一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ソニアの力

 〈ソニア・エフォンス〉


 あたしは、兵士達の訓練のために王城でしばらく寝泊まりしていた。
 王宮使いの治療魔術師は、このような仕事もするわけだが……全く、あたしの弟のグレイやお母さんに会えないのは寂しい。
 最近では、ツクヨミちゃんやユーリちゃん。それにアルメイサさんやワードンマさん、クロロさんとも仲良くなった。

「はぁ……」

 と、あたしは木箱を抱えて王城の廊下を歩きながらため息を吐いた。すると、隣を歩いていた治療魔術師としてあたしの先輩であるリンナ先輩が、下からあたしを覗き込むようにして見た。

「なになに〜?どったの?ため息なんかしちゃって。ソニアちゃんらしくないぞー?」
「いえ……家族に会えないのが寂しいといいますか」
「あーね。ここにくるのって、かたっ苦しい貴族とか多くてやんなっちゃうよね!まあ、これが終わればしばらくはお休みも貰えるし。ガンバガンバだよ!」

 リンナ先輩はあたしよりも背が低い。それに元気一杯で、とても可愛い。あたしの、ここでの唯一の心の癒しだ。

 リンナ先輩カワユス。カワカワ可愛いよリンナ先輩、可愛いよ。

「そうだ、よ?君は笑っていた方が美しい、よ!」

 と、後ろを歩いていたエリオット先輩が言ったが無視した。

「えっ!?ちょっ、無視は傷つく……ね」
「いっつも、ソニアちゃんにセクハラばっかりするとからだよ!」
「せ、セクハラ!?し、侵害……だね。僕はそんなことをしたことはない、よ?ね、ね?」
「……」
「あ、あれ!?」

 あたしはただ無言だった。
 リンナ先輩が言う通り、エリオット先輩のセクハラが酷い。肩を抱いて引き寄せるわ、顔は近いわ、無闇矢鱈に口説いてくるわで大変なのだ。
 仕事中で、しかも家族の恋しい今、あたしにとってはそれは心の害悪である。もうリンナ先輩だけが、あたしの最後の砦だ。

 イケメンはいらないの!邪魔!目障り!もっと可愛いをあたしに!

「ほーらね?ソニアちゃんに嫌われてんの。わかる?」
「グググ……」

 リンナ先輩は膝でエリオット先輩の脇を小突きながら、ニシシッと笑っている。そんなリンナ先輩にエリオット先輩は、苦渋の表情をしていた。

「ま、まあ……振り向かせるのもまた一興、だよ。うん」
「それでさらに嫌われてるんだから、世話ないよねー」
「……」

 さすがのエリオット先輩も堪えたのか、頬をヒクヒクさせて汗を流していた。
 全く、下らない……。

「リンナ先輩。はやく行きましょうよ」
「んー?うんうん!」

 リンナ先輩はトテトテとあたしの隣まで走り寄ってくる。そして、あたしと歩調を合わせて廊下を歩く。もちろん、エリオット先輩は置いてだ。

「いやいや、これは本当に手厳しいものだ、ね。こんなにも僕は君のことを想っているという、のに」

 相変わらずのエリオット先輩に、あたしは今日何度目かのため息を吐いた。

「心にもないことを言わないでください。先輩」
「え?」
「え?」

 と、驚いたような声を出したのは二人の先輩方だった。
 あたしは、呆れたような様子でエリオット先輩を……見た。

「いやいや。僕は本気、だよ?」
「そうでしょうか」
「そうだ、よ」
「あたしには、そうは見えませんけどね」
「……」

 そうだ。あたしだって、本気で好意を寄せられていればそれ相応の対応をする。無視なんて、不誠実だと思う。
 だけれど、先輩のは本気じゃない。言葉だけのまやかしで、そこに気持ちは込められていない。本物かどうか、それを見極められないほどあたしは馬鹿ではない。

「とにかく。もう、やめてください」
「……フッ」

 あたしが、言ったが後……エリオット先輩が今まで見せたこともないような笑みを浮かべたような気がしたが、直ぐにいつもの無駄に爽やかな笑みに戻った。

 気のせい?

