一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

※この道、ヒュドラにご注意を

 馬を鼓舞して走らせ、とにかく逃げる。追撃に放たれた光線をノーラに任せて、俺はとにかく馬を走らせた。
 ガッタンゴットン……さすがに旧街道なだけあって道が荒い。近頃は整備もされていないからだろう。とにかく馬車が揺れる。と、車輪が何かに当たって右側から馬車が跳ねて……勢いそのまま馬車が転倒しそうになる。
「やべっ」
 俺は光線を向かい打とうと御者台の上に立っていたノーラの腰に腕を回し、俺とノーラ……二人分の体重を浮かび上がる右側に掛ける。
「ぎゃ」
 というのはノーラの悲鳴だった。とても女の子らしからぬ悲鳴に俺は苦笑した。
「悲鳴の上げ方……気をつけた方がいいよ?」
 元に戻って再び手綱を握り直した俺は、御者台の上でひっくり返っているノーラにいった。ノーラは揺れ動く御者台の上でも、何にも捕まらずに立ち上がった。凄まじい体幹だなぁ……。その鎧の下にどれだけ筋肉が付いているのか見たくなったが、やめとこ……。
 ノーラは暫く、顔を真っ赤にして恨みがましそうに俺を見ていたが、やがて放たれた光線を弾くために視線を俺から切った。
「もう!しつこい!」
「まあ、彼らも仕事だから……仕方ないけどね」
「仕事?魔物が?」
「そう……」
 仕事というと語弊があるが、イメージはそんな感じだ。彼らの仕事は、主人・・の縄張りへ入ってきた異物の排除……異物というのは主に人間のことを指し、魔物が人間を襲うのはこのためだと考えられている。 
 俺は霊峰で修行していた期間中に魔物の生態学についても学んでいた。
 ここらへんの縄張りを仕切っている奴は、どうも荒事がお好きらしい。ここまで好戦的なのは中々いないだろう。
 一応説明しておくと、魔物は普通の動物のような食物連鎖は存在しない。生態ピラミッドは同じだが、被捕食者と捕食者で別れているのではなく、底辺に第三級と呼ばれる被支配者がいて、その上に第二級という支配者、そして頂点に第一級と呼ばれる支配者が君臨する。
 魔物が人を襲う理由は、この支配構造の頂点に君臨する第一級が第二級から第三級に命じているためだと考えられている。
 第三級は、小さな集落のようなものを築いて種別ごとに生活する。第二級は、その集落を纏める……小さな範囲を支配するリーダー的な存在だ。そして第一級とは、それら点々と点在する集落を複数纏め、広範囲を縄張りとしても支配する魔物のことだ。大体、ランクで分ければ……第三級は最低ランクのEランクからDランク……第二級はCランクからBランク……第一級はAランクからSランクで、特別枠のSSランクとSSSランクがいる場合ある。
 ここら辺を支配している第一級が何かは知らないが、ここまでしつこいとなると余程人が嫌いなのかもしれない。第一級はAランクともなると人の言葉を理解し、強力な自我も持つみたいだしな。
 そんなことを考えている内に、光線の数が増えた。
「数が増えてきてる!」
 ノーラの叫び声が聞こえ、俺はどうするか考える。まだノーラなら大丈夫だろうが……このままだと馬車が保たない。
「仕方ない……」
 俺は錬成術で弓を作るために地面に手を向ける……が、馬車のスピードが速くて錬成しても後ろへ流れていってしまった。
「げっ」
 仕方なしに俺は無詠唱で初級水属性魔術【アクア】と氷属性魔術【フリーズ】で生成した水を凍らせて、それを錬成して弓矢を作る。錬成術は物質を別の物質に変換する……その特性上、気体は気体、液体は液体、個体は個体にしか変換できない。空気を弓矢にできないのだ。
 俺は若干のタイムロスがあったものの、数秒で作り上げて、手綱を足で操る。それから空いた両手で弓を持って、矢を番える。
 シュンッと放った矢に再び錬成術を掛けて、弾性を持たせる。
 弾性を持った矢は、木々の乱立する森に入ると的確に木々の間を跳ね、こちらを狙って攻撃してきていた魔物の頭付近を通過して脳を揺らし……気絶する。
 それからビヨヨーンというと間抜けな音が聞こえると同時に、ドサリというと何かが木から落ちる音が聞こえ、俺は足で操っていた手綱で馬に止まるように指示した。
「なんとか切り抜けたかな」
「みたい……」
 ノーラも警戒を少し緩めて、剣を下げる。全く、姿も現さずに手下にやらせるなんて……ここを縄張りとしてる奴はさぞかし嫌な悪代官みたいな奴なのだろう。
 その点、グリフォンとかはいい奴だった。
「さて、じゃあいこうか。長居してても、また襲われ」
 と、俺が言いかけたところで……攻撃の気配を感じ取った俺は咄嗟に矢をその方向へ放って、光線と衝突させて防ぐ。
「げっ、まだくんの!?」
「そうみたいだね!いくよ!」
 俺はノーラに声を掛けてから手綱を操って馬を走らせる。
