一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

エルカナフ

 –––☆–––


 馬車でガラガラ旧街道を進み……俺達はついに宿場町エルカナフ近郊までやって来ていた。
 ゴタゴトと揺れる馬車の御者台で、俺の隣に座って腕を組んでいたギルダブ先輩が、眉根を寄せて言った。
「……様子がおかしい」
「え?」
 言われて、俺も気がついた。旧街道を通っているからエルカナフを通って、王都へ向かう行商人や旅人に会うことはないとは思っていた。だから、そこは何も疑問に思わなかったが……しかし、今はもう宿場町近郊だ。旧街道とはいえ、ここら辺は危険もない筈……どうして人の気配が全くないんだ?
「嫌な予感がするな」
「そうですね……」
 ふと、俺はエキドナにら何か知らないかと思い、呼び出した。
「エキドナ」
 呼ぶと、影からニョロっと頭を出して、エキドナが顔を顰めた。
「これは……」
「何か分かるか?」
「はい……ご主人様。エルカナフ周辺にバートゥ・リベリエイジの広域結界が張られてしますぅ」
「結界?どんな?」
 俺が訊ねると、エキドナは簡潔に答える。
「精神支配でございます。この結界内の人間、魔物を問わず……生命体の持つ精神を操る結界でございますねぇ〜」
 精神支配の広域結界……達人級闇属性魔術【ソウルソーサリー】だ。エキドナの言う通り、範囲内の生命体の精神を汚染し、支配する。結界維持や、支配したもののコントロールなど……とにかく規模も広く、難度も高いということで達人級指定された魔術だ。
 ってことは……、
「あまり良い状況ではないな……」
「もしかすると、住民が敵になっているってことですからね」
「あぁ。しかも、操られているだけだからな……迂闊に攻撃も出来ないだろう」
「そうですね」
 何よりも民を重んじるギルダブ先輩だ……そんなこと出来ないだろうし、他のメンバーも似たような奴ばかりだ。
 最悪俺が…………いや、止めておこう。もしもの時は、殺る・・が……本当にもしもの時だ。
 俺は飽くまでもソニア姉が優先だ。他の何かはなんて、どうでもいい。俺はギルダブ先輩や、他のみんなのように高尚な目標や、志があるわけじゃないんだからな。
 とりあえず、結界に入る前で馬車を止めて、みんなと相談することになった。
「結界……ね」
 セリーがポツリと呟いた。
「はい。セリーさんなら、どうにか出来ますか?」
 セリーは最高神官だ。もしかしたら、解除出来るかもしれない。セリーは暫く黙考し、みんなの視線が集まっているのに気がついて、慌てた口調で言った。
「ま、まあ……やってみなくちゃ分からないわね」
 曖昧な感じだった。
「じゃあ、ちょっとやってみるわね」
「え?いやいや、ちょっと待ってください」
 俺は結界へ向かったセリーの襟を掴んだ。
「ぐえ」
 そんな間抜けな声を出して後ろに倒れそうになったセリーは、ヨロヨロと俺に背を預ける。そして直ぐに反転すると、俺の胸ぐらを掴み上げた。
「何してくれんのよ!変な声が出たじゃない」
「すみません、すみません」
 なんというか、俺の知り合いの女性は変な悲鳴をあげるのが多いなぁ……と、俺は苦笑した。なんかもう、色々と残念である。
「もう……で?どうして止めたのよ」
 腕を組んで、まだ機嫌の悪いセリーは片目で俺を睨みつつ言った。
 この問いに関しては、ギルダブ先輩が答えた。
「簡単な話だ。結界を張ったのがバートゥなら、解除されたら気がついてしまうだろうからな」
「あ、なるほど……それは私が軽卒だったわ」
「仕方ないですよ。セリーさんは、戦闘面の知識が皆無ですから」
「役立たずと言いたいのならハッキリ言いなさい」
 そんなこと思っているわけがない。なんてことだ。心外だなぁ……。
「ま、まあまあ落ち着いてくださいフォセリオさん……」
 エリリーがセリーを宥めている間に、俺は切り出す。
「とにかく、結界解除は後回しになりそうですね」
「となれば、最悪エルカナフの人達と戦闘になるかもしんないってことだよね……。うぅ……ウチ、あんまり気が乗らないかも……」
「そうですね……できれば、私も戦闘は避けたいのですが……」
 チラリ……と、ノーラとクロロの視線が俺に向けられた。何か案を出せということらしい……いや、そこまで命令口調ではないかもしれないが、この視線は絶対、期待している目である。
 俺は思考を巡らしてみる。
 恐らく、【ソウルソーサリー】の結界を通ればバートゥに俺たちの存在を気取られてしまうだろう。それに、【ソウルソーサリー】の中で俺たちが精神支配の影響を受けないとも限らない……とはいえ、【ソウルソーサリー】の結界内に入らなければバートゥのいる旧教会墓所にまでは辿り着けそうにない。
 場所としては、エルカナフの郊外……ふむ。【ソウルソーサリー】の影響を受けず、かつバートゥに気取られないようにか。
 うん、思いついた。


