一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

限界点

 とりあえず、俺は気を取り直してノーラを見る。戦闘モードとなり、加速された思考で俺は次のノーラの動きを、性格や流派を数パターン予測……全てに対処できるように剣を構える。

「やっ!」

 ノーラは俺が剣を構えた瞬間、待ちきれないとでも言うかのように短い気合いとともに、上段から剣を振り下ろしてくる。
 問題ない。想定通りだ。
 ノーラの性格なら、そう来ると踏んでいた。受け流しを主体とする武士道流は、攻めの姿勢というのは美徳ではないが……ノーラは性格上、攻めるのが好きだ。とても守りを固めるタイプではない。
 と、ここで俺は妙な違和感を覚えたが……眼前に迫る驚異的な破壊力を持った剣を避けるために思考を中断する。
 半身になったノーラの振り下ろしを躱し、一歩分ノーラに身を寄せる。
 クロスレンジでの勝負……ノーラは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、直ぐに不敵に笑んだ。

「この距離はウチの距離だよ!」
「それは……どうかな」

 俺の距離は、俺の弓の届く全てだ。クロスだろうが、ショートだろうが、ミドルだろうがロングだろうが、全てが俺の距離だ。

 三十六景死角無し!

「せえぇい!」
「はぁっ!」

 俺とノーラの声が重なり、互いの剣と剣がぶつかり合う。
 瞬間、木剣からミシミシといった音が聞こえると同時に一帯へ重い衝撃音が轟く。
 くっ……結構本気で振るったのに!力だけなら……獣人にも勝る膂力だ。もっと言えば、クロロよりも……。
 だが、力だけだ。テクニックはクロロに劣るし、スピードも速くない。片足の自由が利かないことを考えると……あれ?やっぱり強いだろ……これ。
 そうだ。今の交差……ノーラは片足の踏ん張りが利いていないはずなのだ。俺は、例えどんな姿勢だろうと全ての力や衝撃を受け流せる術があるが……武士道流にそんな受け技はない。そもそも、力を分散させられた感触はなかった。

「でも……そうか」

 やっぱり、そうなのか……。

「はぁぁぁ!」
「……シッ!!」

 ノーラが再度剣を振るったところで、俺は肩からノーラの開けた胸に身体を押し付ける。一瞬、ノーラの身体が蹌踉めくが直ぐに、地面に縫い付けられたかのように動かなくなる。
 見ると、ノーラの足の真下の地面が砕け散っていた。足裏の握力で身体を支えているのだ。
 どれだけ力が強かろうと、ノーラの体重からして真正面から俺の剣を受け、微動だにしないのは土台おかしな話なのだ。クロロに関していえば、技術力によってそこは改善されているわけだが……ノーラはその圧倒的な膂力でカバーしていた。
 俺は気にせず、身体を押し付け……脚でノーラの松葉杖を払った。

「うわっ」

 一瞬、よろめいて隙を作ったノーラに剣を振り下ろし……呆気なく俺の勝ちとなった。

「はぁはぁ……負けた……」
「さすがに……片足不自由なノーラには負けないよ……」

 俺はそう言って、ノーラから剣を離す。ノーラは大きく落胆した様子で、溜息を吐いた。

「はぁ……結構いい線いってると思ったんだけなぁ。グレイはそもそも剣士じゃないし……」

 それに負けたのが悔しいという。分からなくもない話だ。

「まあ、そうだね……」 

 とだけ、俺は返した。今の手合わせで気づいたが、なるほど、エリリーが言っていたのはこのことだったか……。
 ノーラとエリリーは昔から二人で競い合っていた。同じ・・ことで競い合っていた。そうやって、自分を高め合っていた。それは、なんと素晴らしいことだろう。
 近くにライバルがいるということは、確実に二人の剣の腕を磨いた。だが……どうやら、二人はあるところで障害にぶつかってしまったようだ。
 エリリーに関していえば、それはなんら障害になりえない。しかし、ノーラにとってはとてつもなく大きな障害だ。

 限界なのだ。

 ノーラの剣は、可能性は既にない。手合わせをすれば分かる。伸び代という点において、ノーラは既に限界を迎えている。もう、ノーラには先がない。これ以上、強くなることはできない。
 恐らく、達人ならばノーラが既に限界であることに気がつくはずだ。それはエリリーが、そして本人が……気がついていることだろう。
 才能の差だ。ノーラに、武士道流の受け流す待ちのスタイルが合わなかった。

