一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

キモチワルイ

 –––☆–––


「えっと……三番大通りは……」
 俺は頭の中では王都のマップを広げ、それを頼りにルートを選択する。と、夕焼け空の中で店をたたみ出した商人やら家に帰る町人に気づかれぬよう、俺の影からエキドナが頭だけ出した。
「三番大通りにならば、こちらですぅ」
「え?あー」
 どうやら道案内をしてくれるらしい。俺はギシリス先生を背負っているために手振りでは表せなかったが、身振りで必要ないとエキドナに伝えた。
「そうでございますかー。道を知って?」
「まあな」
「ご主人様は王都に来て日が浅いはずでございますが……」
 そうか。こいつはイガーラ王国に潜入しに来ていたわけなのだから、道に詳しいのも道理だ。
 俺は歩を進めながら、エキドナを尻目に言った。
「マップ……地形とか道を覚えるのは基本だろ?」
「まあ、そうなのですけれどぉー……ご主人様がいる限りは王都で何か起こるとは考え難いですね」
「ん?どういうことだ?」
 俺はエキドナの言った意味が分からず、そう訊いた。エキドナは影の中でため息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「そのままの意味でございます。ご主人様が前線にいれば、どんな大軍も攻められないでしょう」
「あ、そういう……」
 とはいえ、あまりにも過大評価しすぎだ。大軍とか……まあ、通すつもりはないけれど。
「だが、地形を覚えておいて損はない。お前らみたいに既に中にいたりしたら、な」
「それは……たしかにそうでした。さすがはご主人様でございますぅ」
「ねぇ、お前のその語尾の伸ばし方……意図的じゃないよな?」
「さぁ?」
 この従者は俺に敬意を表しているのか、いないのか……まあ、いっか。
 それからテレテレと歩き続け……日がそろそろ落ちるだろう頃……俺は眉を寄せた。
 別に、特別なことがあったわけではない。ただ……そう。ただ、違和感を感じた。得体の知れない何かに遭遇してしまったかのような、嫌な感覚……全身を舐めまわされるような身震いが走り、俺は顔を顰めた。
 その原因だと思われるのは、俺の前から歩いてくる三人組だった。後ろの二人は女の子だった。それも、とびきり美人の……片方は可愛い系で、もう片方は綺麗系だった。問題は……その二人よりも一歩前を歩く、目深くフードを被ったローブの男らしき魔術師だ。杖も持っているから、魔術師で間違いないだろう。
 もしもこれが、ただの魔術師なら美人二人を連れている理由から単純な妬みが出たかもしれない。だが、普通じゃない。ただの魔術師なんてありえなかった。
 だからだろうか、俺は思わず……その男とすれ違いざまに声を掛けた。
「すみません」
 俺が声をかけると、男が立ち止まり、後ろの二人も合わせて立ち止まる。
「なに?なんか用?」
 綺麗系の女の子が喧嘩腰で言った。初対面で随分と高圧的な態度だ。酷いもんだなぁ……。
「突然お呼び止めしてしまい、大変申し訳ありません」
「前置きはいらないっての。何の用?って、アタシは訊いたんだけど?」
 こっちが呼び止めておいてなんだが……さすがに失礼じゃないかこの女……イラッとしちゃったぞ☆
 とはいえ、俺も相手の気分を良くすることを訊くわけではない。お互い様ってね。
「申し訳ありません……お呼び止めしたのは、そちらの魔術師様が気になってしまったからです」
「え?アヤトが?」
「あっ……ちょっとキーエル……」
 ここで初めて可愛い系の女の子が声を発し、キーエルという綺麗系の女の子を咎めるような視線を送った。
「なによ……あ」
 何か気がついたように、キーエルはバツが悪そうに口を噤んだ。
「あぁ、ごめんアヤト、メリア。名前言っちゃった」
 てへ☆とでも言うように、キーエルは言う。名前を知られたくなかったようだが、今キーエルがハッキリと全員の名前を言ってしまった。お馬鹿ちゃんなのぉ?名前を知られたくないこともバラしちゃってぇ……クール系かと思いきや?おいおい?どこの最高神官様だ?
 と、俺の脳裏に白銀の髪の女が思い浮かんだところでメリアという女の子が口を開いた。
「えっと……わたし達の名前を聞きましたよね?」
「はい」
 それはもうバッチリ……。
「その……すみませんが。それはすごーく都合が悪いので……こちらの不手際で勝手ではあるのですが、貴方の記憶を消させていただきます……えっと」
「……えっと」
 名前を知られたから記憶を消すと……お前らの名前にどんな価値があるというのだろうか。まずは説明しろよ。取説ない中古ゲームソフトかよ。

