一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

初めまして!

 俺が人集りに近づくと、その中にいた兵士たちが表情を強張らせて身を引いた。
 あれ?と、首を捻っていると後ろからスカッシュ先輩が肩をポンポンと叩いた。

「……?」
「大丈夫だ。俺は……いや、お前のこと知ってる奴らはお前のことをよく知ってからなぁ……。だから、気にすんなよ」
「…………はい」

 それで得心した。そうか……今、身を引いた数人の兵士たちは俺と面識がなかった。そして、人が面識のない相手を見定める時に使うものは、正しく肩書き。
 今の俺は、伝説二人と戦って生きている兵士……ただそれだけのことしか知らない。
 自分の知らないところで、自分が畏怖の対象になろうとは夢にも思わなかった。こんなにも小心者な俺を怖がる人がいるなんてなぁ……。
 まあ、いっかと俺は特に興味も示さずに弁当を買ってみようかなという軽い気持ちで人集りを割る。
 と、随分と久しぶりな笑い声とともに俺は目を見開いた。

「なーはっはっはっ!おう!そこにいるのは我が眷属のグレーシュではないか。ここで会ったのも何かの縁よ……貴様の持つ硬貨を我に捧げると言うのならば、この弁当を恵んでやろうぞ」

 紫色の髪に、相変わらずの中二病で眼帯を付けているベルセルフ・ペンタギュラス……ベールちゃんが弁当の売り子をしていた。

 人選ミスだろ、これ。

 そして俺はいつから眷属になったというのだ。全く……これは一言いわねばなるまいよ。俺は頭を垂れ、ベールちゃんの前で膝を付くと両手で銀貨を差し出して言った。

「はは〜この銀貨を御身に捧げます」
「なーはっはっはっ!苦しゅうない苦しゅうないぞ!ほれ、では約束のものであるぞ。受け取るがよい」
「ありがたき幸せ〜」

 そんなことをしていたら、周りでその光景を見ていた兵士たちが一瞬の静寂の後……スカッシュ先輩が吹き出したのを皮切りに、一斉に爆笑した。


 –––☆–––


「伝説っつったら、怖いイメージしかなかったからなぁ……」
「ベルリガウスとか!」
「しっかし、グレーシュさんは全然違うぜ」

 俺は自分の周りで賑やかさを取り戻した兵士たちに苦笑した。
 はぁ、よかった……と胸を撫で下ろしているとスカッシュ先輩が肩をプルプルさせながら俺に言った。

「なんだ……ぶふ。わざとか?」
「そりゃあそうですよ」
「だよな〜。こんなガキにひざまづいて……ぶふ。ままごとが趣味なのか?」

 スカッシュ先輩が言うと、周りの兵士たちが「ぎゃははは」と笑った。そんなに受けないだろ……笑いの沸点がおかしな人たちだと思っていると、あぁ……そうかと納得した。
 例えば、今のをベルリガウスがやっていたとしたら俺は笑ったかもしれない。なるほど、やる人間によって面白いこと……という奴かもしれない。
  ふと……俺は自分を見続ける不思議な 

 視線に気が付き……ベールちゃんの隣で売り子をしていた、もう一人の女の子に目を向ける。
 ベールちゃんよりも背は高いが、やや小柄だ。全体的に線が細く、女性らしいしなやかさの中に幼さを残す感じがする。
 言うなれば、美少女……。
 海が波打つかのような緩くウェーブした長く深い青の髪に、サメのヒレを想起させる耳なのかなんなのか……頬は少しだけザラザラとしていそうだ。所謂、鮫肌という奴かもしれない。
 それを見た俺は、魚人族だと直ぐに分かった。主に海で生活している種族であり、陸地でも長時間活動できる適応性があるという。
 とはいえ、こんな内陸の方にあるイガーラにいるのは……少々というより、かなり珍しい。
 と、ここで俺はその美少女のサファイアのような双眸と目を合わせ……思い出した。いた、そういえば……雷帝の戦の時に、シルーシアやベールちゃんといた、青色の女の子。たしか、この子であったはずだ。

「…………あの」
「は、はい」
「こ、こんにちわ」
「……こんにちわ」

 少女から、なんとも的はずれな挨拶をされて、 俺は困惑しながらもそれを返す。

「えっと……初めましてでしたわね……。あたくし、ウルディアナ・す……ウルディアナと申しますわ。しる……ルーシーやベールの友人ですの」
「これはご丁寧に……僕はグレーシュ・エフォンスです」

