一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

二人目の神官

 –––???–––


 ズズッ……ホワァ〜ン。

 紅茶を口に含み、自室で一息ついているのは神聖教会の最高神官……『銀糸』のフォセリオ・ライトエルである。
 近頃は、グレーシュとクロロの容態の調査のために自室に籠もってバーニング現象についての情報を集めていた。そのため、机仕事が増えており、疲れも溜まっていた。
「うぅ……バーニングぅ……バーニングぅ……」
 教会の者にも頼んで集めてもらった情報……世界各地の神聖教徒からの情報はどれも似たようなものばかりだ。その中でも最も有力と言えたのは、バーニング現象の進行度による症状だ。
 セリーはもう一度、それが記載された羊皮紙に目を通し……最後の項目をジッと見つめる。
「進行度100%でリセット……一体どういうことかしら……」
 この最後の項目の意味が分からない。というか、ここまでの過程の症状でも結構危険なのだ。これは早々に解決策を用意しなければ、まずい……特に提案者である手前、自分が何とかしなければならない。だから、この際教会の権力でもなんでも使ってやるとセリーは考えていた。
 繋がった心……精神を切り離す方法はある。しかし、それは全て精神支配系の魔術に対する対抗策であり、バーニング現象の治療法とは違う。試してみるつもりではいるが、今はより確実性のある治療法が欲しいのだ。
 バーニング現象は一種の病気である。間違った治療法は、症状を悪化させる恐れがある。だから、セリーは下手に動けない。
 答えの出ない問題にセリーが机に向かって頭を抱えていると、コンコンと自室のドアがノックされる。
 セリーは頭を上げて、声をかけた。
「どうぞ……」
「失礼します。最高神官様」
 そう言って入ってきたのは、ここでセリーの次に権力を持つ神父……マーター・デタイスだった。
「あら……どうかしたのかしら……」
 セリーが疲れた顔で訊ねると、マーターは心配した表情ながらも……早くセリーも休みたいだろうと直ぐに用件だけ伝える。
「面会希望です……が、今日は面会を全てお断りいたしましょうか?」
「いえ……いいわ。通してちょうだい」
 セリー本来の仕事……信徒との面会だ。それもまさか、疲れているからといってサボっていいわけではない。しかも、面会できる日も限られているのだ。尚更、休むわけにはいかない。
 マーターは、セリーが純粋な神聖教徒であり、そして強い布教願望があるのを知っている。そのため、セリーの身を案じながらも頷くしかなかった。
「では、お通しいたします」
 マーターは言って、部屋を出る。それからしばらくして扉が再び叩かれたので、セリーは入室許可を出した。
「失礼します」
 と、面会希望者が入ってくる。とりあえず、セリーの向かいにある椅子に座るように指示した。
 セリーは疲れ眼ながらも面会希望者に改めて目をやる。
 線の細い男性のようで、フード付きのマントを羽織っている。男性は椅子に座ると同時に、セリーと対面し……セリーはその素顔を見て目を見開いた。
「貴方……カイン!」
「やあ、久しぶりだね」
 カインと呼ばれた男はそう軽い感じに、セリーに挨拶した。
 カインドレット・バルト……神聖教にいる最高神官の一人だ。セリーと同じ白銀の髪をしており、金色の瞳を持つ。最高神官特有の姿で、とても整った……というかイケメンだった。セリーと並ぶと、とてもお似合いに見える。