 俺、取説読まないけど。

 俺が説明を求めているのが分かったのかメリアという女の子は、本当に申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
「説明しても、どうせ忘れてしまうので……消えるのは私たちのことだけですから、ご心配なく」
「いや……もうなにがなんだか……」
 訳がわからない……そう言おうと開いた口を俺は閉じなければならなくなった。それは、突然キーエルが腰に帯びていたダガーを抜いて、俺に向けて振るってきたからだ。
「キーエル!」
 メリアの悲鳴にも似た言葉をキーエルは無視し、俺に襲いかかる。
 名前を知られただけでここまで過剰な行動に出た……こいつらは何者だ?何が目的だ?
 俺の見立てでは、王都在住の町人ではないだろう……いや、もっと言えばこの国・・・の人間でも……ないかもしれない。
 そこまで考えて、ハッと気付いたのはアリステリア様の話にあったソニア姉を狙う他国勢力……。
 俺は首筋に迫ったダガーの攻撃を、半身になって躱し、跳ね返るように追いかけてきたダガーを振るうキーエルに対して俺は、無詠唱でキーエルの足元をポコッ突出させて体勢を崩してやり、俺は体勢が崩れている隙にキーエルのダガーを蹴り飛ばす。
「なっ」
 と、驚いたような表情をしたキーエルは慌ててダガーを拾おうとした。俺はそんな間抜けなことをするキーエルの首筋に鎌を突きつけるように、膝を曲げて足を絡めた。
「動かないでください」
 穏やかに言ったつもりだが、キーエルに緊張が走ったのは分かった。
 俺は直ぐに背中に背負ったままのギシリス先生をエキドナに押し付けて、口を利かせた。
「一つ……聞きたいのですが」
 と、俺は前置きをしてからメリアに訊いた。
「あなた方は何者ですか?」
「何者……か、観光客……」
「観光客が……名前を聞かれただけで、襲いかかると……何かやましいことがあるのでは?」
「それは」
 それでも隠し通そうとするメリアに対して、その後ろで控えている魔術師は依然として何のアクションも起こそうとしていない。ただ、目深く被ったフードの影からジッと、俺のことを観察しているようだった。
「それは……その」
 未だに何か取り繕おうとするメリアに……ついに魔術師がため息を吐いて口を開いた。
「いや……もう隠し通せそうにないし、いいよ。メリア」
「え、アヤト様……でも」
「いいっていいって。その人、勘が鋭そうだし……何よりも若干勘付いてる?感じがするんだよね」
 魔術師は酷く軽いノリで、そう呟いた。勘付いてる……ってことは、
「あなた方は……どこの国から?」
「!?」
 バレてしまったのがそんなに驚いたのか、キーエルが俺の足元で肩をピクリと動かした。
「それは言えない……かな。とりあえず、僕としてはこの場は穏便に済ませたいな」
「無理な話でしょうよ……あなた方が他国の間者なら、僕はあなた方を拘束しなければなりません」
 こいつらの狙いは間違いない。ソニア姉の筈だ……現状の王国にわざわざ潜入してくるってことはそれしかありえない。アリステリア様の庇護下にあるソニア姉を狙っているのだから、名前だって出来るだけ伏せなければならないはずだ。それにこの魔術師……普通じゃない。他国の間者の可能性は、九割……、
「いや、まあ大体あってるよ。君の考えていること」
「…………」
 心が読まれた?【思念感知サイコメトリー】……、
「そう、それ。本当に勘が良い。うん、そういう人もいるだろうとは思ってたんだけど……」
 アヤトという魔術師がそう言って肩を竦めると、メリアがそれを咎めるように見つめた。それを見て、さらに肩を竦めた。
「アヤト様!とにかく……早くこの方の記憶を消してください。時間がありません」
「あーうん。わかった」
 アヤトはやれやれという風に両手を挙げてから……杖の先を俺に向けて無詠唱で【テレーポート】を発動して、俺の足元にいたキーエルをアヤトの側に一瞬で移動させた。
 …………達人級の魔術を二つ使った。こいつは……達人級ってことか。
 いや、それだけじゃない気はするな。アヤトという名前……引っかかる。
「あなた方の狙い……目的は分かりました。しかし、結局何者か教えてはくれないのですか?」
「うん。それは無理かな。ごめん……キーエルのドジの所為だけど君の記憶は消させてもらうよ」
 そう言って、アヤトは杖先を俺へ向けたまま……魔術を発動しようと魔力を練る。俺はタイミングを合わせて、空かさず【ディスペル】を使って、魔術の発動を阻止した……はずだった。
「っ!」
 だが、俺の【ディスペル】によってアヤトの魔術が乱されることはなく……初級火属性魔術【ファイア】を放ってきた。
 デカイ!
 俺は燃え盛る業火に触れないように、両手のひらを向け、自分の周りに空気の流れが出来るように高速回転する。空気の壁に接触した【ファイア】は質量を俺の後方に移し、そのまま俺の背後で爆発した。
「うわぁ……すごいな」
「うそ……アヤトの【ファイア】を防いだ?」
「ふ、防いだというよりも受け流したように見えましたが……」
 口々に言う。俺はからすれば、アヤトという男の方がヤバイ……初級魔術の威力じゃねぇっての。どんだけ馬鹿げた魔力量なのだろうか。
