一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

扉の向こう

 –––☆–––


「いい?これから、グレイと『月光』の精神……心を繋げるわ。繋がった心と心……つまり魂は肉体の間を行き来できるようになる。グレイは繋がったら直ぐに『月光』の肉体に移動しなさい。恐らく、グレイと『月光』の心を繋ぐ何かがあるはずだから……そこから向かって眠ってる『月光』を叩き起こすのよ!」
「わ、わかった……わかったんだけどさ。この体勢は?」
 精神……心……魂を繋げる魔術を使うというので言われた通りにしていたのだが、この状況は一体……。
 今の俺は、胸元の肌蹴たクロロを、ベッドの上で跨いだ状態……つまりは馬乗りになっている。
 なんだこれ、ヤバい。
 こんな状況で不謹慎だが、これはまずい。
「じゃあ準備はいい?私くらいになると、心を繋げるのは一瞬だから……いくわよ?」
「お、おう……よし、こい!」
 そう俺が叫ぶと、視界が暗転した。


 –––☆–––


 視界は真っ暗……意識が徐々に覚醒していく中で俺がまず感じたのは浮遊感だった。それに続くようにして耳が風を切る音を拾う。
 体全身に大気が全力でぶつかり、呼吸がしにくい……と目を開けてみると見えたのは、遥か遠くに見える地面だ。

 落ちてる!

 そのことに気が付き、俺は身を捩る。そして着地と同時に自分に掛かる負荷を全て地面へと逃した。そのため、俺の周囲の地面が陥没する……が、それはどうでもいい。
「どこだ!」
 首を振り回し、俺は辺りを見回す。クロロはどこだ……いない。
 いや、そうだ。ここはまだ俺の中……なのだろう。それなら、まずはクロロの中に移動しなくてはならない。
 状況確認のために、俺は一帯の情報を頭に入れていく。
 見渡す限りの荒野でその中に塔のようなものが空に向かって伸びている。空の様子は夜空……青く輝く不思議な空が広がっている。月はなく、空にあるのは淡い青色の光を放つ星々だけだ。 
 他に目移りするようなものはなく、本当に荒野が広がっているだけだ。
 ……これ、俺の中なんだよな。寂しいところだ。
 さて、ここからクロロの中にどうやって移動するかと思案する。
 今の俺はクロロと心が繋がった状態なんだよなぁ……つまり、どこかでクロロと俺の心の……所謂、精神世界同士の境界線があるはずだ。
 改めて辺りを見回す……ふむ、荒野しか続いていない。目に見える地平線は、荒野と、青色の夜空の境界線しか見えない……あれ?
 そこまで考えて俺は気付く。もしかして……空の向こう側にあるのか……?クロロの世界が。
 特に確証はないが、他に境界線らしきものは見当たらない。まあ、境界線なんてものがないとかそんなオチでもなければの話だが……俺の勘だと空の向こう側が、クロロの世界だと……そう感じている。
「い、行ってみるか……」
 どうせ他には何も思い当たるものもないのだ。やるだけやってやる!
 しかし、どうやっていこう……。
 と、そこでさっき見た塔のようなものが荒野に建っていることを思い出した。あれが俺とクロロの心を繋ぐものか……?
 そう考え、俺は塔に視線を向ける。
 大きい……ここを登るのか。
 普通にクライミングしていたら、どれだけの時間がかかるだろう。
「そんな悠長なことは言ってられないな。よし……」
 俺は塔から少し離れたところで、スタンディングスタートの姿勢を……とる。左の足を前に出し、腕を構える。
 続いて、錬成術で肉体を強化……風の元素で心臓の鼓動を急速に高め、雷の元素で肉体を活性化……足裏に火の元素を纏って爆発的な加速を付ける。
【トップガン】……その要領で走って、あの塔を垂直に駆け上がる!
「いくぞっ!」
 俺は大きく息を吸って酸素を取り込む。と、同時に地面を蹴って走り出す。
 纏った雷が轟音を轟かせ、俺の身体を高速で動かす。
 ダーンッと地面を蹴って、俺は走る。そして、塔の壁が目の前に迫り、俺は……塔の壁に足をかける。
 そのまま駆け上がり、俺は塔を垂直に走ることに成功した。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
 キツイキツイキツイキツイっ!
 ふと、どうして自分はこんなことをしているのだろうと……俺は垂直に疾走しながら考えた。長距離とか走ると、こんなことを考えることがあると思う……そんな感じだ。
 呼吸はより多くの酸素を全身に送るために荒く、心臓は早鐘を打って血液を高速で何度も送り出す。
「あぁぁ!!」
 まだか……まだか!!
 元々、【トップガン】は身体に多大な負担が掛かる大技だ。だが、壁を垂直に走るには……速さが必要だ。スピードが。だから、一瞬足りともスピードを緩めることは許されない。そう何度も駆け上がる時間はないし、何よりもこんな辛いことを続けたくはない。
「っ!!」
 声は枯れ、自分の口から出るのは消費した酸素の残りカス……そして直ぐに酸素を取り込むために大気を吸う。
 と、どうして精神世界なのに酸素なんて必要なのだろう……と俺の脳裏にそんな考えが浮かんだ。
 この身体は……身体・・ではない。精神体だ。
 あれ?
 それを自覚した途端、身体に辛さがなくなり、呼吸も苦しくなくなった。

