一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

本能の怪物

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 教会に話を通して案内されたのは……セリーの執務室兼私室だった。
 セリーの執務室には、現在俺とセリー……そしてカイン様とソニア姉がいる。対面する形で置かれているソファで、俺の座るソファの向かい側にはソニア姉がいる。その隣には、プンスカと怒っているソニア姉を宥めるセリー……で、俺の隣には、俺がガッチリ腕をホールドしているカイン様だ。
「カイン……何やってるよの……」
「いや……僕にも何がなんだか……」
「…………ふんっ」
 セリーは溜息を、ソニア姉はそっぽを向いて、そしてカイン様はひたすら困惑……まあ、いきなり告白されたらね……もっと時と場所を考えるべきだった。うん……気持ちの赴くままに動くのはよくないよね!
「まあ、でも丁度いいわ……グレイには話があったから」
「話?」
 俺が首を傾げると、セリーが羊皮紙を一枚……対面するソファの間に置かれたテーブルに置く。内容を見てみると……見出しにバーニング現象なるものが書いてあった。読んだことがあるな……なんかの本で。
「バーニング現象……極限状態に陥ったことで、ある冒険者のパーティーが発現させた例のある稀有な現象……ですね。発現すると、言葉を交わさずして、相手の思考を感じ取ることができるとか……これがどうしました?」
「……そこに現象下で起こる様々な弊害が記載されているわ」
「弊害……なんですかこれ?症状……」
 読んでみると、なんとも末恐ろしいことが書かれている。
「記憶の共有……相手の認識……最後はリセットか。最後はよく分かりませんが……あ?待てよ……」
 ふと俺は、最近の自分の様子を省みて……特に記憶という部分に引っかかった。俺は、たしかに自分ではない誰かの記憶を持っているような気がする……。
「もしかして……今、俺はこの現象下にいるのか?」
 俺が訊ねると、セリーが頷く。ふと、そういえばセリー相手に素で対応してしまっていた。隣を見ると、カイン様は頭上にハテナを浮かべているだけだった。よかったぁ……。
 カイン様は疑問に思ったのか、セリーに訊ねた。
「えっと……?どうしてセリーがこんなことを調べているんだい?」
「それでね、グレイ」
「無視……?」
 おいセリー……カイン様のコメカミに青筋がっ!のぉおおおお!!俺を睨んだぁ!?
 セリーはカイン様を華麗にスルーしたまま、俺に話しかける。
「とにかく、今貴方と……そして同じ現象下にいる ︎ ︎ ︎ ︎は非常に危険な状態よ。本当はちゃんとした治療法が見つかってから話そうかと思っていたのだけれど……」
「…………」
 俺は眉を顰めた。今、セリーは一体なんと言ったのだろう。一部、完全に聞こえなかった。
 ふと、俺が聞こえなかった部分に何かモヤっとする気持ちがあることに対して考えていると、セリーが何か閃いたようにカイン様に目を向けた。
 それまでスルーされていたカイン様は項垂れていたが、セリーの視線を感じると表情をキラッキラッさせ、セリーに何を言われるのかを今か今かと待っている。
 そんな姿を見れば、カイン様がセリーに対してどのような感情を抱いているのかなんて直ぐに分かった。だが、不思議と妬ましい気持ちや面白くない感じもしなかった。
「ねぇ、カイン。貴方も最高神官ならバーニング現象についてくらい……何か知っているのではないかしら?私より」
 セリーが訊くと、一瞬首を傾げたカイン様は……口を開く。
「バーニング現象ね……大陸の西の方だとシンクロ症候群とも呼ばれていたね。多分」
「シンクロ症候群……詳しくは?」
「ある程度は知っている……かな」
 だが、それを教えるつもりはない……と態度でカイン様は語っていた。その態度にセリーは憤慨するように声を荒げた。
「ど、どうしてっ!」
 そんなセリーに対し、カイン様は溜息を吐きながら答えた。
「はぁ……君がそのことを知りたいのは彼のため……だろう?だがね……最高神官ともあろう者、特定の誰かに肩入れするのは……それはよくない。よくないよ……セリー」
 そう言って、カイン様はセリーを厳しい目で見つめる。それでセリーは言葉が詰まるが、それでも諦められないというように、カイン様に突っかかる。
「でも……これは私の所為なのよ……。私が魔力保有領域ゲートのことを教えて……そうして……」
「……?魔力保有領域だって?まさか、セリー……彼に教えたのかっ!向こう側のことを!!」
 セリーを責めるように放ったその言葉……今にもセリーに掴みかかろうとするカイン様を……いや、カインを俺は手で制する。
「なっ……君ごとき平民がっ!最高神官に対して……」
「カイン様……少し熱くなりすぎかと。頭を冷やすことをお勧めしましょう」
「このっ」
 カインの矛先が俺に向く。だが、それよりも今は優先すべきことがある。俺の索敵範囲内に感じる気配……魔力保有領域の話をした瞬間に範囲内の気配の一つから敵意を、殺気を感じた。
 魔力保有領域……ゲートの本当の秘密を匂わすような会話だった。それを近くで聞いていて、敵意を向けてくるということは……それを秘匿したい魔術協会の者に違いない。
 目標はセリーの隣の部屋……何か言おうとしているセリーの唇に人差し指置き、そして喚こうとするカインの口には悪魔の猿轡を【イビル】で作って装着させた。
「しっ……」
 俺は音を立てずに隣の部屋と隣接している壁までくると、向こう側にいる目標に対して位置を合わせ……そして拳を突き出す。【鎧通し】の技術で衝撃を任意の地点に与えると、壁の向こうから物音と呻き声が聞こえた。
「な、なにを……」
「うー!うーっ!!」
「グレイ……?」
 セリーとソニア姉が困惑した表情で俺を見つめる。
 あぁ……ちくしょう。人が考え事しているときに、ギャーギャーと。大人しくしていろ。ちょっと、色々と整理がしたい。
 俺は壁に手をついて、練成中で穴を作る。そこから腕を伸ばして倒れている目標を穴からこっちの部屋へ、そして練成術で穴を元どおりにする。
「うー!!!」
「うるさいなぁ……」
 唸り声を上げるカインに目を向けると、カインがビクッと肩を揺らして気絶する。俺は特に興味もなく、視線をこっちに引っ張り込んだ輩に向けた。
 セリーやソニア姉も呆然としながら、引っ張り込んだ人物に目をやり……セリーが目を見開く。
「マーター……一体どうして……」
 そう……倒れているのは、悶えているのはマーターだったのだ。
「隣の部屋で今の会話を聞いていた……いや、聞き耳を立てていた。そして、魔力保有領域の話が出てすぐにこいつから明らかな敵意を感じた……つまり」
「魔術協会……!うそよ……」
 セリーはソファから立ち上がる。
「嘘じゃない」
「そんな……教会内部に魔術協会の勢力が……」
 セリーはただ困惑し、額に手を当てる。
 俺は悶え声を上げるマーターに視線を向ける。
 うるさいなぁ……黙らせよう……殺そう・・・
「ぐ、グレイ!」
 俺が何かすると思ったのか、ソニア姉が俺に抱きついてきた。 
「ちょ……どうしたの?離してくれない?」
「い、いや!」
 ソニア姉の腕の力が強くなる。
 邪魔だなぁ……………………あ?
 ふと、今自分の思考があらぬ方向へ行きかけたのに気がつき……俺はギリギリで復活した理性でソニア姉に手を出す前に思いとどまる。
「い、今……」
 俺はなにを……。
 だが、今のは……今の本能的な感じは、紛れもなく俺だった。殺してしまおう……そうしよう……などと、そのようなことを思ってしまう自分。この八年で、抑えていたはずの俺の持つ最低最悪の欲望……殺生の欲求だ。
 どうして……今?なにも、今俺の理性を飛ばすような出来事はなかったはずだった。少し、考え事をしたかっただけだった。それだけで……?それだけで、こんな風になってしまうのか……?

