一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

違和感

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 夜会明けの翌日……アリステリア様に呼ばれて王城へ向かった俺は、アリステリア様のお部屋……執務室に通された。
「あら、いらっしゃいましたわね。どうぞ、お掛けになってくださまし」
「はい」
 俺は一言断わりを入れてから、アリステリア様の向かい側にあるソファにポスッと座る。
 同じく、俺の向かい側のソファに腰掛けるアリステリア様の隣には案の定……侍女のアンナが立っていた。加えて、その逆隣にはアフィリアだ。

 女しかいねぇ……。

「男子に変えて欲しい……」
 俺が小声で言うと、アフィリアにはキッと睨まれ、アンナは無表情……アリステリア様は苦笑いしていた。
 アリステリア様はとりあえず、本題に切り出すために一度堰を切ってから口を開いた。
「それでは……ここに呼んだ理由はもうお分りですわね?」
「領地の件……ですね?」
「その通りですわ。一応、いくつか候補はありますの。わたくしの手持ちの領地から……で、あとはその中からグレーシュ様に決めていただくだけですわね」
「なるほど」
「ええ。それで……グレーシュ様は兵士としてのお仕事がありますでしょう?いきなり、領地の仕事が入ると色々と問題が起こるでしょうから、まずは兵士長として……指揮をとる経験を積んでからが良いと思いますの」
 一理ある。
「それで、領地のことは一度後回し……まずは兵士長から師兵に昇級するため、戦へ赴いてはいかがでしょう」
「戦……ですか?」
「えぇ……。今は、帝国打倒のために各国の戦力がそちらへ集中していますわ。だから、隣国との小競り合いも今はありません……しかし、戦とは何も国同士の戦いとは限りませんのよ」
 そう言って、アリステリア様はパンパンと手を叩く。すると、ササっとアンナが地図を目の前のテーブルに広げた。
 なんという早業だろうか……。
 アリステリア様は広げられた地図を指差す。そして、ある場所を示す。その場所は……王都から東にある森林部だった。距離的には、王都から馬車を出して六時間ほどだろう。ざっくり十数キロほどだろうか。
「この森林部には妖精族森人エルフ種の住む村落がありますわ」
「へぇ……」
「グレーシュ様の恩師であられる、エドワード様の生まれ故郷でありますわ」
 エドワード先生の生まれ故郷!
 俺は少し感動して、その場所を凝視する。
「実は、近頃……ここにいる森人エルフを対象に人攫いが頻発しておりまして……領主であるわたくしに打診があったのですわ。それで、調査したところ……ここらに山賊が巣食っているとの情報がありましたの」
「山賊……」
 山賊と聞いて、俺は肩を竦めた。
 山賊というと弱そうな三下をイメージするだろうが……そんなことはない。あいつらは強い。犯罪ばかり犯すために街に住めない奴らは、街から離れた魔物の生息地で暮らしているのだ。弱い訳がない。
 俺も、昔……クロロと共に戦ったことがあるが……あれはクロロが達人だったのだし、俺もそこそこ強かった。山賊が弱いわけでは、決してない。
「ギルドへの依頼も出しておきました。近日中には討伐隊を組んで、討伐するつもりですの。それで、その討伐隊の指揮を……」
「僕に……ということですか」
「その通りですわ。傭兵として雇った冒険者、そして身内の兵……その二つの集団を束ね、指揮をとるのは想像するよりもずっと難しいですわよ?」
 冒険者と兵士……常に少数で動く冒険者と、常に集団で動く兵士達だ。価値観も違うだろう。なるほど、確かにこの二つの集団を束ねて戦うのは容易ではない。
「どうしますか?辞退するのも……構いませんわよ?」
 と、アリステリア様は試すように言う。最初から俺が断らないのを分かっていながら……。
「そのお役目……是非お受け致します」
 俺がそう言うと、案の定といった風にアリステリア様はニッコリ笑った。まさに手のひらの上である。