 あ、俺の思い込みだった……。

「な、なんだよ……ははっ」
 とはいえ、これは凄い。俺が二年かけて作った一撃必殺の【トップガン】のダッシュがこんなに苦しくないなんて……あれを放った後は全身がボロボロになるのに……ある意味MP無限で、無制限に必殺技を使える状態というわけだろうか。
 そうこう考えている内に、俺は塔を駆け上がり……空を抜けた。
「っ!」
 その瞬間、上下が反転……見えるのは再び地面。俺はそのまま壁を走り続け、地面まで走り抜ける。
「しゃっあぁぉぁ!」
 と、俺は立ち止まりガッツポーズ。
 なんとかクロロの中に移動できた!
 俺は辺りを見回す。俺の中とは違い、クロロの世界は……和風な感じだった。昔の日本の風景が俺の眼前に広がっている。

 え、なにこの違い……。

 上から走って落ちていたときは兎に角必死だったから分からなかったが……かなり広範囲まではこの風景が続いていそうだと思った。少なくとも、この塔の周りは同じ建物が広がっているだろう。
 人がいるか気配を探すが……特に見つからなかった。他の生き物の気配もしない。いない……クロロは?クロロはどこだ……?
「クロロ!クーロン・ブラッカス!」
 彼女の名前を叫び、呼んでみるが反応はない……。
「どこにいる……クロロ」
 俺は歯を食いしばり、クロロを探すために町中を探し回る。
 どこだ、どこにいる……?
 江戸風な町を駆け巡り、そして俺は……建物の屋根の向こう側にどデカイ門のようなものが視界に入り、足を止めた。
「…………あれが魔力保有領域ゲートか?」
 大きい……そしてその門が僅かながら開き、そこから黒い靄が出ているのが見えた。
「急がないと……」
 俺は焦燥感にかられるままに、再び町を駆け……そして俺の索敵範囲ギリギリでついにクロロの気配を感じ取る。それと同時に、クロロの四隅に得体の知れない気配を感じた。それと共に、クロロの気配が索敵範囲から遠ざかろうとしている……運ばれている?
 俺は直ぐにその気配を追いかけ、屋根から屋根へと伝って直線距離で距離を詰める。
「見つけたっ」
 クロロを視界に捉えた俺は、クロロを運んでいる奴らに目を向ける。
 一言で言えば、子狐……そいつらが人のように立ってクロロを運んでいる。クロロは担架のようなものに乗せられ、運ばれていた。
 暫く物陰に隠れ、様子を伺う。向かっているのは門のところのようだ。クロロをあそこに連れて行って、どうするつもりだ?
 今はクロロの意識がないため、門を閉じることが出来ずにいる。だから、向こう側からこっちに妖狐が出てこようとしている。だが、クロロの意識が戻れば門を閉じることが出来る。なら、妖狐は……クロロをどうする?意識のない精神体のクロロをどうする?簡単なことだ………そんなことが出来ないように精神体を殺す・・。後は思い通り……魂のない抜け殻の身体を妖狐は好きに扱える。
 そうして、再び妖狐が復活……災厄の誕生だ。
 俺は物陰から弓で、四隅の子狐達を射抜く。すると、子狐達が黒い靄となって四散した。
 え?不意打ちは卑怯?バカを言うな……正面からとか怖いしぃ。こっちの方が効率いいしぃ。
 俺は直ぐにクロロに寄り、様子を伺う。
 地面の上で仰向けに横たわるクロロは、その髪を広げて綺麗に眠っている。いつもの武装はなく、いつもの忍者服に編みタイツという軽装……履物は草履だった。
 どう起こそう……とりあえず呼びかけてみることにした。
「クロロ……」
 肩を叩き、身体を揺すりながら彼女の名前を三回ほど呼んでみる。
 ……反応がない。まるで、ただの屍のようだ。
「起きてくれ……」
 お願いしてみるが、やはり起きる気配がない。と、俺がどうするべきかと考えているとクロロがポツリと呟いた。
「ぐ……」
「ぐ?」
「グレイくん……君に決めたぁ……zzZ」

