一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

蒼の閃光

 –––門前–––


 グレーシュに全て引き連れてもらったクロロは、その隙に魔力保有領域ゲートの近くにまで寄ってきていた。
「ゲート……」
 数十年ぶりともなるそれに、クロロは頬に汗を一雫垂らす。自分の身の丈を遥かに超え聳えるそれはまるで、己を見下して嘲笑っているかのようにみえる。
 今にもトラウマに踏み潰されそうになるクロロだが、一呼吸置いて落ち着きを取り戻す。
「…………よし」
 クロロは頷き、一歩一歩門に近づく。

 と、

『お〜久しぶり〜!我参上!アハハハハハハッ』

 アハハハハハハッ。

『我、妖狐のサンビー!クロロたん、ようこそ!そして、お帰り!我の下に!アハハハハハハッ』
「よ、うこ……」
 クロロは突然響いてきた声に臆す。恐怖が全身を覆い、足が狂ったように笑い始める。
『アハ〜?』
「っ!」
 そんなクロロの恐怖を見透かしたように、門の僅かな隙間から妖狐の……巨大な瞳が現れ、その真っ赤な瞳がクロロを射抜く。
「あ、あぁ……」
 カタカタとクロロは唇を震わせる。それを見て、妖狐のサンビーがニィッと口の端を吊り上げる。
『ずーっとここでクロロたんを待ってたんだよ〜?褒めて〜?アハ』
「わた……しを……?」
『そう……ずっとね〜?アハ〜。この我を身に宿す、クロロたんと一緒になるためにね〜。アハハハハハハッ』


 アハ〜?

「一緒に……?」
『そうだよ〜?我と一緒に……アハ』
 ダンっと、妖狐は己の前足を門の隙間にねじ込み、無理矢理開こうと力を込める。
『アハハハハハハッ!クロロたんクロロたんクロロたんクロロたんクロロたんクロロたんっ!!今、一つになってあげるよ〜!』
「ひっ」
 クロロは徐々に、徐々に開きつつある門を見て完全に身体が硬直し、腰を抜かして尻餅をつく。

 無様だ。

 サンビーの瞳に嘲笑が走り、クロロはそう言われているように感じた。
「私は……」
 どうすれば……………………、


 –––???–––


「お姉ちゃ〜ん」
「…………んー?」
「そろそろ起きないとダメだよ?ほら、今日は大事な日なんだから」
「んー……カルナですか。私、もう少し寝たいです」
 私がそう言うと、私の妹……カルナリア・ブラッカス……カルナが呆れたようにため息を吐いた声が聞こえた。
「もう!そんなんだから、良い人と結婚だってできないんだよ?今日の勝負に負けて、あの人のお嫁さんにでもなる?」
「それは勘弁してください……」
 私はカルナの言葉に渋々起き上がる。そう、確か……今日は私の住む村の決め事で婚儀の決闘というのがあるのですが……女性、男性は共に異性から決闘を申し込まれ、申し込んだ方が勝ったら婚約しなくてはならないという決まりごとがありました。
 長寿である私たち夜髪種は、人族の中ではもっとも数が少ない……しかし、人族の中でも最強と呼ばれる戦闘種でもある私たちは国から重要視されていました。
 この決まりごとは、私たちの種の数を増やすための策として昔作られたそうですが……今では見世物としての意味の方が強いですね……。
 そんな婚儀の決闘を申し込まれ、受けた私は今日がその日なわけですが……ちょっと眠りすぎてしまったようで、カルナが起こしにきてくれたようです。
「すみません。わざわざ」
「ほんっと、お姉ちゃんって朝が弱いよね。普段はしっかりしててカッコイイのに……」
「別にしっかりなんて……」
「まあ、そうだねー。お姉ちゃん、結構ドジるし。知ってる?お姉ちゃん、村の男の人からチラリズムなクロロさんって呼ばれてるんだよ?」
 私はチラリズム?と首を傾げました。すると、カルナはため息を吐いた。なんでしょう?
「はぁ……ほら、お姉ちゃんってよく決闘してるでしょ?お姉ちゃん、軽装だから戦ってる時にチラチラ……パンツが」
「えっ!?早く言ってくださいよ!」
「うん……ごめん。ほら、じゃあこれからは鎧着よ!鎧!鎧じゃなくても、防具を着けよ!」
「……仕方ないです」
 私は身軽な方が好きですが、仕方ありません。私は、カルナが持ってきた防具を付けていきます。腕、脚……と武装し終わった私を見たカルナが感極まっていた。
「わぁー!お姉ちゃんカッコイイよ!背も高いから余計……」
「そ、そうでしょうか?」
 褒められるのは悪くないですね……。
「それでは、朝食を摂ったら早速いきましょうか」
「うん!あ、お母さんが今日は朝食から張り切ってたから豪勢だよ!」
「そうですか」
「お父さんがもう食べてたから、早くしないとね!」
 あぁ……父は大食いですからね。急がないと、私たちの分が無くなってしまうかもしれない。
「いきましょう」
「うん!」


