一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

模擬戦

 久しぶりの通勤路をテレテレと歩き……王城まで来た俺は軍事教練場を目指した。
「懐かしいなぁ……」
 そう思いながら、足を進める。
 事実、ここへ来るのはとても久しぶりだったのだ。なんでこんなに来なかったんだろう……というくらいだ。
 テレテレと歩き続け、訓練場へ入り……俺はふと目を留めた。視線の先には松葉杖で身体を支えたまま、右手に木剣を握るノーラが見える。
 ノーラの姿は軽装で、急所に皮の防具をつけているだけだった。
 それに対し、ノーラの目の前には鉄の鎧を着込んだ数人の兵士達が両手で木剣を握って、肩を上下させていた。
「の、ノーラ……」
 まさか、あんな状態でも自分の兵士達の訓練を怠らないとは……呆れ果てるところだが、もはや呆れを通り越して賞賛してしまいたくなる。
「全く……」
 自分があんな状態だというのに……他人のために頑張れるなんて、本当に凄いなぁ……ノーラは。
 昔も……俺たちのために貴族相手に突っ込んでたっけな。
 そんなふとした昔のことを思い出すと、なんだかつい最近のことのように感じる。昔のことを思い出し……俺は何らかの違和感に襲われた。
 あの脚……確かもう治ってるはずなんじゃ……。
 そのまま、ノーラが兵士達の相手をしているのを眺めていると……、
「……あれ?グレイ……」
「ん……?あぁ、エリリー」
 横からエリリーが汗を袖口で拭いながら歩いてきた。後ろでは、ぜぇはぁしている兵士達がいる。走ってきたのだろう。
「何見てたの?」
「ノーラだよ」
「ノーラ?」
 エリリーもそちらへ目を向け、苦笑した。
「すごいよね。片足だけでもあんなに強い……ノーラったら、『松葉杖捌きなら誰にも負けないからね!』なんて言って、おかしくって」
 松葉杖捌きって……俺は思わず頬が緩んだのを感じながら、エリリーと一緒に吹き出した。
 それから少しの間、俺がノーラを眺めていると……エリリーから少し緊張の雰囲気が漂い始めた。何かを切り出そうとしている……そんな雰囲気だった。
「ね、ねぇ……」
 少しだけでか細い声に反応し、俺はエリリーに目を向ける。
「少しだけ……話せないかな?さっきゲハインツ様が呼んでたんだけど……」
「将軍が……?」
「うん……何か用があるみたい。でも、少しだけならいい……よね?」
 どことなく不安そうなエリリーに、俺はもちろと頷く。かなり大事な話のようだった。
 将軍の方は大体察しがついているから、特に心配はない。
「で?話って?」
 俺から切り出すと、エリリーが顎で移動しようと提案してきた。特に断る理由もなかったため、俺は前を歩くエリリーに続いて訓練場の少し人気のないところで、ノーラの姿が見える位置に移動した。
 ちょこんと、斜面になっている芝生に正座したエリリーは隣に座れとても言いたげない目で俺を射抜いた。
 す、座りますよ……。
 俺は若干の居心地の悪さを感じながらも、エリリーの隣に腰を下ろした。
「で……なに?」
 やはり俺から切り出すと、エリリーは遠くに見えるノーラを見ながら言った。
「あの脚……まだ治ってないんだよ」
「……たしか、三日くらいで治るって聞いてたよ」
「そう……なんだけどね。セリーさんに相談しようにも、立て込んでるみたいで……」
 そりゃあそうだ。今、神聖教会は魔術協会との争いで忙しい。セリーだって、色々と構っていられないだろう。
「部分変異はかなり珍しいから、治療院でも分からなくて……そしたら、ノーラがあんな風に……」
「そっか」
 松葉杖をうまく使いながら戦うノーラを見て……俺は思った。きっと、エリリーが無駄な心配をしないようにと……自分はこれでも大丈夫だと証明するために、ノーラは剣を握っているのだろう。
 それを、エリリーも気が付いているのだろう。だからこそ、とても心配そうな表情でエリリーはノーラを見ているのだ。
「グレイはまだ知らないもんね……」
「……なにを?」
「…………」
 エリリーが俺の問いに答えることはなかったが、ただエリリーの表情が明るくないのはたしかだ。
「話そうか……どうか、迷ってたんだ。ノーラはきっと、知られたくないことだろうし……本人も知らないことなんだけど……」
 エリリーは一度区切って、口を開いた。
「エリリーね……バートゥとの戦いの時に、一度たしかに死んでるの」


