一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ツクヨミ

「どういう……ことなの?」
 ソニア姉が震える声で、俺に訊ねる。
「……シェーレちゃんは、多分……僕やソニア姉の神気の影響でこうなってるんだと……思う」
「でも……今までは……」
「今までは……気をつけていたし、死霊として力の強かったエキドナがいたからね」
 もともとバートゥの力で死霊となっているエキドナは、霊的な力が強かった。ソニア姉やラエラ母さんにただ触れるだけなら、熱いくらいで燃え上がったりしない可能性がある。
 エキドナがいなかった間も、ラエラ母さんやソニア姉が気をつけていたから問題はなかった。
 ただ、今はエキドナや俺までもが神気を纏った。それがいけなかった。この家に漂う神気の濃度が上がり、シェーレちゃんにとっては毒素の蔓延する家へと変貌してしまったのだ。
 だから……、
「僕たちはもう一緒にはいられないよ。このままだと、シェーレちゃんが浄化されて……」

 消える……。

 そう告げると、ソニア姉が息を呑んで口元を両手で覆った。
 あぁ……俺も迂闊だった。シェーレちゃんと今まで、何事もなく過ごしていたから……考えが足りなかった。いつも、少しだけ考えが足りない。そのせいで、またこんな……治療魔術がどうこうとか言ってる場合ではない。
 直ぐにでも、一度ここから離れるべきだと考えていると……人の感情を感じ取ることができるシェーレちゃんが消えかかった身体をゆっくりと動かす。
「うぅ…………いや、です。あたち……みなさんと離れ、たく……ないです」
「無理しない方が……」
 クロロが言うが、シェーレちゃん無視して言葉を続ける。
「最初は怖くて……で、も……みなさんは、とても優しかったんです。お兄ちゃんも……みんな、みんな……」
「うぅ……あたしも離れたくないよぉ!」
 本当はシェーレちゃんに抱きつきたかったのだろうが、それが出来ないと分かっていたソニア姉は俺の腰にしがみ付いてくる。そして、ズズッと鼻水を……って、ソニア姉……落ち着いて。鼻水、付いてるから。
 俺は気を取り直し、離れたくないと訴えるシェーレちゃんに言った。
「でも……そしたら、シェーレちゃんが消えてしまうんだよ?シェーレちゃんは……お父さんを……家族を待っているでしょう?」
 最初に、シェーレちゃんに会った時に聞いたことだ。それが目的で、死んだ今でも彼女はここに住み着いている。心残りがあるから、成仏出来ずにいたはずなのだ。
「それ……でも……」
 シェーレちゃんは俺の言葉に答えようと、必死に言葉を紡ぐ。
「それでも……一緒にいたいです。とっても、あたたかく……て……優しい、みなさんと……一緒に」
「グレイくん」
「あぁ」
 何か方法がらないのかと訴えるクロロの視線を受け、俺は頷く。方法は……ある。まあ、これといって危険なことでもない。シェーレちゃんが、俺たちと一緒にいたいというのなら……それを行うのも吝かではないのだ。
 ただ、一つ問題がある……。
「方法はあるし、特に危険なことはないんだけど……それをするには、シェーレちゃんの身体が必要なんだ……」
「か……らだ……?」
 シェーレちゃんが首を傾げると、ニョロっという足音を立て、キッチンにエキドナが参上した。
「話は全て……このエキドナは聞いていたわ!」
「…………」
 なぜ、こんなにもテンションが高いのだろう……。しかも、かなり鼻息が荒かった。こいつが興奮する時は、物理的か精神的にはダメージを受けた時……あとは、知識に関することだ。
「ふふふふふ…………ご主人様のやろうとしていることはお見通しでございますぅ。あれですよね?ね!?死霊術でシェーレと契約し、そして精霊に変える……のですよね!?」
「せ、精霊……?それって……神官の……」
「うん」
 俺はソニア姉に向かって頷く。
 死霊術の契約を交わしていたエキドナは、こうして精霊になっている。本来、神官は闇の元素を主体とする死霊術は使えない。だが、俺は神官の力を使いながらも、他の元素が使える。
 エキドナと同じように、まずはシェーレちゃん死霊術で召喚……契約を交わす。そうすれば、後はエキドナ同様に神気の力がシェーレちゃんを精霊に変えるという寸法である。
 所詮は理論上の話……全然まったくこれっぽちも危険がないとは、実は言い切れないが……本人にやる気があるなら尊重するのが俺です。例え、それでシェーレちゃんが浄化されてしまっても……それは俺が責任を取ることであり、ソニア姉達には関係ない。
「くふふふ……エキドナ以外にも、死霊から精霊に生まれ変わる一例……その一端を見られるとは……ご主人様と一緒にいて飽きることなんてございませんね!」
「そりゃあ、どうも」
 俺は適当にエキドナをあしらいながら、シェーレちゃんに訊ねた。
「シェーレちゃんの身体は……?」
 大体、予想は付くが……一応訊いてみる。
「……多分、お墓に……」
 ですよねー……。
「召喚に必要な依り代は……召喚するのが魂が一番思い入れのあるものがいいんだ。だから、本人の身体ってのが一番の依り代になるんだけど……」
 ないなら、別にシェーレちゃんの依り代が必要となる。
「一番の……思い入れ……?」
「そう……何かとても大事なもの……」
 俺がそう言うと、シェーレちゃんは苦悶の表情を浮かべながらも、上体を起こした。
「あ、あまり無理をしないでください……」
「だ、大丈夫……です」
 クロロの心配を他所に、シェーレちゃんはポルターガイスト的な力でリビングの扉を開き、そして暫くして廊下からフワフワと一体の綺麗な人形がやって来た。
「……ん?」
 と、俺は既視感に首を捻った。たしか……この人形は俺の情事を覗いていた西洋人形ではないだろうか……。
 とても精巧に作られた人形で、綺麗な銀髪に黒を基調にしたドレスで着飾っている。小さな人形ではあるが、可愛らしいというよりも美しい……まるで人形のようなという表現で、その美しさを表すことをはあるが……これはもはや人形そのものだ。とにかく、美しい。
 その瞳は赤く、これに情事を覗かれてたんだなぁ……と間抜けなことを考えた。
「これが……?」
 ソニア姉が訊ねると、シェーレちゃんが辛いだろうにとても嬉しそうに頷いた。
「はい……この子は……ツクヨミというんですよ……?お父さんが……あたちにくれた、お人形……なんです。寂しく、ないように……って」
「そっか……うん。それなら、大丈夫だよ」
 俺が微笑みかけて言うと、シェーレちゃんは嬉しそうに笑い返してくれた。
 そうと決まれば……と、俺は早速人形……ツクヨミを依り代に死霊術の準備を始めた。