「…………」
「あー悔しい!」

 この手合いのことなのか、それは運命に対してなのか……俺にはその意図までは計りかねた。

「ノーラ……君も気づいているんだよね?今の流派のままじゃあ、これ以上はないって」

 むしろ、よくここまで強くなれた。本来のスタイルとはかけ離れた流派で達人級にまで上り詰めたのだ。だが、達人級の中でも実力は下の下……正直にいえば、熟練級の強い方よりも上といった具合だった。
 ノーラがここまで強くなれたのも、一重にあの怪力のおかげなのだろう。
 ノーラは暫く沈黙した後に、大の字になって芝生の上に寝た。

「…………分かってたよ。でも、ウチはエリリーと今まで同じことを、同じ時間、同じ場所で競ってきたから……さ。分かってても、今更どうしようもないよ」
「そんなことはないよ。僕は……ほら、器用貧乏だし……なんというか……」
「あはは。無理に慰めようとしなくていいって……グレイらしくない」

 どんな奴だどんな思ってるんだよ、それ。酷いなぁ……。

「それに大丈夫だよ。ウチ、必殺技を作ってるからね」
「必殺技?」
「うん!たしかに、武士道流はウチらしさって点だと合ってないけど……でも、固有剣技なら……ってね」
「なるほど……」

 今更、別流派の剣術を一から学ぼうとすると膨大な時間が必要となる。それこそ、俺みたいに……何年も何年も費やす必要がある。俺の場合は、霊峰という環境下であった。学習環境がよかったから、まだ早い方だ。
 もしも、ここでやろうとすれば……数十年単位はかかる。

「まあ……楽しみにしててよ」
「……そっか。わかったよ」

 結局、エリリーに頼まれたことはできなかった。ノーラは同じ土俵で、エリリーと正面から競い合いたいのだ。
 それを邪魔するなんて、俺にはできない。それも、二人の最終目標たる俺が。

「あぁ……そうだ。そろそろ行かないと」

 将軍が呼んでいたのだった。

「うん。ありがとね」
「いや。僕の方こそ……それじゃ」
「うん。またね!」

 俺は笑顔で手を振るノーラを尻目に、軍事塔へと歩を進めた。


 –––☆–––


 軍事塔の最上階……王宮よりも遥かに高く造られたそこでは、東西南北全方位を見渡すことができるようにと、ここでは価値の高いガラスが全面に張られている。

「お呼びに預かりました。グレーシュ・エフォンス……ただいま参りました」

 本来ならば、ここで階級も名乗るべきだが……俺には未だ名乗るべき階級が定まっていなかった。書類上では、小師兵となってはいるが……。
 それから直ぐに、中から重みのある声が聞こえた。

『入れ』
「失礼します」

 そう言って、入ると……軍事塔最上階にあるイガーラ王国の軍の全てを総括する王下四家が一柱……ノルス家の現当主、ゲハインツ・ノルス・イガーラの執務室。
 俺が扉を開けて入った先に、その人は両手を組んだ上に顎を預けて座っていた。
 思わず、扉を閉めながら生唾を飲み込んだ。
 この人……ベルリガウスとは異質だけど、本質的に似たような強者の持つ覇気があるな……。
 まさか、ベルリガウスと同じ伝説ということはあるまいが……しかし、強者というのは何も腕っ節だけを指す言葉ではないのだ。
 俺は額に汗を流しながら、一歩一歩と進み……ゲハインツ将軍の執務机の一歩手前で立ち止まって敬礼した。

「来たか……君が、アリスの言っていた者か。見た限りでは、鍛えられた身体ではあるが……気が弱そうだ」

 失礼な物言いだが……実際その通りだった。ゲハインツ将軍の鋭く射抜くような視線が痛い。早く帰りたい。

「ソニア・エフォンスの弟でもあるらしい。彼女は非常に優秀な治療魔術師だと聞いている。今は……新兵訓練のためにここにいたかな?」
「ハッ」
「そうか。彼女がいるならば、安心だろう」

