き捨て、俺が放った矢が全て死霊の一体一体に突き刺さり……突き刺さった死霊達はそれで絶命する。
「キヒヒ……だから無駄」
 と、バートゥが言い掛けて……最後に残った矢がバートゥに向かっていることに本人が気が付いた。
 俺の放った矢は一撃で死霊を倒せる……死霊はある程度のダメージを受ければ魂が肉体から剥離されるし、デーモンも同じだ。
 そして、放った四十本の矢……無駄な魔力は使ったが、それでもよかった。
 最初に放った矢で一体減らしておき、あとは一変に……そして数が多いと油断しているバートゥを一撃で仕留めるプランであったが、そう簡単ではないようだ。
 バートゥは無詠唱で死霊の盾を作り、俺の矢を防いだのだ。やはり、一筋縄ではいかないな。一応、【アサシン】を使った音速域の矢だったので……これで通じないとなると、バートゥ自身のスペックもある程度高いとみた方がいいかもしれない。
「今のは驚いたデス……が、この私にそんな小細工が通用するとでも思っているのデス?」
「まあ、それなりには」
「なめられたものデス!」
 バートゥは再び死霊を生み出す。何度も、何体も……絵図らで言えば、地獄絵図……おっかないことこの上ない。
 だが、挑発は出来た。今のバートゥは完全に俺に集中している。ギルダブ先輩とベルリガウスもまだ本気で戦っていないため、近くにいる。
 奇襲作戦の成功確率は変わらず……よし、いくぞ、クロロ・・・!ここが決め場だっ!!
 俺は新たなに生み出された死霊の合間を縫って、駆け抜けていく。バートゥに目掛けて矢を放ちながら、走る。もちろん、バートゥは死霊を盾にそれを防いでいく。
 バートゥの周りに死体が積もる……影が生まれる・・・・・・。大量の死体と、ギルダブ先輩から放たれる威圧感……魂を嗅ぎ分けるバートゥ・リベリエイジでもこんな状況なら、気が付かない。
 いけるっ!
「おぉおぉっ!!」
 俺は弓矢を剣に錬成し直し、死霊を捌きつつバートゥに接近する。
「キヒヒ」
 バートゥは笑い、目の前に複数もの死霊を積み重ねる。
「どけぇ!」
 俺は怒号を飛ばし、死霊を薙ぎはらう。そして……、
「キヒヒ、強い!強いデス!!さすがクルナトシュ!」
「そんなこと知るか。なんでもいい……もう、お前はここで死ぬ」
「死を司る、この私が、デス?」
「そうだ。俺が、終わらせる」
「キヒヒ、できるものならデス」
 バートゥの意識が俺以外写さなくなった。油断……周囲への注意を失った。思考が停止した。このタイミング……ここだ。いけっ!
 それに呼応するように、山積みになった死体の影から真っ黒な刀身の刃が伸びて、バートゥを突き刺した。


 –––☆–––


「がっぐぅぎゅいぃぃ!!!!」
 バートゥは変な奇声を上げて、胸を突き刺された痛みに困惑しているようだ。
 バートゥを刺したのは他でもない、クロロだ。予め、エキドナが使う【シャドルイン】でクロロを影に潜ませる。この魔術は影に入ると解除するまでは別の影まで移動も可能……俺がバートゥの近くに死体を積んだのはそういう理由だ。これが奇襲作戦……上手くいったようだ。
「ぐぅぅ……な、なぜデス!?この、このこのこここここここのののこのここの私、わたわたわた私が!!!魂の匂いに、臭いにニオにおいニオイに気づかなかったのデス!!貴様、きさまきさまきさま!!なにかしたデス!?」
 別に俺は何もしていない。単純なことだ。
「ギルダブ先輩のような大きな気配……お前は魂だったか?まあ、とにかく近くにそれを感じていれば、気配を殺して影に隠れていたクロロに気が付かないのは当然だ」
 隠密に長けた種族……夜髪種のクロロはバートゥの言う魂というレベルで気配を隠せる……そういう補正があるのかもしれない。実際、バートゥの感じる魂がどうのってのが気掛かりだったが、その心配は不要だったみたいだ。
「ギイィイオオオオオ!!デス……デス!!!」
「お前の負けだ、バートゥ」
「私たちの勝ちですね」
 俺とクロロが言い、バートゥはビクっと身体を痙攣させると……呆気なく死んだ。本当に呆気なく、伝説が、息を、引き取った。
 そして、俺はそれに言い表せないほどの違和感を覚えた。今まで嫌な目に合わされてきた俺の危機感知センサーがビンビンに逆立っている。

 まだこの戦いは終わっていない。むしろ、ここからがはじまりだと……

 そう言っている。



「キヒヒ」





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