 –––???–––


「『月光』クーロン・ブラッカス……うわぁー!お姉ちゃんの二つ名カッコイイね!武闘大会十連覇でやっと二つ名が付いたね!」
「なんだか恥ずかしいやら、嬉しいやら……」
「もっと喜んだらいいじゃん!」
 カルナはそう言って、自分のことのように喜んでいます。ちょっと、恥ずかしい……『月光』って。
「どうして『月光』なのでしょうか……」
「んー?あれじゃない?お姉ちゃん、戦ってる時に瞳が蒼く光ってるから……多分それが月の光みたいに見えるからとか?」
「そ、そうなんですか……自分では気付きませんでしたが……」
「そうなんだー。お姉ちゃんが走るたびに、ピカッと稲光が走って凄いんだよ?遠くで見てる私でも見えなかったし」
 そうだったんですか。しかし、そう言ってもらえると自身に繋がりますね。私が少し笑うと、カルナも嬉しそうに笑って言った。
「うん!うん!やっぱり、お姉ちゃん笑ってもカッコイイよ!」
「ふふ……カルナも笑顔がとても可愛らしいですよ?」
「えぇ!?そ、そんなことは……」
「何を言っているのですか?私の妹なんですよ?」
「お姉ちゃん……」
 カルナは再び嬉しそうにはしゃいだ。やはり、この子は元気な姿が一番似合います。


 –––???–––


「お姉ちゃん……どうしても、お姉ちゃんが行かないとダメなの?」
「ちょっと、様子を見てくるだけですよ……相手はSSSランクの魔物ですから。私一人で相手はしませんよ」
「で、でも……一瞬で村とか、街も消しちゃうんでしょ?」
「心配しなくても私は強いですから。それとも、私が信用できませんか?」
「そ、そんなことない!お姉ちゃんは最強だもん!」
 そう言ってくれるのは嬉しいですが……さすがに最強ではありません。しかし、ここで否定すると、妹が不機嫌になるので否定はしないでおきましょうか。
「なら、そんな最強なお姉ちゃんを信じてくれませんか?」
 私が少し困った風に言うと、カルナはまだ納得していないようだったが仕方なしに頷いた。
「そんなに心配しないでください。本当に大丈夫ですから……」
「…………うん」
 やはり、不満気です。
 仕方がありません……。
「それじゃあ、私は行きますね」
「……うん。行ってらっしゃい……」

 その言葉を最後に、私が妹の声も、姿も、顔も、見ることはなかった。


 –––☆–––


 ふと、昔のことを思い出した。それが、私の中で何かを爆発させた。

 どう……すれば……いいか、なんてっ!
「っ!!」
 私は唇を噛み締め、自らを奮い立たせる。拳を地面に突き立て、腰を上げる。笑う膝を一蹴し、立ち上がる。
「私……は……」
『アハ〜?』
「私はっ!!」

 私は、『最強』です。
 たった今から、私が『最強』です!

