一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

邪魔

 –––屋敷–––


 グレーシュが意識を失ったように、クロロの胸に倒れこんだのを見た後……エキドナがセリーに言った。
「フォセリオ……一体何を考えているのかしら?」
「何とは?」
「ご主人様に魔力保有領域ゲートについて話した件よ。あの方なら、誰かに話すことはないでしょうけど……万が一があったらどうするのよ。どう……責任をとるつもり?協会に目をつけられたら最後……あいつ・・・が出てくるわ……」
 エキドナは寒気が走り、自分の肩を抱く。フォセリオは目を瞑り、頷く。
「大丈夫……よ。グレイなら」
「えぇ、そうね。でもバレたら?バレたら……貴女と関わった者は疑いをかけられ、問答無用で殺されるわ。いくらご主人様でも……あいつには勝てない」
 あいつ……先ほども出たその人物の名前をフォセリオは、ゆっくりと口に出す。
「『暴食』セルルカ・アイスベート……」
 その名前に、エキドナが肩を震わせる。
「考えただけでも恐ろしい……」
 エキドナはそう言って、顔を伏せて唇を噛む。その行動は、まさしく恐怖からくるものだ。
 セルルカ・アイスベート……『暴食』という二つ名で呼ばれる伝説級・・・の魔術師。また、美食家とも呼ばれることがあり、世の美食を食べ歩いている。
 彼女は魔術協会の最高権力者である議長の命令に従う。従うのは、議長がセルルカの美食の探求の手助けをしているからだ。そういう理由で、伝説ともある魔術師が魔術協会の犬となっているようだ。といっても、彼女は獣人族でしかも猫耳種なのであるが……。
 二十幾つという若さで伝説となった、史上最年少の伝説と言われており、実力で言えば七人中三番目にくる。その上にベルリガウスがくる。
 ベルリガウスは霊峰のミスタッチに認められる実力者だが、伝説最強は彼ではない。伝説最強は……実は誰も知らない。あのベルリガウスや、セルルカ、そしてバートゥなどの伝説達が口を揃えて、「自分は最強ではない」と言う。かのミスタッチや、それに並ぶもう一人の神話人はそれが誰かを知っているようだが……今も明かされていない謎の人物であるため、この場では特に関係はない。
「協会が動けば……」
「大丈夫よ」
 エキドナが何か言う前に、それをセリーが遮った。セリーの瞳を見たエキドナは、強い光に顔を背ける。
 エキドナはこの時語らなかったが、エキドナを生前殺したのは……セルルカ・アイスベートである。エキドナは探究心、好奇心共に旺盛であった。魔術というものを知るため、バートゥの死霊となる前から協会内部に侵入していた彼女は、協会にそれがバレてセルルカに消された。
 達人であるエキドナが、一瞬にして消された。
 ベルリガウスとは異質な強さを持つセルルカには、あのベルリガウスをも倒したグレーシュでさえも倒すことはできない……とエキドナは考えていた。
「心配しすぎよ……そうそうバレるもんでもないわよ」
「…………」
 セリーは別に気楽に言っているわけではなかった。それがエキドナに伝わったのか、エキドナは溜飲を下げるのだった。


 –––グレーシュ・エフォンス–––


 チラチラ、キョロキョロ。

 俺とクロロは隠密行動しながら、門へと近づいていく。物陰に隠れ、ササっと移動……門に近づくにつれて索敵範囲にビンビンに気配を感じる。
 建物の陰からチラッと門を見ると、門からあの子狐が量産されているのが見えた。
 陰に戻って、クロロに視線を向ける。
「門の前には兵隊みたいな狐が……えっと、五十三……だな。不定期に増えていくから、早めに叩かないとこっちが不利だ」
「そうですね。しかし、どうしましょうか」
「だな」
 何か打開策はないかと考えてみる。手っ取り早いのは、あいつらを排除することだが……何分情報が少ない。本当に不定期に子狐が生まれるのか?もしかしたら任意で、俺たちが囲まれたところでブワーッと来たら、いくらなんでも……。
 だが、こうやって時間を掛けてもいられない。あそこから妖狐の本体が出てきてしまえばいいと門を閉じられない。

