一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

移動開始

 結局、あれから家に帰って翌日。鐘が二回と半分ほどの時間に、王都の北口に集合ということになっているので、俺は屋敷のみんなからの見送りを背にエキドナを連れて、北口へ足先を向けた。
 俺が北口に姿を現した時には、既にクロロやギルダブ先輩、ノーラ、エリリー、セリーが移動用の天蓋付きの馬車を用意して待っていた。
「お待たせしました」
 俺が言うと、ノーラが首を振った。
「時間通りだよ」
「いや、みんな待たせちゃったみたいだから」
「そんなことないって」
「そうかな?」
「そうだよ」
 まあ、ノーラが言うのだからそうしよう。
「えっと、それじゃあ早速行きますか?」
「身も蓋もないわね……これから大戦に出向くわけなのだから、何か気の利いたことが言えないのかしら?」
「え?気遣い?セリーさんが?」
「喧嘩売ってるのよね?そうよね?買うわよ!」
 シュッシュッと、セリーがシャドーボクシングをするように拳を突き出すのだが……運動不足なのか、途中で肩を痛めて涙目になっていた。馬鹿か……まあ、それくらいなら最高神官なんだし、自分で治せるだろ。心配する必要はない。
「うわぁ……大丈夫ですか?」
 エリリーはそれでも心配して駆け寄り、肩を貸した、
「うぅ……ありがとう。グレイにいつか必ずドロップキックを喰らわしてやりたいわね」
「あ、はは……」
 ドロップキックなんて出来るわけねぇだろ……シャドーしただけで肩痛めてんだから。その証拠にエリリーが隣で乾いた笑みを浮かべているぞ。
「なんだか女性が多いですね」
 クロロが訝しげに俺を見ながら言った。何故だ……何故、俺を見て言った?一応言うが、俺の所為じゃないぞ!
 ギャーギャーキーキー騒ぐ女性陣を輪の外から、俺とギルダブ先輩は眺め見て……ふと、ギルダブ先輩がフッ笑った。
 俺が不思議に思って首を傾げて、見るとギルダブ先輩は少しだけ楽しそうに笑っていた。
 アリステリア様と一緒にいる時以外では、珍しい笑みだったように思う。
「とても大戦の前の雰囲気ではないな」
「あーですねー」
「お前の存在が、彼女たちの心の支えになっているのだろうな」
「そんなことは……」
「ないことはない……さ」
「でも、僕だけじゃないですよ。きっと、ギルダブ先輩だってみんなの心の支えになっています。ギルダブ先輩は王国最強ですからね!」
 そう……王国最強の男が味方にいるのだ。これほど心強いことはない。
「お前に言われると嫌味に聞こえるから不思議だ」
「え!?」
「冗談だ」
 分かりにくいんですよ……ギルダブ先輩の冗談って。
 それから暫くして、ギルダブ先輩がパンッパンッと手を叩いてその場の全員の視線を集めた。
「さて、招集したのはグレーシュだから実質的にリーダーはグレーシュだが」
「え」
「とはいえ、形式上は俺の階級が一番上だからな……ここは俺が仕切ろう」
 とくにそれに対しての反論は起きず、全員頷いて賛成した。それを見て、ギルダブ先輩も頷いてからコホンっと咳払いしてから切り出す。
「それでは、これより王都から北上し宿場町エルカナフにある廃墟となった旧教会墓所へ向かう。三日ほど掛けて移動した後に作戦を開始する。まあ、それまでは……気楽に行こうじゃないか」
 不敵に笑って言ったギルダブ先輩に対して、各々苦笑いして……それから馬車に乗車して移動を開始した。


