一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

紳士な殿方

–––グレーシュ・エフォンス–––


夜会はスムーズに終わり、大分夜が更けってきた頃……意外なことにエリオットから、「これから飲みにどう、かな?」などと誘われてしまった。

マジか。

エリオットとは姉と職場が一緒という関係でしかなく、知り合いの知り合いみたいな感覚だった。とはいえ、かなり美形なのでそんな人から飲みに誘われたら……吝かでもない。
そして、これまた意外なことにエリオットとアイクは知り合いだった。いや、二人とも貴族なのである意味当然かもしれない。とにかく、不思議なことはなく、結局エリオットとアイクと俺の三人で飲みにいくことになった。
「まあ、夜会じゃあ飲むって感じではない、しね?」
「そうだな……とと。そういえば、グレーシュとこうやって話すのは始めてだな?一応、お互い兵士なんだ。これからこういう機会もあるだろうし、よろしくて頼む」
「はい!こちらこそ!」
「お、おう……」
ふむ……やはり、今宵の夜会からアイクに警戒されている気がする。
ちなみに、俺たちがいるのは王都の花街……まあ、所謂夜を専門とするお店が立ち並ぶ商店街的な場所にある酒場である。
エリオットやアイクのような貴族がこんなところで飲むとは……と、俺は意外に思った。それを見透かしたように、アイクが肩を竦めた。
「花街にくる貴族は多い……娼婦目当てでな。その流れで、酒場にも貴族がくるのは珍しいことじゃないんだぞ?貴族だって、たまには周りの目を気にせずバクバク飲みたいものさ」
「そんなもんなんですねー」
「そんなもの、さ。イメージを崩してしまうようだけど、ね。少なくともイガーラでは、そんなもん、だよ。ずっと気張っているのも疲れるから、ね。みんな、どこかで必ずガス抜きしているもの、さ」
エリオットとアイクはそれぞれ頼んだ酒を口につけて言った。なるほど、言われてみれば確かに……どこかでガス抜きは必要だ。
「でも、危なくないですか?貴族が夜中ほっつき歩くって……人攫いとか、身代金目当てとか」
俺が指摘すると、アイクが答えた。
「もちろん。だから、護衛を付けたりする人もいる。が、花街は治安が悪そうに見えて良いからあまりそういうのはいない」
「そうなんですか?」
「ああ。花街を仕切ってるのが、そういう裏で顔の広いやばい奴らしい。国もそうそう手が出せる相手じゃないし、花街は必要な存在だ。だから、黙認されている」
俺はその話を聞きがながら、俺好みな男が花街にいないかなぁ……なんて考えた。よく考えれば、王都の花街へ来たのも今宵が始めてである。
「まあ、飲めよグレーシュ。かたっ苦しい夜会で疲れただろ?飲め飲め」
「はい」
俺はとりあえず、頼んだ酒を飲んだ。


–––クーロン・ブラッカス–––


「今夜はグレイ、夜会で食べてくるでしょうから私たちで食べちゃおうねー」
ラエラさんがテーブルにお皿を並べていく。それに続いて、シェーレちゃんとソニアさんが運んでくる。私も手伝うと申し出たのですが、病人だから大人しくするようにと言われて大人しく席に座りました。
こんなにも見目麗しい彼女たちの手を煩わせるのはとても心苦しいのですが……心配を掛けるのも本意ではありません。ここは、落ち着いていきましょう。
やがて、広いテーブルにお皿が揃い、ソニアさんの元気な声に合わせて各々食べ始める。ちなみに、食事を必要としないシェーレちゃんとエキドナさんは、席に着いているだけでした。エキドナさんは、別に食べられるんですけど……今日みたいに食べない日もあるのです。
「エキドナさんは、今日はグレイに付かなくてもいいんですか?」
ソニアさんが訊ねると、エキドナは肩を竦めた。
「まあ、いつまでもエキドナが付いていたらご主人様のためになりませんからぁ。それに王都の中だったら、離れていても大丈夫でございますぅ」
「そうですよね〜。グレイも貴族になるんですもんね……あ、そうあえば領地をアリステリア様から頂けるとか!そしたら……もしかして、グレイはお引越しとか……」
ソニアさんは少し寂しそうに言う。私はエキドナさんが答えるよりも先に答えた。
「そんなわけないじゃないですか。私がソニアさんや、ラエラさんから離れるなんてありえませんよ」
「え……?あ、いえ……グレイの話なんですけど……?」
「……?え?そうですよ?」
「え?」
「え?」
ソニアさんは何を困惑しているのだろう。いや、ソニアさんだけではない。ラエラさんやエキドナさん、それにシェーレちゃんも困惑したような目で私を見ていた。
「な、なんですか?そんなに見つめられると恥ずかしいです……」
こんな美女達から見つめられたら、なんか照れますね!えへへ☆
「うわっ!なんか違う!なんか、いつものクロロさんじゃないよ!?グレイみたいだよ!!」
「ちょっと……別にグレイだからって変じゃないでしょう?」
「クロロさんがグレイみたいだと変だよ!?」
「まあ、それは確かに……」
ラエラさんもソニアさんも二人して何気に酷いんですけど……なんですか?二人して私を虐めているんですか?そういう趣味はないんですけど……。
「酷い……」
「あ、ごめんなさい」
「はい。許します」
「やっぱり、なんか違うよ!?」
ソニアさんは叫ぶ。何がだろう?うーん、と私が唸っているとエキドナが額に手を当てた。
「思考がご主人様みたいになってるわね……」
思考?…………む、【思念感知】ですね?
「ナチュラルに人の思考を読むのはやめてください。そういうの、ぷらいばしーのしんがいって言うんですよ!」
「…………?ぷらい、ばしぃー?」
シェーレちゃんは聞いたことがない言葉に首を傾げた。可愛い……お姉様と呼ばれたい。
「こ、これもバーニングの影響……?」
エキドナさんはブツブツと何か言っている。まあ、いいです。さっ、早くラエラさんのご飯を食べませんとね!冷めてしまっては、ラエラさんに申し訳ありませんからね!