『アハ〜……復活したったー?』
 妖狐の挑発するような声も、もはや私には聞こえない……私は『最強』です。妹は……カルナは、私を最強だと信じていた。もう、裏切るわけには……いかないんです。
 私は何かに突き動かされるかのように刀を鞘から抜き放ち、そして鞘も腰から抜き放って逆手に握る。
 右手に刀身、左手に鞘……私の本気。最強の私っ!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 私は地面を蹴り飛ばし、真っ直ぐに門へ向かって走り出す。
『アハ〜?』
 ギギギッと門を開いている妖狐が、私を見てまた嘲笑う。
「くっ!」
 負けない!私は最強!
「【月光牙】!」
 両手に握る私の愛刀が煌き、蒼色の輝きを放つ。
【月光牙】……私の持つ最強にして最速の剣技。それで以って、門の隙間に前足をねじ込んでいる妖狐を門の向こう側へ押し返す。
『アハハハハハハ!これは驚いたね〜?』
「私は最強!最強!!」

 聞こえない!聞こえない聞こえない!!

 私は開きかけている門を叩く。ゴゴーッと門が徐々に閉まっていく。
『そうやって、逃げても何も変わらないよ〜?アハ〜?逃げて逃げて逃げてー逃げたその先にはなぁんにもないよ〜?クロロたんは、また全部無くしちゃうよ〜?』
「うるさいっ!」
 私は妖狐の言葉を一蹴し、さらに【月光牙】を門に叩き込む。
『アハ〜?嫌なことから逃げ続けて……それが許されるんだからいいよね〜?クロロたんは〜』

 カワイイ、カワイイ、我のクロロたん……。

「っ!」
 私は無我夢中に、ただ妖狐の声が聞こえないふりをして、何度も、何度も、何度も、何度もなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども……なんども愛刀を振るい続ける。
 やがて、門が完全に閉じた時……妖狐の嘲笑う声が聞こえなくなってしまった。
 それと同時に、私の中で隠していたもの、押し固めていたものが決壊する。どんどん瞳から涙が溢れ、視界が歪む。
「カルナ……カルナぁ……」
 一体、私はどうすればいいのですか?貴女達の未来を奪い、そのことから目を背け、逃げできた。逃げて逃げて……。

 はたして、私は生きていていいのでしょうか。

「クロロ!」
 ふと、よく聞き慣れた声が……私の名前を呼んだ。いつのまにか私は力なく地面にぺたんっと座っていました。立ち上がろうとしても、全身に力が入らない。どうしようもなく怖い……。
 私がカルナを、家族を殺したのだとはっきりと言われることが怖い。
 今はまだ、それが事実かわかりません……だからこそそれから目を背けることで平穏を保っていました。しかし、その事実を突きつけられたらと思うと、それだけで私は自分を保っていられる自身がなくなってしまう。
 だから、その事実から逃げたくて、知りたくなくて、そのために思い出さないように刀を置いた……。
「グレイくんっ」
 私は情けない声で彼の名前を呼んだ。
 私の前まできて、彼は私と目線を合わせるようにしゃがんだ。その瞳は困惑と動揺に揺れているように見える。
「ど、どうしたんだ?」
「グレイくん……っ」
 私はただ怖くて、グレイくんの首に自分の腕を回して抱きついた。
「クロロ?」
 最初は驚いていましたが、グレイくんは直ぐに私の異変に気付いたようです。
 あぁ……彼なら、私のことを理解してくれる。私の背負う重荷を一緒に背負ってくれる。彼が私には投げかけてくれた言葉は本物だった。
「グレイくん。私と……これからもずっと一緒に居てください。私には、貴方が必要なんです。貴方がいれば、私は強くなれます。私のままでいられます。貴方のことを、愛しています……お願いです。貴方も、愛していると……言ってください。そしたら、私はいつもみたいに……また……」
「クロロ……お前……」
 グレイくんは私の肩を抱くとそっと離します。それでも、鼻先が触れ合うような距離で、お互いに目を合わせます。
 私を見るグレイくんの瞳はとても鋭く、まるで私を叱咤しているように見えます。

 俺を逃げ道する気か?

 そう言っているようでした。


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