 –––☆–––


 近日中に招集するというので、それまで自由にさせてもらった。
 ここ最近は色々あったし、ラエラ母さんやソニア姉との時間が足りないのだ。あと、男。
 そう、男が足りない。スカッシュ先輩とか、知り合いに男はいても……俺は今まで女といる方が多い気がするのだ。これは由々しき事態である。
 男が足りない。
 はぁ……今は遠出しているワードンマが帰って来れば少しはマシになると思うのだが、うむぅ。

 まあ、そんなこんなでアリステリア様に呼ばれてまた翌日である。いつものようにエキドナに惰眠を貪っているところで叩き起こされた後に、ニャーニャーと可愛い声で鳴くユーリと廊下で格闘し……ラエラ母さんとシェーレちゃんの作ってくれた朝食を食べる。
 おっと、塩が欲しいね。
 そう思ったところで、塩から一番近いクロロがとって渡してくれる。代わりに、クロロが水を欲していたので水の入った容器をとって渡した。
 そんな光景を見て、ソニア姉が少し目を細めて不機嫌になった。
「……?お姉ちゃん?」
「ふんっ……バーニングだか、バニーガールだか知らないけど!人前でイチャイチャするのは良くないと思うよ!」
 バニーガール……?それを言うなら、バニーボーイ……ガールって誰得だよ。ボーイは俺得。
「イチャイチャって……なんのこと?」
 俺はなんのことか分からなかったので、素直に訊ねるとソニア姉から歯軋りする音が聞こえた。
「こら、ソニー?行儀が悪いよー?」
「…………うぅ」
 ソニア姉はラエラ母さんに指摘され、少し狼狽え……そして俺を睨む。俺の所為かよ……理不尽な。
 俺が苦い顔をしていると、クロロがちょっといい笑顔で俺にいった。

 怒ってる。

「グレイくん?ソニアさんを怒らせるようなことしないでください」
「いや、してないだろ……」
「謝ってください」
「いや、俺は」
「謝ってください」
「お姉ちゃん……ごめんなさい」
 怖い。クロロ怖い……まあ、クロロはソニア姉やラエラ母さんのことになると・・・・・・こうなるからなぁ……気をつけないと。
 それからプンスカプンスカと、何故か機嫌の悪いソニア姉……朝食を食べ終えるとドスドスと床を鳴らして自室へ行ってしまった。
「今日はお仕事ないのか……」
「ん?そうみたい。久しぶりに、二人で出かけてきたら?」
「「そうする」」
「…………」
「ややこしいわね」
 エキドナが遠い目をしているラエラ母さんの隣でそう呟いた。
 何の話だろう……と、ふっと頭の中で何か閃光が光った気がした。うーん……寝不足だろうか。ちょっと、目眩が……。
 俺は食事を終えてから、ソニア姉の部屋に行ってお出かけしないか誘ってみた。すると、二つ返事で了承してくれたのだが……、
「……うぅ。二人っきりじゃないよね……」
「え?二人きりだよ?」
「そうですよ?何を言っているんですか?」
「うん……そうだね」
 本当に何を言っているのだろうか。


 –––☆–––


 ラエラ母さん、エキドナ、シェーレちゃんにお留守番を任せて俺とソニア姉は二人でお出掛けだ。
「ふっふふ〜ん」
「なんか、機嫌よくなったね」
「んー?あたしは最初っから機嫌いいよ〜」
「そう?」
「そうなのー。あ!見てグレイ!なんか、見世物してるみたいだよ!」
「あ、ちょっと!」
 俺はパタパタと走り出したソニア姉の後を追う。どうやら、噴水を中心とした広場で何か見世物をしているようだ。人垣の前で立ち止まったソニア姉はぴょんぴょんと跳ねて見ようとするが、見えないらしい。
 仕方ない……と、俺は錬成術で足場を作ろうとして……はたと首を傾げた。

 おかしい……錬成術が使えない。

 あれ?どうやってやるんだっけ……。いや、待て。どうして使い方を忘れた?確かに、俺は今まで使えていたはずだ。近頃は、このような不可解な点が多い気がする。

 何が……起こってるんだ?

