一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

置き忘れ

 –––☆–––


 眠れない……妙に身体が火照って眠りにつくことが出来なかった俺は、馬車の中から出て川辺の火元へ行った。
 そこには、現在見張り番を任されている……正確にはヒュドラ戦で何もしていなかった自分にやらせて欲しいと志願したセリーが、小さく欠伸をして川辺に座っていた。
「どうも」
 声を掛けると、少し眠そうにしながらセリーが視線を俺に向けて口を開く。
「あら、眠れなかった……のかしら?」
「まあ、そんな感じです。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ……眠いだけ」
「それ、大丈夫じゃないです」
 俺は苦笑しつつ、火元を挟んでセリーの使い側の大きめの石の上に腰掛けた。薪を焼べると、セリーが少し笑った。
「汝、緊張しているの……かしら?」
 その口調で言うのなら、最後まで貫いて欲しい。俺が呆れたような視線を送るが、セリーはただ微笑むだけだった。
「ねぇ」
 ウトウトと、
「ね……ぇ」
 沈んでいく。
「zzZ」
「って、寝ちゃったよ……」
 どうやら限界が来たようで、目を閉じて眠ってしまった。
 見張り番はどうしたのだろう……まあ、仕方ない。俺は眠ってしまったセリーを起こそうと立ち上がって、肩を揺するが起きる気配はない。
 全く……と、俺が呆れたように頭を掻いているとセリーが立っている俺の下半身に頭を預けてきた。
 重くもなく、軽くもない……女性らしい弱々しい体重が掛かる。
「zzZ」
「んー」
 困った。そして、困った俺はセリーを抱き抱えて馬車で寝かせることにした。両手に抱えた彼女の柔らかさや重みを感じる。意外に軽い。
 フワッと浮かび上がるように持ち上がったセリーを馬車まで運び、俺は一人……寝ずの番を張った。


 –––☆–––


 若干、眠くなってきたところに……フラフラとエリリーが歩いてきた。意識が朦朧としているのだろうが、トボトボとしっかりと目的地であろう川辺に辿り着き、川の綺麗な水を掬って飲んだ。
 ふと、少し意識がハッキリしてきたのかエリリーがトロンっとした瞳で、火元にいた俺に目を向けた。
「グレイ?あれー……フォセリオさんが見張り番してるんじゃ……」
 覚束ない呂律で言いながら、トボトボと俺の座っている近くにまで歩み寄ってくると……ペタンと座った。
「セリーさんなら、寝ちゃったからその代わりにね」
「そっかー……グレイは?眠くない〜?」
「うん。大丈夫だよ。それよりも、ほら……眠いんだったらちゃんと馬車で寝なよ。風邪引くよ?」
 何せ、今の彼女は寝巻き代わりに装備を外して、かなり軽装でいるのである。身体のラインが分かるような服装に、目のやり場に困る。とにかく、早く寝かせないと今後に差し支える。
「ほら、僕が連れて行こうか?」
「う……ん?うーんー」
 こりゃあ、完全に寝ぼけてやがるな。なんだかなぁ……最近は知り合いの寝ぼけてる顔を見るのが多くなった。ギシリス先生とか、クロロとか、セリーとか、エリリーとかー……。
 普段が普段なため、完全に油断しきっている姿を見てしまうと笑ってしまう。
 俺はぼけっとしているエリリーを、セリーと同じように抱えて馬車に寝付かせた。