 ゲハインツ将軍はそう言って、執務机上の書類に目を落としてサインする作業を三度ほど繰り返し、ようやく再び俺に目を向けた。

「君を呼んだ理由は大体察しがついているだろう。君がこれから小師兵と昇級するにあたって、アリスから山賊一掃の任務を受けているはずだ」
「ハッ」
「君も十分休んだことだろう。今日から復帰し、討伐隊を編成した後に任務へ向かうことだ。王家は、完璧な任務の遂行を期待している……以上だ。下がっていいぞ」
「ハッ」

 俺はそそくさとゲハインツ将軍の執務室から退室すると、ほっと息を吐いた。
 こ、怖かっなぁ……すごい威圧感だった。
 それにしても、完璧な任務の遂行ね……王家はってところが嫌な感じだ。
 平たく言えば、王家は……王家のために俺がどれだけ働くかに期待しているのだろう。誰がお前らのために働くか、という感じだが……。
 だが、そんな反抗的な態度をとって反逆罪でも被ればどうなるか……国は俺の守りたいものを知っている。迂闊な行動は、俺の矜持に関わる。
 まあ、いい。俺はソニア姉やラエラ母さんのために・・・、国のために働く。二人のために俺はいつまでも、下っ端なのだ。


 –––☆–––


 しっかし、部隊編成か……募集をかけたり、引き抜きしたりのことだよな。
 募集をかければ新兵や、配属未定の兵士がつく。引き抜きは、その部隊のリーダーと話し合い……。
 リーダー格からすれば、優秀な兵士は自分が活躍するために必要な手駒だ。そうそう手放したくはないだろうから、引き抜きはあまりされることはない。
 ちなみに、俺はマリンネア大師のところからアリステリア様に引き抜かれたわけだが……。

「とりあえず、今日は募集でもかけて……明日から採用……」

 という感じにしようと、俺は決めた。それにしても、俺が上の立場に立つのか……ダメだな。何だか、性に合わない。
 そんなことを考えながら、軍事塔から訓練場まで戻ってきたところで何やら人集りが出来ていた。

「……なんだ?」

 と、俺が呟くとその声に反応したか如く人集りの中で誰かが俺に目を向けた。

「ん?お!グレイじゃねぇか」

 スカッシュ先輩だ。
 スカッシュ先輩は、袖口で額の汗を拭いながらこっち走ってきた。今のいままで訓練中だったのか、男くさかった。

「なんだ?やっと治ったのかー?」
「はい。あ、お見舞いの時は本当にありがとうございます……」
「いやいや。いいっていいって。こっちも楽しかったからな〜。今日から復帰か?」
「はい。それで、実は山賊討伐の任務があってかくかくしかじかなんです」
「なるほどなぁ」

 通じちゃうのかよ……。

「お前は、もう俺を抜くんだなー。寂しいような……嬉しいような……」
「スカッシュ先輩……」
「まあ、頑張れよ。何かあれば聞けよな?」
「はい!早速なんですけど、あの人集りは?」
 俺が何かあればと言われたので、とりあえず直近で今一番訊きたいことを訊いた。すると、スカッシュ先輩は少し微妙な表情した。

「早速がそれって……まぁいいか。で?あの人集りだったか?」

 呆れたようなスカッシュ先輩はため息をひとつ吐くと、確認するように言ってきた。
 俺はどうしてそのような反応をされるのか納得できなかったが……気にしないことにして、頷いた。
  「弁当屋だ。お前が療養中にな。下町の食事処でな、弁当販売の許可要請が王城にあったんだとー。んで、許可が下りてな。こうしてその店の従業員が、ここまできて弁当売りに来てんだってよ〜」

 それを聞いて、まず……俺は頭良いなぁと思った。
 兵士達は訓練で腹を空かしているのだ。午前の訓練が終われば、下町までわざわざいって昼食をとるか……もしくは、軍事塔の不味い飯を食うかの二択しか俺たちにはない。
 そのため、兵士の中には弁当を持参するものもいるが……料理のできない独身兵士たちとって、この弁当販売はまさに天運だったろう。
「しかも、売り子の女の子がこれまた偉い可愛くてな〜。片方は、ちょっと言ってることがわからねぇんだけど……もう片方の、大人しそうな女の子が兵士の間じゃあ人気でなー。それで、俺も気になってな」
「先輩……浮気ですか?」
「ち、ちがーう!?」

 慌てたスカッシュ先輩に苦笑しながら、俺も弁当を買ってみようかなと……人集りに向けて歩を進めた。


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