「乗車してる皆様方!この先揺れますので、どうかお気をつけて……」
 一応の馬車の中で力を蓄えているであろう仲間にも伝えて、俺たちは街道を駆け抜ける。どんどん現れる新手に、ノーラは痺れを切らし始めた。
「め、面倒くさい!」
「頑張ってノーラ!なんなら、交代する?」
「い、いい!ウチ……御者とか無理だから!剣以外は無理だから!」
 ノーラは悲鳴にも似た声で叫びつつ、光線を弾いていく。光線……それはエネルギーそのものだ。それを弾くということは、不安定なものを繊細に扱う技術力が必要になる。
 今、ノーラが行っている作業というのはそういうものであり、その上ガタガタ揺れる御者台の上……どれだけの修練を積んだのかは見て取れた。
「ハッ!」
 縦断された光線が左右に飛んでいく。その光景を眺めつつ、ふと前を向くと……猪の魔物であるディノディノが硬質化した頭部をこっちに向けて足をザッザッと鳴らしていた。
「oh……」
「もう!」
 ノーラもそれを見て、走行中の馬車から前方に飛んで……着地すると同時にさっきみたいに地面に剣を突き立てて、地面を隆起させた。それはまるで跳躍台のような……。
 い、いくしかない!
「ノーラ!」
「うん!」
 ノーラを拾って直ぐ、ディノディノが突っ込んでくる前に馬車は大きく跳躍……馬も馬車も、御者台に座っていた俺たちも飛んだ。一瞬の浮遊感……ディノディノを越えて俺たちは思いっきり尻を御者台にぶつけた。
「い、いたい……」
 俺は半泣きになりながらも手綱だけは離さない。それにしても、この二頭の馬もよくやりやがる……あとで人参を与えよう。
「あ、グレイ!」
「ん?」
 俺はノーラの声で視線を後ろに向け……後方でディノディノがこっちに向かって突進してるこようとしているのが視界に入った。
「しつこいね」
「本当だよ!あ、また」
 ノーラは再び放たれた光線を御者台に立って弾いた。
「これじゃあ、キリがない!」
 確かに……馬も頑張ってくれてはいるが、いつかは疲れて動けなくなる。このままでは不味い……仕方ない。
「【アンチパルス】」
 固有魔術【アンチパルス】……周囲に高周波を放つ【ディスペル】の強化版だ。この馬車を中心に、ノーラ達に被害が出ないようにして放った高周波の影響で魔物達は混乱を起こした。
「よし」
「光線が止んだ?なにしたの?」
「まあ、ちょっと……」
 それよりも、早くここを抜けないと。【アンチパルス】だって固有魔術……弱点はもちろんあるんだ。これは厄介なことになる前に早く……と俺が焦りだしたところで、まるで計ったかのように森の奥深くから雄叫びが轟いた。
「 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎〜!!!!」
 怪物、怪獣、化物……そんな言葉が浮かび上がるような雄叫び。身体が、空気が、大気が、大地が、震える。ヒリヒリと、ピリピリと音を立てて、震えて壊れる。
「い、今の何!?」
「森の主ってところだね」
「主?」
 俺は馬を走らせながら、頭を抱える。【アンチパルス】の高周波は近くにいればいるほど、その効力が増す……だが距離が離れると効力は薄くなるのだが、恐らく……俺が放った高周波で森の主が目覚めたらしい。これは大変不味い。
「早く逃げないと……どんな魔物が出てくるかわかったもんじゃないしね」
「う、うん」
 俺が言うとノーラは大人しく御者台に座る。それから直ぐに御者台と車内を繋ぐ小窓からひょっこりエリリーとセリーが顔をだした。
「い、今の鳴き声何?」
「だ、大丈夫なんでしょうね?」
「ちょっと自信がありません」
「さっきまでの自信はどこに行ったのよ!」
 セリーがプリプリと怒るのを尻目に、俺はとにかく馬を走らせる。とにかく縄張りが抜ければ、どうにでもなる。
 と……俺の索敵範囲に徐々にこっちに近づいてくる巨大な気配を感じた。それにセリー以外の全員が気が付いた。
「馬車を止めろ」
 小窓からギルダブ先輩が顔を出して、俺にそう言った。もう、迎え撃つしかない……か。俺は従って馬車を止めて降りる。
「あ、セリーさんは戦闘向きじゃないんですから……馬車の中で馬車を守っておいてください」
「え?えぇ……わかったわ」
 俺はセリーに馬車を守らせて、臨戦態勢に入る。セリー以外が全員馬車から出たところで、ギルダブ先輩が言った。
「来るのはなんだ?」
「わかりません……あの、すみません」
「いや、謝る必要はない。むしろ、あれだけの攻勢をよく二人で耐えた。とにかく、今は」
 と、ギルダブ先輩が言いかけて……影が落ちた。咄嗟に上を見上げると、そこには翼をバッサバッサさせて飛ぶ、三本首の魔物……SSランクのヒュドラが俺たちを見下ろしていた。


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