一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

始動

 –––魔術協会本部–––


 魔術協会の本部……全世界の魔術師達を統括する拠点である。
 全百階にも及ぶ巨大な建物であるが、ここは帝国技術の魔導機械マキナアルマを使用しているために移動は比較的に楽であった。
 魔術協会の本部、その最上階には魔術協会を取り仕切る協議会員達がいる……。
 彼らは議長以外全て番号が振られ、それ以外で呼び合うことはない。

「帝国が各国と戦争を始めた」

 と……空白の議長席のすぐ隣、二番の番号を与えられた議員がそう言ったのは、協議会の始まりを告げるものだった。

「彼の国は、魔導機械の先進国であるが故に……少々強気に出たのだろう」
「先進国とはいえ、あれは我々の技術・・・・・を模倣しただけの代物よ……あのような紛い物では、達人レベルの化け物には敵うまいて」

 バニッシュベルト帝国の誇る先進技術……魔導機械マキナアルマは、そもそも魔術協会が発明した技術だった。その技術を魔術協会は帝国へ提供……売ったのだが、それは魔導機械の初期シリーズのみだ。
 以降の魔導機械に関しては、魔術協会は一斉提供はしておらず、全て帝国が独自に進化していった形態だった。
 この事実を知っているのは、魔術協会と帝国上層部のみ……どこの国も、魔導機械の発祥が魔術協会とは知らなかった。

「教会勢力は、我々の動きに気付いたようだ」
「……ふむぅ。まあ、それはあの女も織り込み済みだろうて」
「ゼフィアンか。はたして、あの女の口車に乗せられてもよいものか」
「どちらにせよ、今が好機ではあるがな。ほとんどの国が帝国へ出兵している。各国の力は今弱体化していると言っていい」
「さらにいえば、出兵した各国の軍隊の全てが全滅は必至と見える。あの女が数百年前から帝国の地下にて作らせていた……魔導機械シリーズ『ディザスター』があるからな」
「ベルリガウスや、他の達人があの女の障害であったか」
「まあ、それもなくなったわけだが……」

 三番から十番まで……それぞれが口々に口を開く。
 二番は、それをジッと見つめ……ふと、口を開いた。

「ともかく……我々の目的は一つだ。現代の教会支配を終わらせ、我々が頂点に立つ新時代を創る時がきたのだ。あの女は、その我々の計画の礎にすぎん。古き支配体制を壊し、さぁ、創ろう。我々の新時代をな」
「「「異議なし」」」

 二番が締めくくると、全ての議員が賛成の言葉を述べる……ただ、空白の議長席を残し。
 バタッと、協議会室……つまりは、最上階の扉が開かれたのはそんな折であった。
 何事かと議員たちが、そちらへ目を向けると……そこには空白の議長席に本来座っているべき……議長がいたからだ。

「おやおや……議長殿……どうしましたかな?」
「どうしたも……こうしたもありますまいな。まさか、毒を盛ろうとは……っ」
「毒とはまた……ただの麻痺毒ではありませんかな?なにも、我々は議長殿……いや、稀代の天才発明家オルメギダ・テラーノ殿を……まさか殺そうなどと。そんな非合理的なことをするはずがありますまい」

 オルメギダ・テラーノ……二番が言った通り、彼の老人こそが魔導機械を第一に発明した天才であった。
  
「議長殿のおかげで、我々はこの教会支配から新時代へと……移り変わることができるのです。議長殿に麻痺毒を盛ったのは……他でもない。あの女を動かすため……」
「っ!?」

 オルメギダはそれを聞いて、目を見開くが……麻痺した身体が言うことを利かなかった。ここまでこれたのは、まだ毒が全身に回っていなかったため……しかし、毒は確実にオルメギダを蝕んだ。

「毒が回ってきたご様子……さて、では議長殿にはあの女に対しての、人質になっていただこう」
「「「異議なし」」」
「き、貴様……らっ」

 オルメギダは膝を折り、地面を這う。そして、自分を見下ろす外道たちを睨みつけながら、自身の愛弟子のことを思い出す。

「彼女は……動きますまい……」
「いえいえ。あの女は、御身のためならば必ず動きますとも。自然の理から外れた人外の力を持つ……『暴食』。あれは、そういう女でしょう」
  
 オルメギダはそれをとても否定できなかった。
『暴食』セルルカ・アイスベートは、魔術協会の議長であるオルメギダの言うことしか聞かない。それは、オルメギダがセルルカにとって師匠であったからだ。
 オルメギダは魔術の師であり、そして自らの発明……魔導機械の知識の全てもセルルカに与えていた。
 そういった二人の関係を、議員達は利用しようと考えたのだ。

「彼女を動かし……どうする……」
「教会支配の終わりが来たと……申し上げましたが?シャルラッハ・マクス・ウェルの動向は既に把握済み……シャルラッハにあの女をぶつけ、その間に我々が全世界の機械マキナ化を実行するのですよ」
「機械化……っ?」
「えぇ……さぁ、諸君。各国に使者を。受け入れるというのなら、それ相応の待遇を。拒むのなら……それ相応の処遇を」
「「「異議なし」」」