 –––☆–––


 セリーに【メンタルシールドン】という達人級の光属性魔術を掛けてもらい、精神に干渉する魔術を無効化してもらう。そして、俺が全員に、気配を消す闇属性魔術の【シャドウアウト】を使った。
【ソウルソーサリー】と一緒に張られていた感知系の魔術結界は気配を感じると発動する仕組みだったので、これで何も問題なくなった。
 ついでに【ソウルソーサリー】内でゾンビみたいに動いていた住民にも気付かれることもない。
「ほ、本当に誰も気づかないんだね」
 と、ノーラが先頭を歩く俺に耳打ちしてきた。
「まあね……でも、声とかは普通に聞こえちゃうから気をつけてよ?」
「りょ、りょーかいぃ……」
 ちょっと緊張した面持ちで、ノーラは言った。
 暫く全員無言で通りを歩いていく。後ろでセリーが少し興奮している気配がするのだが……一体何があったのだろうか。
「な、なんだか楽しくなってくるわね……潜入ミッションみたいで」
「真面目にやってください」
 こうして旧教会近くまで辿り着いた俺たちは、そこに続く雑木林の道にある木々に息を潜め……教会前を確認する。
 感じる気配からして……敵は五体……。
「おやぁ……あれは六六六の死霊の精鋭ですぅ。ゴブリンもいますね」
「あぁ……そういえば、あの後どうなったか知らなかったな」
 色々と忙しかったし……エキドナから精鋭についての詳細は聞いている。
 俺は俺と同じように木々に隠れているみんなに目配せする、
「よし……それじゃあ、作戦通りに」
「おっけい!準備万端だよ!」
「私も問題ないよ!」
「いつでも問題ない」
「……いきましょう」
「私も大丈夫よ」
「エキドナはご主人様次第でございますぅ」
 全員準備は万端……。
「それじゃあ、いきますか」
 負けられない戦いにっ!


