一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

とうばつへ

 ※


 それから色々な兼ね合いはエキドナに丸投げし、山賊討伐に必要な物資を軍費から調達した俺はその日、家に帰って明日には出る旨を伝えた。

「いってらっしゃい。気をつけてね?」
「気を……つけ、て……くだ、さい」
「ニャン」
「おーう。無事を祈っておるのじゃ」
「頑張ってねぇー?」

 と、口々に言われた。そして最後に、クロロが微笑みを浮かべて言ったのを、俺は心のカメラに残した。

「頑張ってください」

 そっと添えるように触れた。
 その暖かさは、俺の頬から全身に広がり、活力を与えた。


 ※


 出発当日の朝は曇りだった。若干、幸先が悪いのだが……気にしないことにした。
 集合場所となる王都イガリアの南門まで歩いて行くと、用意した物資を乗せた荷馬車と御者、それに冒険者と思わしきパーティが二組、そして俺の下についてくれたおよそ八名の兵士達が揃っていた。

「遅かったですかね」

 というと、兵士の中からアースが出てきて肩を竦めた。

「いやいや。まあ、大将はそんくらいがいいって」
「そう?」
「そーいうもんだろ」
「そう……あ、どうも。初めまして。今回の山賊討伐の指揮を預かります。グレーシュ・エフォンスです」
  
 俺はアースから視線を外し、談笑を中断して俺に視線を向けていた冒険者達に近寄って、声をかけた。
 すると、少しだけ戸惑うように少し若い男がおずおずと口を開いた。

「えつと……Cランクパーティ『赤い爪』のリーダー。ソルバルト・ホムルです。で、こっちが……仲間達です」

 と、ソルバルトが後ろにいた冒険者達を紹介する。それに続くように、ソルバルトの向かい側にいた中年の男が言った。

「俺はCランクパーティ『アックス同盟』のリーダー……ジーン・パックスだ。こっちがおれの仲間達だ」
「そうですか。お二人とも、それに冒険者のみなさん。よろしくお願いします」
「「……」」

 なぜだか、二人とも無言だった。二人だけではない。後ろで俺たちが話しているのを見ていた冒険者達も、なんだか信じられないものを見ているようだった。
 その視線が大変居心地悪かったので、俺は顔をしかめつつも遠慮がちに訊いた。

「……なにか?」
「えっ……あ、すみません」

 ソルバルトが真っ先にわれに返り、そう謝罪して続けた。

「その……今回の雇い主が噂の伝説殺しの『閃光』だと聞いていたので、どんな人なのかとビクビクしていたのですが……」
「せ、『閃光』……?」
「はい……」

 ソルバルトがどこか申し訳なさそうにしている。いや、その必要は全くないのだが……それより、なんだ『閃光』って。

「まるで光のような速さでその名前を轟かせたということから由来していると……」
「あ……そうですか」

 過大評価にも程があるのだが……誰が出所だ。
 そう思って、何となく視線を巡らせていると地面から…。正確には俺の影の中からクスクスと笑う声が聞こえた。

 犯人はお前か。

「とにかく。噂の『閃光』が、このような方で安心しました。伝説といえば、やはり帝国のベルリガウスが想起しますから……」
「なるほど」

 それなら、伝説に偏見を持つだろう。俺も伝説ってそんな奴らばっかりだと思ってるし。
 ん?あれ?なんかこれ、俺が伝説みたいな……?
 俺が感じた違和感にはついて考えていると、アースが仕切るように手を挙げた。

「まあ、なんにせよだ。そろそろ出発だろ?大将」
「……ん」

 そう言われ、俺はグルリと視線を巡らせる。各々、表情は様々だが……いい緊張感を持っているように思える。これなら、俺が余計なことを言う必要もないだろう。
 ふと、索敵範囲内に見知った人物の気配を感じた。その気配はすぐ近くにあり、視線をソルバルトの背後にいる仲間達へ向けてみると、その中に顔を布でぐるぐる巻きにした細身の女性らしき人物が腕を組み、こちらを観察するように見ていた。

 あいつ、何やってるんだ……。

 俺がそう思っていると、アースが首を傾げていたので俺は気を取り直すように頭を振り、口を利かせた。

「それじゃあ、出発しましゅ」

 噛んだ!


 ※


 王下四家の一柱、ノルス家の持つ所領の一つが今回俺たちが向かうカスタボンヌの町周辺だ。
 カスタボンヌの町から東に行くと森人エルフが暮らす集落がある、ガラ・ガラの森がある。なんだか、とても空いてそうな森だな……。
 カスタボンヌの町の住人と森人達は友好関係にあり、森人達が育てているスキスギと呼ばれる木を貰って、カスタボンヌの町の住人達は過ごしている。
 スキスギとは、育つのがとても早い樹木であり、一ヶ月から三ヶ月で数メートルの巨木になる。
 それらを材料にした木造建築の住宅やら食器、家具などがカスタボンヌの町の主流であるらしい。
 逆に、カスタボンヌの町からは森人達に食料の提供など……貿易のようなことをしているようだ。
 このような取り決めの全て、つまりカスタボンヌの全権はノルス家の長女であるアリステリア様が持っているというのだから、全く感嘆の息しか吐けない。