 俺がそう返すと、少女……ウルディアナはほっと息を吐いた。家名を名乗らなかったことを指摘されなかったからだろうが、そんな自己紹介をされれば誰でも察して訊くようなことはしないだろう。
 シルーシアの名前なども、彼女は帝国軍所属で有名だ。それをイガーラ王国軍兵士たちの面前で、まさか口にするわけにもいかないだろう。

「以前にベールがお世話になったと」
「いえ、こちらも楽しかったので……それにしても売り子ですか……なぜベールちゃんが?」

 純粋な疑問だった。年柄や見目の愛らしさから、なるほど、売り子に向いていると思えるのだが、ベールちゃんのことを少なからず知っている者からすれば、心配の種を増長させるような行いだ。
 そんな俺の意図を読んだのか、ウルディアナは苦笑して答えた。

「ルーシーもルーシーで忙しいのですわ……それに、お世話になりっぱなしというのも……あたくしの矜持が許しませんわ」

 誰に世話に……という野暮なことは聞かなかった。ここでその名を口にし、自分たちのことが誰かにバレたのなら、その人物は間違いなくイガーラでの住処を失うことになる。
 とはいえ、俺が知るその人物はそんなことを気にも留めなさそうだが。

「なんだ?そこの別嬪ちゃんと知り合いか?」

 と、スカッシュ先輩がベールちゃんから弁当を買って、俺とウルディアナを交互に見て言った。俺はそれに対して、首を横へ振った。

「知り合いの……知り合いみたいな」
「なるほどな……んじゃ、俺らは午後の訓練もあっからよー。飯食ってくるわ」
「はい!頑張ってください!」
「おめぇもな!グレイ!」

 そう言うと、スカッシュ先輩はい兵士たちを連れてこの場を後にする。
 見ると、ベールちゃんが持っていた弁当は売り切れていた。

「繁盛していますね」
「お店で腕を振るっている……おじさまの腕がいいおかげですの。おばさまも……すごくお優しい方ですわ。グレーシュ様も、一度お越しになられてはいかがでしょうか?」
「商売上手ですね」
「いえ、あたくしは素人も素人……何も知らないただの女の子ですわ」

 少し自重気味な彼女の物言いに……ふと、ベールちゃんが静かだなと目をチラリと向ける。ベールちゃんは、ただ黙ってウルディアナを見ていた。まるで、頼れる姉を見ているかのような瞳だった。
 何も知らないただの女の子が、『隻眼』などとも呼ばれるベールちゃんに慕われることなどあるのだろうか。
 気にはなったが、別に俺が踏み入る領域でもないなと頭を振った。

「あぁ……一つだけ、お会いしたらお訊きしたかったことがありましたの」
「なんでしょう」
「どうして……あたくしやベール、それにルーシーのことを誰にも言わずに?……あの方と、グレーシュ様がそこまで深い仲には思えず、庇うようには思えないのですわ」

 ウルディアナの言うあの方が誰なのか、察せられないほどじゃない。俺は肩をすくめて見せた。

「一言でいえば、どうでもいいから……でしょうか」
「どうでも……?しかし、あなた様は大手柄を上げることに……」
「そういうのに、興味があるわけではありません」
「欲がない……というのですの?あたくし、そういった殿方ほど信用できない者はいないと思っておりますのよ」
「良い心掛けだと思います。誤解されているようですが……僕は、出世欲がないだけで、欲がないわけではありません」

 そう答えると、ウルディアナは首を傾げた。どうしてか?と訊ねているように見えた。

「出世すれば、仕事が増えるからですね」
「…………」

 呆れるような目で見られた。初対面の相手に若干失礼ではなかろうか……しかし、俺は大真面目だ。仕事が増えて、家族団欒の時間が奪われるのは避けたい。
 ただでさえ、今も忙しいくらいだというのに。これ以上忙しくなったら……と。

「まあ、そんな他愛ない理由ですよ」
「そう……ですのね。では、グレーシュ様はあたくし達の味方ではない……ということですのね?」
「そうですね。わざわざ、厄介ごとの種みたいな人達に関わり合いたくないですから」

 とはいえ、ベールちゃんのためならば少しくらいは関わってもいいかもしれない。俺のひそかな、ベールちゃんとツクヨミちゃんのツーショットを果たすために……。
 ウルディアナは少し目をパチクリさせてから、興味深げに……だが遠慮がちに俺を見つめる。
 俺が首を傾げると、ウルディアナは少し慌てた様子で言い繕うように言った。