「いやー手厳しい、ね」
「そりゃあね〜?ソニアちゃんだもん」
「それはどういう意味なんです?」
「いやいや〜こっちの話しだよーソニアちゃん」

 リンナ先輩もいつも通りで、やはりあたしの勘違いなのだろうと思い、あたしは気にしないことにした。


 ※ 


 先輩方と別れ、薬品庫で薬品の整理をあたしはしていた。

「こっちが……ここで……あー、これはこっち」

 必要なときに、薬品がないと困る。治療魔術師はなにも、魔術だけで怪我を治すわけではない。結局のところ、治療魔術など応急処置のようなものなのだ。薬剤師ほどではないが、こういって薬品も取り扱うことがある。
 まあ、治療魔術で治すことの方が結局は多いのだが……。

「ソニアちゃ〜ん。ちょっと、いい?」
「ん?あ、リンナ先輩。なんですか?」

 あたしは、薬品を棚に置いてから、薬品庫の扉から顔だけ覗かせているリンナ先輩に身体を向けた。

「いや〜なんか用事があるみたいで……」
「用事……?」

 と、あたしが首を傾げながら扉の前までいくと廊下には黒い執事服に身を包む老人が綺麗な姿勢で立っていた。
 あたしは、この人を知っている。国王付きの専属執事、アルバス……。普段、国王もそうだが王族はなかなか王宮からこちら側にくることは滅多にない。
 公務で外へ出る時など以外には……。

「あの……あたしに何か」

 あたしが沈黙して佇むアルバスさんに尋ねると、アルバスさんは髭の生えた口元を動かした。

「ソニア・エフォンス様……国王陛下がお呼びです」
「へ、陛下が……?あのあたし何か……」

 まずいことでもしたのだろうかと、言おうとしたところでアルバスさんがそれを察して首を横に振った。
 あたしはどうやら何もしていないらしい。困惑して、リンナ先輩に目を向けると困ったような笑みを浮かべていた。

「まあ、行けば分かるよ!」
「??は、はぁ……?」

 どうもリンナ先輩は国王陛下の用件について、何かしっているようだがここであたしに教えるつもりはないらしい。
 仕方がなしに、アルバスさんに付いて王城から王宮へと移った。
 初めて踏み込んだ領域で、あたしの様な身分の者が入れる場所ではない。すごく場違いな感じがして、あたしは萎縮してしまった。

「あ、あのー……」

 と、アルバスさんに声をかけてみたが反応してくれなかった。だが、暫く歩いて急に振り向いたと思ったら、アルバスさんが薄っすらとした笑みを浮かべた。

「そんなに……不安になられなくとも大丈夫ですよ。陛下も……ダメ元ですからな」
「だめ……もと?」
「それは陛下から申されます故、私からは何も……さて、ここが陛下のお部屋ですよ」

 アルバスさんは立ち止まり、両扉になっている部屋の前で止まった。
 廊下もそうだが、扉も豪華な作りだ。庶民からすれば、お金の無駄遣いにもほどがあるが……これも他国に見せつけるための見栄だと言う。
 お城が立派な分、経済的に余裕がある証拠なのだ。
 アルバスさんがノックして声をかけてから直ぐに、中きら声がして、内側から扉を開けた。
 扉を開けたのは少し年老いたメイドさんで、アルバスさんと同じくらいの年齢に見える。ただ扉を開ける所作までもが洗練されており、なるほど熟練の技だと感心した。

「どうぞソニア・エフォンス様、お入りくださいませ」
「は、はい……」

 メイドさんと執事さんに促され、そのまま部屋へと入ったあたしは、まずその部屋の大きさに驚いた。続いて、その部屋の中央にある自己主張の激しい大きなベッド……そして、そのベッドに横たわる国王陛下の姿に、あたしは困惑した。
 それはもう、一目みただけで病に伏していると分かるほど瘦せ細り、目の下には隈を作っていた。
 まさか……そんな。国王陛下が病に伏しているなどといった話は、あたし達には聞かされていない。国王陛下がこんな状態で、この国は戦争をしているのかと、あたしは息を呑んだ。

 誰が、今この国を率いているの?

 いや、その答え自体はある。この国には第一王子と第二王子がいるのだ。その両王子が、政権争いがしているのだ。だが、それはつまり……国王陛下がこの状態でいるということは、今この国は二つに割れていて、いってしまえば内戦しているような……。

 こんな状態で戦争?国が纏まっていないのに?