「ガラ・ガラの森には、主がいるそうで」
「主?」

 俺たちはカスタボンヌの町へ向かって移動している。整備された道で、この分ならば夕方には着くことだろう。
 大将ば馬に乗れと言われたので、俺は先頭を馬に乗ってパカラッパカラッと進んでいる。そのおれの後ろに、みんなが着いてきており、荷馬車を囲うようにして歩いている。
 俺は影の中にいるエキドナに向かって言った。

「主って、第一級か」
「おや、魔物の支配ピラミッドをご存知で?」
「あぁ……俺、魔物研究とかしてたからな」
「なるほど……」

 第一級は、魔物の支配構造の中でも頂点に君臨する魔物。ランクはA〜Sと前に説明した通りである。

「名称はガラ・ガラ鳥……ランクはAですねぇ。大人しい気性で、普段から空を飛んでいるのをよく見かけるらしいですが、襲われたなどの報告はないようですぅ」
「へぇー?珍しいね」
「そうでございますね。むしろ、人懐っこく、森人達と戯れることもあるとか」
「本当に珍しいな……」

 そんな魔物もいるのか……うちのユーリぐらいかと思ってたわ。
 魔物は人を襲う。それが一般的な常識だ。テイマーとか、そういう類でもなければ扱いきれるものではない。
 ガラ・ガラ鳥……ね。確か、普通のなんかそこら辺にいる鳥が魔物化したんだったっけな。鋼の羽毛と、硬質な嘴による攻撃が強力だという。

「ガラ・ガラ鳥は、そういったことから森の守り神などとカスタボンヌの町や、集落の森人達からも呼ばれているようです」
「そうか」
「ガラ・ガラの森には他にも、ベオウルフなどの魔物もいるみたいですよ」
「ベオウルフねぇ」
「……?なにか?」
「なんでも」

 俺は少し不思議そうに首をかしげたエキドナに、ただ一言だけそう言った。それから、続けて言った。

「で、お前なんでここにいるわけ?母さんに付けよ。精霊になったお前なら、俺から離れてても大丈夫だろう?」

 俺が言うと、エキドナは影の中で首を竦めた気がした。

「むぅ……まあ、いいんですけれどぉ。わからないですねぇ」
「わからない?なにが」

 俺が問いかけると、エキドナは一度溜息を吐いて続けた。

「ご主人様が、です」
「俺が?」
「ずっと気になってはいたのです。ただ、そこに好奇心をエキドナは見いだせなかった。ご主人様がいわゆる、母親ラブで姉ラブという変態的趣味の……」
「おい」

 少し声を低めてみるが、エキドナはちっとも衰えなかった。

「まあ、冗談は置いても。やはり、解せないのですよぉ。ご主人様、あまりにもソニア様やラエラ様に拘りすぎていませんか?」
「そうかねぇ?普通だろ。家族だし」
「そうでしょうか。それだけの理由で、そこまで拘るとはエキドナには思えません。家族も、血が繋がっていること以外、結局は他人です」

 エキドナの言っていることは的を射ているように思えた。結局、家族といっても姉や母、父などは個人でしかなく。自分という個人は、自分の中でしか完結しない。

 自分は自分。
 彼は彼。
 彼女は彼女。
 俺は俺。

 家族がどんな者であっても、自分の中でしか完結しないのであれば、それは総じて他人にしかなりえない。

 だからこそ、俺はエキドナの単純な問いに対して言葉が詰まった。
 これはただの、俺の我儘であり、信念であり、ずっと心の奥底にあるものだ。理由があるとすれば、前世の記憶……だが、それだけではない。それはむしろ、ただの切っ掛けでしかない。

「どうしてでしょうか」

 再度投げかけられた問いに、俺はパカラッパカラッと進む馬の上で空を仰いでこう言った。

「さぁ」

 そう言えば、エキドナは呆れたように肩を竦めたように思えた。影の中で、そういったエキドナの姿が頭に思い浮かぶ。

「強いて理由をあげるなら、まあそうだな……」

 俺は少しだけ逡巡してから答えた。

「託された……から」
「託された?なにを」
「愛を」
「……?なんです?どういう意味ですか?」
「深い意味はないよ。ただ、今のいままで二人に注がれていたはずの深い愛を託された……んだろうな。多分……知らんけど。強いてあげるなら、きっとそういうことなんだろうさ」

 エキドナはよく分からないようで首を傾げるばかりだった。俺もよく分からない。これが、本当の理由なのかどうか。
 ただ、この二人への無条件の愛は俺の分だけでは足りない。俺の持つ、信念だけでは到底足りない。俺が二人を大切に想う気持ちよりもずっと、深く重い気持ちが、愛が、もしかすると俺の頭の上に乗っかっているのかもしれない。

「あ、もしかして……」

 と、エキドナがなにかに気が付いたようにハッとした声をあげる。そして、影の中から苦笑の声が聞こえた。

「死者の想いを継ぐ……ですか。よくある美しい話ですね。エキドナは死者ですから、そういったことには……少なからず感動を覚えますねぇ」
「そうか」

 たしかによくある話だと思いながら、俺はまだまだ続く道の先を見つめた。


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