 –––☆–––


 馬車にある王国の紋章のおかげで野盗に遭うことはない。爛々と輝く太陽の下でうたた寝しながら御者をしていても、なんの心配もいらない。だから、俺は御者台で……俺の隣で寝ているクロロを咎めることはしない。
 別に、クロロが俺の左肩に頭を預けてるとか、いい匂いがするとか、綺麗な顔を見ていたいとか、そんな邪な考えで放置しているわけではない。決して、そんなことは、まったく、ない……。
「ん……」
 クロロは身じろぎして、唇を俺の頬に寄せる。が、直ぐに下の体制に戻った。寝難いのだろう。
 俺は仕方ないなと思いながら、クロロが起きないようにそっと片手でクロロの頭を持ち上げて、俺の膝の上に置いた。所謂、膝枕……思ったんだけどさぁ……これ、膝ってか腿だよね?腿まくら?……??
 まあ、それは置いておいてぇ……。
 それにしても気持ち良さそうに寝てやがると、俺はクロロの寝顔を見つめながら思った。ちょっと魔が差して、前髪をサラッと弄ったりする。

 …………絹のように滑らかで心地いい手触りだった。

 またまた魔が差して、こんどは白くて綺麗なクロロのほっぺを突いた。

 …………おもちのように柔らかくてスベスベだった。

「これアカン」
 色々とヤバイ……なんか興奮してきた。

(閑話休題)

 それにしても、クロロがこんな風に寝ているのは珍しい。真面目なクロロが大戦の前、移動中といってもクロロは仕事中だ。そして、俺と一緒に今は御者当番……責任感のあるクロロがそんな中で居眠りというのは、本当に珍しい。
 俺がそう思っていると、御者台の影からエキドナがニョルッと這い出てきた。
「おや、お邪魔でしたかぁ〜?」
「いんや……んなことねぇけど。で、なに?なんか用?」
「本当に邪魔じゃないですよね?ご主人様ぁー!」
 ちょっと涙目になったエキドナを宥め、俺は再び用件を訊いた。
「いえ、一応ご報告をと……この馬車がこの道に入ってから魔物の動きが活発になっています」
 俺はそのエキドナの報告を受けて、だろうなーと周囲を見渡す。
 現在通っているのは、目的地である宿場町エルカナフへ続く街道……ではなく、今は使われていない旧街道を通っている。使われなくなった理由は、この街道付近を縄張りにし始めた魔物が原因らしい。
 俺たちがここを通っているのは、エルカナフへはこっちの方が近いからだ。このメンツなら大丈夫だろう、ということで旧街道へ進路を変更している。
 元々、新街道を通る予定だったので三日も掛からないかもしれない。
「ん……ぅぅ……?」
 と、俺の膝の上で寝返りを打ったクロロがゆっくりと瞼を開けて……目覚めた。
「お、起きたか?よく眠れたか?」
 嫌味も込めて言ってやるが、寝起きであまり現状を把握出来ていないのか、クロロは暫く辺りを見回してから……ヨロヨロと起き上がる。
 おや?
「……眠ってしまいましたか。すみません」
「いや、いんだけどよ……」
 俺はてっきり顔を赤くして慌てるかと思ったのだが……なんだろう、この大人に対応!なんだがショックです!!ショックです!!!
 大事なことなので(以下略)
「それより、ヨダレヨダレ」
「え?」
 俺はダラシないクロロのヨダレを注意してやる。あ、てか俺のズボンにクロロのヨダレが……まあ、いいや。
 クロロは今度こそ慌ててヨダレを拭い、それから俺のズボンに染みが広がっていることに気が付いて……、
「わ、わ!すみません、すみません……」
 そして何を思ったのか、染みの付いた場所を舐めた。
「は!?お前何やってんの!?」
 これには俺もビックリして、結構本気で焦る。そして、俺の声でクロロも我に返ったようで再び慌てて、口元を手で隠した。
「え!?わた、私何を!?」
「俺が聞きてぇよ!」
「ね、ねねね寝ぼけていたんです!というか、どうして私膝枕されていたんですか!」
「お前が居眠りしてたんだろうが!」
「そうですけど……そうですけど!!」
「いや、まあ……」
 と、俺はとりあえず膝枕の経緯を説明してやるかと一旦落ち着いてから口を開く。
「最初は俺の肩に寄り掛かって寝てたんだけど、寝難そうにしてたから膝に……」
「起こしてくれればよかったじゃないですか!」
「なにぃ!?俺の所為なのか!?」
「それは……違いますけど……」
 そりゃあそうだ!
「ふふふ〜お二人は仲が良くて相性も良さそうですぅ」
「「そんなことは……」」
 勢いで「ない」と言い掛けて、お互いに黙ってしまった。ハモるとは思わなかったし、まさか止まったところも同じとは思わなかった。
「おや……」
「「…………」」
 なんだか色々と疲れた。