「いやいや、それほどでも」
「ナチュラルに思考を読むのやめてくれます?」
 ちょっと泣きたくなった。
 と、俺の索敵範囲から目の前の三人以外の気配が消えた。人払いの魔術か……。
「本当に鋭い……そうだよ。あまり周りに気付かれたくないしね」
「そうですか」
 とはいえ、俺としても好都合だ。こいつらをここで捕まえて、色々と吐いてもらおう。ソニア姉を連れて、何をするつもりなのか……とか。
「じゃあ、さっさと済ませるよ!さっきはやられたけど、次はそうは行かないから!」
「ちょっ……キーエル!」
 今度はアヤトが焦りの声を上げて、ダガーを構えて突っ込んできたキーエルを止めようとするが既に遅い……キーエルは構えて、俺の懐に飛び込む。この型は……スーリアント大陸の南方の地域発祥……ダガーの形状も南方で見られるものだ。それに名前の発音の仕方……国教は神聖教ではあるが、南方地域の訛りがある。
 こいつらは……そうか。バラモストリア共和王国から来たのか。
「っ!?」
 俺がそこまで辿り着いたところで、アヤトがフードの下で表情を一変させた。
「はぁ!」
 俺は眼前に迫っていたダガーを屈んで躱し、瞬時に錬成術で剣を作り上げる。それから直ぐに無防備なキーエルの腕に剣を絡めて関節をきめて、問答無用で両肩の関節を外した。
「あっ……あぁぁぁぁぁあっっ」
 悲鳴を上げ、倒れこみそうになったキーエルを絡めた剣で引っ張り起こし、それから剣先がキーエルの首裏に当てるようにしてやると、キーエルは「ひっ」と涙目になった。
「キーエル!」
 メリアが慌てて助けに来ようとするが、それをアヤトが杖で制した。
「メリア……迂闊に動くと危ない。あの人、女の子だからって容赦しないタイプの人だよ」
「そんな……さ、最低です!」
「最低?」
 何をもって最低だと言うのだろう……。ちょっと何言ってるか分からないンダぜ☆
 だが、俺が訊き返したから勢い付いたのか……メリアという女の子が叫ぶ。
「そうです!男の人は女の子を守らなくてはならないのに、そんな風に力を振るうなんて最低です!早くキーエルを解放してください!」
「えー」
 おかしいだろ……その理屈はおかしいだろ……え?どう思う?
 と、俺は心の中で……俺の心の中を覗いているであろうアヤトに問いかけた。すると、アヤトは苦笑いした。
 よかった……俺だけじゃなかった。
「先に襲ってきておいて、調子がいいですね」
「それとこれとは話が別です!」
 なんということだろう……話は別なのか。と、俺がもう話すのも無駄な時間だと考え始めたところで再びアヤトが無詠唱の【テレーポート】でキーエルを助けた。というか、もうどうでもよくなったから俺が見逃した。
「さすがアヤト様……大丈夫ですか?キーエル」
「うぅ……だ、大丈夫……肩が外れてるけどね……ありがとう、アヤト」
「…………」
 お礼を言われているアヤトは複雑そうだ。心が読めるアヤトなら、俺が見逃したことくらい分かるだろう。
 はぁ……もう疲れた。
「えっと……この場はとりあえず見なかったことにしてあげるので、お引き取りください」
「はっ!?何言って……あんた、アヤトが本気出したら」
 俺はそう言いかけたバカで愚かなキーエルの言葉を遮って、自分とは思えない冷え切ったような声を出して言った。
「その本気を出せないのは、あなたが邪魔をしているからだと……まだ気がつかないのですか?」
 俺の言葉に、キーエルとメリアがゾクッと何かを感じたかのような後ろに一歩下がる。
 あぁ、気持ち悪い。反吐が出る。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い気持ち悪い。

















 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

「そこの魔術師さんは優しい方ですね。さっきの【ファイア】を何度も使えるほどの魔力をもっているのに、攻撃をしてこない……周りの被害や、そこの二人のことを考えてのことですよね?」
「……」
 アヤトは俺の言葉に頷きはしなかったが、苦しそうに顔を顰めた。アヤトは乗り気じゃないのかもしれない。それなら、俺がアヤトと戦う理由はない。
「だ、だから何よ!ソニア・エフォンスがいれば……ソニア・エフォンスがいれば多くの人を」
「いれば?いれば何ですか?あなた方の目的なんて、もう聞きたくもありません。不快です」
「っ……この」
 キーエルがまた馬鹿みたいに突っ込もうとするのを、アヤトが止めた。
「アヤト!邪魔しないでよ!あいつ、何も知らないくせに……だって、ソニア・エフォンスがいれば……」
「落ち着いて、キーエル……落ち着こう」
「アヤト……」
 興奮気味のキーエルをアヤトが落ち着かせる。その間にメリアが俺と対峙した。
「ど、どうしても……通してはいただけないのですか?」
「そりゃあそうでしょうよ」
「なら、アヤト様……この方を倒して、ソニア・エフォンスを……」

 ブチッ



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