「うーん……見えないなぁ」
 残念そうにしているソニア姉を見ても、特に何も思わない。おかしい、以前の俺なら必ずどうにかするべきだと動いたはずだ。だが、今はそんな感情もなんだか軽薄で……うすっぺらくなっている。

 考えろ、何かが違うはずだ。何かが変わったはずだ。何が違う?以前の俺との相違点はなんだ?考えろ、何が違う?

 そして、答えは……見つからなかった。

「ん?どうしたの?グレイ?」
「え?あ……うん。何でもないよ」
「……?あーあ、見世物見えないや。しょうが無い……どこかお店でもみてこよっか」
「うん……そうだね」
「……?」
 ソニア姉は不思議そうに首を傾げる。とてつもない違和感があるのに、その正体が暴けない気持ち悪さが俺の中にあった。
 記憶が一部欠けているみたいだ……それだけじゃない、知識もだ。記憶、そして知識が欠如している。錬成術の知識が、以前の俺との違いを感じさせる記憶が。
「何が……起こってるんだ?」
 自分の身のことなのに、理解できない。気持ち悪い……そんな気分で、ソニア姉とのお出掛けが楽しくなる筈もなかった。


 –––クーロン・ブラッカス–––


 エキドナさんに呼ばれた私は、ソニアさんとのお出掛けを断念して屋敷に残った。はぁ……行きたかったなぁ……と思いつつも美人なエキドナさんに個人的なお話とやらで呼び止められたのだから、ちょっと緊張するのも仕方ないですよね!
 私がエキドナさんが来るのを自室で待っていると、コンコンと扉が叩かれたので私は返事をした。
「どうぞ」
「失礼するわよ」
 エキドナさんは部屋に入ると、足の触手で扉を閉めて中に入ってくる。
 私は用意した椅子にエキドナさんを座らせ、自分はベッドに座る。ちょっとだけドキドキしますね!
「それで、お話とは?」
 そんな私の心情を隠すように私は切り出した。エキドナさんは暫く私の様子を見た後に、口を開いて答えた。
「最近……おかしいと思うことはないかしら?」
「おかしい?」
 私は少し逡巡し……心当たりがなかったので首を横に振った。
「そう……症状が長引いているわね……」
「症状?」
「いえ、こちらの話よ。それより……本当に何もないのかしら?」
「そう言われても……」
 ウンウン唸って、私は頭を働かせる。おかしいと思うこと……。あぁ……そういえば。
「おかしなこと……というのとは少し違うのですが、なんだか最近物足りない感じがしますね」
「物足りない……?」
 私の言葉にエキドナさんは困惑したように首を傾げた。ちょっと可愛いですね……。
 私は咳払いしてから答えた。
「はい。何がと言われると答えるのに困りますが……」
 何かが足りないのだ。私は誰かと何か共有した気がするのだ。それを近くで感じ、実感し、忘れないようにしていた気がする。共有していたのは、とても重く、私一人が背負うべき何かだった。しかし、それを誰と共有し、何を共有していたのかを……私はどうして思い出せない。
 そこまで考えて、私はとうとうその事実に気がついた。どうしてこんな大事ことを忘れていたことすらも忘れていたのか……私は、一体何を忘れてしまったのだろう。
「わた……しは……」
 頭がぐちゃぐちゃになる。思い出そうとすると頭痛がする。何を、私は、忘れて、いるのでしょうか……?
 私が頭痛のする頭を抑えているとエキドナさんが、私の近くに寄ってきた。
「大丈夫かしら……?苦しそうよ?」
「エキドナさん……いえ、なんでも」
 何を忘れた?何を?以前との私と、今の私は違う。それを忘れてしまったから?否、それだけではない。もっと何か、大切なものを失ってしまった気がする。


 –––病状–––


 現在進行度:52%

 互いが認識できなくなる。その訳は……例えるなら、鏡の中にいる自分にわざわざ声をかけるか?といった風に互いを認識するからである。つまり、鏡の中の自分のような感じ。

 パートナーと記憶の供給、移動が行われているため記憶がぐちゃぐちゃになり始める。

 なお、進行度は元々心の結び付きが強い同士だと上昇するのが速い。


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