 …………。

 はたしてどんな夢を見ているのか知りたくもないが、とりあえず揺すってみる。寝言を言っているということは、今は比較的に睡眠が浅い状態のはずだ。
 すると、予想通り浅い睡眠状態だったらしく……クロロがゆっくりと目を開いた。
「ん……んー……。んっ!?」
 ガバッとクロロが目を見開いて、起き上がる。クロロの顔を覗いていた俺は頭がぶつかりそうになったので、反射的に躱した。
「な、なっ……私の寝顔を見ましたね!?」
 そこは重要だろうか。もっと聞くべきことがあるだろう……レディ。
 それよりも、俺もクロロに伝えなければならないことがあった。
「クロロ、前」
 そう指摘すると、クロロは一瞬だけ首を傾げ……俺の視線を受けて胸元に目を向けるとボッと音がするくらいクロロが首まで顔を赤くした。

(閑話休題)

「落ち着いたか?」
 俺はクロロの目の前に片膝をついて座り、クロロは目の前で体育座りをしている。まだ頬を朱色に染めており、少し恥ずかしそうに抱えた膝の間に顔を埋めていた。
 クロロは俺の呼びかけに、目だけ上げて頷く。それなら、まずはクロロが混乱しないように話をしなければ……。どこから話そうかと思っていると、クロロが先に口を開いた。
「あの……ここは、私の中でしょうか?」
「え?あ、あぁ……なんだ……知っていたのか」
 それなら話が早いと俺は思った。
「まあ、一応は……。一度だけここへ来たことがあるんです。私が一刀で戦って殺されそうになったときに……その……妖狐が」
 それを聞き、俺は驚いた。
「お前……知ってるのか?その……妖狐がお前の中にいることを……」
「知っています。魔力保有領域ゲートがどのようなものなのかも」
「な、なんだよ……俺はついさっき知ったんだが……」
「グレイくん……私はグレイくんよりも長生きしていますし、昔はそこそこの名が売れていたので、知ろうと思えば知る機会はあったんです……」
「そっか……」
「とはいえ、グレイくんはフォセリオさんと仲が良かったですから……お人好しなあの人なら、いつかグレイくんに教えるだろうとは思っていました」
「お前から俺に教えるとか考えなかったのか?」
「教えたところで、どうしようもありませんから」
「……」
 それもそうなのだ。俺たちの頭の中に怪物がいようがいまいが、その力を使わなければならないのは分かっているはずなのだ。だが、クロロの件を見ればわかるように……それらの力は危険過ぎる。扉の向こう側の力を使えば、使うほど……こちら側に来やすくなる。
「私は、また暴れたようですね……とんでもないご迷惑を……」
「いや、その話は後に回そう。とにかく、事情を知っているなら早いところあの門を閉じないと……」
 と、俺が視線をそちらへ向けてやるとクロロも釣られて視線を門の方へ向けた。
「……もうあんなに」
「だから、早く閉めないと。それが出来るのは、お前だけだ」
 俺が肩に手を置いて言うと、クロロは少しばかり俯いた後に力強く頷いた。


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