「申し訳ありません……不躾な目で見てしまいましたわね。気分害されてましたら、申し訳ありませんでしたわ」
「……?いえ。何か、変でしょうか」
「変……というよりも不思議なだけですわ。あたくしが知っている殿方は、傲岸不遜で常に自分たちが正しく、常に自分たちが上にいると思っている方々と、そしてあのお人好しなお方だけですの……だから、グレーシュ様のような方が珍しいといいますか……」

 この女の子の人付き合いはかなり複雑なようだ。
 立ち居振る舞い、人の内面を見つめているかのような観察眼……この女の子が元々はかなり位の高い爵位を持っていたのは素人でも分かる。
 そして、魚人族の国と呼ばれる海底王国エールガレインでは男性上位の考え方がある。
 そこの出身であり、位の高い爵位を持つ魚人族の女の子……ね。それが帝国出身者の、ベールちゃんとシルーシアと行動を共にしている理由は、なんなのだろうか。
 まあ、それこそ俺にはどうでもいい話である。

「珍しい……ですか」

 俺が苦笑しながら答えると、ウルディアナは微笑んで言った。

「ええ……とても不思議ですわ。冷酷な方なのか……それとも、とても心優しいお方なのか」
「冷酷……?」

 俺が?

「そうでしょう?」
「そうでしょうか」

 やはり、俺は苦笑した。

「あたくしがお訊きしたかったことは……もうありませんわ。お付き合いいただき感謝しますわ」
「いえ、こちらこそ」
「これからも度々お弁当を売りに、ベールと共に訪れますの。その時は是非、ご贔屓にお願いしますわね」

 少しだけ年相応の可愛らしい笑顔を浮かべたウルディアナは、そう言った。

「商売上手ですね」
「ありがとうございますわ。ベール、帰りますわよ?」
「うむ。では、またな。グレーシュよ!」
「うん。またね〜」

 ベールちゃんは先を歩き出したウルディアナについて行くようにして歩き出したが、はたと止まったかと思うと俺の方に視線を向けて言った。

「のぉ……今度……我と共にどこか出掛ける権利をやろうぞ」

 出かけたいのか。

「あの方……っていう人は?」
「あやつは……あやつで忙しいのだ。グレーシュは、我が眷属であろう?それならば、我と共にどこかへ出掛けるなど褒美であろう」

 あぁ……そうか。今わかった。眷属って、ベールちゃんの中では友達という意味なのだろう。
 なるほど……。いや、わかんねぇだろ。

「まあ、今度時間がとれれば……眷属といえば、あとセリーもいるんじゃないかな?」

 今は、色々と忙しいだろうけど……。
 と、俺は突然背中駆け巡った悪寒に目を見開いた。

 セリー……教会、ベールちゃん……?このピースで俺は何かとんでもないことを忘れている気がする。
 今、セリーは魔術協会の間者であるマーター達のことに関して色々と動いているはずだ。
 まあ、そこはいい……問題はそこじゃないのだ。問題は……マーターは、純粋な神聖教会の神父ではなかった。
 だが、思い出せ。ベールちゃんが初めて教会に来たとき……マーターは異教の臭いがどうのと、ベールちゃんに絡んでいなかっただろうか?
 このマーターの行動は、おかしい。純粋な信徒ではないのに、どうしてベールが異教者だと?
 帝国の国教たる聖光教は神聖教と途中別離したために、若干の発音が違うだけでほとんど神聖語と聖光語に違いはない。
 あのとき、ベールちゃんはマーターに何か話していたか?言っていたか?不機嫌顔で、マーターから説教を受けていたかはずだ。
 この一連のマーターの動きは、明らかにおかしくはないだろうか?
 マーターは最初から、ベールちゃんが聖光教会の……もっといえば、帝国出身だと分かっていたのではないか?
 マーターは魔術協会の間者で……ベールちゃんが帝国出身だと分かった。ベールちゃんは『隻眼』とよばれる達人だそうだが、あまり知られていないのは、俺が知らなかったことからも明らかだ。だが、帝国でなら?ベルガウスのは娘なのだ。有名でないはずはない。

「……協会と帝国は……繋がってるのか……?」

 もちろん。そんなこと関係なしに、マーターがベールちゃんを知っていたということもあるが、だとしても純粋な神父ではないマーターが、やはりベールちゃんに絡む理由が見当たらなかった。
 今回の帝国と王国の戦争、そしてこれから起こるであろ教会と協会の戦争……臭うな。誰かが、裏で糸を引いていそうな臭い……それでふと、俺は思い出す。
 そういえば、雷帝の軍の時に……あいつがいた。ピンク色の髪をした悪魔……。

 ゼフィアンが。


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