 –––☆–––


 魔人化する要因の一つには、魔力保有領域ゲートを持った生物が死ぬことだ。今では、魔力保有領域に存在している魔物が外界の魔力に接触することで魔人化するという仮説が立てれる。
 もう一つが魔力汚染……膨大で高密度な魔力を浴びることによる魔人化だ。ベルリガウスなんかが、これで自ら魔人化している。 
 ノーラが魔人化した理由がわからなかったが……まさか、死んだ?そんな馬鹿なとは思ったが、エリリーの瞳は真剣そのものだった。
 いや、ノーラとエリリーがクロロの見舞いに来た時には……心の奥底で俺もその考えがなかったといえば嘘になる。 
 なぜなら、それが魔人化の原因の一つであったからだ。
 だが、それならなぜノーラは……。
 と、そんな俺の疑問とぶつかるようにエリリーが俺の意識に割って入って言った。
「ねぇ?皇王戦争の時のこと……覚えてる?」
「八年前の?それは……もちろん」
 忘れるはずもない戦争だ。
「あのとき……あの、とき」
 エリリーはまるで怖い夢で見たかのように、身体を震わせながら続ける。
「あのとき……学舎が攻撃されたあの時……ノーラだけが、生きていた」
「う、うん……っ」
 そこまで聞いて、俺はエリリーの考えていることが分かって、思わず喉を詰まらせた。
「エリリー、それ以上は……」
「でも、考えちゃうの。だって、あんな都合よくエリリーだけが……って。周りのみんなはあんな風に酷い状態だったん……だよ?バートゥの時、ノーラが死んじゃった時のことを思い出すと……どうしても考えちゃうの。ねぇ?ノーラは……あれはノーラなんだよね……?私、大丈夫だよね?」
「…………大丈夫。エリリーもノーラも」