「どうしてここに……」
「いやぁ、ここに君がいるって聞いてね。ほら、霊脈の調査をしていたんだろう?」
「え?あぁ……」
 もはや、そんなのことをセリーは忘れていた。世界各地にある霊脈調査に関して、確かに他の神官達に通達し……任せていたからだ。
「僕も調査でね……君がいるっていうイガーラの近くにまで来ていたから、寄ったんだよ。君、友達が少ないから寂しくしてるだろうって思ってね」
「失礼ね……今は……そうでもないわ」
 自分からはたして友達などと言ってもいいのかアレだが……とセリーは色々と考えたが、少なくとも、自分にとっては大切な友人がいると感じていた。だからこそ、少しだけ表情を緩ませてセリーは言った。
 それを見たカインは驚いたように目を見開いた。
「え……?そんな……え?ちょっと待って……まさか、君に限って……」
「ねぇ?そろそろ泣くわよ?」
 一体、自分のことをなんだと思っているんだとセリーは憤慨した。
「いやぁ……うん。まさか、僕と会わないたった数年で……」
 数年、数十年は神の加護で歳をとらなくなっている彼らにとっては大したことではない。そのため、そのような期間で……とカインは驚いているのだ。
 そしてカインはふと閃く。とても訊きたくはないが、訊かずにはいられなかった。
「その……それは男かい?」
「ん?……まあ、男性もいるわね」
「ぐはっ!」
 カインは胸を抑えて悶えた。セリーは困惑して声をかけるが、カインにはそんな声は聞こえていない。
「くっ……もっと小まめに会っておけばよかったっ」
「……?そんなことより、どうしてそんな格好なのよ。普通に入ってきてくれれば、それ相応に出迎えたのに……」
「いやぁ、普通に来たらみんなに気を遣わせちゃうし……まあ、サプライズの意味も込めてね」
 なんとか復活したカインは答える。セリーはサプライズと聞いて首をかしげたが、特に気にかけることでもないなと思い、手元の資料に目を向けた。
「来てくれたところ悪いのだけれど、ちょっと今忙しくて……」
「で?その男ってどこの誰なんだい?僕が先に唾かけたんだ……途中からしゃしゃり出てきたその人にちょっと話があるんだよね……」
「え?話聞いていたかしら?忙し」
「で?誰なの?」
 セリーの言葉を遮り、どこか必死な形相でカインは問い掛ける。来てくれたのは嬉しいが、正直今はちょっと邪魔だった。セリーは早くグレーシュ達の治療法を探したかったために、あまり深く考えずにため息まじりに答えた。
「グレーシュよ……グレーシュ・エフォンスよ。ほら、これでいいでしょ?今日は教会に泊まっていくといいわ。後でマーターに手配させておくから……今はちょっと出てちょうだい」
 セリーが目頭を抑え、疲れを露わにしているとカインは慌てた様子で立ち上がった。
「ご、ごめん!忙しい時に……それじゃあ、ちょっと出かける。また夜に」
「へ?夜?」
「うん。夕食を一緒にね!霊脈調査の報告書もしておきたいし……それじゃ!」
「え……」
 いきなりのお誘いに、セリーは直ぐに答えられずに固まってしまった。そのために、彼を引き止めることが出来なかった。
 一人になった部屋で、セリーはポツリと呟いた。
「夕食なんて……今はそれどころじゃないのよ……」
 セリーはそれから黙々と手元の資料に目を落とした。