 –––☆–––


 ピクリと、俺は筋肉の痙攣に目が覚めた。
「やっべ、寝てたか……」
 俺も大概油断してるなと、苦笑した。人のことは言えない……ふと、気配を感じて視線をそちらに向けると火元の近くでクロロが自分の刀の手入れをしていた。
 と、俺の目が覚めたのに気がついたのかクロロがキョトンとした顔で俺に目を向けて、微笑んだ。
「あ、起きましたか?」
「お、おう……悪りぃ」
「いえ、気にしないでください。私が眠れなかっただけですから」
 そう言って、クロロは手入れしていた刀を鞘にしまう。漆黒の刃が鞘に収まる瞬間、火の光で煌めいた。
「…………」
 カチャリと音を鳴らし、クロロは刀を自分の膝に置く。ふと、俺の視線が気になったのかクロロが俺に目を向けた。それに対して、俺は誤魔化すように目を背ける。
「な、なんですか?」
 少し困ったようなクロロに、だが俺は目を合わせない。
 気になってしまったから。聞くまいと思っていたことが、気になってしまったから。きっと、今の目を合わせたら口が滑ってしまうだろう。今まで踏み出せなかった一歩を踏み出して、越えまいとしていた境界線を、クロロの絶対領域に足を突っ込んでしまうだろう。
 だから、俺は意地でもクロロと目を合わせない。そう決心して、直ぐに……クロロがムッとしたようにツカツカと俺のところにくると、頭をガッチリ両手で掴まれて、グイグイと無理矢理クロロの方に向けようとしてきた。
「なんでそっぽを向くんですか!」
「や、やめろぉ!」
 抵抗するが、それも虚しく……グイッとクロロの方に首が回って……、
「っ」
「……あ」
 どちらともなく、声が漏れた。互いの顔が近くにあったからだ。クロロは慌てて俺から離れる。
 俺は……モヤッとした感情に流され、とうとう一線を越える発言をした。
「なぁ、クロロ……」
 俺の真剣味を帯びた声に、クロロがハッとなって真剣な眼差しで俺を見つめてさっきの場所に座る。
 俺はしばしの沈黙の後に、切り出した。
「お前が……お前が普段は二刀流を使わない理由は……なんだ?」
 たった一言……その一言でクロロの様子が一変した。
 動悸を早め、呼吸を荒くし、目の焦点が合わなくなっている。胸を両手で抑え、苦しそうに……。だが、俺はもう一度訊いた。
「どうしてだ?どうしてもう一本の刃を収めた?それに、二刀流を使うときもあるよな?それはどうしてだ?」
 ここまで踏み込んだ話をしようとは思わなかった。だが、口をついてい出た言葉は取り消すことは出来ない。
 何もなければ、普通に疑問に思って訊いたであろうこと……だが、普通じゃないから。クロロが半身を置き去りにしてきた理由が、クロロのとても深いところで根を張っていると俺は気付いていたから、何も言わなかった。無関心であろうとした。
 しかし、俺は……気になった。背中を預けられるこの剣士が、自分の半身を捨てた理由。そして捨てきれずに、中途半端に使っている理由を、俺は知りたいと、思ってしまった。
 どんな理由でも、クロロを受け入れてやりたいと……もう一歩先に進みたいと思ったから。
 何故今かと問われれば、今だから……死地に赴く前でしか、こういった話はできない。
 月の出ている夜……クロロは月明かりに照らされ、そして瞳に月光を揺らす。その表情は俯いていて読み取れないが、とても普通の精神状態ではないだろう。
 暫くの沈黙の後、クロロが言葉を紡いだ。
「私が……二十のころの……話です。私は幼い頃から父に剣術を教わっていて、この頃になって達人の剣士になるまで腕を上げました。『月光』などと呼ばれ、生まれ故郷の村や……近隣のよく立ち寄る街では褒め称えられました。
 多くの武闘大会で優勝し、名を広め、現れる挑戦者を斬り伏せていき……そして国に雇われ、一時は戦場を駆けていました。
 そんなある時……その国の東の方の領土にあった伯爵領が、ある魔物によって消滅したんです。それを聞いた国王に派遣された私は、その魔物を討伐しに単身出撃し……激しい戦闘を行いました。
 戦闘の被害は広がり、魔物の攻撃で一帯が焦土と化しました。私の一振りで、山が吹き飛びました。それで、私は無我夢中で剣を振るったんです。振るって、振るって、振るって……そして気がついたら、私の故郷が塵になって消えていました」
 思わず声が出るのを抑える。つまり、クロロは……自らの手で知り合いや、家族を殺してしまったと……思っているということか?だけど、塵というのはおかしい……クロロは剣を振るったのだ。全ての衝撃を単体に叩き込むと、粉々に砕くことは出来るが……クロロの話では、そよ余波でそうなった……。
「私の所為ではないと……グレイくんなら言ってくれるでしょうね」
「っ」
 全く予想通りという風に、クロロは自嘲気味に微笑む。
「あのとき、私が戦っていた魔物はSSSランクの魔物……『妖狐』でした。妖狐の特有技である【狐火】全てを燃やして灰にします。私はそれを剣で払って、防いでいた……では、払った【狐火】はどこへ?」
「それは……」
 それは……無我夢中に戦っていれば、もしかすると【狐火】は……クロロの故郷を燃やし尽くしたかもしれない。だが、可能性の話だ。
「可能性の話……ですか?」
「…………」
 思考を読むなと言ってやりたい。
「私も考えましたが、それでも……もしかしたらと思うとダメなんです。それに、夢に出るんですよ。私の両手の剣に、私の大事な人たちが突き刺さっていて、血が……刃に流れるんです。
 以来、一刀でしか剣が握れなくなっていたのですが……一刀で勝てない相手には二刀流を使わないと……私の中で、何か……とてつもない何かが暴れるような気がして……」
「とてつもない……何か?」
「はい。その感覚がある時だけ、二刀流で戦うようにしているんです、私は」
 言い終えて、クロロは視線をついに俺に向ける。
 月光の宿る瞳は濡れ、悲しそうな表情をしていた。そんなクロロに、俺は何かしてやれないかと考え……結局何も出来ずに黙り込む。
「私は……きっと、家族を、大事な人たちを、殺して……しまったんです。私は、私が生きている資格はあるのでしょうか……そんな思考が、時々頭をよぎるんです……」
「クロロ……」
 俺のマニュアル本に、このような事態への対処法はない。乃ち、アドリブ……。
 気にすんな……というのは無神経な言葉だ。なら、俺は……俺が伝えたいことはなんだろうか。
「クズだ」
 ポツリと……しかしハッキリと、俺は言った。クロロが目尻に溜めた涙を零すように、ゆっくりと瞼を閉じる。
「俺はクズだ」
 もう一度……もっとハッキリと。クロロは目を見開いた。だが、直ぐに俺の言葉に耳を傾ける。
 俺は意を決した。
「俺はクズだ。親の脛を齧って生きる、もはや死んでいい存在だ。だけど、そんな俺に償える機会が、やり直すチャンスが与えられた。今度こそ、真っ当に生きようと……頑張ってみたけど、それが真っ当なのか、正しいのか、間違っているのか、分からない……不安でたまらない。怖い……それでも、やらなくちゃいけないから、変わりたいと思うからさ。
 なぁ、クロロ……まだお前は生きてんだ。もしも、万が一にも……お前が本当に大事な人たちをその手で殺してしまったと思うのならよ……お前は生きねぇと。生きて、償え。生きているうちに、償え。死んだら、やり直しなんて……出来なねぇんだよ、クロロ。