 …………。

「よし、クロロ。閃いた」
「なんですか?」
「俺が弓矢でこっちに誘き寄せている間にお前は門の方にいって閉めろ」
「却下で」
「え」
「ダメです」
 絶対……と、クロロが俺を睨みつけながら言う。何故だ。
「グレイくんがそれでは危険ではありませんか」
「……何言ってんだ。あれはお前にしか閉められない。なら、消去法で俺が囮役になった方がいい……そうだろう」
「いえ、違います。私とグレイくんは対等です。背中を預けられる同士だと、私は思っています……もう、私の言いたいことは分かりますよね……?」
「一緒に戦う……だろう?」
 クロロは頷く。実際、今までそうやって戦ってきた。不満があるのは分かる。
「私は……グレイくんは私のことが信用できませんか?確かに、今回はグレイくんや他のみなさんに多大なご迷惑をお掛けしましたが……」
「いや、違う」
 俺はキッパリと、クロロの所為ではないと否定しておく。だから、クロロは「ではどうして?」と俺を睨みつける。
「違う。違う違う違う……俺はむしろお前を信用している。信頼している。信じている。だから俺がやるんだよ……お前は門を閉めろ、クロロ」
 いつあれが開くかで気が気ではないのだ。さっさとアレを閉めて、ここからトンズラしたいのだ。いつまでも、こんなところにはいたくない。
「しかし……」
 と、それでもクロロは食い下がる。だが、俺が折れないとわかったのだろう……ため息混じりポツリ呟いた。
「頑固ですね……」
「お前が言うな」
「私、頑固じゃないです」
 軽口を叩き合い、互いに下らない言い争いだと鼻で笑い合う。
「では……行きましょう」
 そんなクロロの言葉に、俺は弓を構えた。


 –––☆–––


 俺は物陰からザッと飛び出すと、弓技を発動させる。
「【フェイクアロー】」
 上空に放った矢がブレ、幾つもの矢が子狐の群れに降り注ぐ。降り注ぐ矢の雨に、子狐達は気がつくが遅い……グサグサと矢が子狐達に刺さり、矢の刺さった子狐から黒い靄となって霧散する。
 今ので門の前にいた子狐は全滅……これで出て来なければいいが……まあ、そう簡単で美味い話はない。
 俺が警戒していると、門の隙間からブワーッと黒い靄が水が噴き出すかのように出てくる。その黒い靄は狐の姿を形作り、俺に向かって走っている。
 恐らく、これが今の妖狐が出せる最大戦力……の筈だ。
 俺はクロロに目配せしてから、迫り来る巨大な狐の頭を避ける。
「お前の相手は俺だ。こっちこいやぁ!」
 お尻ペンペンしながら挑発すると、ブチリと何か太い血管が何本も切れた音がした。さすが、あのベルリガウスも挑発に乗せた俺……相手の気分を逆撫ですることに関して、俺の右に出るものはいない!

 あんまり嬉しくねぇな、これ……。

「お」
 そうこう思っている内に、狐が俺に直進してきていた。俺はヒラリとそれを躱して距離を取る。それから直ぐに反撃の矢を放つ。
 ヒューンッと飛んだ矢は、狐の身体に直撃するが刺さることなく弾かれてしまった。さっきの子狐とは大きく魔力量が違う。
 あの黒い靄で構築された狐の身体は、魔力の密度が高すぎて軽い物理攻撃なんかでは弾かれてしまうようだ。原理としては、俺の使う【ブースト】の装甲と同じだ。あれを突き破りには、一点集中攻撃か、【鎧通し】による内部爆撃テロ、あとは魔力の装甲を引き剥がすという解決策がある。
 一点集中による貫通方式と【鎧通し】は、俺の見立てだと効果が薄そうだ。あの分だと、身体の表面だけではなく内側も高密度な魔力で固められているだろう。つまり、三番目も意味がない。
 一点集中も【鎧通し】も、内臓器官にダメージを与えることが念頭に入れられている。あんな魔力の塊みたいな奴には効果なんてあるわけがない。三番目も言わずもがな。
 俺は狐の攻撃を躱しつつ、打開策を頭の中に巡らせる。
 一つ考えたのは、魔力を霧散させる【ディスペル】だが……この狐……つまりは魔力の塊を操作している本体は門の向こうだ。