 あたしが入り口近くで固まっていると、執事さんのアルバスさんに促され、あたしは国王陛下の横たわるベッドの脇まで歩いた。

「来たか……」
「っ……お、お初にお目にかかりますっ。あた、私はソニア・エフォンスと」
「いや、よい。君のことは知っているよ、エフォンス……。無理な敬語も、大目に見よう」

 あたしが大慌てで名乗ろうとすると、ベッドの上で国王陛下は少し辛そうに苦笑しながら言った。

「あ、ありがとうございます……」
「構わん……庶民に貴族の礼儀など説いても仕方がないであろうよ」

 国王陛下は別に馬鹿にしているでもなく、至極当たり前のように言った。それから続ける。

「まあ……見ての通りだ。この我が身は、病に侵されているのだよ……エフォンス。あまり長々と話しているのも辛い……本題に入る」
「は、はいっ」

 あたしが答えると、国王陛下はゆっくりと頷いて重く口を開いた。

「エフォンス……君を呼んだのは、私の病を治してもらうため……だ。今までも腕利きの治療魔術師達に治療させてきたが、我が身の病は癒えることはなかった。その場限り、苦痛が消えるばかり……。聞けば、君は歴代の王宮治療魔術師の中でも群を抜いた才能を持っていると。そんな君に、私の治療を頼みたい」
「こ、光栄にございます……しかし、今まで幾人もの治療魔術師の方々が陛下の治療を行ってこの状態であるなら……その、あたしが治療を行っても……」
「ああ……分かっている。それならば、また違う方法を考えるまで。私はここで死ぬわけにはいかん。今のまま、息子達に国を任せてはいかん」

 国王陛下のその確固たる意志を感じ、あたしも覚悟を決めた。

「わ、わかりました。承ります……」
「うむ……」
「で、では陛下のお身体に触れても?」
「許可しよう」
「失礼いたします」

 あたしは緊張しながらも、陛下の身体へ手を触れる。まずは、病状の把握だ。と、陛下の身体に触れた途端にあたしの手が弾かれた。

「いたっ……ぁ、え?」

 あたしは驚き、陛下を見た。陛下も困惑した表情をしている。

 これは……。

「違う……。これは、病気ではございません……陛下。陛下の身に、呪いがかけられております」
「の、呪いっ」
  
 あたしが言うと、後ろで控えていたアルバスさんが驚きの声を上げた。

「それもかなり強力です」
「どうして分かった……」

 と、国王陛下弾かれる努めて冷静にあたしに尋ねた。あたしが一番知りたいことだ。だが、恐らく呪いに間違いない。
 呪いとは、治療魔術の対極ともいうべきもの……呪術と呼ばるものである。相手に呪いをかけ、時には死をもたらすものだ。
 治療魔術とはその対極で生を操ることができるのだ。神気を纏った神官か、治療魔術師が呪いをかけられた人に触れると、神気が呪いの邪気に反応して拒絶の力を発動するのだ。
 だが、呪術者のレベル高いほど神気による拒絶の力は効力を発揮しない。
 あたしの神気は、フォセリオさんのような最高神官による並ぶものだという。そして、過去に陛下による治療を施した治療魔術師達がどの程度かはしらないが……おそらく、反応しなかったのだ。
 だが、あたしの神気は反応した。つまり最高神官級の呪術者が相手であるということは否めない。
 ただ、そのことを陛下による相談することがいいのか、悪いのか……あたしはとても判断に迷って答えに息詰まった。

「それは……」
「……いや、よい。それよりも治療は、可能か」
「や、やってみますっ」
「うむ……」

 陛下はそれ以上は何もおっしゃらず、たらだ辛そうだ。毅然としているように見えるが、それは見栄だろう。だが、その見栄も今はただただ痛々しいだけで、後ろにいるアルバスさんも辛そうだ。

「では陛下、治療を始めます」

 あたしはいつもより力を込め、呪いに弾かれないくらい強く、治療魔術を掛けた。

「これは……」

 年配のメイドさんが驚きの声を上げる。だが
 集中しているあたしに届いたのはその声だけだった。
 とても大きな光が陛下を包みこみ、異物を排除しようとその輝きを強める。

「天使……?」

 陛下がポツリと呟いた言葉も、あたしには聞こえなかった。


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