 俺には、そう答えることしか出来なかった。


 –––☆–––


 ノーラは魔人化したにも関わらず、再び人間として目覚めた。その理由は定かではない。というか、本来ならありえない出来事だ。
 ベルリガウスのように人為的に魔人化したならば、魔人化から元に戻る方法を俺は知っている。
 しかし、自然発生的な魔人化からは不可能のはずだ。なぜなら、それをするには本人の意識がなければならないからだ。だというのに、自然発生的な魔人化では本人の意識というのは身体には残っていない。なぜなら、大抵の場合は死んでいるからだ。
 残っているのは、肉体と一緒にある魔物のいる魔力保有領域……あとは、それが表面に出てくるだけである。
 ノーラがその命を落としたとして、そこから魔人化したのはわかる。だが、どんな方法で元に……?
 正直、その答えを探すには情報が不足していた。なんだか、最近はこんなことばかりだ。考えなくてはいけないことがあまりにも多すぎる。
「……ありがとう」
「……え?」
 俺は色々と思考を巡らせている時に、不意に隣に座るエリリーからそんな言葉を投げられ……思わず固まった。
「なに?急に」
「私や、ノーラのこと……考えててくれたんでしょ?今。グレイって、昔からあれこれ考えたりする時に視線が下に向いたまま暫く動かなくなるんだよ」
 なにその微妙な癖……よく見てるなぁ。いや、それだけ二人から見られていたってことか……。当たり前といえば、当たり前かもしれない。
 自分で言うのも、自惚れていると思われるだろうが……二人は俺を目標にしていたのだ。見られていて当然だ。
「でも、グレイは……考えることが多すぎるよね……今は山賊討伐の指揮とかもあるし」
「いや、それは特に……」
 というか、そういえばそんな話もあったな……忘れていた。そういうレベルで、思考の範囲外にあった。
 と、エリリーと俺が同時に、なんともなしにノーラの方に目をやると……ノーラが俺たちに気がついたようで、パタパタと走ってきた。松葉杖でよくやるよ……。
「エリリーとグレイじゃん!なにやってんの?こんなところで」
「ちょっと話してただけだよ。それよりも、あんまり無理しちゃダメだよ?ノーラ」
「大丈夫だよ。もう、エリリーは心配性だな〜」
 そんな会話に俺は苦笑した。エリリーが過保護になるのも、なんとなく分かる気がする。
「あ、そうだグレイ!今時間ある?よかったら、久しぶりにウチとやろうよ!」
「ん?」
 片手で木剣をブンブン振り回すノーラを見て、俺は仕方ないなぁと思いながらよっこらしょっと立ち上がった。
「いいよ」
「よし!じゃあ、ウチはグレイの分の木剣と防具用意してくるね!」
「うん。ありがとう」
 そう言って、ノーラはビューンッと走って行った。本当に……あの脚で凄いなぁ……。
「グレイ」
「ん?」
 声を掛けられたので視線を座っているエリリーへと向けると、エリリーがとても神妙な面持ちで俺を見ていた。まだ、何か話したいことがあるのだろう。
「多分……グレイならノーラと手合わせしただけで分かると思うんだ。だから……グレイの口からノーラに言ってあげて。はっきりと。私からじゃダメでも、グレイの口からなら……ノーラは素直に言うことを聞くはずだから……」
「……?一体なにを……」
 俺は訊いたが、エリリーはとても痛々しいような表情でただずっと地面ばかりを見ていた。
「グレイ〜!持ってきたよ!やろう!ほら!」
「あ、あぁ……うん。わかった。今いくよ」
 俺は首を傾げつつ、嬉しそうなノーラのところまで足早に向かった。
 そして、ノーラから木剣と急所が守れるだけの防具を身につける。気づいたころには、周りを訓練中の兵士たちに囲まれてしまい、少し肩身の狭い思いになった。
「あれが……天使ソニアさんの弟で……」
「伝説を打ち倒したっていう……?」
「ノーラさんと手合わせか……見ものだな」
 などなど、口々に言っていた。
 おい、誰だ天使ソニアって言ったやつ。確かに天使だよ、馬鹿やろう。
「で、どうする?寸止め?」
「うん!じゃあ……ウチが合図したら始めだよ」
「わかった」
 俺とノーラはそう言うと、一歩二歩と距離を開けていき……そして向かい合って木剣を構え合う。
 ノーラの構えは、武士道流の基本型……受けの構えだ。そういえば……よくよく考えてみると、ノーラと手合わせするのは……八年前以来になるのだろうか。
「いくよ!ふっ」
 ノーラの掛け声と共に、戦闘が開始する。
 まずノーラが先手を取り、俺に接近してくる。受けの構えからの接近……さすがに予想外だったが、片足が不自由なノーラはそこまでの速さではなかった。
 ただ、なんという強靭的な身体か……片足で今どれほど飛んできただろう。馬鹿にできない脚力だ。
 俺はノーラと正面から剣を合わせるのは避け、正面から突っ込んでくるノーラの背後を取るため回り込むようにして捌く。
「やぁっ!」
 ノーラは気合いと共に、片手で握っていた木剣を地面に突き刺して止まる。そして、逆手で身体を支えていた松葉杖を、半円をえがくようにして振るってきた。
「……っ」
 俺はあまりに突拍子もないことで意表を突かれ、慌てて状態を仰け反らせ躱し、そのまま後退してノーラから距離を置いた。
 そして、目の前で少しドヤ顔しているノーラを見つめながら……俺は顔を顰めた。
 なんだ……強いじゃないか。とても、松葉杖をついているとは思えない。
 速度、パワー共に有り余るくらいにあった。勘も鋭い。速い展開に強そうだ……少し見積もりが甘かった。余裕こいていると、簡単にやられてしまいそうだ。
 俺はそう考え、意識を切り替える。一人称の視点が三人称へ……自分の背中を見つめるもう一人の自分というの奇妙な感覚が訪れる。戦闘モードだ。
 雰囲気が変わったのに気がついたのか、ノーラが嬉しそうに笑った。
「よし……じゃあ、こっからが本番だよ!」
「……これ、手合わせだよね?」


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