 手詰まりじゃねぇか。

「ぬ」
 俺は狐の突進を跳躍して避け、宙で逆さになりながら狐を上空から見下ろす。
 ただ、硬いだけならばやりようはあるが……あの狐の身体は魔力が元なのだ。高密度な魔力……いわば魔力汚染の根源みたいなものを消すならば、セリーのような浄化魔術が最も効果的だろう。生憎、俺にはその術がないわけだが……。
 俺は狐をそのまま飛び越えて着地……狐はすぐ様反転すると前足を振り上げて落としてきた。
 俺は飛び退きつつ、【ロケイティング】で丁度狐の振り下ろした足の着地点に地属性魔術の【アースフォール】を無詠唱で発動……狐の前足がズッポリとはまり、狐は前のめりに倒れこんで顎を地面に打ち付ける。
 俺はすかさず狐に向かって前方に一回、二回と回転しながら跳躍し、その勢いに乗って踵落としを顔面に叩き込む。
 ビリビリと足に電撃を纏わせた踵落としは、稲妻が走ったかのような轟音を立てて、狐の顔面をグニャリと凹ませる。
「上級雷属性体技……【雷沈】!」
 ズドゥン……そんな鈍い音と衝撃が駆け抜ける。
 俺は攻撃後に後退し、舞い上がる土埃の中を無視して矢を連射……。
「【バリス】!」
 ズガーン、ズガーン、ズガーン……計三発ほど【バリス】を打ち込む。さらに膨れ上がった土埃……だが、その中に俺は狐がまだいることを感じていた。
 やはり、頑丈だ。
 狐は土埃で俺を見失っているらしく、土埃を振り払おうと身体を振る。その隙を見て、俺は全身に電撃を纏い、心臓の鼓動を急速に高めた。
 そして……駆ける。
「【トップガン】!」
 一点集中、【鎧通し】……そして【アサシン】といった技を使った一撃必殺の技。
 バスコーンっと、土埃が衝撃によって払われ、同時に狐を貫通した衝撃が狐の向こう側の風景に穴を開ける。
 どうだ?
 俺はパッと離れ、様子を見る。攻撃を喰らった直後は動いていないようだが……と、狐は案の定効いていないのか動き出す。やはり、効かないのか……。
 いよいよもって、手詰まりだ。
 狐は怒り狂ったように俺に突進してくる。さっきから、こればかり……。
 俺は狐が向かってくるのに合わせて身を反転させ……後ろ回し蹴りを【アサシン】込みで狐の横顔に叩き込む。
 狐は横に吹き飛び、その巨体で江戸風な民家を破壊していった。
 狐が起き上がってくる僅かな間に、再び考えを巡らせる。
 クロロが門をなんとかしてくれれば、こいつも消えるかもしれない。時間稼ぎをするだけなら、特に問題がある相手ではない。なら、倒すことよりも時間を稼ぐか。
 出来れば……早く倒してクロロの方の様子も見たかったんだが……。クロロを信頼していないわけではないが、あいつにはまだ乗り越えられていない過去のトラウマがある。そのトラウマの根源との対面だ……もしかすると、以前シェーレが屋敷であったように精神が錯乱して戦意が喪失してしまう可能性もある。
「クロロ……」
 俺にもトラウマがあった。それを乗り越えるだけでもどれだけ時間が掛かったか分からない……それなのに、クロロの抱えているものは大きすぎる。俺のちっぽけなトラウマよりもずっとずっと重いものだ。きっとそれは、誰かと共有することは許されないもので、クロロが一人で背負わなくてはならないのかもしれない。それでも、俺はクロロに手を差し伸べてやりたいのだ。俺のトラウマなんて小さくて些細なものだったから一人でなんとかしたが、クロロのトラウマは一人では重すぎる。
 似た者同士……なんて思い上がりも甚だしいことだ。トラウマ抱えている現在進行形のクロロと、抱えていた過去形の俺とでは大きく違う。それにトラウマの大きさや根の深さだって違う。俺がクロロにしてやれることなんて、たかが知れている。
 それでも、そうだとしても……俺の小さな手助けがお節介だとしてもクロロの背負っているものの十分の一でも軽くしてくれるのなら、俺はやってやる。
「邪魔……すんじゃねぇよ」
 俺が睨みつけながら言うと、起き上がった狐が僅かにたじろいだ気がした。


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