 –––グレーシュ・エフォンス–––


 最近、似たような夢を延々と見る。俺が両手に握る武器に、誰かた大切な人が突き刺さっている夢だ。嫌な夢だ……ただ、大切な人が誰だか分からない。たしか、俺にはこの身に代えても守りたい人が……人達がいたはずであった。だが、けれど、しかし……思い出せない。

 誰が大切な人だったのか……思い出せない。

 俺はいつも通り、嫌な夢から目を覚まして起き上がる。ここ二日は同じ夢を見る。

 嫌な夢だ。

「はぁ……」
 俺はため息を吐きつつ、ベッドから降りて着替える。それから一階へ降りて朝食を摂る。テーブルには既にラエラ母さんとソニア姉が付いており、エキドナとシェーレちゃんが食事を運んでくれていた。
 あれ……カルナリアがいない。
 ん?あれ……カルナリア?…………あれ?
「ん?どうしたのグレイ?早く座りなよ」
「え?あぁ……うん」
 俺はソニア姉の声に我に返り、席に着く。なんだったんだろう……今の。
 俺が今自分の身に起きたことについて考えていると、ソニア姉が俺に話しかけてきた。
「ねぇ!グレイ!実は私、明日から新兵訓練についていかなくちゃいけないんだよね」
「新兵訓練?」
「うん。グレイは今、アリステリア様の直属だから関係ないだろうけどね。今は帝国進軍で王都も手薄だし、新兵がたくさん来て質が下がったからって、師団が交替でするみたい。それで昼夜通してしばらく王城にいなくちゃいけないから、帰れないんだよね」
「そっかー 」
「うん。それでね、今日がその前の日ってことでお仕事休みなの!だから、よかったらちょっと街にいかない?」
「あーお出かけ?いいね。うん……いいよ」
 俺も山賊討伐まで暇だし、準備が整えば先触れがあるはずだ。今日は大丈夫だろう。
 と……、
「えー……クロロさんも?……まあ、今は仕方ないか……ぅぅ」
 ソニア姉がまるで誰かと会話をしているかのように独り言を呟きを始めた。俺が驚いて固まっていると、隣でエキドナが俺には不審そうな目を向けていた。
「……どうかなさいましたか?」
「っ……い、いや。なぁ、エキドナ」
 俺はソニア姉に聞こえないように、小声でエキドナに訊ねる。
「あそこに……誰かいるのか?」
 俺が訊いた瞬間……エキドナが目を見開いて呆然と固まった。俺を見るエキドナは、何言ってんだこいつ……みたいな。
「それは……本気で?」
「あぁ……やっぱりいるのか……」
 ソニア姉が独り言とか、そんな風な感じはしなかった。たしかに、誰かと会話をしている。だが、その姿も声も気配も……俺には何も感じなかった。
 だけど、ラエラ母さんやシェーレちゃんにはしっかり見えているようで楽しそうに談笑している。
 呆然とする俺とエキドナの間に割って入るように、床からユーリがテーブルに乗ってくる。
「ニャ」
 ユーリは俺の手の甲に己の前足を置いた。まるで、「疲れてんだよ……お前」みたなことを言っているようだ。
 おい、俺を頭のおかしい奴とでも言う気かこの野郎。
 無言でユーリと睨み合っているとエキドナが少し深刻そうな表情で呟いた。
「これは……早急にフォセリオと相談しないと……」
 フォセリオ……?
 フォセリオが何の関係があるのだろう……と、そんな疑問もソニア姉の元気な声に掻き消えた。


 –––☆–––


 エキドナは何か話があるとかでついて来ず、家に引きこもった。つまりは、俺とソニア姉の二人っきりだ。まあ、ついこの間も一緒に出かけたばっかなんだけども……。
「ふふふ〜今日も二人っきりだね〜?」
「んーそうだね〜」
 俺が返事をすると、ソニア姉は満足そうに頷く。腕を後ろに組み、俺の前を上機嫌に歩くソニア姉を見ながら……俺は幸せだなぁ……と思った。
 そうだよ……俺にとって大切なものは他でもない、ソニア姉とラエラ母さんじゃないか。どうして忘れていたのだろう。否、何か物足りないのだ。まだ、何か……誰か大切な人がいた気がする。名前は分かるのに、その姿形は真っ黒で……声以外に思い出せない……。

『お姉ちゃん!』

「っ!」
「ん?どうしたのグレイ?」
 俺が額を抑えて立ち止まると、ソニア姉が心配そうに俺の顔を覗き込んだ。俺は心配させないように笑顔を作った。
「いや、なんでもないよ!それより、いこうよ。明日からお姉ちゃん忙しんだから……今日は沢山遊ぼうね」
「……?う、うん」
 急に元気になった俺に少々困惑しながらも、ソニア姉は頷いた。 
 それから歩き出したソニア姉の後ろを歩きながら、俺は額を抑える。
 記憶が流れ込んでくる……俺じゃない誰かの記憶だ。今はもう治ったが……酷く頭が痛かった。
 自分の記憶じゃないのはたしかなのに、一体誰の記憶か分からない。もう……何が何だか……。
 ふと……俺の脳裏にセリーの顔が思い浮かんだ。
 そうだ……あいつなら何か知っているかもしれない。なんたって、浄化や治療魔術の達人だ。今の俺は確実に普通じゃない……セリーなら何か知らないだろうか。
 俺は前を歩くソニア姉に向けて言った。
「ねぇ、お姉ちゃん。とくに目的地がないなら、セリーさんのところなんてどうかな?あの人、寂しくしてるだろうし」
 俺が言うと、ソニア姉は苦笑した。
「た、たしかに……セリーさん一人ぼっちだからなぁ……」
 多分、本人が聞いたら泣き出しそうだな……。気にしてるみたいだし。もちろん、ソニア姉はセリーの周辺環境を理解しているので、馬鹿にしているわけではない。
「うん!じゃあ、そうしようか。あたしも、セリーさんに会ってお喋りしたいし」
「うん。じゃあ、行こうか」
「うん」
 こうして、俺とソニア姉は足先を教会に向けた。


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