 –––☆–––


「なんかーさっきはクーロンさんと楽しそうだったじゃん」
 と、頭を冷やしてくると言って馬車のの後ろに引っ込んだクロロに代わってノーラが俺の隣に座った。
「聞こえてたの?ごめんごめん」
「いや、別にいいけど……。あ、そういえばグレイって」
 ノーラが何かを言い掛けて……エキドナが「ご主人様!」と言ったと同時に、俺とノーラは動き出した。
 俺は馬の手綱を操って止まらせ、ノーラは馬車を護るように腰から細剣を抜くと地面に突き刺して叫ぶ。
「〈求めに答え 地を這い 天を舞え 地を踏み 天に吼えろ 汝蹂躙せし数多の星 循環する恵みの力 現出せよ〉【ガイアシールドン】」
 達人級地属性魔術【ガイアシールドン】……マジかノーラ……魔術が苦手だった筈なのに、詠唱が必要とはいえ達人級の魔術が使えるようになったのか!
 達人級ってのは詠唱も長いし、魔力を練るのも難しい。ルーンの一つ一つが重要すぎて発動が難しい。それは階級が上がれば上がるほどそうだ。
 ノーラが発動した【ガイアシールドン】によって、地面から土塊の巨大な腕が隆起する。それに向かってレーザービームのようなものが飛んできた。【ガイアシールドン】はそれ防ぐと、再び土に返った。
「今のって!」
「うん。魔物の仕業じゃないかな」
 ノーラは警戒を緩めずに、俺の言葉に耳を傾ける。それから再び光線が放たれ、それをノーラが今度は細剣で弾いた。
「おぉ……」
 剣術のキレは凄い。速さだけなら、月光化状態のクロロと同じくらいかもしれない。いや、そこまででもないが……少なともそれに近いスピードはある。
「なになに?何の騒ぎよ……」
 セリーはウンザリとしたように言いながら、天幕から顔をひょこっと出す。
「中に入っていていいですよ。僕たちで何とかするので」
「そーそーですよ」
 ノーラも言って、セリーは肩を竦めた。
「ギルダブもそうしろって……まあ、いいわ。じゃあ、私は大人しく馬車にいるわよ?」
「はい」
 セリーは戦闘向きじゃないし、運動不足な方向音痴さんは中で待っていてください。と、セリーと入れ替わるように今度はクロロとエリリーが出てきた。
「何か手伝うことある?」
「手伝いましょうか?」
 口々に言うので、俺は苦笑しながらも大丈夫と手振りで伝えた。
 今は出来るだけ消耗させない方がいい。俺とノーラで切り抜けるのなら、それがいいだろう。それが分かっているから、俺たちが大丈夫といえばみんな信用して任せてくれる。
「ノーラ、いけるよね?」
「勿論!」
「それでは……任せましたよ?」
「うーん……まあ、今回はノーラに譲るかなぁ」
 そう言いながら、二人も中へ。さてと……。
 周囲の状況は左に平原が広がり、右に森が広がっている。その森の中からの攻撃だった。どうするかなぁ……。
 とりあえず俺は思考を巡らせる。光線となると、兎かもしくは鹿が魔物化した魔物による攻撃かもしれない。兎の魔物ウサビーチと鹿の魔物ウマシカは、どちらも頭部の耳や角にエネルギーを蓄えて、蓄えたエネルギーを圧縮して放つ器官があるのだ。
 まあ、対策の仕様はいくらでもある。一先ず、この場を切り抜けるために俺はノーラに言った。
「よし!ノーラ!」
「分かってる!ここはウチが」
「逃げるよ!」
「えぇ!?」
 俺はノーラが何か言う前に言って、ノーラを御者台に引っ張り上げて馬を走らせた。馬が二頭だから結構馬力がある。頑張れ!頑張れ!!


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