 生きろ。死んだ奴の分も生きろよ、クロロ。生きて、背負え」

 俺の言葉にクロロは赤く腫れた目元で、驚いた表情していた。それから口を開く。
「重いです……とても、背負いきれませんよ……」
「弱音を吐くなよ、クロロ。背負いきれない分は俺が背負う。俺はクズだから、お前と同じ罪を背負ってやれる。だってそうだろう?背中を預け合うってのは……そういうことだろうが」
「グレイくん……」
 潤んだ目でクロロが俺を見つめる。俺もまた、その目を逸らさない。と……、
「自分で言っていて、恥ずかしくないですか?」
「うるせぇ……いい事言ってんだから、水差すな」
 若干、顔が熱い……クロロはそんな俺を見て小さく微笑む。
「ふふ…………。その、あ、あの……ありがとう……ございます。少し、楽になりました」
「肩の荷が下りたか?」
「上手くないです」
「手厳しいなぁ……」
「ふふ……ますます愛おしいです。貴方のことが」
「え」
 突然言われて俺は固まったが、クロロは何も言わなかった。ただ、笑顔で俺の顔を見つめていただけで……何も、言わなかった。
 だが、まさかなにも言わないわけには行かず……俺はパクパクと口を動かしてみる。
「と、ととと突然何を……普段はおっちょこちょいの癖に、決め所はちゃんと決めてくるところが腹立つんだよ!」
「なっ!?腹立つってなんですか!?今、普通にいい雰囲気なのにブチ壊しましたね!?」
「雰囲気とか気にして、決めてくる辺りが狙ってやってるよなぁ……」
「酷いです!もういいです!私、寝ますから」
「おう、おやすみ」
「軽いっ」
 そんな風に軽口を叩き合い、クロロは馬車へ……俺は火元で……それぞれ床につき始める。
 月光輝く夜、月に雲が掛かった。


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