–––グレーシュ・エフォンス–––


「…………」 
俺は今、危機に瀕していた。なにがって、ナニが。って、そうじゃねぇ。
何がナニで、ナニが何なのかはどうでもいい。それは置いておくとして……今いる酒場のウエイトレスを見た瞬間、俺は頬を引きつらせた。なんでこんなところで働いてんだよって奴がいたのだ。
「っらっしゃいませー。注文はなんだ?」

そんな感じで男勝りな口調と、風に流されたような長い緑色の髪をも持つ美女……シルーシア・ウィンフルーラだ。

いや、馬鹿だろ。

元帝国兵であり、俺と戦った仲だ。元帝国……完全に敵対国なんですけど。なんでここで堂々と働いてんだよ。もういっぺん言うは、馬鹿だろ。
まあ、それだけならいいのだ。だが状況が悪い……なぜなら、俺の隣にはエリオットはともかく兵士であるアイクがいるのだ。アイクのような超絶イケメン男が帝国で『弓姫』と言われていた女を知らない筈がない。
今二人をあわせると面倒なことになるのは間違いない……そして、俺がシルーシアのことを黙っていたこともばれて国家反逆罪とかでさよならバイビーする可能性があるのだ。これはアカン……。
「あ、アイクさん!お、お店変えましょうか!」
俺が提案すると、すっかり酒の入ったアイクが頬を朱色に染めた状態で答えた。
「に、二軒目かー?さすがに酔いが回って辛い……どうせなら帰ろう」
「え、ちょっとアレな宿とかいかないんですか!?」
「どこにハシゴするつもりだったんだ!?」
俺とアイクが話していると、比較的にまだ酔いが軽そうなエリオットが言った。
「そう、だね。それじゃあ、次で最後にしよう……そこのウエイトレス!麦酒を三杯、だよ!」
「あいよ!ちーっとばかし待ってな」

エリオットさあぁぁぁぁぁぁん!?!!?

どうしよう……どうする?えぇ……マジか。いや、待て……まだばれていない。アイクも酔いが回っているし、シルーシアも
俺だとはまだ気付いていない。せめて、知り合いだとばれないように……。
「お待ち!麦酒三杯だ。……ん?」
と、シルーシアの目が俺に向けられた。俺はサッと目を反らす。まだばれていない!
「グレーシュ・エフォンス……なんでお前がここに」

この野郎。

「人違いでしょう。僕はグレイス・エフォーシュです」
「おぉ!君はこの美しい女性と知り合いなの、かね?是非!是非紹介しておく、れよ!」

エリオットさあぁぁぁぁぁぁん!!

「いえ、知り合いじゃないです」
「あぁ?何言ってんだよ……たくっ。お前にはベールが世話になったらしいからって、会ったら礼を言おうと思ってなのによ……」
「ん……?ベールちゃん?」
あぁ……そういえば、一緒にいた。雷帝の戦のときに。
「迷子になったあいつを助けてくれたんだろ?ありがとな。だから、こいつはサービスしとくぜ」
そういうって、麦酒三杯……シルーシアは置いた。
「それはありがたい!で、グレーシュくん!この女性は……」
「知り合いじゃないです」
そんな押し問答を暫く続けていると、アイクが少しボヤけた目をシルーシアに向けて……眉を顰めた。
「む……どこかで見たような……」
「あ?」
おっと、これは本当にヤバい。
シルーシアとアイクが互いに視線を交わらせる。俺はその瞬間、アイクの首筋に手刀を叩き込む。
ごめんなさい!気絶してください!

と……、

「いたっ」
と、アイクが声が漏れる。

あれ……?

「いてて……なんだ?今の……」
アイクは周りをキョロキョロして、不思議そうに首を傾げながら首筋を撫でている。
おかしい……気絶していない。あまりの申し訳なさに手加減しすぎた?いや、そんな筈はない……というか、なんだろう。今の動き、しっくりくる感じがしなかった。おかしいなぁ……。
「じゃあ、まだ仕事があっから」
「あぁ……美しい君、よ……残念」
「むぅ……気の所為か」
ヨカッタァ……ばれてない。というか、シルーシアの野郎……空気読めよ……。危うく、国家反逆罪で一族郎等皆殺しだよ。ギロチンだよ、電気椅子だよ、斬首刑だよ。

最初と最後同じじゃねぇか。

よかったぁ……ソニア姉とラエラ母さんまで被害がいったら目も当てられない。
それにしても……なんかいつもと感覚が違う気がするなぁ。


–––病状–––

病名:バーニング現象
進行度:34%

そろそろ異変に気が付き、自覚症状が出てくる。パートナーと能力の一部を供給する、または移動するなどの症状がランダムに起こる。特に男女のペアは症状が激しい。そのため、どんな症状が起こるかもランダムになる。

進行度50%で互いを認識しなくなる。

進行度80%で互いの能力の全てを供給、または能力が移動する。

進行度90%で記憶を供給する。

進行度100%でリセット・・・・




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