 –––旧教会墓所・教会前–––


 教会前に配置されていた死霊達五体は、ピクリと何者かの接近を感じ取った。
 さすがは精鋭というだけあって、全員が達人級の実力者だ。
 気配に気がつき、真っ先に動いたのは死霊統括のエキドナの次に権威を持つバルトナという死霊だ。
 生前は騎士という身分であり、剣術の達人として名を馳せていたが……現在はバートゥの忠実な死霊となっている。
 バルトナは兜の隙間からギラリと目を光らせ、注意深く接近者の来る方角を見つめる。と、件の接近者がバルトナの視界に現れた。
 バルトナは他の死霊に指示を飛ばし、一気に警戒態勢に入る。
 バルトナの視界に入ったのは、四人の見目麗しい女性だった。ノーラ、エリリー、セリー、エキドナの四人である。
 バルトナはエキドナを見て、顔を顰めた。
「何をしている、エキドナ」
 バルトナのドスの効いた声音に、エキドナはわざとらしく戯けながら答える。
「裏切ったのよ?貴方達を」
「貴様っ……」
 怒りを露わにするバルトナだったが、直ぐに怒りを鎮め……チラリとエキドナの隣にいる面々に視線を向ける。どの人物も相当な実力者だと見受けられた。
 特に……白銀の髪をした白い女性……セリーだ。バルトナはセリーから、とてつもない神気を感じて、顰めた顔をさらに顰めるのだった。
「どういうつもりか知らんが……ここから先は通さん」
「別に通さなくて結構。エキドナ達が勝手に通るから」
「させんと言っている」
 バルトナは腰の剣を抜き放ち、死霊達に指示した。
「あの裏切り者と、その仲間達を……殺せっ!」
 ゾッと動き出した四体の死霊……バルトナを入れれば五体となるとため、数的には不利であった……だが、そこでエキドナがニヤリと笑い、魔術を行使する。それと同時に、ノーラ達も動き出す。
 セリーは後方に下がって援護、ノーラとエリリーが前衛に立ち、中衛にエキドナが立った。
「さぁさぁ……始めましょう!」
 エキドナの【念動力】が発動される。が、さすがに精鋭だ。見事に躱して、敵の前衛がノーラとエリリーに接触する。
 敵の前衛は二体……バルトナはまだ動きを見せないが、いつ動き出すか……中衛は二体……で、やはり数では負けている。
「いっ……やぁっ!!」
 ノーラはゴブリンと鍔迫り合いになり、なとか押し返そうとする。対するゴブリンは、もとの体格差もあり、圧倒的力でノーラを潰しに掛かる。
『ゴォ……負けるわけがっ!?』
 と、ゴブリンが何か言いかけて……ノーラに鍔迫り合いで押し負け、吹き飛ばされた。ありえないことだった。普通に体格差だけ見ても、ノーラがゴブリンに力で勝てる要素はなかっし、棍棒術の使い手であるゴブリンに力で勝つのは、ノーラでは現実的に不可能だ。
 しかし、事実……ノーラはゴブリンに押し勝った。そして、不可能を成し遂げた張本人は至極当然といった感じに顔を上げて、ゴブリンを見据えて言った。
「ふふーん?バートゥの死霊って言ってもこんなもんなの?これならベルリガウスの方が数百倍は強いよ!」
 バートゥの死霊とはいえ、伝説ではないのだから当然といえば当然だが……。
 ノーラはその身体のどこから出るのか分からないような膂力で地面を蹴ると、真っ直ぐにゴブリンに向かって突っ込む。ノーラ愛用の細剣がキラリと煌めく。
 ゴブリンはそれを見て、ほくそ笑む。
『ゴォ……馬鹿め』
 ゴブリンが言った瞬間、中衛にいた魔術師の死霊から熟練級の強力な魔術が放たれる。火属性の魔術で、ノーラが受ければ真面に立ってはいられないだろう。
 だが、ノーラは勢いがつき過ぎて止まれない……止まれないから、ノーラは身体を捻って、細剣を振るい……その業火を薙ぎ払って・・・・・しまった。
「うっわ……すごいわね」
 と、その光景を見ていたセリーはポツリと呟く。エキドナも思わず頷いた。
(なんという怪力なのかしら……女の子としてはともかく……。しかし、あんな力、一体どこから?)
 その疑問が出るのも当然だった。一体、ノーラのどこからそんなパワーが出るというのか……エリリーは目の前の敵と戦いながらも、猛威を振るうノーラの怪力を見て苦笑いした。
(うわぁ……相変わらずだなぁ……っと)
 エリリーは余所見している場合ではないと、自分に向かって振り下ろされた両手斧を、剣で受け流すようにして防いで、一度距離を取る。
「へーへーやるじゃない」
 と、エリリーと対峙する両手斧を持つ豪腕で小太りな女性が言う。
「あたいはジェシカ……あんたの相手はあたいだよ!」
「あ、お願いします」
 ペコリとエリリーは頭を下げる。それでジェシカと名乗った両手斧使いは眉根を吊り上げる。
「はっ、いくよ!」
 ドンっと、その体格からは想像できない速さでエリリーとの距離を、ジェシカはっ詰める。とはいえ、エリリーが対応できない速さではない。ジェシカが恐ろしいのは、その両手斧から繰り出されるパワー……。剣士のノーラが正面から戦えば、部の悪い闘いとなるだろう。
 だが、エリリーはあえて正面からジェシカの攻撃を受けた・・・……否、受け流した。ジェシカから伝えられた衝撃の全てを、己が剣一本で受け流し、身体を入れ替えるようにエリリーは舞う。
 ツインテールの長い黒髪が円を描き、エリリーの舞の軌跡を残す。
 ベルリガウス、そしてシルーシア戦では相性が悪かった。ベルリガウスはとにかく速いし、シルーシアは弓使い……エリリーの流麗で華麗な戦闘スタイルは、パワーに特化した鈍重な相手を得意とする。
 武士道流剣術をエリリーに教えた師より学んだ技術で、完成されたエリリーの戦い方を見た兵士の間では『舞子』などと呼ばれている……本人は知らないが。
 とにもかくにも、エリリーがジェシカに負ける要素は万に一つにありはしない。グレーシュの作戦通り……。
(この私が、どんだけノーラの怪力と戦ってきたと思ってんのって……絶対負けないんだから!)
 と、その一方……ノーラの方でも戦闘は続いており……数度棍棒と剣が重なり合うが、どちらも引きを取らないパワー勝負となっている。
『ゴォ……なんなんだ、この女』
「そらそらぁっ!」
 ズドン……っと、棍棒とノーラの細剣が再びぶつかり合い、物凄い衝撃が一帯に走る。よくもまあ、細剣でここまで持ったものだ……というのも、ノーラもエリリーと同じように武士道流の衝撃を逃す術を持っており、できるだけ細剣に負担が掛からないようにしている。
 ノーラが細剣を使っているのはそういった技術習得のためであり、本来……ノーラは素の状態で剣を振るっても圧倒的に強い・・・・・・
(よぉし……ここからここから!本番は……バルトナが出来てきてからっ)
 ノーラは奥の手を残したまま、ゴブリンとの戦いを続けた。
 全てはグレーシュの作戦通り……エキドナからバルトナが、戦闘開始直後は様子見のために動かないと聞いていた。バルトナが動き出す前に、こちらの実力を誤認させるっ!
 それがこの戦いの活路である。


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