 –––☆–––


 できるだけ死霊術の成功率を上げるために、ソニア姉には退場してもらう。クロロもソニア姉に付き添って退場し、どうしても残って見守りたいと言ったエキドナだけが残っている。
 まあ、それはいい……まずはシェーレちゃんの魂を依り代であるツクヨミに召喚するための死霊術を使う。
「【イン・ソウルレイ】」
 俺の使える簡単な死霊術である。幸い、シェーレちゃんは死霊としてはそこまでの力がないため俺でも召喚可能だった。
 シェーレちゃんの姿が消えると、フッとその魂がツクヨミに宿る。ツクヨミのくびが垂れ、カタカタと動き出したかと思うと先程まで見開いていた瞳が閉じられた状態で顔を上げた。
 それから、ゆっくりと開かれた瞳……続いてその人形の口からシェーレちゃんの声が漏れる。
「…………せい……こう?」
「いや、まだだよ」
 俺が言うと、シェーレちゃんは気を引き締めたように表情を動かす。人形……だよね?それ……ま、まあ……いいや。
 それから俺は数時間かけて、死霊術を慎重に組み立てる。バートゥなら、こんなに時間かからなかっただろうし、エキドナが死霊術使えたら早かったのになぁ……エキドナが精霊にらなってしまったのは痛手かもしれない。
 そんなことを考えながら作業をしていると、いつのまにか作業が終わっていた。
「ふぅ……後は契約を交わすだけか」
 魂の契約に必要な準備は終わっている。複雑な術な所為で手間取った……死霊術師ってすごいなぁ……魂の契約とか面倒過ぎる。エキドナと契約するときは、エキドナが全部やってくれたからなぁ……。
「さぁ、じゃあシェーレちゃん……僕と契約して精霊になってよ?」
「……?」