 それを最後に、議員達は姿を消し……残った二番が倒れ伏したオルメギダを見下ろし……言った。

「誰かきなさい。議長殿をお部屋へ」


 –––グレーシュ・エフォンス–––


 結局、俺はその日……軍事塔で志願兵を募るだけで家に帰った。
 協会と帝国が繋がっている……として、正直そこにどのような繋がりがあるのかが、俺には全く見当もつかなかった。
 情報不足……まぁ、あまり深く考えても泥沼に嵌るだけである。適度に思考を停止することにした。
 とはいえ、一度……セリーに会った方がいいかもしれないと思い、俺はお昼過ぎの教会へと足を向けたのだった。
 そして、教会へ入ってセリーの気配を探すと……やはり、いつものように懺悔室で神父の真似事をしているようだった。
 俺は肩の荷が少し落ちた気持ちで懺悔室に入る。

『汝……』
「こんなところで……どうしたんですか?」
『っ……グレイ!』

 隣のセリーから、そんな驚いたような声が聞こえた。

『ど、どうしたのよ……貴方……大丈夫なの?』
「なんの話です?」
『あぁ……ほら、例の……』

 例のといわれ、ふと……俺はそういえばこの前セリーのところに行った時に、バーニングがどうのこうのと……そんな話をされた気がする。
  
「なんでしたっけ……バーニング現象ですか?あまり……自覚がないんですけどね……」
『そういうものだから……ねぇ、男の人が好きだとかある?』
「なに言ってるんですか……」
『治ってるのね……聞いた通りだわ』
「聞いた?」
『えぇ……エキドナに。っと、でもこれはこっちの話だから気にしないでちょうだい』

 なんだよ……なんか、エキドナにも同じ質問されて、同じ風にはぐらかされたんだよなぁ……。もしかして、自覚がなかっただけで俺って……男色にでも目覚めていた時期があったのだろうか。 と、いやでも察してしまう。
 俺がそれで若干、うへぇとなっているとセリーが咳払いしてから言った。

『それで……何か用かしら?』
「あぁ……そうですね。あの後……協会について何かわかりましたか?」
『調査中ね……ねぇ?グレイのことだから大丈夫だとは思うのだけれど……このことをお国に報告したり……』

 そんな不安そうに訊かなくても……言うわけがない。これは飽くまでも教会側の問題であり、国が関与することでもない。関与するとすれば、正式に教会から要請があった場合だ。
 一兵士である俺が、勝手に教会側の失態など言いふらせば、教会に不信感を抱くものが出てくるかもしれない。
 そしたら、最悪俺は教会から背教者として締め上げられてしまうだろう。そんなことはしない。

「言ってませんよ。バカにしないでください」
『そ、そうよね……私もグレイを捕まえたりなんて、したくないわ』
  
 そう言って、セリーは本心から安堵の息を漏らした。そんな風にされては、こちらもからかうことなど出来ようもなかった。

「心配……してくれていたんですか?」

 そういうと、なにを今更……とセリーが壁越しに微笑んだ。

『当たり前……でしょう?グレイを捕まえるの……大変そうだもの』

 そっちかよ。

「そうですか……」

 俺が少しやざくれたように返せば、再び隣の個室から笑い声が聞こえてくる。

『うふふ、冗談よ』

 まるで子供扱いだと、俺は肩を竦めた。

『で……続きだけれど、さっき言った通り調査中なのは変わらないわ。でも……一つ気になることがあるのよ』
「気になること?」
『そう……覚えているかしら?私と霊脈調査に行った時のこと』

 霊脈調査と言われ……そういえば、と俺は思い出す。なにやら、帝国軍が動いていたようだったが。

『カインは……覚えているわね?彼は私の報告で霊脈調査の任を教会から与えられていたのだけれど……その結果、どうも今の帝国のトップにはゼフィアンがいるようなのよね』
「ゼフィアンが……?」

 またか……と、俺は顔を顰めた。なにかあれば、そこにゼフィアンありみたいな……そんな気さえしてくる。
 雷帝の戦の時、ゼフィアンが現れたのは全くの偶然とか……そういうわけではないようだ。
 あの時、ゼフィアンはベルリガウスを殺そうとしていた。その目的は?帝国が欲しかったから?
 あれが戦を起こすことを目的にしていることは、知っている。とはいえ、わざわざベルリガウスなんて危ない奴に近づいてまで、帝国を手に入れるメリットは……はたしてあるのだろうか。

「ふぅ……」

 俺は一度息を吐き、思考を止めた。ダメダメだな……考えなくちゃいけないことが、沢山ある。

『まあ、グレイが気にすることではないわよ。これは……教会の問題よ。あなたは……あなたで忙しいでしょうし』
「暇ではありませんが……」
『……彼女とのこともあるものね?』
「彼女?」
『『月光』よ』
「そういう関係じゃないんですけど……」
『でも……好きなんでしょう?』

 そう問われ、俺は少しだけ押し黙った。いや、そうだけれども……なんだか、他人に面と向かって好きだというのは初めてなために、小っ恥ずかしい。

「……まあ、はい」
『…………』

 と、一瞬だけセリーから反応がなくなり、怪訝に思った俺は眉を顰めた。

「……?セリーさん?」

 俺が声をかけると、まるで我に返ったように隣の個室でガタッとした音が聞こえた。

『ぁ……いえ、なんでもないわ。……なんだか、少しおかしいわ』
「はい?」
『グレイは……友達のはずなのに……』
「…………?」
  
 不思議そうに、呆然としたセリーの呟き声に俺はただただ首を傾げるばかりだった。

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