 あぁ……頭が痛い……。

 俺が自分の状況に呆然としていると、セリーがマーターを見下ろした状態で問いかけた。
「貴方は……魔術協会の……間者なの?」
「…………」
 答える気がないのか、衝撃を与えられた腹部を抑えつつもマーターは黙秘を続ける。
 俺は頭痛がするコメカミをグニグニしながら、自分の立場を弁えない愚か者に目を向ける。
「グレイ!」
「…………」
 俺が何かする前にソニア姉に止められてしまった。仕方ない……。
「ありがとうソニー……できれば、そのままグレイを止めておいて」
「は、はいっ」
 あぁ……痛い。

 イライラする。

「マーター……お願いよ。答えて……貴方は神の信徒ではなかったの?」
「…………フォセリオ様。私は……初めから神の信徒などになった覚えはございません」
「マーター……」
 セリーは愕然とした表情でマーターを見つめる。それだけ、ショックだったのだ。教会内部に信徒ではない者が紛れ込んでいたことが。
 ふと、教会から数名……出て行く気配を感じ取った。おそらく、こいつらも……。
「あっちもこっちも敵だらけ……」
「……え?」
 俺の呟き声にソニア姉が首を傾げる。だから俺は、疑問に答えるべく簡潔に答える。
「随分と行動が早いな。まあ、セリーや他の教会職員に微塵も疑われる素振りを見せなかったお前だ……かなり有能なようだ」
 仕事が早いなぁ……と、俺は教会から四方に広がって行く数名の気配を追う。
 たしか……魔力保有領域のことを知った者、その疑いがある者は関係者も含めて殺されるんだったか。つまり、ここにいるやソニア姉も被害に遭うというわけだ。
「お姉ちゃん……悪いけど、離してくれないかな?」
「え……?あ、うん」
 今度は大人しく、俺への拘束を解く。俺はソニア姉に微笑みかけてから表情から感情を消す。四方に広がってから数百メートルほど……人数は四名。どいつも人通りの多い道を歩いている。上手く紛れている……と、魔術の気配も感じた。人混みに紛れた上に【透明化インビジブル】を使しているのだろうか。
 そうなると、少なくとも魔術の腕でいえば上級以上は確定だ。マーターを含め、少なくとも四人以上は魔術協会の間者がこのイガーラ王都の神聖教会に紛れ込んでいたことになる。だとしたら、なにが目的だったのだろう。
 セリーがここに来る前から、奴らはここで職員として働いていた筈なのだ。だから、最高神官であるセリーが目的だったとは考え難い。
「まあ、今考えても仕方ないか……」
 そうだ。そんな小難しいことを考える必要はない。マーターがいれば、他の四人など殺して・・・しまっても、構わないのだから。


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