 通じなかった。

「契約内容は……そうだなぁ……」
 俺が契約な内容について考えていると、シェーレちゃんが言った。
「……その、これからも一緒にいて……ください。それから、あたちのことは……ツクヨミって……呼んで……ください」
「ツクヨミ……?なんでまた……」
「あたちは……この子の身体を借りて……いるので、せめてこの子の名前で、呼んで……あげて……欲しいん、です」
「……そっか」
 心優しい子だなぁ……。
 俺は苦笑しながら、それならとシェーレちゃんに名前を付けてみた。
「ツクヨミ・シェーレ……って感じはどうかな?」
 そう提案すると、シェーレちゃんもとい……ツクヨミちゃんがバンバンと小さな人形の手で床を叩いて興奮を露わにしていた。これに、俺は苦笑した。
 どうやら、気に入ってくれたらしい。
「まあ、僕からは特に何もないよ……これからも宜しくね」
「あ……の、こちらこそ……」
 俺が小指を差し出すと、ツクヨミちゃんがその手のひらいっぱいに握りしめてくれた。

 なんて可愛い生き物(?)なんだ。

 そうして死霊術の契約を交わす。小指から俺の神気が流れ、ツクヨミちゃんを包む。
「あ……」
 そんな短い言葉を漏らし、ツクヨミちゃんの身体が浮き上がり、魂が浄化される……されると同時に契約によって縛ったツクヨミちゃんの魂が死霊から精霊へと生まれ変わって、降りてくる。
「お兄ちゃん……!」
 ツクヨミちゃんは、俺に抱きついてくると嬉しそうにはにかんだ。

 なんて可愛い生き物(?)なんだ。

「これで……ソニアさんとも、こうやってできます……か?」
「もちろん」
「ラエラさん……とも?」
「もちのろん」
「本当に……」
 俺の胸に抱かれながら、嬉しそうにするツクヨミちゃんを見て俺は遠い目になる。

 なんて(以下略)

 それこそ、目に入れても痛くないとはこのことである。ツクヨミたん可愛いよツクヨミたん……。
 そんなこんなで無事に終わって、ソニア姉達にこのことを告げればガバッとツクヨミちゃんに抱きついていた。
「カワカワカワカワカワ」
 こ、怖いっ!?ソニア姉の目が虚ろになってるぅ……。
 しかも、カワって何よ……カワイイを省略させすぎじゃないかなぁ……。
 と、ソニア姉に抱きしめられているツクヨミちゃんがえへへーとはにかんだのを見て、俺も……、
「カワカワカワカワカワ」

 ………………。

(閑話休題)

 俺は遠目で、キャッキャッしているソニア姉やツクヨミちゃん……そしてそれを見て涎を垂らしているエキドナと、エキドナを見て苦笑しているクロロ……その四人を眺めながら、俺は呟いた。
「ツクヨミ……ね」
 誰が考えたのか分からないけど……。そろそろ、偶然だとかで片付けていい問題でもなくなってきた。正直、関わり合いたくはなかったのだが……。
 シェーレちゃんの魂の依り代として、ツクヨミが本当に使えるかどうか……ツクヨミの身体をよく調べた。その時、身体のある部分に製作者の名前や人形の名前が彫ってあった。

 夜光やこう無花果いちじく……かなり珍しい名前だが、字も含めて確実に日本人であると俺は考えたのだ。別のどっかの世界の人というのもあるかもしれないが……。 

 雪月花シリーズ『月詠』

 なんて名前を付けるのは、日本人特有だろう。雪月花は、少なくても……。
 だから、そこから考えられるのは……この世界には俺以外にも誰かいる。異世界からの転生者にしろ、転移者にしろ……。
 不思議なことではない。俺が実際そうなのだ。他の奴らからすれば、俺も部外者にしかなりえない。そいつの冒険譚なんかに興味はないし、干渉するつもりもない。
 ただ……ソニア姉達に手を出したら闘う。それだけだ。


「一兵士では終わらない異世界ライフ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く